第二章:ただ魔女を自称しているだけ?#1
ここ最近、誰かにつけられている気がする。
つけられているのは語弊があるかもしれないが、探されている感覚があった。
「……懲りないわね」
もちろん目星もついていたし、煙を巻くのはお手の物だと自負している。
だからあえて人目につく行動をとって、翌日も姿をみせる可能性をちらつかせた。しっかりと下駄箱には外履きを残し、まだ園内にいる確信を持たせて期待させる。
だけどいくら待っても一向に姿を見せないことで、諦めてもらう算段だった。
その思惑は、上手く作用したはずだったのだ。
「どうしたんだい、魔女さん」
「……何でもないわ、麻岐紫真さん」
クラスが違うはずの同級生が、朝から待ち構えるように訪ねてきた。
それほど早くもない時間帯だけあって席には空きがあるにも拘らず、狙ったかのように鞄を置きに自席へと近づけない。
それを察してか椅子をひいて立ち上がり、座るように促される。
「他クラスの後ろで立ってるのも注目されるからね、勝手に座らせてもらってたよ」
「こうして会話をしているだけでも……って、アナタには関係ないのかしらね」
「唯一の友達に対して素っ気なくない?」
勝手に自称されているだけあって、友達だとは認識をしたことがない。
元より、座るつもりもなかった。
いつものように鞄を机に脇にぶら下げて、周囲に登校はしているアピールをしておく。
その用事が終われば、踵を返して教室から立ち去るだけ。
「ちょちょ、ちょっと待ってよ」
「何かしら」
「明らかに用事があって訪ねたんだよ? 普通は気になるでしょ」
「おおよそ、数日前に訪ねてきた下級生のことなのでしょう?」
「さすが魔女さん、なんでもお見通しのようで」
焦ったように呼び止めた割に、正確に用件を言い当てたことに驚く素振りもみせない。
ただ肩を竦めただけで、微かに口角をあげて笑う。
もちろん、用事がなくても神出鬼没で声をかけてくるのだが……。
チラチラと向けられるクラスメイトからの視線を横目に、脚を止めて振り返る。そして腕を組み、無言の眼差しで用件を催促した。
「そう朝から不機嫌な態度とらなくても……まあ、魔女さんらしいか」
お道化た口調で歩み寄ってきて、一枚の用紙を手渡された。
「これは別件」
「進路希望調査?」
二年の夏休み明け、これと全く同じものを提出した記憶がある。
だというのにデジャブ感。
「こうでもしないと受け取らないと思ってね。……あの日、学年主任に捕まって頼まれたんだよ」
「あら、それは大変だったわね」
こうして直接手渡さなくても、寮に帰って談話室にでも置いておけば済むこと。後は数人に話をすれば、瞬く間にその情報は寮内に広がっていく。
そんな手間を省いて、訪ねてくれたようだ。
「どうせ魔女さんのことだから、誰にも捕まえられないと思ってね」
「だけどアナタは、こうして声をかけられている」
「お陰で寝不足だよ」
欠伸を噛み殺すように目もとを細め、小さく伸びをする。
「本題としては手短に」
教室を立ち去る間際、肩に手を置かれて耳もとで囁かされる。
「あの子たちの内、一人。……魔女さんに似た子は諦めてないようだよ」
「……そう」
そして、後ろ手を振って教室からでていく。
本当にそれだけだったようで、戻ってくる気配はなかった。
手もとに残った進路希望調査の空欄を無言でみつめ、机の中へとしまい込んだ。
別に今は考えることじゃない。
それよりも、過去の経験則からズレが生じつつある。
「しばらくはこの生活が続きそうね」
ここ数日にとった行動のタネを明かせば簡単で、そう深く考える必要もない。過去にそれで突き止められて、訪ねてきた子たちの話には耳を傾けてきた。
その度、残念そうに帰っていく。
当たり前だ。
いくら【時空の魔女】と言いふらし、百籃学園の七不思議として名をあげられて有名になっても関係ない。
けどそれくらい、何かをやり直したいことが多いのだろう。
普通、時間を巻き戻すことなんて誰にもできない。
将来的に科学技術が発展して、SFチックな未来が訪れる可能性は十二分にあり得る。そんな空想、一度くらいは耽ったことがあるのは秘密だ。
画面の向こう側、青い猫型ロボットのアニメにはお世話になった。
さすがの高校生にもなって、現実と妄想の区別はつくようになっている。
人生は一度きりで、やり直しがきかないもの。
そんな賢い風を装いながらも、まだ高校生という身で出来ることは限られる。
「……長居しすぎたわね」
気づくと教室の喧騒が増していき、いつもならとっくに園内をふらついている。
それもこれも、珍しく同級生が来訪者したかもしれない。
……いや、明らかに違う。
「燈榊花火。……まったく、困った子ね」
短くため息を吐き、朝のHRを知らせる予鈴と同時に教室をでた。
クラスが別の友達と廊下で会話をしている子たち、寝坊でもしたのか慌てて教室へと駆け込んでいく子など。
さまざまな流れが一斉に正されていく光景を横目に、階段をゆっくりと下る。
三年も通えば見慣れた顔ぶれの教師たちともすれ違うも、特に声をかけられることなく一階へ。
「食堂にでも行こうかしら」
元もと当てのない行動で、その時に思い立った場所へと足を運ぶ。
時間帯からして食堂で働く人たちの出勤はまだで、朝から授業をサボる不真面目な生徒はいないだろう。
だからといって図書室で自習するわけでもなく、体調に不調がないから保健室を必要とする生徒に譲りたい。
それに、一日中園内を歩き回るのは疲れる。
出来るだけ静かで座れる場所となると、候補的にも限られるのも事実。
その日の気分で、ふらりと居場所を求めて動く。
どこからか聞こえてくる声を遠くに、離れるように食堂を目指した。
「……静かね」
お昼になれば解放される、ガラス張りの両扉。少しだけ重量があって、全身を使って押し開く。道すがら思い立った、下駄箱前の自販機で買った飲み物を片手に二階へと向かう。
よく晴れた日とはいえまだ朝で、陽射しは暖かくも外の空気は厚手の上着が一枚欲しい。
もう少し気温が上がれば、迷わずテラス席を選んでいただろう。
けど今日は、窓際の椅子を引っ張って座った。
買ってきたホットココアを両手で包み込み、遠くから響く一時限目の予鈴を耳にする。
「それにしても今日は、掃除がいき届いているわね」
週に一度はここで過ごしているが、さすがに広いからか細やかなところまでの余裕がないと思っていた。
在学する生徒から、教壇に立つ教師まで利用するから仕方のないことではある。
一日置いて乾いた汚れがテーブルにこびりつき、窓のサッシなんかはよくホコリが溜まっているなど。
テーブル程度なら、利用する生徒が自主的に布巾で拭いている。
「変わった子もいるのね」
こんなところ、日常的に生徒の誰かが掃除するなんて思えなかった。
精々、長期休暇前とかに生徒会や委員会の生徒が集められる。もしくは、何か盛大にやらかした生徒に、教師が罰則として選ばせるかだ。
大抵は指定課題の提出を選びそうなものだけど、まさか肉体労働で反省する生徒がいるのだろうか?
そうだったとしたら、心の中で感謝を言わせてもらいたい。
「居心地がいいわね」
流れる白い雲を眺めながら、不意に口もとが緩んでしまう。
そんな穏やかな気持ちで、今日という時間がただ過ぎていく。
……そういえば、いつから魔女だと自称し始めたのだったろうか?