第一章:【時空の魔女】を追え!!
季節は冬を終えて春を迎えたが、朝晩はまだ肌寒く布団から抜けだすのも一苦労。
それでも無情に時間だけはやってくる。
厚手のカーテンから差し込む陽射しは、未だベッドの住人である燈榊花火を照らす。ブロンズの前髪は光の加減で銅っぽく変化させ、寝返りを打つタイミングで毛先が鼻先をくすぐる。
「うぅ……」
寝惚けているのか、朝が弱いのか定かじゃない細く開かれた瞼からは覗く赤褐色の瞳。
それも一瞬で閉じると睡眠を妨げる障害を手の甲で払い、外的要因を頭から布団をかぶってシャットアウト。芋虫のようにベッドの上を這うも、行く先を壁に阻まれて動かなくなった。
すると、しばらくして規則的な寝息が聞こえてくる。
だがそこに追い打ちをかける、けたたましく鳴るスマホのアラーム音。
つい昨日までが春休みだったことからご無沙汰で、昨晩も寝る前に友達から念を押されてかけていた。つい癖で、寝る前に弄っていたから枕元にある。
だけどこう、人間の三大欲求には争えない。
ゴソゴソと布団の中へとさらに潜り込み、音源から遠ざかるため離れる。
「あいだぁっ!?」
向かうは壁で逃げられず、ならば反対側へと移動するも身体が浮く。
一人で寝るにはちょうどいい広さのベッドから、まるで寝相が悪いかのように頭から落ちてしまう。カーペットのような物が敷かれない硬いフローリングさんと朝から頭をごっちんこ、否が応でも目が覚める痛みに悶絶する。
通常であれば上級生にあたる二年生がお世話役として、入学したての一年生と同室がルールの二人部屋。壁際にお互いのベッドがあり、窓際で横に並ぶ二つの勉強机が見えない境界線とかす。
ただ、中高一貫の百籃学園は全寮制で女生徒しかいない。
中等部から顔見知りばかりで年も近く、上級生が下級生の面倒をみてあげる習慣がある。同性同士だから自然と距離も縮まれば、閉ざされた環境下だから境界線はあってないようなもの。
中には、姉妹の契りを結ぶ者もいるくらいだ。
生憎と花火にはお世話係の上級生が在籍していないため、一人で二人部屋を利用していた。
決して特別扱いをされているわけでもなければ、花火自身に問題があるわけでもない。中等部からの当たり前で、それが普通の生活を送ってきた。
そのお陰もあってか、寝相が悪くベッドから落ちようとも笑われることはない。
「……花火、アンタどんな寝相してんのよ」
けど今日に限ってはタイミングが悪く、朝からの来訪者に視線を向けた。
垢抜けた茶色い短い髪に、朝だというのに溌溂とした面持ち。どこか猫を連想させる茶色の瞳は大きく、身体でも動かしてきたのかジャージ姿。……いや、いつもだ。
「ミ、ミキちゃん、違うの。これは……あれ、アラームがうるさくて」
「ホントかよぉ~」
中等部からの友達で、雨梅弥姫ちゃんは揶揄うような笑みを浮かべた。
「はよぉ~花火。……ふっ」
遅れてもう一人の友達、福音沙衣ちゃんが顔を覗かせて笑われた。
色素の薄い黒髪は毛先にかけて灰色っぽく変わり、肩口より少し長めに伸ばす。寝起きのようでそうじゃない、垂れた目じりに奥には青に近い灰色の瞳。
「サイちゃんも笑わないでよぉ~」
全身をまとうゆったりとした雰囲気を、さらにモコモコの白いパジャマが主張を強くする。
弥姫ちゃん同様の、中等部からの友達である沙衣ちゃん。
醜態を二人の前で晒し、挙げ句笑われてしまった。必死に弁解を図ろうにも耳を傾けてもらえず、ただ暖かな雰囲気で頷かれる。
「もぉ! 信じてよ!!」
「はいはい、花火は寝ても覚めても元気だねぇ~」
「……それ、弥姫もじゃない?」
「「えっ」」
抑揚もなく零した沙衣ちゃんの言葉に、つい食い気味に興味を示してしまう。
それは当人である弥姫ちゃんものようで、沙衣ちゃんを壁際へと追い詰めていく。
「それがホントなら、ミキちゃんは私のこと笑えないよね!?」
「ウソだよな! そんなこと同室の先輩からも聞かされたことないぞ!?」
「二人とも……うっとうしい……」
あっという間に壁際へと追いやられてしまう沙衣ちゃん。同性同士とはいえ二人の圧に、必死に両手を突きだして表情を歪める。
そんな朝から賑やかな三人の耳に鐘の音が届く。
すると、部屋の外。扉越しでもわかるほどに人の流れが生じだす。
これを好機とみた沙衣ちゃんは、二人の隙間に小さな身体を滑り込ませる。そのまま、脱兎のごとく扉の方へと駆けていき――、
「ほら、朝食に時間だよ」
まるで猫が威嚇するかのように目もとを細め、部屋の扉を盾に睨みつけてくる。
いつでも逃げられる体勢をとりながらも、モコモコとした白いパジャマに小柄な見た目。
「もぉ、サイちゃんは可愛いなぁ~」
「……いや、花火は沙衣が好きすぎだろ」
必要以上に構い過ぎて沙衣ちゃんを怒らせてしまったが、朝食を摂るため食堂には一緒に行きたい意志。
その姿に頬が緩んでしまう。
ただ一人、弥姫ちゃんだけは隣で腰に手を当てていた。
「この件は後日でいいとして、行くか」
「そうだよ。早くしないと席埋まっちゃうじゃん」
「それは急がないとね!」
肩を竦めて音頭をとる弥姫ちゃんに、未だ警戒心を解かない沙衣ちゃんが扉を盾に急かしてくる。
それに続くように部屋をでようとするも、弥姫ちゃんからの首根っこを掴まれてストップがかかった。急かしておきながらも沙衣ちゃんも扉の前で両腕を広げ、半目で見据えてくる。
「ど、どうしたの二人とも? ほら、急がないと」
「せめて身なりは整えな」
「寝ぐせ、ヒドイよ」
指摘された二点を気にして、扉横の全身を映せる鏡を覗き込んだ。
あちこちにはねたブロンズの髪は、手で押さえて軽く梳いても直らず。睡眠中の無意識か、パジャマのボタンも所々と外れていた。首もとからは薄っすらと浮かぶ鎖骨を覗かせ、お腹の部分からお臍が見え隠れする。
辛うじて、下だけはしっかりと履いていた。
「……四十秒だけ待って」
寝相の良し悪しに疑問を抱く格好で、もしもそのまま出歩こうものなら寮母の三年生から指導は入りかねない。
朝からの賑やかで落ち着きのない時間は過ぎていく。
それとともに、新たな門出も迫っていた。