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第二章:ただ魔女を自称しているだけ?

 百籃(ももかご)学園(がくえん)で囁かれる七不思議のうち一つ、【時空(とき)の魔女】を探し始めて数日が経とうとしていた。


「ダメだ……いっくら探しても見つからないや」

「ホント、実在するのかな……」

「ど、どうなんだろうね」


 昼間の授業を終えて放課後は魔女探し、そして夜はお互いが集めた情報交換。

 そのためには女子三人が遅くまで集まれる場所が必要で、なおかつ同室の先輩方に迷惑をかけない。

 最初は寮のラウンジを使おうかと話になったが、周りの目もあって賑やかだ。落ち着いて話すよりかは、仲の良い先輩や友達と過ごすには適している。

 じゃあ次にと目をつけたのは、自習室。

 中等部の寮にも存在したらしいが、生憎と無縁だったため認知していなかった。だから初めて足を踏み入れた感想としては、質素でシンプルな造り。パーティションで区切られた一人用と大きなテーブルを囲んで教え合うには適する二つ、用途に応じて選べるようだった。

 ただ、話すには静か過ぎるため利用者の邪魔をしてしまう。

 それ故の最終候補として選ばれたのが――、


「花火の部屋は一人でいいよなぁ~」

「そうかな?」

「上級生との相部屋に文句はないけど、一人でこの広さわね」


 真ん中に折り畳みのテーブルを広げて、それぞれが脚を延ばしても余裕がある。弥姫ちゃんに限っては、空いているベッドにだらしなく寝転んでいた。


「弥姫、ホコリが舞うから止めて」

「え~だって普段じゃこんなことできないんだよぉ~」

「子供か」


 ベッドの縁に背中を預ける沙衣ちゃんは、テーブルに広げていた手書きの敷地内地図に視線を向けていた。

 こうしてみると、意外と百学(ももがく)って広いんだな。

 今までは気にするどころか、ただ普通に学園生活を送っていた。

 けど、改めて地図を目の当たりにして驚かされる。

 中・高等部の学び舎は別で、寮もまた同様。しかも一、二年生の相部屋と、三年生だけの個室寮棟でもわかれているのだ。

 これだけでも六つの建物が、一つの敷地内にひしめき合っている。

 それに加えて共有でもあるグラウンドや体育館、それにプールなどと、通うようになって四年目を迎えるが発見が多い。


「それで、花火の方はどうだった?」

「弥姫ちゃんに言われた高等部の体育館、部室棟はくまなく探したよ」

「……見つからなかったと」


 言葉尻に声のトーンが下がったことに、沙衣ちゃんは手にしていた赤ペンでばってん印を記入していく。

 様子からして弥姫ちゃん、沙衣ちゃんともに収穫はなさそうだ。

 生徒がよく使う場所や広いグラウンドなど、行動力と体力が必要な範囲を弥姫ちゃんが。

 ほぼ屋内がメインだが、人気もなく隠れられそうな場所を沙衣ちゃんの担当。

 そしてそれ以外を、あてもなくお散歩同然に敷地内散策を任されていた。

 魔女をみつけることはできなかったけど、ちょっとだけワクワクとドキドキの気持ちで新鮮だったのが個人としての感想だ。


「さて、弥姫。次はどうしようか」

「沙衣……やる気満々だな……」

「確かにそう思う」


 地図をみる限り探す場所はもうなく、言いだした弥姫ちゃんは倦怠感をありありとさせている。

その反面で沙衣ちゃんは、日を追うごとに【時空の魔女】を探す熱量を増していく。

 そんな違和感に疑問を生じえなかった。

 事の発端は弥姫ちゃんが【時空の魔女】に弟子入り、そして同じ力を手に入れる。……どこか現実味のない話だけど、確かに理想的な夢だと思う。毎回のように頭を悩まされるテスト、その後にある不特定多数が該当する追試を回避したい思惑があるのだけれど。

 だけど沙衣ちゃんには【時空の魔女】を追う理由がわからない。

 テストの成績は三人の中でずば抜けていて、しっかりと現実的な考えを持っている。

 いつ誰が作ったのか、もしくは囁かれだしたのかわからない百学の七不思議。どこか眉唾で夏の怪談的な印象が強い。


「サイちゃん、そんなに魔女さんに会いたいの?」

「別に、そういうわけじゃ……ないと思うよ」


 テーブルに広げた敷地内地図を吟味していた沙衣ちゃんは、どこか驚いたように目を丸くさせた。

 だから余計、頭を抱えてしまう。


「止めとけ、花火。こうなった沙衣は、とことん突き詰めないと気が済まないんだ」

「……何よその言い方。弥姫が飽きやすいんでしょ」

「私は~ただの興味本位だったからさ、まさか魔女さんが実在するなんて思ってもみなかったんだよ」

「でた。ホント、弥姫のそういうところが嫌い」


 嘆息気に肩を竦める弥姫ちゃんを、沙衣ちゃんの鋭い口調で空気がピリつく。睨み合うほどでもないが、ここ最近増えたと思う。仲が良い故なのか、昔からお互いに思うところがあった。

 それが今になって、虫の居所を刺激しているのか?

 不安がよぎる胸中を見透かしてか、弥姫ちゃんが笑いかけてくる。


「ほらみろ、花火が怖がってるぞ」

「……なんで泣きそうになってるのよ」

「だ、だって、仲の良い二人がケンカするの初めてみるから」


 鼻を啜り、熱を帯びる目もとを手の甲で拭った。涙を流すほどでもないが、胸の奥が苦しくなる感覚が消えてくれない。

 どこかバツが悪そうな表情を浮かべた沙衣ちゃんは、短く息を吐いた。

 その姿を、弥姫ちゃんが無言で煽るかのように背中を押す。

 テーブルを挟んで座り合っていた沙衣ちゃんが立ち、隣に移動する形で腰を下ろした。そして両手を握り、垂れた目じりの青に近い灰色の瞳が一瞬だけ揺れる。


「ごめん、ちょっと熱が入りすぎたね」

「うんうん、こっちこそ変なことで泣きそうになってごめん」

「どうして花火が謝るのよ」


 握られた両手に力が籠められ、あまり動くことのない口角が微かに上がる。


「私からも幼馴染として謝る。沙衣のヤツ、根も葉もないことは信じないけど、確証が持てるとこうなんだよ」

「ちょっと、意外だったかも」

「もぉ、笑うほどじゃないでしょ」


 少しだけ膨れたような口調に、半目で抗議してくる沙衣ちゃん。子供っぽい一面を目の当りにされでもしたのか、どこか居心地が悪そうだった。

 今まで気にかけず、耳にしてこなかった百学の七不思議。弥姫ちゃんが話題にしなかったら知るどころか、こうして追いかけることもなく卒業していたかもしれない。

 けどこうしてかかわったことで、在籍する生徒の間では尽きない興味のようだ。

 改めてばってん印だらけの地図を目に、ふとした疑問が口からでた。


「もしかして、魔女さんも移動してるのかな?」


 その日も沙衣ちゃんの指示で【時空の魔女】を探していた。そして夜はこの部屋で集まり、結果を今のように報告し合っている。

 いつもは決められた範囲を念入りに、翌日には別の場所へと移動してきた。

 それがもしも【時空の魔女】に予想、もしくは予見され、避けるように行動されていたら? 間違いなくみつかるどころか、一生追いつけない。

 そうなると、今までが徒労に終わることになる。


「……その考え、間違ってなさそうだぞ」

「確かに同じ生徒。放課後だからって部活動や委員会、一か所に留まってる可能性に重点を絞って探してきたわ」


 ベッドの上に寝っ転がる弥姫ちゃんはスマホを操作し、画面をみせてきた。

 顎に手を当てていた沙衣ちゃんは、食い入るように腰を浮かせる。

 遠くから撮られた一枚の写真。園内のどこかで、普段から利用する何気ない廊下を横切る生徒が写っていた。

 偶然通りかかった姿を目に、慌ててスマホに収めたのだろう。

 それでもブレることなく鮮明に撮られ、麻岐先輩が口にしていた特徴に目がいく。

 高等部の同じ白いブレザー制服に、対照的な黒の長い髪。一見して雰囲気は優等生っぽいが、授業には出席していないとのこと。さらに弥姫ちゃんが人差し指と中指で写真をアップさせ、画面には魔女さんの横顔。左の前髪には、藍のリボンが編み込まれていた。

 お風呂を上がって、今は机の上に置いているひまわり色のリボン。

 こうして客観的にみれば、確かに特徴的な髪形なのかもしれない。


「これ、どこで撮ったのよ」

「待て待て落ち着けってば沙衣。撮ったのは私じゃなくて友達で、たまたま魔女さんを探してることを教えたら協力してくれたんだ」


 報告を黙っていたことを抗議する沙衣ちゃんに、弥姫ちゃんはたじろぎながら早口。反応的には沙衣ちゃんと同じで、意外なところからもたらされた貴重な手がかりでもある。


「場所は一階の階段らしいけど……下校時刻間際だって」

「下校間際?」

「どこに行くんだろうね」


 怪訝そうに眉を顰める沙衣ちゃんに、弥姫ちゃんも肩を竦めた。

 たとえ全寮制の百籃学園とはいえ、しっかりと下校時刻を知らせる放送が流される。それは寮からでも聞こえるし、生活の一部といってもいい。

 それもあって時間になれば身体も動き、自然と寮に向かっている。

 だというのに、写しだされたそれに違和感を拭えない。


「何か忘れ物でもしたとか?」

「それもあり得るけど、気になるわね」

「じゃあ、明日はこれを頼りに探す感じ?」


 手ぶらの【時空の魔女】は、誰もが下校する中で下駄箱に向かわない。弥姫ちゃんが上げた忘れ物という線もあるが、話を訊く限りでは成績が優秀で学年トップ。

 だから、しっかりとした印象を勝手に想像していた。

 けどそれだけじゃない。

 何かしっかりとした目的があり、こうして姿をみせたのではないだろうか。

 でなければここ数日と探し回ってみつかるどころか、手掛かりが一つもないことに途方も暮れない気がする。


「花火、どうかした?」

「ん。……いや、何でもないよ」

「ようやく花火も興味でてきたのか!」

「そ、そういうわけじゃないけど……」


 頭の中でグルグルと空想を巡らせるも、喉に引っかかった小骨程度の些細な違和感。しかも個人的な意見で、上手く言葉で説明できそうにない。

 たまにある、本能が知らせるような直感。


「花火の意見もそうだけど、だからといってただ待つのも時間が勿体ないわ。だから下校時刻間際までは変わらず敷地内を探して、他にも目撃される場所がないか情報を集めましょう」

「異議なし」


 加えられた今後の行動方針に異論はなかった。

 当初は否定的で、やる気のなかった沙衣ちゃんの姿に苦笑気の弥姫ちゃん。同意するわけでもないが、ここまで意気込まれると乗り掛かった舟。

 それに、七不思議に関しても興味を持ちつつある。


「もしみつけられたら、本当に弟子入りするの?」


 本来の目的ではあるが、実際に弟子入りして魔法なんてものが使えるようになるのか。


「ま、それは成り行きかな」


 事の発端である弥姫ちゃんは歯切れが悪く、ただ苦笑いを浮かべてベッドに横になる。同調を求めるような視線を向けれるも――、


「真面目に勉強するだけで解決しそうだけど」


 沙衣ちゃんの手厳しい一言が胸に刺さる。

 だから似た反応を返す。


「それができれば、苦労しないんだけどねぇ~」

「そうだよねぇ~」

「この二人は……」


 決して授業を真剣に受けていないとか、テスト前に勉強をしていないわけじゃない。いつも泣きつく形で沙衣ちゃんを頼っているが、中々に成績が伸びないでいる。そのせいで追試になることは多々あるも、努力が実っていないだけ。

 ……そう、思っている。

 出来の悪い教え子二人を前に、沙衣ちゃんは露骨に呆れた態度で息を吐く。


「てなわけで、今月末もお世話になります先生」

「あ~何か飲みたい気分ね」


 胡麻を擂る弥姫ちゃんに、沙衣ちゃんはわざとらしく声を張る。

 これも手慣れたことで、弥姫ちゃんが勢いよく部屋からでていく。食堂から飲み物やお菓子を拝借しに向かってくれている間、部屋主でもあるためテーブルなどを片づける。


「二人とも、急にどうしたのよ」


 その光景を、沙衣ちゃんは何もせずみている。

 含みのある口ぶりだけど気にせず、今日のところは【時空の魔女】にかんしてはお開き。

 ここからは女子会の開催だ。

 明日からまた【時空の魔女】探しをするが、仲の良い友達が集まれば自然と発生する現象でしかない。相部屋の先輩がいないだけあって迷惑をかけないものの、夜も遅いため両隣の住人を起こすのは禁止だ。

 そうはいっても、他の部屋でも似たことがひっそりと開かれている。

 これは、寮生活ならではかもしれない。

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