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第四章:まるで師弟のような姉妹3

 朝。目が覚めて、寮の食堂で弥姫ちゃんと沙衣ちゃんに起こされての朝食が――、


「悠長に食べてる時間はないわよ、花火。……顔洗って着替えてきなさい」

「ひぃ~」


 いつから待ち構えていたのか、朝も早いというのにしっかりと制服姿に袖を通した渡堺先輩。周囲から物珍しい視線すら気にも留めず、食堂に足を踏み入れる暇もなく部屋へと戻される。

 そして着替えを済ませ、朝練で登校する生徒に混じって図書室へ。


「はい、食べながらも単語帳で勉強よ」

「と、図書室で飲み食いして大丈夫なんですか?」


 手渡されたタマゴサンドと、英単語が書かれた単語帳の束。まだ寝起きというのあって頭も回らず、広げられた光景に目を白黒させてしまう。

 四人掛けのテーブルを貸切る形で積まれた教材の山が築かれる中、ひっそりと蔦をモチーフにしたバスケットにチョコや飴などのお菓子があった。

 それに手もとのサンドイッチだって、購買で売られている風でもない。


「テーブルを汚さないのと、匂いが残らないように換気は怠らないのを……タマゴサンド苦手だったかしら?」


 一向に食べないから不思議だったからか、渡堺先輩は眉を潜めてしまう。

 だから慌てて首を左右に振った。


「これといって苦手な食べ物とかはないんですけど、勉強をみてもらうだけでここまでしてもらったことに驚きで」

「むしろここまでしてあげてるんだから、下手な点数を取らないでよ?」


 そんな圧を、朝一からかけられて始まった。



 他にも、大変だったのはお手洗いだ。


「あのぉ~本当に扉の前にいるんですか」


 コンコン。

 返事という形で扉が二回ノックされ、扉の下から覗く上履きの一部と微かな気配が感じられる。

 い、いくら同性だからってこれは……ちょっと……。

 弥姫ちゃんや沙衣ちゃんとはよく連れだっているも、こうして扉の前に佇まれたことはない。さすがに落ち着かないし、羞恥が勝ってお手洗いに来た意味がなくなってしまう。

 手作りと告げられた朝食のタマゴサンドを食べ終え、すぐに勉強が始まった。

 てっきり何時間も付きっ切りで飲まず食わず、休む暇なんて一切もらえない。そうかと怯えていたものの、方針は自力で問題を解いて、躓いたら優しく教えてくれる。マンツーマンというのもあって気軽に質問もできるし、ちょっと休憩を挟みながらで気楽だった。

 だからってカパカパと飲み過ぎたのが、仇になっている。

 コンコンコン。


「うぅぅ~」


 催促するかのような強めなノックに、腹を括るしかなかった。



 授業をサボる形での、渡堺先輩とのマンツー勉強会。朝から頭を使ってお昼に差しかかることには集中力の限界を迎えた。


「寝てる暇はないわよ」

「そ、そんなこと言われても……」


 遠くから響く、何度目かの予鈴を耳にした。

 ここ数日と続いた勉強会には慣れつつも、どうしようもない。

 当たり前となった図書室の一角。窓際の四人掛けのテーブルに上体を突っ伏し、寝そべりながらシャーペンを手放す。

 すると、パタンと本を閉じる音が聞こえてきた。


「手のかかる子ね」


 どこか呆れるような、口にした言葉通りの嘆息を吐かれる。

 初日は厳しい指導を受け、普段以上に内容を詰め込んだだけあって心身ともにクタクタ。気づけば陽も暮れ、寮で夕飯を食べたことすら覚えていない。お風呂はまあ、朝にでも浴びればいいと思っている。

 沙衣ちゃんにその話をしたらドン引きされるも、女の子にだってこういう日はあるのだ。

 ……あるよね?

 そんな濃い初日を終え、当たり前のように時間が過ぎていく。

 まったく休めた気のしない翌日は、勉強が手につかず、意識も上の空。その度に何度も注意され、渡堺先輩の目を盗んではサボ……休んでいた。

 それも一時間に何度もありすぎたためか、その翌日からは執拗に注意や指摘をされることがなくなった。


「この範囲が終わったらお昼にしましょう、今日は何が食べたいかしら?」

「昨日のお昼はオムライス。夜は山菜のかき揚げ蕎麦。そして朝はアップルパイ。……うん~何にしようかなぁ~」

「……はぁ」


 さっきの勉強に対する姿勢の呆れとは別の、手のかかる年下を相手にする息遣い。

 別に食い意地を張っているわけでもなければ、ただ単純にお願いすれば何でも作ってくれる。それがどれも好みの味付けで、量だって満腹にならない八分目という計算されつくされた感覚も拭えない。

 二つの意味で胃袋を掴まれて、離れられない気がしている。

 勉強するよりも頭を悩ませ、低く唸るように腕を組んで首を傾げてしまう。


「……麻婆豆腐?」

「あれだけ悩んだ末に疑問形なのね。……まあ、わかったわ。デザートに杏仁豆腐もつけましょう」

「すぐに終わらせます!」


 快く了承されたことに、俄然やる気がでてきた。

 転がしていたシャーペンを手に取り、指定された範囲の教材に視線を落とす。

 もし機会があれば、弥姫ちゃんや沙衣ちゃんを呼んで渡堺先輩が作ったお菓子でお茶会もしてみたいものだ。

 それからどのくらい集中していたのかわからないが、サクサクと範囲を終わらせることができたと思う。

 現代文なら漢字の読みや書き、どういった意図の問題で必要とされる正しいとされる答えが一読でわかる。あれだけ苦手としていた英語の文法や単語が理解でき、覚えるの億劫と感じさせないほどスラスラと書けてしまう。

 そして数学や化学といった公式を覚える問題ですら、難なく解くことができた。

 意外とやればできる子なのではないだろうか?

 そんな自意識過剰なポジティブ思考で、課題を取り組んでいった。


「終わりました、渡堺先輩! ……って、あれ?」


 特に急かされたわけでもないが、これでお昼ご飯にありつける幸せに興奮して声を張ってしまった。絶対にお静かの図書室ではご法度で、渡堺先輩に叱られてしまうだろう。

 が、いつも向かい側で本を読んでいる渡堺先輩がいなかった。

 離席したことすら気づかず、ただ指定された範囲を終わらせることに集中しすぎたか。おもむろに辺りを見回しても姿はなく、腰を浮かせて図書室の入り口付近へと足を運ぶ。

 何かと渡堺先輩とはつかず離れず、ほぼ監視下で行動してきた。

 だからあまりにも急で、つい姿を探してしまう。

 いつもは弥姫ちゃんや沙衣ちゃんとの行動が多く、ここ数日と姿どころか会話すらない生活を送ってきた。ちょっとだけ寂しいけど、これも残り数日に控える追試をクリアするため。終わったらまた、いつもの日常が戻ってくる。

 そう思った瞬間、心が締めつけられる感覚が襲ってきた。

 いくら成績が悪く、過去の例が無いほど勉強ができないただの一生徒。何の気まぐれか百籃学園の七不思議である内の一つ、【時空の魔女】こと渡堺先輩が勉強をみてあげると声をかけてくれた。

 非常にありがたいことこの上なく、どれだけの生徒が勘違いしたままなのだろうか。

 普段から授業には出席せず、誰ともかかわろうとしない存在。頭がいいことは、教え方も丁寧でわかりやすいところから学年一位である事実から頷ける。

 ただ、誰ともかかわろうとしない姿勢から冷たく、他人に興味がないわけじゃない。


「……あら、範囲は終わったのかしら」

「と、渡堺先輩……」


 音を立てないように気遣った扉がゆっくりと横にスライドすると、そこには渡堺先輩の姿があった。

どこか疑うような声音と視線を向けられるも、後ろめたくて逃げだそうとしたわけじゃない。しっかりと範囲は終わらせたし、可及的にお手洗いに行きたくなったわけでもなかった。

 漠然と、急に渡堺先輩がいなくなったことが怖くなったんだと思う。

 ……変な話だ。


「どこにいってたんですか」


 わざわざ行き先を訊くのもおかしく、いちいち許可をとる必要もない。

 なのになぜか、無意識な言葉が口からでていた。


「どこと問われると、食堂よ。ちょうど作り終わったところだから戻ってきたのだけれど……終わったらお昼にしましょうって言ったわよね?」

「……はい」

「いつも花火の集中をかかないよう席を立っていたけれど、まったく気づかなかったの?」

「…………はい」


 まったく気づかなかった。

 そうなると、かなり勉強に没頭して集中していることになる。


「とりあえず席に戻りましょうか、しっかり終わったか確認するわね」


 口ではなんとでも言えるものの、こうもしっかりとチェックされると誤魔化しようがない。促されるように肩を叩かれ、脇を通り過ぎる渡堺先輩の手を掴んでしまう。

 それをどう思ったのか、怪訝そうに眉を顰められた。


「花火?」

「範囲はしっかり終わらせました。ただ……」

「ただ?」


 言葉尻に声が弱々しく、か細くなってしまう。

 身体ごと向き直ってくれる渡堺先輩は、それでも急かすことなく視線を向けてくれる。

 何かを伝えたかったはずなのに、上手い言葉どころか要領を得てまとまっていない。しかも唐突に告げられたところで、困るのは相手の方だ。

 けど、この胸のモヤモヤは何なのだろうか。

 ふとした不安。

 もしくは、幼心のような寂しさ。

 高校生にもなって恥ずかしいものだが、ほぼ初対面に近い先輩に抱く感情なのか。


「次からは気をつけるわね、花火」


 まだ何も言葉にしていないのに、察したかのような優しい声音。頭に置かれた手でゆっくりと撫でられ、それだけで胸がスッキリとしてしまう。

 その事実が恥ずかしくて、どうにか表情にでないよう繕う。

 すると、タイミングが良いのか悪いのかお腹が鳴ってしまった。


「はいはい、頑張った子にはご褒美が必要よね」

「うぅぅ~」


 揶揄われるように頭をポンポンされてしまった。

 何かと極まりの悪いと思いつつも、確かに頑張ったことには変わりない。踵を返した渡堺先輩に促されるまま、図書室を後にして食堂へと向かった。

 お腹は空いていて、渡堺先輩が作ってくれた物は何でも美味しく感じる。

 だというのに、今だけは傍にいたい。

 ここ数日と一緒に行動を共にして、初めて抱いた感情だ。

 本来のお昼休み時間が終わっているのか、どこか静かな廊下をゆっくりとした歩調で進んでしまう。渡堺先輩の少し斜め後ろをつかず離れず、こんな時間を誰にも邪魔されず堪能したかった。



「ま、麻婆豆腐が……白い?」


 ガラリとした食堂に到着し、当たり前となった二階の窓際席に腰を落ち着かせる。そして、渡堺先輩が配膳してくれたトレーを前に目を丸くしてしまった。

 単純に赤というイメージが強いからか、驚きを隠せないでいる。


「確か花火、辛いのは苦手でしょ?」

「よ、よく知ってますね」


 しれっと、伝えたこともない事実を打ち明けてくる。

 さらに驚かされながらもレンゲで一口、一切の辛みを排除した味が広がってきた。

 そこを最後に、食べる手が止まらない。空腹であったことを思いだしたかのように手を動かし、無心になって食べ続けた。


「そんなに焦って食べなくてもいいのよ」


 渡堺先輩に笑われながらも、幾度とこういった姿を晒してきた。気心知れた仲というのも先輩に対して烏滸がましく、だけど何となく受け入れてくれる気がしている。

 その後、白い麻婆豆腐はペロリと美味しく頂きました。デザートの杏仁豆腐はおかわりまでしてしまうほど、渡堺先輩には胃袋を掴まれつつあります。

 いや、もう掴まれているかもしれない……。



 そして迎えた、学生にとってのかけがえのない休日。ほぼ授業をサボり、丸一日を図書室で勉強漬けだった。寝るとき以外のほとんどを渡堺先輩と過ごし、ちょっとだけ寂しい気もしなくない。

 だけど、人間の三大欲求に争えないのは事実。


「――なさい」

「ん~」


 何やら揺れる感覚に寝返りを打ち、微睡む意識に身を任せる。


「――なさい、花火」

「ん~……?」


 さらに強く揺れたことに瞼を薄っすらと開き、首だけを声がした方へと動かす。


「いつまで寝ているのよ花火、起きなさい」

「――と、渡堺先輩っ!?」


 あまりにも現実味がなくて驚き、その勢いのままに後頭部を壁にぶつけてしまう。


「だ、大丈夫?」

「は、はひぃ~」


 心配そうに覗き込んでくる黒い瞳。傾けた首の動きに合わせ、キレイな黒髪が肩から流れる。それがカーテンの隙間から射す陽と相まって、幻想的でまだ夢の中かと疑ってしまう。

 そう、こんな休日の朝早くに訪問してくる人なんているわけがない。

 弥姫ちゃんや沙衣ちゃんだって休日はゆっくりしてるし、街へと出かける前日なんかはこの部屋で一夜を共に過ごしている。

 けど今は、そんな暇がない。

 だからといって、休む時のメリハリは大事だと思う。


「あと、5分……」

「5分どころか、瞼を閉じることすら禁止よ」


 いそいそと布団の中に潜ろうとしたが、容赦遠慮なく引き剥がされてしまう。終いには人差し指と中指を使い、強引に瞼を開くという形で叩き起こされた。

 過去に例がないほどの起こされ方に、目が乾いてしょうがない。


「ど、どうしたんですかこんな朝早くに……」

「朝早くも何も、今が何時だと思ってるのよ」

「……8時ですけど」


 いわれて、枕元で充電していたスマホを手に取った。

 確かに平日だったら登校日で、百籃学園の敷地内に寮があるとはいえゆっくりしすぎの方だと思う。なんせ、慌てて寮の食堂に駆け込んでも朝食にありつけない。

 そうなると、お昼まで空腹に耐えながら授業を受ける羽目になってしまうのだ。

 もしも体育なんて授業がある日は、力はでないし陽に当てられる。いくら屋内であっても、倒れてしまってもおかしくない。


「そう、もう8時よ。いくら休日とはいえ、規則正しい生活を心がけなさい」

「は、はい……」


 一切授業に出席しない渡堺先輩がそれを言うのか。

 いかにも優等生じみた発言をされるも、食事から勉強までと面倒をみてもらっている。寝起きで回らない頭に理性を利かせ、渋々といった態度でベッドから降りた。


「花火、もう少し感情を面にださないようにしなさい」

「へぇ?」


 何のことかと問うよりも、露骨に目じりを細めた渡堺先輩の鋭い視線。他にもまとう雰囲気が明らかに刺々しかった。

 けどそれも一瞬で、渡堺先輩は肩にかかった髪を片手で払う。


「起きたらすぐに着替えて朝食、その後は勉強よ」

「きゅ、休日ですよ」

「追試、合格する気あるのかしら」


 その言葉が胸に刺さり、言い返せる自信がなかった。

 いそいそと着替え始めようとして、指先がボタンに触れて気づく。


「なんで制服姿なんですか?」

「当たり前でしょ。いつものように学園の図書室を利用するんだから、いくら部活動がある生徒とはいえ制服の着用が必須よ」

「へぇ~そうなんですね」


 休日は当たり前のように寮でゴロゴロしていて、弥姫ちゃんや沙衣ちゃんと遊ぶにも談話室にいけば何かがあって事足りてしまう。

 それに記憶が正しければ、中等部の頃に弥姫ちゃんが部活に駆りだされる姿はジャージが主だった気がする。

 ……知らなかったことにしよう。

 そんなこんなで制服へと着替え、まだ誰も起きていないかのような静けさを保った寮をでた。



「そんなに辺りを見回してどうかしたの」

「いえ、なんか新鮮だなぁ~って」


 こうして休日の朝早く、勉強をするためだけに学園を利用するのが初めてだ。下駄箱を前に扉は開いているものの、教師がいないという不思議な光景。誰も利用者がいないというのに、自動販売機から低く稼働する駆動音が聞こえてくる。

 そんな非日常間を目の当たりにしても、渡堺先輩は気にも留めず歩きだしていく。

 向かうのは、おそらく食堂だ。

 この流れも最近になっての当たり前で、特に異を唱えることをしない。

 むしろ、その行動に身体の方が勝手に反応してしまう。


「ちなみに今日の朝食は、和がメインよ」

「和、ですか……」


 それを耳にしただけなのに、さらに食欲が増していく。

 となると主食はご飯で、味噌汁の具はなんだろう。それとやっぱりおかずには卵焼き? 無難に納豆もありだけど……ああ、お腹が空いてきたな。

 どうにかお腹の虫が鳴るのを耐えながら、誰もいない食堂へと足を踏み入れた。

 こうして誰もいない食堂に来て、エプロンを身に着けた渡堺先輩の姿をカウンター越しに眺める。まるで使い慣れたキッチンかのように食材や道具の位置を把握し、手際よく調理へと取り掛かっていく。

 そんな、お姉さんぽさ。


「渡堺先輩って、妹さんか弟さんがいるんですか」

「……一人っ子よ」


 ちょっとだけ間をおいて、渡堺先輩は不思議そうな視線を向けてくる。


「そんな花火こそ長女っていうよりも末っ子、お姉ちゃんがいるんじゃない?」

「あはは~よく言われます」


 けど実際、姉や兄と呼べる存在はいない。物心つく前から一人っ子で、両親にはよく甘やかされて育ってきたと思う。

 現に弥姫ちゃんや沙衣ちゃんは同い年だけど、しっかりしている部分がある。


「けど、渡堺先輩みたいなお姉ちゃんがいたら甘えっぱなしな気がします」

「……それは、手のかかる妹で大変そうね」

「もしかして今もそう思ってるってことですか?」

「今も、じゃないわよ」


 鼻で笑われてしまい、つい拗ねたフリで唇を尖らせてしまう。

 だけどそれも束の間で、目の前にトレーを置かれた。


「そんな手のかかる妹だったとしても、頑張る姿をみれたら姉として応援したくなるわね」


 応援という名の、体のいい餌付けともとれる朝食に喉を鳴らしてしまう。

 予想通りの白米は湯気が立ち上り、お椀に注がれた味噌汁はお豆腐とわかめが浮いている。そして気になっていたメインは、ふっくらとピンク色の表面が焼かれた鮭の切身。そして全体的な色合いを考えてか、添えるような小鉢にほうれん草のお浸しもある。

 ただその中で、一番に気になった真っ白な円柱状の陶器。蓋がされているから中に何が入っているのかわからない。


「茶碗蒸しよ。季節的に蛤と菜の花にしてみたわ」

「おおぉ~」


 ここまで料理ができる女子高生がいるのだろうか。

 驚き方に若干の棒読み間を拭えなくも、渡堺先輩は鼻にかけた自慢をしてこない。まるでそれが普通かのように気にせず、着けていたエプロンを外した。


「ほら、冷める前に食べちゃいなさい」

「はぁ~い」


 トレーを両手に、当たり前になった二階の方へと足を向ける。

 休日に学び舎敷地内にいるというのも新鮮で、こんな勉強漬けの日々があっただろうか。

 しかも、百学の七不思議である【時空の魔女】――渡堺先輩が付きっきりでみてくれている。授業をサボることに抵抗はあったけど、今となってはそれすら感じない。

 ただ、この時間がずっと続けばいいと欲張ってしまう。


「どうかしたの?」

「なっ、何でも……」


 いつもの窓際席に腰を落ち着かせ、ジッとみていたことを気づかれた。

 朝から晩まで行動を共にするようになり、ほんの一部分とはいえ渡堺先輩のことで気づいた点がある。

 そのことを問うてもいいものかと首を傾げ、再びジッとみつめてしまう。


「だから何なの、食べないなら下げるわよ」

「た、食べます! た、ただ……渡堺先輩は食べなくて平気なんですか?」


 せっかく作ってもらった朝食を、一口も味わえないのは勿体ない。本気か冗談かわからない渡堺先輩がトレーに手を伸ばそうとするのを、阻止する形で手前に引き寄せた。

 そう、こうして食事を用意してくれる。

 だけどそれは一人分で、渡堺先輩が何かを食べる姿を目にしたことがない。いつも紅茶を嗜み、片手には日替わりで厚めの本を携えている。

 そんな姿は黒髪で年上のお姉さんというだけあって絵にもなり、つい魅入ってしまう。


「花火のご飯を作る片手間に済ませてるの、だから気に――」

「たまには一緒に食べるのって……ダメですか?」


 急に黙り込んでしまった渡堺先輩。手にしていた本に栞を挟んで閉じ、短く息を吐くようにテーブルの隅に置いた。それから瞼を閉じて考え始め、顎に手を当てる。

 そ、そこまで悩むことですかね!?

 普通に弥姫ちゃんや沙衣ちゃんと一緒にご飯を食べる軽い感覚で誘ったものの、こうもあからさまだと逆に困ってしまう。

 いったいどんな返答が来るのかと身構えてしまい、せっかくの食事が冷めていく。


「まぁ、花火がそういうなら次からでも――」

「じゃあお昼ご飯! 今日のお昼は一緒に食べましょうね!!」

「わ、わかったわよ。まったく、何がそんなに嬉しいのよ」


 どこか困惑したような渡堺先輩だったけど、ご飯を一緒に食べることはそんなに嫌というわけでもなさそうだ。

 それがわかっただけでも、今日のお昼ご飯が楽しみでしょうがない。……まだ、朝食すら済ませていないというのに。

 せっかくの休日を叩き起こされ、のんびり過ごす間もなく勉強漬けには前向きになれなかった。だけどその分、渡堺先輩と一緒にご飯を食べれることに嬉しさがこみ上げてくる。

 ……案外、お願いしてみるものだな。

 それから土日という二日間、みっちりと朝から晩まで机と向き合っていた。それはここ数日とは比にならず心身ともにヘトヘトで、寮に帰ったらすぐにベッドへとダイブして眠りに落ちる。

 そして、追試の当日を迎えた。

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