第二章:ただ魔女を自称しているだけ?2
明けた翌日、変わらず教室で授業を受けた。
弥姫ちゃん経由してもたらされた【時空の魔女】へと近づくための手掛かり。あれだけ掴みどころがなく、ここしばらくと空振りの日が続いている。
だからなのか、弥姫ちゃんのテンションは余計に高かった。授業には一切集中した様子もなく、何度も教師から注意されて小さな笑いが教室を賑やかせる。
そして昼休み、職員室に呼びだされていた。
内容は、おおよそと見当がつく。
「ホント、弥姫ってば子供よね」
「まあ、気持ちはわからなくでもないかな」
食堂で昼食を済ませ、沙衣ちゃんは片肘をついて呆れている。
お昼休みの残り時間も少なく、未だ戻ってくる気配のない弥姫ちゃんが心配だった。もし長引いてしまうのならば、お腹が空いた状態で午後を過ごさないといけなくなる。
その行為は、弥姫ちゃんのことを授業に集中させなくなってしまう。
せめてもと思い、何か購買で買おうかと席を立とうとした。
「お、戻ってきた」
ピークも過ぎた時間だけあって、券売機の前には列ができていない。
だからフラリ、空腹の限界を超えて前傾姿勢の弥姫ちゃんが目についた。足取りも重くゆっくりで、すれ違う生徒たちも怪訝そうに通り過ぎていく。
何やら食堂のおばちゃんと会話を交わすと、背筋が急にピンと伸びた。
「……現金なヤツ」
苦笑気に沙衣ちゃんは手を上げて振ったタイミングで、弥姫ちゃんが満面の笑みを浮かべていた。
両手にはトレーを一枚ずつ、ガチャガチャと食器の音を立てながら駆け寄ってくる。
「おばちゃんがサービスしてくれた!」
「そ、それは良かったね……ミキちゃん」
置かれたトレーに自然と目がいき、無言で何度も瞬きを繰り返した。
綺麗な茶色をした油揚げと、真っ白で極太いの麺――うどんの組み合わせ。……その、らしきものに反応が困る。
これは、何がメインなのだろう。
トッピングらしい野菜のかき揚げと、エビ一尾を丸っと豪快な天ぷらが二本。他にも掌サイズのミニカレーにハンバーグ。しかも栄養バランスを考えたかのようにサラダと、しまいにはデザートのプリンまでもがある。
時間も限られていて、それとこの量が弥姫ちゃんのどこに収まるのだろうか。
「この量、食べ切れるんでしょうね」
「いっただきまぁ~す」
沙衣ちゃんの問いを無視するように、弥姫ちゃんは乾いた音を立てて両手を合わせた。
そのままひたすらに食べ続ける姿から、どれほどお腹を空かせていたのだろうか。
あまりにも暴食に近い光景を目の当たりにしながら、そう思う。
それでも弥姫ちゃんは、本当に美味しそうに食べる姿は清々しかった。おばちゃんが快くサービスする気持ちも、何となくわかる気がする。
例え【時空の魔女】と接触できる機会ができたといっても、放課後は園内を探し回る方針は変わらない。
その時に原動力である弥姫ちゃんが動けなくなると、かなり範囲を絞ることになる。
けどそれも、今日までと考えれば良いのかもしれないと考えてしまう。
何度か喉に詰まらせる弥姫ちゃんを心配しながらお昼を過ごし、終了を知らせる予鈴が鳴ってから急いで教室へと戻った。
これといってゆっくり話す暇もなく、慌ただしく授業の準備をして席に着く。
キッカケはどうであれ、学園七不思議の一つである【時空の魔女】に逢えるのだ。弥姫ちゃんとまではいわないが、朝の時より気持ちが高まっている感覚がある。
チラチラと時計を確認してしまい、授業の内容が全く頭に入ってこない。
そこでふと、視界の隅に沙衣ちゃんが目にとまった。
いつもなら黒板とノートを往復する動きばかりなのに、何やら落ち着きがない。
……ミキちゃんもやっぱり、興味津々なんなんだな。
弥姫ちゃんと沙衣ちゃんの、学園七不思議に対する熱量のどっちが高いのかは計り知れない。
ただ、巻き込まれた身として察する。
それくらい、学園七不思議の真相を探ることが娯楽の一部であることだ。
「雨梅さん」
「はっ、はい!?」
教科書を片手に近づいた教師に優しく声をかけられ、肩を叩かれた弥姫ちゃんは勢いよく立ち上がった。
「退屈で眠くなるのもわかりますが、今月末にはテストもありますからね」
「す、すみません」
浮かべた笑顔にどんな意味が宿るのか、微かに上がるクラスメイト達の笑い声に弥姫ちゃんは頭を下げた。
どうやら沙衣ちゃんはこのことを危惧して、落ち着かなかったようだ。
机に片肘をついてため息を吐き、その様子に目が合った。
「ほんっと、ごめん!」
両手を合わせる弥姫ちゃんを、沙衣ちゃんはどこか冷たい視線を向けていた。
「先生も意地が悪いのか、弥姫の行いが目をつけられたのか……」
「まあまあ、早く終わらせちゃお?」
放課後となり、外からは運動部のかけ声が木霊してくる。今日は聴こえてこない吹奏楽部の音色だったけど、どこからかの微かな喧騒が肌で感じられた。
そんな中、弥姫ちゃんを手伝う形で沙衣ちゃんと食堂にいる。
もちろん【時空の魔女】を探すわけに集まったわけでもなく、唐突にいい渡された罰としての掃除のためだ。
弥姫ちゃんはお昼の時点で、園内清掃か指定課題の提出する選択を迫られたとのこと。
結果、前者を選んだらしい。
そして頼みに頼み込まれて、手伝いに折れた。
沙衣ちゃんは当たり前のように断固として乗り気じゃなく、腰を落ち着かせた椅子から動こうとしない。
甘やかすなとは言われたけど、さすがに高等部に通う生徒が利用できる広さはある。
メインである一階に、奥には開放的なテラス席。挙げ句、階段を昇れば座席数は少なくも二階へとある。そこには、しっかりとテラス席も完備されている。
中等部の頃も似たようなものだったが、学年という垣根のなく長机と椅子だけ。
……テラス席には、興味をそそられる。
「ほら、口じゃなくて手を動かしなさいよ」
「ひぃ~沙衣が鬼だぁ~」
せっかくの放課後、沙衣ちゃんのことだから【時空の魔女】を探す予定だったに違いない。それなのに足止めをくらい、終わり時間に見当がつかないときた。
臍を曲げるのも頷ける。
「私、二階のテラス席から掃除してくるね」
「花火だけだよ、こんなに優しいのわぁ~」
「ねぇ、弥姫。私、喉が渇いたんだけど」
「自分で買って来いよ!」
テーブルの縁を背もたれに、沙衣ちゃんは脚を組み替えながら弥姫ちゃんへと催促する。
誰もいない広い空間だけあって、弥姫ちゃんの叫び声はよく響いた。
仲が良いゆえの弄りか、それとも毎日のように空振りし続けた【時空の魔女】を探さなくてよくなった余裕があるのかもしれない。必死に掃除をする弥姫ちゃんを、沙衣ちゃんは一向に手伝う素振りなく無茶ぶりをする。
それが開け放った窓、二階のテラスにまで聞こえてきた。
「……どんな人なんだろう」
しっかりと【時空の魔女】としてじゃない名前や在籍するクラス。遠目ながらもバッチリと写真に収められた姿を確認している。
しかも、初対面である麻岐先輩に真似をしているのかと笑われた。
……いや、驚かれたんだったかな?
それくらい、似ていると思えた。
学園七不思議を抜きにして、単純に【時空の魔女】――燈堺聖果先輩に対する興味を抱いてしまう。
まるで姉がいればという、IFに空想を巡らせながら手を動かした。
かれこれと時間が過ぎて、下校時刻な鳴り響く校舎内。
「いやぁ~結構時間かかったな」
「なに暢気なこと言ってんの、急いで待ち伏せするわよ」
「ふ、二人とも、元気だね……」
気づけば手伝ってくれていた沙衣ちゃんは、先を行く弥姫ちゃんの背中に鞄を振りかぶって空を切る。
座席数は少ないとはいえ、二階フロアを一人で掃除をしていた。
それでも一階よりは狭くて、弥姫ちゃんや沙衣ちゃんよりかは重労働じゃなかったと思う。たぶんだけど、沙衣ちゃんが効率よく弥姫ちゃんを働かせたに違いない。
なんだかんだ言いながらも仲の良い二人を見せつけられながら、廊下を走らない速度で下駄箱へと向かっていた。
「それで、どこで待ち伏せするの?」
「まだ園内にはいるようね。……とりあえず、適当に隠れましょう」
勝手に【時空の魔女】の下駄箱を確認し終えた沙衣ちゃんは、人目がつかなそうな場所を指し示してくれる。
いつまでも校舎内に残っていれば、もちろん見回りの教師にバレて注意されてしまう。
その可能性を低くするためか、沙衣ちゃんの周到さには余念がない。
だがそれすらも空振りに、【時空の魔女】は姿を現さなかった。