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第四章:まるで師弟のような姉妹

 ある程度のテスト結果は、弥姫ちゃんたちとした自己採点で把握できていた。解くので手いっぱいだったから所々は写す暇もなく、辛うじて書かれていた問題の正答率も低い。

 ……何を言いたいのかというと、ほぼ絶望的でしかなかった。

 しかも、魔女さんの出没情報を頼りに図書室で勉強していたら寝落ち。

 挙げ句の果てには見回りの教師にすら気づかれず、目が覚めたら室内は真っ暗。空には綺麗な星たちが輝いていた。ほとんどが憶測の域で話したが、採点を終えた教師たちの気も緩み、見回りも疎かになったのかもしれない。

 慌てて帰ったところで門限がとっくに過ぎ、夕飯にすらありつけなかった。しかも、しばらくの間お風呂掃除当番という罰則が下っている。

 何度電話をかけても、図書室を使うルールで電源を切っていたのがあだになった。

 とどめの、変な時間に寝たせいで明け方になるまで目が冴えて眠れない。

 お陰で寝坊して、ろくに朝ご飯が食べれずに空腹状態である。


「燈榊」

「……はい」


 そして今、断頭台へと向かっている。

 名前を呼ばれたことに反応が遅れて、前の席に座るクラスメイトに机を叩かれるまで気づかなかった。

 ゆっくりと立ち上がり、まとめられた答案用紙を受け取る。


「追試の日程は追って連絡します」

「……わかりました」


 悲しいかな、予想通りの宣告に落ち込む気も起きなかった。

 淡い期待は泡沫と消え、またあの一週間が続くようだ。

 その後、粛々とHRが進んでいく。


「は、花火? どうだった」

「……ミキちゃんは?」


 一時限目までの短い合間、不安げな弥姫ちゃんが訪ねてきた。遅れて、沙衣ちゃんも険しい目つきで近づいてくる。


「その様子、散々だったみたいだけど……」

「全教科って、ありえる?」

「花火! 意識をしっかりと保てぇ!!」


 突きつけられた現実を前に、ただ力なく笑うしかない。

 大げさすぎるくらい叫ぶ弥姫ちゃんに両肩を揺さぶられ、視界の端では沙衣ちゃんが盛大に肩を落としていた。

 かなりの注目を浴びながらも、各方面に心配ないと手を振る。

 時間もない中、二人の結果を耳にした。

 弥姫ちゃんは苦手科目の数学に科学、英語といった三科目が追試。

 沙衣ちゃんに限っては心配する必要もなく、学年の平均点を大きく上回って八〇点越え。


「三科目がかぶってるから一緒に教えられるけど、諦めないでよ花火」

「ありがとう、サエちゃん」


 昨日の一件もあって、普段以上に沙衣ちゃんの声音が優しかった。


「至らず、すみません!」

「アンタは課題提出したの?」

「沙衣が冷たい!」


 頭を撫でて慰めてくれる沙衣ちゃんの、弥姫ちゃんに対する限りない低い声。

 勉強会をしたあの日。中等部の卒業と同時に寮の引っ越しであり、荷解きがまだの弥姫ちゃんが段ボールから手つかずのまま発見された時以上。

 ほぼ休み明け間際になって焦り、必死に片づけたから内容はうろ覚えではあった。

 けど、この差は何なのか。

 甘えるわけでもないが、しばらくの間頭を撫でられ続けた。


「そういえばあのひざ掛け、誰のなんだろう……」


 手の平から伝わってくる沙衣ちゃんの温もりに、図書室での不可思議な現象を思い返す。

 勉強道具や鞄はそのままで、突っ伏す体勢で寝ていたから全身が凝り固まっていた。外が暗いことにも焦ったが、勢いで立ち上がった拍子に肩からずり落ちたひざ掛け。

 まだ春先で気候の上下が激しく、時おり季節感が狂わされる。

 お陰で風邪をひくようなことはなかったけど、どうしてひざ掛けがあの場にあったのか。

 他にも見回りの教師でなくても、暗い一室に明かりが灯っていれば気づくはずだ。それがスポットライトのように一か所だけで、その下で寝ている。

 いかにも誰かの作為的な行動に、眠れないベッドの中で考えていた。

 勢いのままにひざ掛けを鞄に押し込んだのはいいが、いったい誰に返せばいいのか。


「……花火、本当に大丈夫?」

「同士として、この追試を一緒に乗りきろう!」

「あ、ありがとう二人とも」


 ふとした考え事をしたつもりが、全教科追試という現実を重く捉えていると思われたのか。沙衣ちゃんからの怪訝そうな思い、弥姫ちゃんの勇気づける声援に反応が遅れてしまった。

 うう、確かにそっちの方が重大だ。

 余計なことにかまけていられるほど余裕はなく、一週間という長いようで短い追試までのカウントダウンに備えないといけない。

 一時限目の予鈴が鳴り、各々が慌てたように席に着いていく。

 そんな中、勢いよく前の扉が開かれた。

 その姿を目にしたクラスメイトたちが一斉に息をのみ、時間が停まった感覚に陥る。


「燈榊花火って生徒はいるかしら」


 それでも一人、スマホの画面で見た黒い髪をなびかせて教壇に立つ。

 まるで教鞭をとるかのように両手をつき、教室中をゆっくりと見渡す。

 整った目鼻立ちで、力強さを感じる目もとの奥に隠れた黒い瞳。胸もとでしっかりと結ばれたネクタイからは、学年色を示す紺色に一本の白いラインは三年生と見てとれる。

 たった二つ年が違うというのに、大人びた雰囲気はかなり浮いていた。

それに何より、ひと房の左髪にヘアアレンジで編み込まれた藍色のリボン。

そこに立つ百学の七不思議である【時空の魔女】こと、渡堺聖果先輩に誰もが言葉を失っていた。


「いた」


 鳴り止む予鈴をかき消す、抑揚のない一言。

 明らかに誰かを探していた風で、クラス内に動揺が一気に駆け巡っていく。

 それすら無視して、教壇から迷いない足取りで一歩を踏みだしてくる。


「……え、えっ! ええっ!?」

「どうして鳩が豆鉄砲を食ったよう顔をしているの」

「あ、あの……えぇ~」


 あまりにも現実味がなく、脳が状況を理解できず言葉がでてこない。

 空気が一層を増してどよめき、否が応でも集まる視線すら肌で感じられた。


「燈榊花火……さん。で、あってるわよね」

「はい、魔女さん……あっ」

「……魔女さん?」


 相手の呼び方として間違っていて、あくまで独り歩きする噂でしかない【時空の魔女】。一方的に名前は知っているだけの、初対面にあたる先輩。

 不思議そうな顔で見つめられ、慌てて言葉を訂正する。


「渡堺聖果先輩。……何か御用ですか」

「そんなに堅苦しく呼ばなくていいわ。さっきみたく、魔女さんでも構わないわよ」


 目の前で、あれだけ追いかけても姿すら直視できなかった。ただがむしゃらに動き回った期間は何だったのか、そう思えるくらい呆気なく接触している。

 しかも、魔女さんの方から訪ねてきた。


「人目もあることだし、場所を移動しましょうか」

「え、今から授業が」


 そのまさにタイミングよく、状況のわかっていない教師が注意を促してくる。


「あら、お疲れさまです先生。しばらくの間、燈榊花火さんをお借りしますね」


 振り返りざまになびく黒髪が波打ち、合わさるように人の良い声音が発せられた。

 これといった有無もないまま、急に手を掴まれる。


「付き合ってもらえるかしら」

「え、ええぇっ!?」


 誰一人として動かないクラスメイトたちを横目に、ただ引っ張られる力に従う。

 そして廊下へと躍りでると、叫び声につられて顔を覗かせる同級生からの視線。様子からして他クラスも同様に訪問し、こうして居場所を突き止めたのかもしれない。

 そんな中、魔女さんはズンズンと進んでいく。

 すれ違う教師は気にした様子もなく、教室に入って生徒たちへ注意を促し続ける。

 まるで嵐でも過ぎ去ったかのようにいつも通りで、昨日まで当たり前だった日常が離れていく。

 その中心でもある魔女さんは、しっかりとした足取りでどこかへと向かっている。


「ど、どこにいくんですか」

「無難に図書室かしらね。ああ、そうだ。昨日のひざ掛けなんだけど、図書室で貸しだされている物だから返しておいてね」

「あ、はい。わかりました……?」


 どうしてそれを知っているのだろうか。

 不意に足を止めると、魔女さんは手を握ったまま振り返ってきた。


「どうして知ってるんですか」

「ひざ掛けのこと? それとも入学してから昨日まで、百籃学園の七不思議である【時空の魔女】を探し回っていたことかしら」


 形のいい唇が持ち上がり、微笑みともいえる表情を向けられる。

 だがそれが異様で、すべてを見透かしたような口ぶりで事実を告げられた。

 次のかける言葉を探していると、握られていた手が解放される。


「そんなに驚くことかしら? だって、さっき口にした魔女さんなんでしょ」


 考え込む仕草で顎に手を当てる、大人びた揶揄うような笑みと目つき。たったそれだけで、真実を語るには信憑性が高まっていく。


「じゃ、じゃあ! 本当に時間を巻き戻したりできるですか!?」


 だから、食い気味に声を張ってしまった。


「そんなこと、普通にできるわけないでしょ。ふふ、可笑しな子」

「……え」


 急に梯子を外されて、挙げ句笑われてしまった。

 ほぼ流されるままに百学の七不思議を追い始め、それにかまけすぎて見事に休み明けテストで全教科の追試。

 ……いや、多分だけど追試は免れなかったとは思う。せめてもが、全教科追試の回避だったかもしれない。沙衣ちゃんには今後ともお世話になっていくであろう。

 せっかく奮闘をしたものの、結果は惨敗。

 しかも、七不思議の魔女さんから訪ねてきたと思いきや、この有り様ときている。

 些細なキッカケから湧いた好奇心と期待感は、ものの見事に打ち砕かれてしまった。


「そんなに残念そうな顔をされると、なんだか申し訳ないわね」

「あ、謝らないでください魔女――あっ、渡堺先輩っ!」

「別に呼び方は好きにしてくれて構わないわ。愛称の魔女さんでも、苗字の渡堺でもどちらも私を指し示す呼び名だもの」


 誇ったようでもなく、ただ事実を口にする渡堺先輩。期待を裏切ったことへの申し訳なさを滲ませた儚さから一転、微かに浮かべた笑顔と掴まれた手から伝わる温もり。

 こうして顔を合わせることすら初めてなのに、どこか親しみのある雰囲気。

 弥姫ちゃんや沙衣ちゃんから聞かされていた情報と、かみ合わずに困惑してしまう。


「それより、時間が惜しいわ。後はアナタの頑張り次第で質問に答えてあげるわね」


 優しく手をひいてくれる、少し背の高い後ろ姿。一歩を踏みだそうと翻った黒い髪は綺麗に波打ち、吸い込まれるように魅入ってしまった。


「――って」

「……?」


 掠れて音とならずに発した声に、渡堺先輩の不思議そうにした瞳が肩越しに向けられる。

 色々と話したいことは山ほどあって、あれこれと頭の中で飛び交って纏まらない。それに休み明けテストの追試があるというのに、授業をサボる形になってしまった。寮に帰ったら罰則のお風呂掃除だってあるし――、


「あら、可愛い音」

「ん~~!?」


 タイミング悪く、お腹が悲鳴を上げてしまった。

 ろくに朝ご飯を食べれず、ない頭をフルに酷使しすぎたかもしれない。

 単純な恥ずかしさに顔全体が熱を帯び、今にも火が噴きでるんじゃないかと思った。しかも相手が弥姫ちゃんや沙衣ちゃんとかじゃなく、探し回ってきた魔女さんだ。

 第一印象からして、最悪としかいいようがない。


「この時間だと誰もいないだろうけど……何か探せばあるかしら……」


 何やら考え込むように顎に手を当てて呟く渡堺先輩だったが、耳を澄ませて聞き取る余裕はなかった。

 ただただ、顔じゅうから熱がひいてほしい。


「予定変更よ、ついて来てもらうわ」

「サボることは、変わらないんですね」


 繋がれたままの手をひかれ、静かな廊下を二人で歩いた。

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