第三章:自称魔女に弟子入り!?#1
授業には出席しないが、ある程度の体裁を教師の前で示さないといけない。
謎に三日という期間で行われる休み明けテストを、一日に凝縮できないものかと疑問を抱きながら昼食を摂っていた。
長いようで短い春休みを、運動部は寒さも気にせず部活動で汗を流していたと思う。
休み明けのスパンとしては二週間弱しか経っていないというのに、テスト前というのもあって一週間前は部活動が禁止される。
そのせいもあってか、今日の放課後はやけに活気づくかけ声が耳に届く。
「元気ね」
開け放った窓辺から、大きな荷物を抱えて走り去っていく姿を眺める。恐らく入部したばかりの一年生で、上級生に指示されたのだろう。
何とも、運動部らしいヒエラルキーだ。
逆に文化部は学年の垣根がなく、仲睦まじい光景をよく目にする。
「おや、お帰りにはならない様子で」
そんなどうでもいいことを物思いに耽っていると、不意にかけられた聞き慣れた声。首だけを動かして振り向き、一人の女生徒が扉の前に立っていた。
そして、招いたわけでもないのに入室してくる。
「麻岐紫真さんの方は、帰る予定だったんじゃないの」
「ん? まあ、その予定だったよ」
手に持った鞄から察しがついて問うも、まったく言動が噛み合っていない。
空席である前の椅子をひき、横向きに腰を落ち着かせた。
染めているには不自然な色合いをした、毛先にかけて濃くなる紫色の髪。乱れを整えるように片手で肩にかかる髪を払う。
「魔女さんのご予定は?」
「見てのとおりよ」
紫紺色の瞳が、こちらを見据えてくる。
することもなければ、毎日のように授業をサボって園内をふらついているのだ。
それにこういった日は、逆に生徒の動きが活発的な傾向があった。お陰でどこもかしこも賑やかで、静かに過ごせる場所を探すのが大変だ。
今頃食堂は、普段よりも騒がしいでしょうね。
だからこうして、閑散とした教室でお昼ご飯として購買で買ったパンを食べていた。正確には食べようとしたところで、一口も減っていないが。
「暇なら遊びに行く?」
「お一人でどうぞ」
百籃学園から近くの街へと繰りだすにも距離があり、徒歩で行くにも小一時間かかる。そのため専用のバスがでているも、学園側からの外出許可が必要で往復の一本しかない。
学園から街に向かうのは、諦めて後日にすればいいだけのこと。
ただその逆、街から学園に戻る際に遅れると歩くしかない。タクシーを使うにも、学生の身分ではお財布には痛手となる。
それに、乗り遅れた時点で門限が過ぎるので罰則が下ってしまう。
限られた時間で遊び、買い物をするのは心理的に楽しめない。もしも必要な物があれば、ある程度は購買で買えて取り寄せが可能だ。
だから、わざわざ街に足を運ぶ必要性を感じない。
「あいっかわらず素っ気ないね」
不満のような含みもなく、本心から誘った素振りもない。
ちょっとした社交辞令として受け取った誘いを流し、立ち寄った用件を視線で尋ねる。
「……そんなに誰かといるの嫌い?」
「何か用があるんでしょ?」
「いや、見かけただけだけど……」
何とも意味不明な行動に黙ってしまう。
どういった心境か探りようもなく、お道化た感じで笑い始めた。両足をバタつかせるのはホコリが舞って迷惑だったが、意外な一面を前にしている。
「そんな風に笑うのね」
「魔女さんこそ、どこか飄々として何でも知ってます風なのに……あ~意外だった」
「神でもなければ、それこそ魔女らしい振る舞いをしたことがないわ。ただの噂に流されて、勝手に尾ひれがついて歩き回ってるだけよ」
浮かんでもない目じりの涙でも人差し指で拭い、勢いをつけて椅子から立ち上がった。
もし人目があれば、その物音で注目されること間違いない。
だけど今、奇妙にも二人っきりという状況。
本来はありもしない誰かとの交流に、一抹の疑問を生じえなかった。
「じゃ、独りのところ邪魔しちゃったから帰るね」
それだけを言い残して教室から出ていく。
「……あんな性格だったかしら」
誰にも問うわけでもない、反応に遅れた要因が口から零れる。
普段から脈絡もなく声をかけてくるのは変わっていないとはいえ、数日前のあれも不可解な行動だ。
本来は机の上に無造作に置かれるだけの進路希望用紙。
それを早起きしてまで人の席で待ち構え、直接手渡すという行動に至った経緯は?
「ダメね、癖が抜けないわ」
頬張ったひと口から広がる生クリームの甘さと、イチゴの酸味に眉を顰めてしまう。
せっかくの冷えたフルーツサンドが、握りしめていた手と外気温でぬるくなっていた。
「何もかもがズレ始めている」
短く息を吐き、紙パックのカフェオレで甘さを中和させる。
別にルーティンを崩されての他者への憤りや、プライベートに干渉されたところでどうでもいい。
それくらい、周りと馴染もうとしていないからだ。
さっきだって、まさか誰かが訪ねてくる予想していなかった。
……そう、決まっていたはずだったから。
左右に頭を振って食事に集中する。
「もう干渉しない。……そう、決めたでしょ」
言い聞かせるように呟き、残りのフルーツサンドを少しずつと頬張った。
そう時間もかからない食事を済ませ、鞄を手にして教室をでる。
向かったのは図書室で、テスト期間も終われば利用する生徒は一握り。それに騒ぐのはルール違反で、気兼ねなく友達と話すには適さない。
そんな人には、是非とも食堂か寮の談話室の利用をお勧めしたい。
人気のない廊下を進み、あちこちから聞こえてくる放課後の音を耳にする。
いつもだったらまだ授業中で、教室からは滔々と教鞭をとる声しか聞こえてこない。そんな日常とズレた、ほんの一時は世界の色が変わって映る。
横滑りの扉を前に、手をかけてゆっくりと開く。
「……静かね」
独特な厳かさ感じる空気に、紙とインクが混じり合った匂い。どこか埃っぽくもあるけど、司書さんが定期的に掃除をしてくれている。
それでも積み重ねて年月を物語るように染みつき、手をかけてきた痕跡は消えない。
色合いの違う本棚はちょっとした歴史あり、毎日のように足を運びながらも変化を目にして感じられる。
「なにを読もうかしら。……?」
読書が趣味というほどでもないが、一つの物語に没頭する時間を苦としない。過去から現在に残された逸品で、手に取って表紙を開くまで内容がわからない高揚感。
その日の気分と直感で選んでいるから、短編や一冊完結本。続刊であっても気にしない。
ちょっとした本の世界に足を踏み入れる手前、珍しく先客がいた。
机に突っ伏して、枕を腕にする隙間から教材の一部が覗く。
テスト明けなのに殊勝な生徒に感心しつつ、気持ちよさそうな寝息を立てているため起こしづらい。
何よりも、ひまわり色のリボンが目をひいた。
「こんなところで寝たら、風邪ひくわよ」
呆れよりも心配、それと変わらない姿に息を吐く。
司書さんがいないから勝手に貸出スペースに足を踏み入れ、棚の収納ボックスからひざ掛けを引っ張りだす。
それを肩にかけてあげる。
「……っ!?」
「ん~」
タイミングも悪く身動ぎされ、起こしてしまったかと目を細める。
「魔女さん……勉強は……もう……」
苦悶に満ちた呻きと、整った眉を歪めた横顔。
それ以降は規則的な寝息に代わり、起きる気配はなかった。
「いつまで経っても苦手なままなのね」
乱れた横髪を整えてあげ、指先に触れたリボンを静かに見つめた。