第三章:自称魔女に弟子入り!?2
結果としては頑張った、怒涛だった約一週間が過ぎたお昼休み。午前中の三コマで各教科のテストを受け、午後からは翌日のために復習する。
そんな慣れない生活を繰り返し、使い過ぎた頭の疲労が身体にまで至っていた。
ほぼ気力で乗りきっただけあって、一歩を動けずにいる。
「ミキちゃん……お疲れ様……」
「花火も……お疲れ……」
机に突っ伏す形で手を取り、お互いの健闘を称え合う。
弥姫ちゃんの場合は未提出だった春休みの課題を終わらせる過程で、一度解いて躓いたところを復習するテスト勉強方法をとっていた。
こういった形であえて終わらせないのも、ありかもしれない。
「そんなのいいから、自己採点するわよ」
「鬼か!」
「今日くらい勉強のこと忘れ――」
「ん?」
笑顔だった。
とにかくいい表情で、普段のクールな印象が霞むほど。
それが異様に迫力を増すひと匙であることは間違いなく、これ以上の泣き言を喚かない。いいや、それを良しとしない空気だった。
話では明日のHRには採点が終わっている予定で、答案用紙が返却されるらしい。
その時点で、補習の烙印が問答無用で押される。
一日を楽しく過ごせるか、ただただ絶望して落ち込む羽目になるのか。
……この段階で手ごたえがなく、不安を拭えずにいる。
「まあ、これが終わったら甘いのでも食べよ」
振るわれ続けた厳しさの先にある、優しさという精神にも物理としても作用する甘さ。
「うん頑張る。さっさと終わらせよう」
「私、食堂のパフェがいいかも」
背筋をシャキッと伸ばす弥姫ちゃんは、いつ取りだしたかわからない答案用紙を広げていた。気持ちがわからなくもなく、気づけば赤ペンを手にしている。
「ホント、扱いやすくて助かるわ」
見せてもらうのは沙衣ちゃんの答案用紙で、教科書を開く手間なんて無粋。空欄はなくびっしりと埋められた回答を交互に見比べ、その度に懊悩を繰り返す。
テストが終わったためお昼からは部活動が解禁されている。
空気の入れ替えで開けた窓からは運動部のかけ声が、他にもまだ残っている生徒たちの楽し気な会話が微かに聞こえてきた。
さまざまな過ごし方がある中、ご褒美のためテスト勉強以上に自己採点を取り組む。
お昼ご飯をパフェと、何が主食で副菜かといった概念が存在しない。盛りつけられた果物や生クリームでビタミンやら脂肪にタンパク質を補えている。
何よりも、脳が欲していた糖分を十二分に補充した。
勢いでお代わりでもしようと腰を浮かせたけど、普段からよく注文される品でないことから材料が一食分のみとのこと。
食材の代用を利かせて他の品に回しているようで、今日はそれがよく頼まれたらしい。
仕方なくプリンで我慢すると、サービスで果物を増やしてくれた。
「食い意地張りすぎよ」
「本能が、本能が糖分を欲してるんだもん!」
「わかるよ、花火。食べてる時がいっちばん幸せだよな!」
「……ミキちゃんよりは食べてないよ?」
寮でもそうだが、弥姫ちゃんはよく食べる。その分動いてカロリーを消費できているのか、太りもしなければ痩せすぎているわけでもない。
あまりにも食べる姿には、年頃の女子であれば戦々恐々するのではないのだろうか。
三杯目のご飯をお代わりしに向かう姿を、ただ見送るしかできなかった。
「サエちゃんは足りるの?」
一方で沙衣ちゃんはサラダとオレンジジュースのみ。
「二人を見てたらお腹いっぱいなのよ。……それより、今日から再開するの?」
「魔女さん探し? そのつもりだけど――」
「そう! そのことで確かな情報があるっ!」
弥姫ちゃんは山となる白米と、行くときにはなかった小皿に盛られた麻婆豆腐。ラーメンセットの半チャーハンを普通盛りに、餃子まで別注文を済ませて席に戻ってきた。足りずにご飯をお代わりしているが、何をおかずにするか不思議だ。
……そう来るのか。
二つの驚きで、すぐには反応を返せなかった。
「その情報、本当に確かなの?」
代わりに沙衣ちゃんが、険しい表情で弥姫ちゃんに問う。食べ過ぎという非難の色でもあったのか、嬉々とする姿に肩を落とす。
「今度は確かだよ! 直近で何人かが姿を見たんだって、しかも連日も」
「……それは、信憑性がありそうね」
レンゲの上でご飯と麻婆豆腐をのせて、弥姫ちゃんは大きな口で頬張る。
「んで、場所は図書室だって」
「口に物入れながらしゃべんないでよ」
沙衣ちゃんからの当たり前の注意を受けて、食べる速度が上がっていく。
幸せの時間と、話すことを天秤にかけたのだろう。あまりにも弥姫ちゃんらしかった。
……図書室か。本棚が多くて細かく調べたことがないかも。
詳細によると、テスト期間だから勉強のために利用していたらしい。寮だと私物も多いから集中できずにいたため、場所を変えて何人かで教え合っていた。たとえ午前中でテストが終わったとはいえ、図書室は勉強する生徒のために解放されていたようだ。
聞くところによると休日ものようで、常時開いているのかもしれない。
その時、不意に魔女さん――渡堺先輩が現れた。
特に目もくれられず、奥の方へと歩いて行ったらしい。
「魔女さんって頭が良くて、常に学年一位とかじゃなかったっけ? それなのに勉強する必要ってあるのか」
「逆に、勉強をしてるから一位でいられるのよ」
不思議そうな弥姫ちゃんを、沙衣ちゃんは感心したように息を吐いて脇を小突く。
話を麻岐先輩から訊いただけで、どういった人柄かまではわからないでいた。勝手な想像とはいえ、授業をサボりながらも秘かに勉強する努力家なのかもしれない。
深まる謎に、さらに弥姫ちゃんが続ける。
「しかも、そこの鍵も持ってるらしい」
「……それって、職員室にいけば借りられるよね」
「その必要がないくらい、常に司書さんがいるはずよ」
妙にカッコいい司書という単語に反応してしまい、沙衣ちゃんに額を突かれた。
「専用で誰かが鍵を持っているのに、どうして魔女さんの手もとにあると思うの」
「……確かに、おかしいね」
「司書さんから託されてるとか?」
事の真相が掴めず、信憑性が高そうな情報がもたらされた。
それでも、図書室で連日と姿を見せているのは朗報だ。
「私、今日のところは図書室に居座ってみる」
「待ってるのもヒマでしょから、勉強道具でも持っていくのを勧めるわ」
「それは……検討しておきます」
沙衣ちゃんからの厳しいお言葉に、弥姫ちゃんが声をあげて笑ってくる。ほぼ成績が変わらない筈なのに余裕そうで、ちょっと拗ねたフリでそっぽを向いた。
頂いた沙衣ちゃんからのお言葉に、素直さをみせて従ったわけじゃない。
「……はぁ! ね、寝てた?」
カクンと首が落ちる感覚に目を覚まし、反射的に周囲を見回す。
広げたノートには謎の波線が引かれ、記憶が正しければ一問も解けていなかった。
検証、睡眠学習は不可能である。
テストも終わったばかりで自己採点も済んだ。ご褒美で甘い物を堪能し、そこそこに空腹も満たされた。
その後に襲ってくる睡魔。
それすら味方につけて、効率よく勉強をしようと試みていた。
「……魔女さんは」
一つしかない出入り口前のテーブルを陣取り、勉強をする片手間に人の流れを監視する。未だ訪れた人のいない放課後、音楽室が近いのかさまざまな音色が心地よく耳に届く。
ほんの一瞬ではあるものの寝入ってしまい、その隙を見計らって入室された可能性もあった。
ゆっくりと席を立ち、本棚に隠れるように奥の一角を覗き込む。
「いない」
確認を済ませ、席へと戻る。
この繰り返しを何度していることか。
落書きとなった波線を消し、テスト範囲の復習に勤しむ。
すると、急に頭が重くなっていく。意識も遠のく感覚に苛まれ、首を左右に振って必死に耐え抜く。
だが、そんなのは数秒とかからずに首が落ちる。
額に鈍い痛みを感じながらも、目が覚めるようなことはなかった。
そのまま、遠くなる意識に身を任せて眠りに落ちていく。