第四章:まるで師弟のような姉妹#1
「今頃は頑張ってるかしらね」
一言に、ここまで付きっ切りみてあげたのだから追試くらいは軽く合格してもらいたい。
そう思いながら、放課後を図書室で過ごしていた。
ここ数日とお供だった紅茶がないことに落ち着かないが、あくまで許可を得ての限定的な非日常感。
習慣というのは、ある意味で恐ろしいかもしれない。
「お、やっぱりここにいた」
「……麻岐紫真さん」
特に驚くこともなければ、唐突に声をかけてくる唯一の同学年。
周囲とのかかわりが薄ければ、百学の七不思議【時空の魔女】として存在すら曖昧とされている。
どこか似た共通点――自由気ままな彼女だが、しっかりと学生としての領分を全うしていると思う。同級生たちとは仲親し気に話し、下級生の面倒も率先とではないなりにも拒もうとしない。
そんな姿を、チラリとみたような気がする。
そして今回の一件もそうだ。
「アナタね、あの子をここに手引きしたのは」
「なんのこと?」
一見探している風を装いながらも、第一声はどこか確信めいていた。
それでも白を切り続けるつもりなのか、麻岐紫真さんは向かいの椅子をひいて腰かける。
「そう言えば魔女さん、こんな噂を知ってるかい」
「……いつも唐突ね」
何を指すのか容易に想像できるが、わざわざそれを知らせるために来たのだ。話の腰を折らず、あくまで知らないふりをする。
そうじゃなくても、勝手に独りで語りだすのだが。
「魔女さんに弟子ができたらしいよ」
「生憎と弟子を募集した覚えもなければ、そういった生徒を見てないわ」
「燈榊花火」
まるで隠すつもりもなければ、彼女なりに噂の真相を探る姿勢。ある程度の返答に予想をつけた、どこか含みのある雰囲気を醸しだしている。
だから言葉を返す。
「つい数週間前、入学式を終えたばかりの一年生が三人と話していたわよね。百籃学園に在籍する上で誰もが耳にして、興味本位で七不思議を暴こうとする。
その過程で一つ、必ず【時空の魔女】が実在するのかを確認しなければいけない。
その度に麻岐紫真さん、アナタは訪ねてきた相手の背中を押す形で色々と情報を話して来たわよね?」
「別にそんなつもりはないんだけどなぁ~」
否定をしてこない。
むしろ、一例を詳しくあげて釘を刺した。
頭の後ろで両手を組む麻岐紫真さんを、咎める形で目もとを細めて見据える。
「放課後、鞄を取りに教室へと戻った写真を後輩に送ったわね? しかもそれを、あの三娘へ送ってあげるようにも仕向けた。
さながら『七不思議を追っているみたい』だからとでもいったのかしら」
「……」
沈黙を肯定と受け、短く息を吐く。
「そして今回、図書室によくいることを知らせた。時期的にテストも近いから勉強をする生徒はいる、だから教える都合でここに生徒を呼んだ。
その時、百学の七不思議である【時空の魔女】が姿をみせれば噂になる」
「勉強を教えるのには便利だからね」
「寮のラウンジでことが済むわよ?」
もしくは学習室だって寮には完備されている。移動のことを考えれば図書室は二度手間だし、寮は何かとアットホーム感があって落ち着ける空間だ。
人には寄るだろうけど、そっちの方が勉強に集中できるだろう。
だけど花火の場合は違う。
理由はいうもがなだ。
私という百学の七不思議【時空の魔女】が領内のラウンジ、もしくは学習室に姿をみせれば嫌でも目についてしまう。それが広まり生徒たちが集まれば自然と騒がしくなってしまい、花火の集中力を欠くことになる。
そういった配慮だ。
「まあ、確かにそうだよね」
麻岐紫真さんは苦笑気に肩を竦めた。
悪びれた様子もなく、指摘されることすら想定済みといった反応。
……彼女の言動が全く読めない。
実際には規則として就寝時間が設けられてはいるものの、相部屋の上級生であれば時間を気にすることなく勉強に勤しむことだってできる。
暗黙の了解として、寮母である教師にバレない程度の部屋の行き来は自由だ。
だから心から慕う先輩や、仲の良い同級生と夜な夜な会うことが可能。もしバレたとしても『勉強を教えてもらっている』という理由を建前にできてしまう。
「それで麻岐紫真さん。……貴女の目的は何なのかしら?」
「目的って……」
困ったように視線を彷徨わせ、腕を組むほど頭を悩ませ始める。
けどそれも数舜で、麻岐紫真さんは顔をあげた。
「これをキッカケに周りへの興味を持ってほしいからかな」
「……はい?」
つい耳を疑い、訊き返してしまった。
「だ・か・ら、花火ちゃんのような後輩もだけど同級生にもさ、少しは関心を持ってほしいかなって」
「それが貴女にとってどうなるというの?」
「特には?」
軽い眩暈のような錯覚に陥りかけたが、どうにか額に手を当てて堪える。
「少しは物事を考えた方がいいかもしれないわよ」
「そうかもね」
くしゃっと笑ってみせた麻岐紫真さんは席を立った。
「じゃ、私はそろそろ帰らせてもらおうかな」
「……本当に、何しに来たのよ」
「同級生と何気ない会話するくらい普通じゃない?」
その普通が、私には欠落している。
自覚はあるけど、ここまでくるとどうすればいいのかと一周回って考えてしまう。
「ちょうどいい機会だから、可愛いお弟子さんと買い物とかでも行ってみれば?」
それだけを言い残し、麻岐紫真さんは図書室を後にした。
「可愛いお弟子さんね」
短く息を吐き、少しずつ陽が長くなる夕焼け空を眺める。
キッカケは本当に些細なことで、私のお節介だったかもしれない。
実際に花火は元から勉強ができないわけじゃなく、自頭は良い方だと感じられた。少し躓いたところを教えてあげればすぐに理解し、次に似た問題を目にしてもスラスラと解いていく。
よくある、やる気がないだけなのかもしれない。
もしくは、環境がそうさせてしまっているのか。
だからといって毎回のように面倒をみてあげるのは、本当にお節介でしかならない。
今回の追試結果は訊くまでもなく、合格は硬いだろう。
こうやって勉強をみてあげる必要も、このままの習慣を維持していけば問題なく卒業までに違いない。進学はまた別な話として、花火の頑張りしだいで伸びていくだろう。
「……最後くらい、我儘を聞いてあげようかしらね」
決して、麻岐紫真さんに言われたからじゃない。
これまでだって花火が食べたいリクエストに応えてあげて、あまり根を詰めさせないように気を遣ってきた。
お昼ご飯を一緒に食べたいと乞われた時からは、それが当たり前になっている。
それだって、花火の我儘だ。
「あながち、周りに興味がないってわけでもないのかもしれないわね」
下校を知らせる放送が流れ始め、追試は終わっているだろう。その解放感で寮に直帰していてもおかしくないが、こうして花火が来るかもしれないと待っている。……のかもしれない。
「もうしばらく、花火を待とうかしらね」
別に何か約束をしたわけでもなければ、淡い期待程度だ。
ただ何となく、ここにいれば『来るのでは?』という、嬉しさを滲ませながら駆けてくる光景が想像できてしまう。
そのどこが、周りに興味がないというのだろうか。
ふと、口角があがってしまう。
こうして、目まぐるしかった追試の面倒をみてあげる日々は終わりを迎えた。