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第四章:まるで師弟のような姉妹2

「ある程度の物は保存が効いた残りの物で、温めれば今日までは食べれるわね。……アナタ、苦手な食べ物はあるの」

「……な、ないですけどぉ~」


 連れてこられた誰もいない食堂内。普段は高等部の生徒が利用するテーブルの奥、本来は食堂のおばちゃんたちが働いている厨房がある。料理が来るのを待つ間、何気なく眺めることはあった。

 ただ、脚を踏み入れたことはない。

 そんな場に、魔女さんこと渡堺先輩は堂々と冷蔵庫を漁っている。

 しかも、口ぶりから自分が食べるわけじゃないようだ。


「朝食メニューとしては手軽さが一番よね」

「お、怒られますよ?」


 手慣れた感じて食材を台に並べ、キッチン道具を引っ張りだしてくる。

 こんなことをしている間に誰かが来て、バレでもしたら怒られること間違いなしだ。授業までサボらせ、いったい何をさせたいのだろうか。

 不安で辺りを落ち着きなく見回していると、カチャカチャと物音が聞こえてくる。

 遅れて、何かが焼ける音と甘い匂いが鼻腔を擽った。


「ホットケーキ?」

「甘いの、嫌いだったかしら」

「むしろ大好きです!」


 首を左右に激しく振ると、呆れたように肩を竦められた。


「食い意地を張り過ぎよ」

「うっ~」


 焼ける匂いに空腹感を掻き立てられ、我慢しきれず声をあげてしまったようだ。

 また醜態を晒したことに恥ずかしくて、隠れるように台の縁に手をかけてしゃがみ込む。

 さっきからこんなやり取りばっかりだ。

 決して揶揄いたい思惑があって接しているわけではなく、勝手に墓穴を掘っているだけ。何一つとして渡堺先輩は悪くなくて、むしろ初対面なのにかなり親し気だ。

 あれだけ周囲を拒み、孤高の存在感は一切ない。


「そんなにお腹を空かせているの?」

「そういうわけでは――」

「わけでは?」


 再び、お腹がさっきより高く悲鳴を上げた。

 最初から誤魔化しようもなく、食堂に来た目的もハッキリしている。


「なくはないです……」

「素直なアナタが好きよ」


 恥を忍んで台から厨房内を覗き込むと、目の前にお皿が置かれた。

 小さいながらも二段重ねのホットケーキ。添えるようにカットされた果物や生クリーム、小瓶には黄金色の液体が注がれている。

 焼きたてというのあってか食欲を掻き立てる甘い匂いに、我慢できるわけもなかった。


「蜂蜜はお好みでかけなさい。……ただ、かけ過ぎには注意よ」


 甘い物好きにとって、なんて酷な忠告か。

 いくら小瓶とはいえ用意された物だから勿体なく、残すわけにもいかない。そういった気持ちもあってか、できる限り使い切る。もしくは行儀悪いとか、はしたないと言われようが直接飲んだり飲まなかったりしてきた。

 その、ちょっと咽る甘さが喉に残って、飲み物と一緒に流し込むまでがセットなのだ。

 ……ただ、弥姫ちゃんや沙衣ちゃんからは理解を得られたことがない。


「いつまでもしゃがみ込んでないで食べましょう、冷めちゃうわよ」


 耐熱ガラスポットと二人分のカップをトレーに乗せ、厨房の方からでてきた渡堺先輩に声をかけられた。

 どうやら作るだけで、食べない様子。

 普段だったら空いている席を探すのも一苦労なのに、一時限目が始まったばかりもあって二人っきり。

 だから余計、どこに座ろうかと贅沢に悩んでしまう。


「こっちよ」

「えっ……」


 そんな考えを先読みでもされたのか、渡堺先輩は先を歩きだす。

 最上級生ともあって当たり前のように二階へ、そこへと繋がる階段を昇っていく。

 だから一瞬、躊躇ってしまった。

 暗黙の了解ともいえるルールがあって、入学したばかりの一年生が理由もなく踏み込んでいいわけにもいかない。


「大丈夫よ、今はアナタしかいないのだから」

「……はい」


 何故か笑われてしまい、渋々と後を追いかけた。

 当たり前のように二階も人の姿はなく、渡堺先輩の足取りは迷いなく窓辺へと向けられている。

 そのままテラスにでも出るかと思いきや、手前の四人掛け席にトレーを置いた。


「まだ肌寒い日が続くからね、外はまたの機会にしましょう」

「……また、ですか」


 今後もこういったことを匂わせる、含みある言葉に引っかかってしまう。

 だけど渡堺先輩は気にした様子もなく、二人分のカップに赤茶色の液体を注ぎ始めた。


「お砂糖は、と言いたいところだけど……必要ないわよね」

「は、はい……」


 視線の先は手もとの、蜂蜜がなみなみと収められた小瓶に向けられている。

 どうして知ってるんだろう。

 普通に飲む分には砂糖を利用するが、このメニューからは必要としない。甘い物のオンパレードは嬉しいけど、虫歯という最悪の可能性は少しでも避けたい。


「……それで、さっきは何かを言いかけていたわよね」


 ここまでよくされて、大人しくついてきただけあって今さらだ。

 渡堺先輩の前にホットケーキのトレーを置き、椅子をひいて腰を落ち着かせた。


「他からすれば些細なことで、渡堺先輩もそうなのかなって思ったんです」


 一度言葉を区切り、改めて伝えていいのかと考えてしまう。

 呼び方はその人を指し示すと渡堺先輩は言っていたけど、無意識なのか気づいていないのかもしれない。

 教室を訪ねてきた時、当人であるか確認された時、教師を前に堂々と後輩を借りると告げた時。その計三回しか名前で呼ばれていない。

 あとは大体、アナタと他人行儀だった。

 こうして顔を合わせるのだって初めてで、十数分程度の関係。会話だって、先輩後輩の間柄で砕けたものではなく、どこか上辺だけをすくったような距離感があった。

 それが普通なはずなのに、心の奥がモヤモヤする。

 覚悟を決めて顔を上げ、真っすぐと渡堺先輩を見つめた。

 相手の言葉を催促するわけでもなく、ただ静かに黒い瞳を向けている。


「燈榊花火っていいます」

「……え、ええ、知ってるわ」


 渡堺先輩は戸惑ったように瞬きを繰り返す。

 反応としては当たり前で、どれだけ言葉が足りなかったか焦ってしまう。


「教室をでてからここに来るまで、渡堺先輩が一度も名前で呼ばずに『アナタ』って……それが気になったというか、距離を感じるなって思って……その、良ければ……あの……」


 勢いのままに想いを口にしているからか、上手い言葉がでてこない。いったい何を伝えたかったのかわからなくなり、言葉尻に窄んでしまう。

 だけど一つ、ハッキリしていることはある。

 そんな我が儘のような、後輩からの不躾なお願いが通るのだろうか。


「『アナタ』じゃなくて、『花火』って呼んでもらえませんか!」


 誰とでもこういうわけじゃない。

 ただ、渡堺先輩に他人行儀で呼ばれることが嫌だ。

 理由は特にわからないけど、こうすることで心のモヤが晴れる気がした。


「……」

「……」


 急な申し出だったこともあって沈黙が訪れる。

 明らかに他人から一歩、それどころか懐に潜り込むような距離の詰め方。けど元々、弥姫ちゃんや沙衣ちゃんといった友達の関係よりも、違った繋がりがあったような気がする。

 じゃなきゃ、魔女さんのことを探そうとしなかったと思う。

 それどころか、百学の七不思議に興味すら向けなかったかもしれない。


「『アナタ』……いいえ、『花火』がそうしてほしいなら構わないわ。私のことは、そうね……聖果でもいいわね」

「せ、先輩を呼び捨てにするのはちょっと……さっきまでのように渡堺先輩って――」

「もしくは、『魔女さん』でも構わないわよ」

「渡堺先輩でお願いします」


 教室でのことを思い返しているのか、口もとに手を当てて笑われてしまう。

 確かに急だったし、先輩に対して異名の方で呼んでしまった。

 けどこうして、お互いに呼び方を決めておけば迷わずに呼べる。

 それでもどこか、心にスッとくる感覚じゃなかった。

 まだ距離を感じる。

 初対面の筈なのに、この気持ちは何なのだろうか?


「いつまでも考え事もいいけれど、冷めちゃうわよ」

「っ! い、いただきます!」


 食べるのを促すように、湯気が立ち込めるカップを目の前に置かれた。

 両手をパチンと合わせ、ナイフとフォークで二段重ねのホットケーキを前にする。

 上に乗った生クリームと蜂蜜をたっぷりと食べるのも良し、下段をシンプルに素材のまま味わうのも捨てがたい。

 そこにトッピングの果物をどう組み合わせるか……。


「ただ食べるだけなのに真剣過ぎないかしら」

「せっかく作ってくれた物ですし、食べるのは好きなんです」

「そう、なら好きなだけ悩むといいわ」


 それだけ言うと、渡堺先輩は黙ってしまった。静かにカップとソーサーを手に、優雅なひと時を過ごすお嬢様のよう。

 目の前に食い意地を張る後輩がいていいのか。

 寝坊してまともに摂れなかった朝食を、授業をサボる形でありつけた。

 一口にしては大きくて、贅沢に生クリームと蜂蜜をかけたホットケーキの一部をフォークで突き刺す。

 それをどれだけはしたないといわれようが、大きな口でかぶりついた。



「ごちそうさまでした」

「はい、お粗末さまでした」


 食べ終わった頃には予鈴が鳴り、一時限目をすっかりサボってしまっていた。

 両手を合わせて感謝を言葉に、少しだけ食べ過ぎで膨れたお腹を落ち着かせる。一言に、ホットケーキは美味しかった。

 どこか揶揄うように微笑む渡堺先輩は、椅子から腰を浮かせる。


「クリームがついてるわよ」


 テーブルのナプキンを一枚、優しく口もとを拭ってくれた。


「あ、ありがとうございます」


 何度と気にしていたつもりだったけど、高校生にもなってこの有り様だ。弥姫ちゃんや沙衣ちゃんに指摘されることもあるものの、仲の良い関係ゆえのやりとり。

 こうも初対面の先輩相手に醜態を晒してしまうとは……。


「キレイになったわよ」


 耳心地いい声音で囁かれ、目も合わせられない。

 ただ、それすら気にした様子もなくトレーを片づけようとされる。


「それくらいは自分でやれます!」

「……ごめんなさい、子ども扱いしすぎたわね」

「こっちこそ、声を張ってごめんなさい……」


 驚いたように目を丸くした渡堺先輩は、手を引っ込めると腰を落ち着かせた。


「なぜかしらね、つい面倒をみなくちゃって動いてしまったわ」

「そんなに手がかかりそうに見えますか?」

「ええ」


 躊躇うどころか、間髪入れずに頷かれてしまった。

 独りで勝手に肩を落とそうとして、ようやくこの異様な状況を把握する。


「そういえば、時間が惜しいって言ってませんでしたか?」


 あまりにも食べることに必死だったのと、急な来訪に頭の整理が追いつかないでいた。流れるままに身を任せ、こうして今に至っている。

 それは渡堺先輩もだったらしく、何かを思いだしたような表情を浮かべた。


「花火があまりに美味しそうに食べるから、すっかり本題を忘れていたわね」


 短く咳払いすると、スッと目もとに鋭さが増していった。

 つい数秒前までの親しみやすかった雰囲気が消え、自然と背筋がピンと伸びる。


「前回の休み明けテスト、結果はどうだったかしら?」

「うっ」


 さらりと、触れてほしくない話題に踏み込まれた。

 しかも、一度でも口にしていない点数を把握している口ぶり。過去を振り返ってみれば、似た雰囲気で諭してくれる担任教師を思い返してしまう。

 いや、それ以上に質が悪い気がしてしょうがなかった。

 相手は上級生である前に、百学の七不思議【時空の魔女】さんだ。時間は巻き戻せないと笑われたけど、あの時だって異様だった。

 教師を前に生徒を借りると、堂々と授業をサボらせる発言。

 現に、サボってしまったが。

 それを教師が容認するのだろうか? 休み明けテスト、全教科追試の生徒を……。


「まあ、口にしなくても結果はここにあるわ」

「じゃあなんで訊いたんですかぁ!?」


 制服の内ポケットから取りだされた一枚の用紙には、教師しか持ち合わせていない筈の個人情報(テストの成績)が握られていた。

 いくら二人っきりとはいえ、こうもテーブルの上に赤裸々と公開される日がくるとは。


「これを見る限り、毎回のように追試はクリアできていたようね」

「あの、ちゅ、中等部の成績まで持ち出さなくても……」

「必要なことよ」


 笑顔で窘められた。

 ほんのちょっと口角を上げただけで、見る人によって雰囲気はいい。

 ただ、噂で耳にしてきた魔女さんと食い違いが生じている。

 勝手に噂が独り歩きしているだけで、実在するのかだって半信半疑だった。どれだけ園内を探し回ってもみつからないし、ようやく手掛かりを得たかと思うと空振りに終わる。

 そんな日々を送り、勝手に誰とも関わり合いたくないのかと思っていた。

 けど、お腹を空かせていれば勝手に食堂へ忍び込んではホットケーキを焼いてくれる。

 どっちが本当の渡堺先輩なんだろうか?

 空腹が満たされて、どこかフワついた気持ちで思考を巡らせる。


「本来は教師が手を焼けばいいのだけれど、ちょっとだけ事情が変わったのよ」

「はぁ」


 つい生返事をしてしまう。

 それでも渡堺先輩は気にせず続ける。


「この学園、百籃は古くからある全寮制で淑女を育てるための場所だったの。いつかは嫁ぐ婚約者の顔に泥を塗らないため、昔はかなり規則に厳しかったようよ」


 まるでピンとこない前振り。


「例えば寮での暮らしね、必ず一年と二年は相部屋なのは生活ルールを指導する役割を担っているわ。それを三年が見守り――」

「そのことなんですけど、実は中等部の頃からずっと一人なんです」


 人が話しているのを遮るのはどうかと思ったけど、大事なことなので手を上げて口を挟んでしまった。


「……そう、だったわね」


 ん?


「まあ、学園の成り立ちをクドクドと説明したいわけじゃないわ。大事なのは、厳しかった規則が緩みつつあることよ」


 個人情報(テストの成績)を持ち出してきたことには驚いたし、百学の七不思議である【時空の魔女】さんだから何でもありなのだと勝手に納得してきた。

 ただ、何かが引っ掛かる。

 調べれば寮の事情は知れるし、先輩にあたる相部屋が誰かもだ。

 それなのに、渡堺先輩の表情が曇った気がした。

 それがほんの一瞬だったとはいえ、過去を遡って一人である理由を知っている。……そんな気がした。


「今となっては全寮制の女子高で中高が一貫というだけ。……表面上では規則が厳しいものの、昔ほどではないと思うのよ」


 本来の話に戻すかのように、渡堺先輩は目もとを細める。


「私の知る限り、過去を遡っての先輩方や後輩でこんな成績をとった生徒は、花火だけかもしれないわね」

「そ、そんな大げさな……」


 実際に、弥姫ちゃんも似たような成績だ。

 そのことについて問おうにも、渡堺先輩の有無を良しとしない迫力に言葉が詰まる。


「というのが、花火を呼びだした建前よ」

「……?」


 どこか厳しめだった雰囲気から一転、目じりを下げて微笑まれる。


「昨日、図書館でお願いしたこと忘れたの? 寝惚けているようだったけど、私に勉強をみてほしいって口にしていたわよ」

「ええっ!?」


 心当たりどころか、そこまで勉強熱心というわけでもない。熱心だったら、こんなひどい成績をとり続けていないと思う。

 確かに昨日、魔女さんが出没するという図書室で待ち伏せしていたが寝落ちしてしまった。いくら寝言だったとはいえ、そんなお願いを聞いてくれるなんて……人が良すぎるのでは?


「じゃ、食べたことだし移動しましょうか」


 そういって席を立った渡堺先輩。

 まだ飲み干していない紅茶ポットをトレーに、食べ終わった食器と一緒に下げてくれる。どこまでも優しい先輩……いや、お姉ちゃん的な存在感。


「ほら、行くわよ花火」

「あ、はい」


 拭えない胸の違和感はあったけど、妙に心地いい温かさが満ち溢れてくる。

 ……不思議な人だな、渡堺先輩って。

 先を行く渡堺先輩の後を、追いかける形で席を立った。


 それからは、本当に一日という時間が濃くて、目まぐるしかったと思う。

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