異世界にて
思春期の中学生または高校生なら一度は異世界に行きたいって思ったことある奴は多分それなりにいるだろう。
もちろん俺も異世界に行ってみたいと思ったことはある。
だけど行ってみたいとは言っても行けるはずはない。そんなのは分かっている。しかし行けるはずはないが想像はしてしまう。
例えば、異世界でチートを使って無双したり、可愛い女の子と恋愛したりなどと考えるだけでもそれなりに楽しい。
でももし実際に行ってしまったらどうだろうか?知識、技術、能力など一介の中・高校生ではたかが知れている。
そう都合よく生きて行ける訳がない。まだまだ自立できていないクソ雑魚がいきなり今までの常識の通用しない世界に放り出されたら普通に死ぬ。
だから俺は異世界には行ってみたいと思うが、行きたくはなかった。
目を覚ますといつもの見慣れた天井では無く、青空が広がっていた。
「……ここはどこ?」
悠汰は上半身を起こし、辺りを確認する。どうやら広い野原にいるようだった。
「確か家で寝てたはずなんだけどな」
寝る前の事を思い出してみたが、普通に布団に入って眠りについたはず、少なくとも外では寝た覚えは全く無い。
「おはようございます〜。ここは異世界ですよ〜」
背後から急に声が聞こえた。驚いた悠汰は恐る恐る声のした方に視線を向ける。
そこには身長150cmくらいだろう。明るい茶髪のボブヘアー。好奇心旺盛でいかにも元気いっぱいな印象の女の子がいた。顔立ちは幼いながらも整っている。
全く見覚えが無い。いつからここにいたんだろうか?そもそも誰?混乱する頭で考えても答えが出ないので聞いてみることにした。
「君は誰?」
「私はサリーです。立花悠汰さんのこの世界で生きていくためのサポートを担当します」
サリーと言った少女は満面の笑みでそう言った。
「もっと詳しく説明してもらえる?」
流石に今の説明だけじゃ分からかった悠汰さらなる説明を求める。
「簡単に言うと悠汰さんは異世界転生をしました。この世界では魔王が暴れていまして、悠汰さんに討伐をお願いしたいんです」
(よくある異世界転生物の話だ。いや、小説とかで良くあるってだけで実体験の話は聞いたことないけど)
「元の世界で言うとファンタジーの世界ってこと?」
「そうです」
「へぇー」
「嬉しそうじゃないですね」
サリーは話を聞いても表情を変える事なく聞いてる姿に疑問に思ったのか不思議そうにしている。
「いや、異世界には来たいって思ったはあるけど、どっちかと言うと日常系の物語みたいに親友とか可愛い美少女と一緒に学校生活送りたかったって思ってね」
(ファンタジーの世界も本で読んだ事あるし、興味はあるけど実際に来るとなるとねぇ)
「そうなんですね。とりあえず話を続けますね。悠汰さんにはこの世界を救って欲しい訳ですが、流石に何も無いのは可哀想なのでこの世界に来る時、強力な能力や道具いわゆるチートと呼ばれるものを一つ手に入れる事が出来ました」
「へぇー」
(なるほど。これは転生ものによくある展開だな。この与えられた力を使ってこの世界を守ればいいんだな)
「俺は何もらったん?」
「私です」
悠汰は固まった。
「……なんて?」
「あれ?聞こえてませんでしたかー?私ですよー」
「いやいや、転生した時の特典が人ってなかなかないでしょ……」
「私もあまり聞いたことありませんね」
サリーの言葉に悠汰は脂汗を流す。
「ちょっと聞いていい?転生するときに貰えるチートというのは結構すごいやつなの?」
「はい!伝説の武器や強力な能力などですね。唯一無二の物が多くて持ってるだけで名誉があったりしますよ!」
「なるほどね。それで?俺の貰ったチート枠である君はどんな能力があるの?」
するとサリーは笑顔を引き攣らせ視線を泳がせ始めた。その反応を見るだけで嫌な予感はするが、返答を待つことにする。
少し時間が経ち、サリーはおずおずと答えた。
「魔法は得意ですよ……」
「そうか。それで?それは俺にどんな恩恵をもたらすの?」
「強力な仲間がいるのは心強いですよね?そうですよね?」
「そうだな。でもそれっていずれ勧誘とかして仲間になるよね?」
「でも簡単にはいきませんよ?優秀な人ほど一筋縄ではいきませんからね」
「チートとか良い能力持ってたら大体上手くいきそうだよね」
「…………えっと」
「もしかして俺、ハズレ引いた?」
「むぅ、ハズレではないですよ。失礼ですねー」
「いやいや、ハズレだろ。俺自身の強さは変化してないし」
俺がそう言うとサリーはキレた。
「うるさい!人に向かってハズレって酷くないですか⁉︎そもそも貰えるものは完全に運なんですから諦めて下さいよ!駄々こねないで下さい!そもそもこんな美少女手に入れておきながら何ですかその態度は⁉︎少しは喜んで下さい!」
一息で捲し立てると肩で息をしながら悠汰を睨む。しかし悠汰も負けじと反論する。
「んだと!こっちだって急に転生されられて何も能力を貰えなかったんだぞ!ふざけるな!たとえお前が優秀だとしても俺1人なら死ぬじゃねーか!ずっと近くで守ってくれんのかよ!」
「なら強くなればいいじゃないですか!それだったら万事解決じゃないですか!」
「その強くなる方法がチートなんだろうが!その辺のモンスター狩って生活するならまだしも魔王倒すんだろ⁉︎世界相手に喧嘩売るような奴相手に無能力で戦わせるとかおかしいだろ!そんなことしたらお前は生きていたとしても俺は死ぬだろ!」
「そ、そうですね……」
さすがにここまで言われると思っていなかったのかサリーは少し引いていた。とはいえ悠汰も命が掛かってるため納得が出来ない。
「さっそく詰んだじゃん」
「仕方ないじゃ無いですか。神様が決めたことなんですから」
「もういいや……」
どのみち今更どうにも出来ないだろう。悠汰はそう思い受け入れることにした。
「他の質問いい?」
「どうぞ、なんでも聞いてください」
「ここは異世界でいいんだよな?言語とかは大丈夫なの?」
やはりここは一番心配な部分だ。だいたいはどうにかなってはいるがこの世界もそうとは限らない。
「大丈夫です!異世界転生の特典で話したり理解できるようになっているので言語関係は大丈夫ですよ」
「なんで?」
「簡単に言うと言語情報を脳に詰め込んでいますね」
「……そうか」
可愛らしい笑顔で言うが、つまりは無理矢理覚えさせられたのだろう。脳に負担がかかっていた可能性が考えられる。一歩間違えたら廃人だったかもしれなかった事実に冷や汗を流した。
「俺何か悪いことしたかな?」
「むしろいい人生だったからこその転生ではないでしょか」
「だったらこの仕打ちはむごいだろ」
もうどうにもならないが願わくば元の世界に戻してくれと悠汰は頭を抱えるのであった。
あれから悠汰たちは近くの町に来た。外にいるとモンスターに襲われるとサリーに言われ急いで避難したのである。
「結構大きな町だな」
「そうですねー」
レンガ等の石造りの家や木組みの家が多く立ち並ぶ街並みは地球でいうところの中世ヨーロッパみたいなヨーロッパの地方を彷彿とさせる。
このきれいな街並みを見て少なくとも日本ではないという事実を思い知らされる。
(この世界ってやっぱり転生ものお約束の現代より科学技術が低いのかな?それとも古き良き町を守ろうとしているからこういう感じなのか?)
「この後どうしますか~?」
「王道にいくかな。ギルドってところない?」
「ありますよー」
「それならそこで冒険者登録したいな」
「あら、意外と新しい世界に適応できていますね」
「だってそうしないとお金がないもん。このままだと今夜は野宿だぞ」
「それはちょっと嫌ですねー」
「そういうわけだから早く仕事しないと。嫌でも働かないと生活できないし」
「転生してすぐに考えることがそれって夢がないですねー」
「うるせ」
悠汰たちは近く歩いていた人にギルドの場所を聞いて目的地に向かった。
ギルドは町の中心にある大きな建物で多くの人が出入りしていた。またその付近も居酒屋みたいな店が立ち並び非常に賑わっていた。
「賑わってるな。それに異世界って感じがする雰囲気だ」
悠汰は自身の考える異世界のイメージそのままの景色に少し感動していた。
「着いたのですよー。早速入りましょう」
物珍しそうに辺りを見ていると目的のギルドに着いたらしくサリーは先に中に入っていった。悠汰後に続いて中に入る。
ギルドの中はそれなりに多くの人がおり、あちらこちらで談笑や何か真剣な話し合い、軽食をとったり、掲示板を眺めたりしていた。
しかしギルドにいる人数とはうらはらに受付にはあまり人の姿はなく、待つことなく受付の人であろう女性に話しかけることごできた。
「あのーすいません」
「はい、何でございましょう?初めての方ですね。依頼でしょうか?それとも冒険者の登録でしょうか?」
「登録でお願いしますー」
「はいわかりました。それではこちらの用紙に必要事項を記入してください」
「わかりました」
受付の女性に登録用の用紙をもらってサリーと二人で記入をする。出身地とか年齢とか元の世界でも定番な記入事項があった。
(どの世界でも書くことは同じなんだな)
そんなことを考えつつ、一通り書き終えた二人は用紙を受付の女性に渡した。少し待つように言われ、近くの椅子に腰かけると何気なく近くに座るサリーに話しかける。
「なあサリー。俺たちって何歳?」
「自分の年齢を忘れたんですか?悠汰は確か16歳だったはずですよね?」
「いやそうなんだけど。でもさ俺って死んで転生したわけじゃん?つまりこの世界では0歳じゃない?」
「……そう、かもしれませんね」
「まあどうでもいいか」
「すっごいモヤっとしてきました」
想像していたよりサリーはこの話題に食いついてくれたが、悠汰自身ふと疑問に感じ、誰かに話してみたいな程度だったためこの話はこれ以上盛り上がることなく終わってしまった。
そのあともサリーがうんうん唸りながら考えている姿を眺めていたが、先程の女性に呼ばれたため二人で受付カウンターに向かった。
「はい、登録が終わりました。こちらのカードが冒険者としての身分証です」
「ありがとうございます」
手渡されたカードは非常にシンプルな作りで名前と冒険者であることが書いてある以外は何も書かれていなかった。
「思ってたより簡単にできるんだな」
「そうですねー」
「さてどうする?」
「せっかくですからなにか依頼でもやりましょう」
二人は早速依頼をこなそうと依頼が貼ってあるであろう掲示板に足を運んだ。
「どれにするかな」
「これとかいいんじゃないですか?キノコ採取ってやつですー」
サリーの持ってきた紙を見てみると難易度Hと書かれていた。
「そうだな。……いや、これはやめとこう」
「え」
「いや、だって死にたくないし」
「ええー!?なんでですか!なにも危なくないですよー!」
「あそこ見てみろ。ここ最近のニュースだ」
サリーは悠汰が指を差した方向をみる。そこには新米冒険者の被害今月26名との記載があった。
「今月だけで26人も死んでるんだと」
「よく見てますね。ほんとだ」
「そしてよく見てみろ。死亡原因第1位はオークだ。そしてこのキノコ採取で行く場所が最も被害が多いらしい」
(文字とか言語が分かってよかった。もし分からなかったら詰んでたな)
「……これはやめておきましょう」
この記事には他にもオークは集団で人を襲うと書いてある。単体ではそこまで強くはないことから勝てそうだと油断して深追いするとやられているらしい。
(それにしても新米冒険者ってめっちゃ死ぬのな。今月だけで80%やられてんじゃん。こえーな)
「うーん。あんまり難しいと悠汰さんも危ないですからね」
「ありがたいが、そう言うのは聞こえないように言ってくれ。なんか悲しくなってくる」
「すいません。あっ!薬草採取の依頼がありました!……場所も問題なさそうですし、これにしましょう。ちょっと手続きしてきますー」
サリーは見つけた依頼を先程の受付に持って行った。悠汰はその後ろ姿を見ながらさっきの情報を見ていた。
(オークの群れは各地で確認されてることから移動してる可能性があるか)
「悠汰ー。早速準備しにいきましょー」
「おう」
手続きを終えたサリーは悠汰に手を振りながら近づいてくる。
悠汰はサリーと一緒に依頼の準備をするために必要な物を購入しようと外に向かうのであった。