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第二章:ただ魔女を自称しているだけ?#2

 長いようで短い授業を受け終え、ようやくのお昼休み。


「ねむっ」


 盛大に口を開き、手を当てて隠すことはしない。滲んできた目もとの涙を人差し指で拭い、人間の三大欲求と目に見えない格闘を繰り広げる。

 朝早起きだけあって、いつお腹の音が鳴るのか冷や冷やだった。

 午後からは保健室で寝て過ごすか……。

 何度か気にかけるように声をかけ、どうにか眠らず意識を保たたせてくれたクラスメイトの内、一つのグループからお昼を誘われた。

 それを無下に断るわけにいかなかったけど、一言添えて断りを入れている。

 生憎と魔女さんと違って交友関係もそこそこに、学生生活を送るには充実していた。

 ……あそこまで、孤高を貫けるほど精神が強くない。それに、波風立てない方が何かと良いに決まっている。

 脳裏にちらつく、生ける学園七不思議の存在。

 眠気に打ち勝つため変に頭を使っているのか、そんなどうでもいいことに思考を割いていた。

 だから、視界が捉えた異様な光景に目を剥いてしまう。


「……魔女さん?」


 下駄箱から近く、職員室のお隣にある安息の地。保健室の前で足を止め、髪にひまわり色のリボンを編み込む特徴的な女生徒を目で追う。

 いつもは藍のリボンで、今朝もそうだった。

 となると、他人の空似で心当たりが一人しか思いつかない。


「そんなところで何してるの」

「ま、麻岐先輩!?」


 お昼という時間で人気もなく、急に声をかけたものだから驚きが反響した。

 どこかマイペースな子と想像していたが、どうやら元気系のようだ。……まったくもって魔女さんと正反対じゃん。

 言葉数が少なくてクールな印象、授業に出席しない割に学年トップ。運動神経の方はわからないが、おそらくいいのだろう。

 そりゃあ、教師も注意できないよな。

 事実と勝手な偏見を交えた魔女さんに対する評価。


「あの、先日はどうもありがとうございました」


 小走りで駆け寄ってきて、大げさなくらいに頭を下げてきた。

 明るくてハキハキとしたもの言いで、しかもあの日以来かかわりがない相手に対する律儀な性格ときたか。

 単純に小動物っぽくて可愛い。


「あれくらい日常的だからね。……それで、進捗はどんな感じ」


 表情から読み取れるくらい露骨に、花火ちゃんは肩を落として俯いてしまう。

 ここまで熱狂的に追いかける後輩がいて、あの魔女さんはどうして煙たがるかな。

 今に始まったわけでもなく、他の生徒たちもすぐに諦めて身を引いてきた。それを問うために魔女さんのからくりを見破り、追い詰めたことがある。

 その一言は、今でも頭の中で再生できてしまう。


「……燈榊ちゃんはその、どうして会いたいの?」


 後輩だから親し気に下の名前で呼んでもよかったが、急な距離の縮め方は怯えられるか。

 そんなことを気遣いながら反応を窺う。


「どうしてもというわけじゃないんですけど、ミキ……友達があまりにも追いかけるので。気になったといいますか、巻き込まれた流れでですかね」


 特に呼び方を気にした様子もなく、置かれた状況を説明してくれた。

 記憶に新しいからよく覚えている三人組の一人。身長が高くて垢抜けた茶色の髪に、中等部の頃から運動神経が他よりずば抜けているとの話。その子が今年、高等部に上がってくる話で各運動部の部長が盛り上がっていた。

 最初は人見知りかと思ったけど、口を開けばすぐに打ち解けられたと思う。

 いかにも体育会系で好奇心が旺盛、それでいていかにも噂好きの予想は的中。そこはさすが女の子というか、同性だから共感を持てる。


「大変だね」


 友達に巻き込まれたことへと、用意周到に逃げ回る魔女さんが捕まらないことへの労い。

 だけど花火ちゃんは、ただ笑顔をみせてきた。


「正直いって楽しいから気にしてません」


 不意に感心した声がでたのか定かじゃないが、かなり前向きの様子が窺えた。

 ……変わった子だな。

 普通だったら昨日のアレをされたら諦める。

 だからつい、親身に相談を受けたくなってしまったのかもしれない。


「それより麻岐先輩、こんなところでどうしたんですか?」

「私? ちょっと朝から野暮用でね、早く起きたから眠いんだ。だから午後は保健室で寝てサボ……過ごそうかなって」

「この時間から寝て、夜とか眠れなくなりませんか」

「……確かに」


 的を射た心配をされ、抱えていた三大欲求の一つを解消せざる得ない。

 そうなると、急激に身体の一部が悲鳴を上げてきた。


「……お昼、まだでしたか」

「あ~……うん」


 誤魔化しようがないほどにお腹が鳴ってしまい、まさかの下級生に気遣われてしまった。

 それは花火ちゃんも同様だったのか、共鳴する形でお腹を押さえて顔を俯かせる。どんな表情を浮かべているか定かじゃないが、流れた髪の隙間から覗く耳が赤く染まっていた。

 もしあの魔女さんだったら、こんな反応をするのだろうか。

 他人の空似でしかない下級生の肩に手を置き、揶揄う素振りなく声をかける。


「食堂いこっか」

「えっ、ああ、はい」


 一瞬戸惑たような、歯切れの悪い反応に冷静さを取り戻す。

 部活や委員会の繋がりもなく、日ごろから寮で気にかけて面倒をみてあげているわけじゃない。接点としては【時空の魔女】について尋ねてきただけで、名前の呼び方で図った距離感を縮めすぎたかもしれない。

 どこかぎこちなさを残しつつ、お互いに黙り込んだまま食堂へと向かった。



 お昼休みも始まって間もないからか、予想通り食堂は混み合っている。


「麻岐先輩は、何か好きな食べ物ってあるんですか」

「ん~大抵の物は食べるけど……強いてあげるなら、お肉かな」

「ワ、ワイルドですね」


 特にそういったアピールでもなく、食物連鎖的のカーストに立つゆえかもしれない。

 食べれば身体の内側から力が湧いてくるような、血となり肉へと変換されていく循環の感覚が強くて病みつきでいる。

 この話を同級生にしたら、かなり引き気味な表情で笑われた。

 ……どうやら他は、そんなことがないらしい。


「かつ丼か生姜焼き、から揚げ定食も捨てがたいなぁ~」

「せ、先輩。後ろがつかえてますよ」

「ん? おお、それはまずい」


 花火ちゃんに催促される形で肩を突かれ、振り返ると下級生の列が成していた。中には同級生の姿もあって、誰が口にしたわけでもない総意を視線で伝えてくる。

 おそらく授業の関係で終わりが遅くなったのだろう。

 いつまでも待たせては、空腹からの苛立ちで怒りをぶつけられるのが関の山。

 短く息を吐き、券売機のパネルを見ずにボタンを押した。

 それを食堂のおばちゃんに手渡し、待ち時間を使って空席を探す。

 楽観的に二階の利用を考えたが、暗黙のルールとして最上級生の三年生。一階の陽当りのいい席は二年生、入り口が近い場所を一年生と決まっている。

 個人としては入り口に近い方が助かるのだが、一対一で下級生との食事は目がつく。


「……あれ」


 そこでふと目にとまった二人組。

 隣で厨房内を興味深そうに覗き込む花火ちゃんの肩を突き、耳もとに顔を寄せる。


「あそこに混じってもいいかな」

「……大丈夫だと思いますけど、二人に聞いて来ますね」

「【時空の魔女】についても話したいし、他の七不思議とかも調べるんでしょ?」

「行ってきます」


 軽く一礼をする律儀さに手を振ると、タイミング悪く二人の注文したメニューが運ばれてきた。


「……パンケーキは、主食なのか」


 三段重ねの分厚いパンケーキと、耐熱ガラスポットの中で茶葉の色が広がっていく紅茶。


「麻岐紫真ちゃん、これだけで足りるの?」


 心配そうに尋ねられて手もとのトレーを見下ろし、眉を顰めてしまった。

 肉うどん。しかも、温かいのじゃなくて冷たいときた。これはさすがに犯したミスをおばちゃんには押しつけられない。

 美味しいことには変わりがないのだが、どうにも食欲をそそらない一つの要因がある。


「おばちゃん、肉マシマシでお願い」

「あいよ」


 気前よく返事をされ、まるでそれを見越したかのような別皿に盛られたお肉たち。感謝を込めて両手を合わせていると、花火ちゃんが戻ってきた。


「二人ともいいそうです」

「おお、なら、お邪魔しようかな」


 遠目からでも緊張の色が窺える下級生の元へと歩み寄り、一緒に食事を囲んだ。

 ……この子たちも思い知るんだろうな。

 胸の中で秘かに笑う。



『好奇心は、猫をも殺すのよ』



 冷たくも抑揚のない声音で、どこからか取りだしたかわからない鋭利な刃物。それを喉元に突きつけられて、こちらを覗く瞳には感情の色すら宿っていなかった。

 得体の知れない恐怖を前に軽口を叩けるわけもなく、今の関係が続いている。

 友達とも呼べないただのモブA役を演じ、学園の【時空の魔女】に近づこうとする者に最低限の情報を与えて導く。

 その先で何が待ち構えているかを知りつつ、たどり着けずに諦めていく姿をただ眺める。

 ……この子は、どういった反応を示すのかな。

 仲睦まじげに話す三人の光景を眺めつつ、無意識に熱くもない冷やし肉うどんに息を吹きかけていた。

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