あゆちのびと衆 第一章 その二十七
笹百合深手
前編
信長は、赤、黒の、六人衆以外の母衣衆全員に、様々な指令を与え、熱田湊へと先行させる。
更に領内全ての城、館、砦、主要な町や村、宿場へ、鳩と使い番でもって非常を報せ対応を命じ、領民は農作業や外での商売をやめて家に帰るよう命じる。
当然、清洲城下にも、同じように半鐘での合図が出された。
同事に、敵味方を見極める為の、合言葉も決め、再び鳩を飛ばして、領内全ての味方将兵に伝える。
「てん」と言えば「ゆう」と答えるのだが、天佑とは神の助けの意味だ。
その前後は、しばらく強い北風が吹いていたが、すぐに止む。
異変を報せた墨は津島屯所へ、又十郎は小六の後を追って走り去る。
一益は、一鶴と、その配下の百二十名の内の七十名の鉄砲組、その他の組二百名を率いて、木曽川左岸の河口部へ向かう。
揖斐川を下った本所勢が、木曽川左岸に上陸する可能性があるからだ。
津島屯所の鷹迅は、報せを受け、清洲城の守りが手薄と感じ、独断だが、犬山の曲者を討ち取った時の組頭の鉄三に、十人のびとを伴わせ、清洲城へ向かわせる事にした。
同時に、鷹迅の脳裏には、狼三匹の事がよぎったが、使い方は雪丸が担当だから、それには干渉しない。
領内巡察時の装束の鉄三達は、平手政秀に指示を仰げと命じられ、念の為、津島びと衆の割符を持ち、葛籠を担いで、すぐさま駆け出す。
鷹迅はその後、すぐ戻った墨から事の詳細を聞くと、普段なら、国境西北の警報装置の役割をしてくれる小六達、川並衆は、騒ぎの只中でそれどころではないだろうと判断した。
信長が小六を気に入ってはいても、川並衆全体としての旗幟は、まだ定まらず、正式な家来ではない、近場の一大勢力を、びと衆として看過は出来ない。
だから津島びと衆は、川並衆についての全てを、秘密裏に調査済みで、鷹迅は、それに基づき考えたのだ。
それについては、提出済みの『合戦用兵算段之図書』に明記してあるのだが、緊急事項ではないし、信長には、なかなか読む暇がない事が判っているから、機会を待てばよい。
それで鷹迅は、残りの鏡びと九十人に戻った墨も加え、一人づつに鳩を一羽づつを持たせ、国境の西と、北一帯へ散らせる。
彼は当然、その事を鳩で、清洲に残る政秀へ報せる。
また、現に領内巡察をしている、津島びと衆五十人は移動中だから、こちらから連絡はとれない。
しかし、彼らなら必ず異変に気づき、独自に動くであろうから不安はない。
もう一組、国境東を警戒している、びと衆五十人は、その監視を東方向の松平、今川勢に重点を置いているから、これも今回はそのままでと、鷹迅は決断する。
すべき事を終えた鷹迅は、深紅の鎧兜を着け、只一騎、熱田湊へ向かった。
出陣前に、風が西の空を見て言った。
「お殿様、やがて雨になりまする」
信長はただうなずく。
そして信長は、政秀の、あまりの手荒は避けたほうが良いとの言葉を思いだし、弓奉行兼弓道師範で、かつての弓の師匠、市川玄武太夫大介を呼びだし、こういった。
「御師様、弓組百人には、鏑矢(訓練用などの、鏃の代わりに、木製の鏑を取り付けた矢。殺傷能力は無い)を一束(二十本)づつ持たせてちょう。ほれ以外の征矢(実戦用の矢)も、二束ありゃあ足りるであろうで、そのように頼むんだわ」
信長は、かつての師匠に、あくまでも丁寧に接する。ただ、他の家来がいれば、御師様と呼ぶ時は小声だが。
市川玄武太夫は、鉄砲、ろ棒の増備なども当然知っているが、悲憤慷慨する事もなく、弓には弓の使い所があるとばかり、家中への弓の指導を、熱心に続けている武辺の男なのだ。彼は訳を聞き返しもせず、無言で叩頭し、すぐに下がって、その用意を整える。
雪丸が、信長に囁く様に言う。
「お殿様、三匹やけど・・・」
「うん。そなたの存念は」
「此度は三匹とも、清洲へ残したらと心得まする。曲者が千五百やとしても、大神共を使わなあかんほど手こずる相手とは思われへん。やから清洲の手薄を三匹でと、勘案いたしまする」
「雪丸、いかさま。承知じゃ」
信長は他にも、思いついた事を命ずる。
その後、城の全ての櫓、土塀、各門の内側には、ありったけかと思える程の、旗幟が立てられる。
信長達が清州城を出立したころ、政秀の命により、国境を警戒するために、留守役の騎馬組が、念の為、松明も用意して、百騎走り出て北西へと向かう。
その頭分は、体調が悪く寝込んでいて、出陣に間に合わなかった、長谷川橋介の兄、長谷川与次だ。
そして、信長との面談機会が、なかなか訪れず、領内を見物に歩き回っていた、滝川家の郎党、園田力之介要二郎が、騒ぎに気付いたからか、清洲城へ帰ってきた。
門番達は見覚えがあったし、旅姿の要二郎は、首から清洲織田の鑑札をぶら下げていたから、合言葉無しで、すぐ通す。
城内四隅の櫓には、見張りの足軽達がいて、城内全域の、土塀内の武者走りや門内には、弓と槍を持った徒侍、足軽達が配置されているが、物見に出た百騎を除けば、残るのは四百名だから、まんべんなくとはいかず、五~六名づつが距離を置き、外を向いて立っている。
その武装は、役目と身分によりそれぞれだが、全てが、やはり深紅に統一されている。
更に今は、臨戦態勢だから、全員が、思い思いの面頬を装着している。
角ばった顔、つり目に反っ歯で、身体も四角っぽい要二郎は、表御殿前広場に幔幕を張り、甲冑に身を固めて床几に座り、家来達にあれこれ指図している政秀の元へ行く。
要二郎は、汗をわずかしか掻いていない。
時代物の星兜を、首から後ろに下げ、汗まみれの政秀の前の左右には、徒侍が一人づつ、槍を持った足軽が二人づつ、やはり汗にまみれて立哨している。
政秀は、もう要二郎を見知っていたから声をかける。
「おうっ、園田。騒ぎを知って戻ったか。大儀だでや。ほんでも大殿様も滝川も、出陣済みだわ。そなたは、わしが傍におりゃあええ。家来共が、曲者と間違えぬとも限らぬでよ」
政秀は出陣の事情を説明する。
園田は頷き、支度をすると断ってから、一益の屋敷へ行く。
すぐに戻った彼は、藍染小袖に赤襷掛け、同色の裁着袴、頭には鉢金付きの鉢巻を締め、両手には筋金入りの手甲を嵌め、足元は革の足袋、麻草鞋で固めている。
その大きな鉢金には、家紋らしき、鷹の羽の紋様が薄らと見えるが、磨り減っていたし、数箇所に刃物傷があるから、はっきりとは判らない。
背中には、黒染鹿革柄に、印籠刻鞘の太刀。腰には同じ拵えの大脇差し。肩から斜めに吊している革袋は、忍道具が入れてあるからか、膨れている。
甲冑を着けないのは、鎖帷子を着込んだからのようだ。
その姿から、彼が忍びの者と感づく者はいない。
政秀は、それを見ても咎めもせず、顔の汗を手ぬぐいで拭きながら、むしろ褒めるよう言った。
「おっ、なかなかに勇ましき姿。ほんでもこの城に攻め込むほどの痴れ者は、この辺りにはおらんけどよ、まあ新手があるやもだで、念には念だわ。そなたは、ゆるりとそこの床几に座っとりゃあええわ。飯は喰ったか」
そう言われて、眼だけを笑わし、腹は減っていない事を示した要二郎も、まさか、一番家老の隣には座れないから、床几を下げて、政秀の斜め後ろに座る。
普段の素顔は、なにか軽薄っぽい顔つきの要二郎だが、口元を引き締め、前を見据えると、雰囲気が一変して頼もしく見えるのは、手練れの証だろうか。
それから少しして、鉄三と十人のびと衆が、早くも到着する。
鉄三達は織田木瓜家紋入りの制服姿だから、津島の者だとすぐに判る。門番頭は、外から今来た彼等が、合言葉を知らなくて当然と思ったから、割符を出すまでもなく、誰何(相手の素性を聞く)はしない。十一人は、すんなりと政秀のもとへ行く。
暑さの中、走ってきたのに、彼等も汗は額に滲む程度だ。
笠を外した鉄三が、鷹迅からの命で来たと伝えると、政秀はこう言った。
「おうっ、大儀大儀。百里佐(鷹迅)から鳩の報せあったでよ。九十余名が国境へ走ったのも知ったがや。ほしたら其方等は、奥へ行き、御方様を御守りいたせ。笹百合に合力してやればええ。だれぞ、この者等を、奥へと案内いたせ」
鉄三達は、巡察時に何度か見かけていたから、初見ではないが、正体が判らない園田を、ちらりと見たが、何も言わず、立哨していた徒侍の一人に案内されて、奥へと向かった。
園田が厠へと断って、その場を離れる。
奥御殿で、徒侍から引き継いだ奥女中が、笹百合にそれを報せる。
瑠璃色小袖に、括り紺鉄色袴、額全部を覆うほど大きくて分厚い鉢金に、襷は山吹色。腰には鍔が四角い大脇差しを差し、右肩からは、長い黒革製の、ハンドバッグのような容れ物を吊った笹百合が、御殿式台に来て、下で片膝を突く鉄三達に指示する。
「ほな、おまはんらは、御方様がいてはる、この奥御殿を取り巻いて御護りしぃ。あるとは思えへんけど、もしや曲者らしき者が来よって、合言葉でそう見極めたら、容赦せんでええ。かまわへんから即刻討ち取りなはれ・・・飛び道具は、葛籠から出して身につけるんやで」
立ったまま指図する笹百合を見上げて、相変わらずの、その涼やかな美しさに、鉄三は思わず眼を伏せる。
鉄三は、同時に微かな金属音で、笹百合が鎖帷子を着込んでいることと、肩からの容れ物が、膨らむほどの道具を、身につけている事に気付くが、忍びなら当然だから、驚いたりはしない。
奥へ戻ってゆく笹百合に、鉄三達は平伏して、指示に従い配置に着く。
するとそこへ園田要二郎が来て、腰を屈めながら鉄三に近寄る。
片膝を突いた要二郎は、声は出さず、口の動きだけでこう言った。
「手前は輪のびとが一員。滝川左近将監様が郎党、園田力之助要二郎でござる。万一の折は、御助勢仕る。以後、御見知り置き願いまする。笹百合様へも、そのように御伝えくだされ」
鉄三は、園田が、笹百合をすでに知っていると判って驚いたが、同じやり方で答える。
「懇(丁寧な)なる御色代、痛み入りまする。拙者は津島屯所に勤めおりし、鏡びと衆が一人、鉄三と申しまする。平手様、御下知により、組子十名と共に、この御殿を御護りいたしおりまする。園田殿が御申事、承知仕りまいた。なにとぞよしなに」
読唇術に、伊賀流甲賀流の違いは無い。
声にしなくとも、互いに国言葉を使わなかったのは、初の会話で緊張があったからだろうか。
鉄三は、奥女中を通じ、笹百合にそれを伝える。
その後、城の櫓大門、搦め手門、南北の水の手門を兼ねた長屋門、不浄門は閉じられたが、櫓大門以外の四箇所の跳ね橋はそのままで、それぞれの門前に、足軽番兵が二人づつ立つ。
清洲城は、五条川右岸の自然堤を利用して築かれていて、櫓大門は堤の西端にあり、三間幅(五.四㍍)の頑丈な木橋は、清洲城下町とつながっている。
その、一町離れた南には、湯を城内に引き込む木樋が、川を跨いで見える。
木樋の蓋に、無数の鉄菱が打ち込んであるのも、最初のままだ。
一方、厠からの汚水は、西の土塁を突き抜かした木樋が、やはり西の水濠を跨いで荒れ地へと運んでいる。その蓋にも当然、鉄菱が打ち込んである。
大門からは、左右に土塁が、凹凸のある楕円形に、十二万坪の城を包むよう延びていて、土塁の上には、無数の狭間がある、高さ三間半の土塀がぐるりとあり、土塀は漆喰で固められている。
土塁の前には、五条川から引き込んだ水を湛えた幅七間(約十三㍍)の水濠があり、清洲城の防御は、この水濠と土塀だけを頼りに行われる。
史実では、信長の次男、信雄が、天正十四年に、城と城下、百三十五万坪を石垣で囲み、本丸に天守を築き、水濠や石垣を二重、三重にして護りを強固にしたそうだが、今この時の清洲城はそんな様子だった。
少しして、不浄門へ、年老いて汗塗れの百姓男が、天秤棒を担ぎ、両端に肥桶を下げて、よたよたとやって来た。
彼は小柄で、白髪の総髪を短く後ろで縛り、薄汚れた袖無しの膝までの小袖に、褌一つで素足だ。
やはり汗を掻いた番兵が、気づいて声をかける。
「おっ、田十、おみゃあ、半鐘の早打ち聞かんかったんか。あっ、おみゃあは耳が遠かったな。野良へ出とったかっ。しかたにゃあっ、よお聞けよっ。今日はいかんわっ。お殿さま御出陣だでっ、まあ城には入れんがやっ。家へ帰れっ。戸締まりせなかんぞっ(しなくてはいけませんよ)」
気のいい番兵は、途中から、大声にして説明する。
右耳に手を当てて、話しを聞いていた皺顔の田十が、大声で聞き返す。
「ご、ごしゅつじんきゃあっ。なんぞあったんかなもっ(なにかありましたか)」
「うんっ、戦というほどでもないらしいがようっ、熱田になにやら曲者が大勢うせおったらしてよっ(来たようだから)。多分御帰りは明日だわっ。ほんでも、おみゃあが案ずることはにゃあっ。明後日出直しゃあっ(出直しなさい)」
田十は、城から糞尿を貰い、己の田畑に撒く。城内からの糞尿は、庶民階級とは食べ物が違うから、肥料効果が高いからだ。
番兵は、親切心にしても、言ってはならない事情をつい、話してしまったが、その重大さには全く気付いていない。
「番人様っ、ほしたらちゃっと(すぐに)帰ゃあるわなも。ほれにしても、あらけにゃあ(とんでもない)、はたのぼりだなも」
「おうっ、訳は判っとるけどよっ、おみゃあには漏らせんっ。まあ、我らの大殿様は、冴えた御頭で御賢けえで、と思っときゃあええわっ」
誇らしげにそう言った番兵に、頷いた田十は、頭を深く下げ、素直に引き返す。
田十は、城の北、清洲から、約半里の下之郷(現在の清須市春日中沼)辺りの我が家を目指して、五条川に沿って早足で歩く。
普段なら大勢が働く、左手の田畑に人影は無い。番兵が勝手に解釈した、田十の事情は別に、避難の合図の半鐘を聞いた者達は、声を掛け合い、すでに自宅へ避難しているからだ。
城から六町(六百六十㍍)ほど離れ、竹林の中に入った途端、田十は担いでいた、大事な仕事道具を藪に放り込む。
(はよ、はよ、狼煙を・・・志津山の後藤様方に、御報せせな)
身軽になった田十は走り出す。家まではあと十一町(約千二百㍍)。
石ころだらけの細い道を、必死に走る田十の顔は、興奮からか、まっ赤だ。
全力で走ったから、粗末な家に着いた時、その足裏は、真っ黒で分厚いゴムの様なのに、石で破られ血まみれだが、田十はそのまま新しい草鞋を履き、納屋から背負子を取り出して背負う。
背負子には、青杉葉が、背負子から縦横三尺も突き出すよう、大量に縛り付けてあり、火吹き竹にしては長く、使った跡もない竹筒もある。
田十は、他にも何かを入れた布袋を首から下げ、戸締まりもせずに、家を飛び出す。
田畑のあぜ道を、北に向けて走る。
何度かバランスを崩し転ぶ。
汗だくの顔や手足が傷ついても、そのまま必死に走る。
人影はやはり見当たらない。
道らしい道もなくなってきたから、スムーズには走れない。
なるべく直線を行こうと、場所を選ばず走る。
田畑を踏み荒らしながら、飛び越えようとした肥溜に、ズボリと落ちるが、背負子のおかげで、腰までで止まる。
必死にもがいて肥溜から抜け出し、また走る。
全身汗塗れで呼吸は荒く、口は渇いてカサカサになっても耐えて走る。
馬借頭の弁吉の、大きな厩のある家が見えてくるが、そこは今の目的地ではない。
そこを過ぎ、更に六町ほど走ると、五条川右岸の自然堤から、半町下がった辺りが雑木林の丘になっている。
田十は迷わず、その雑木林に入り、二十尺(約六㍍)あまりの丘を登る。
そこは、ただの雑木林で、果実が成る訳でもないから、普段から誰も近づきもしない場所だ。
丘を登り切ると、そこだけは雑木が切り倒され直径三間(五·四㍍)位の広場になっているが、外側から、それは判らない。
汗と血の臭いに、藪蚊の群れが、待ってましたとばかり、唸りを上げて襲いかかる。
田十は、煩そうにしばらくは手で払い除けるが、やがて諦め、刺されるがままになる。
広場の真ん中には、折れた枝や、切り倒された木の細枝などが、雑然と折り重なっている。
田十は、背負子を広場の端に下ろすと、布袋から竹筒を取り出し、中身をごくごくと飲み、また袋に仕舞う。
唇端から、白い液体がこぼれ落ちたから、中身は濁酒か。
フーッと息をして、その布袋も、背負子のそばに放り投げた田十は、折れ枝などを隅へ動かす。
するとそこには、直径二尺、深さ一尺くらいの丸い穴が見えてくる。
鼻が曲がりそうな、己の悪臭も気にならないように、田十はまず、辺りから燃えやすい枯れ枝などを集め、穴の真ん中に集める。
背負子を運び、青杉を下ろす。
その間も、身体中に藪蚊がまといつき離れない。更に時々、アブまでも噛みついてくる。
顔をしかめながらも、田十は怯まず、布袋から火打ち石と火打ち金を取り出し、枯れ枝に火を着ける。
乾いた枝などが、すぐに燃え始める。
青杉を穴にどんどん放り込むと、長い火吹き竹を穴の端から斜めに差し入れ。息を強く吹く。
青杉に火が移り、パチパチと音がしだすと、すぐに白煙が立ちのぼる。
すると、アブや藪蚊の群れが、煙を嫌がり逃げて行く。
しかし田十の露出した皮膚の殆どは、刺された跡が赤く腫れ上がり、全身が悲惨な様相になっている。
身体のあちこちを掻きながら、青杉を更に放り込み、足でギュッと押す。
隙間を造らないようするためだ。
火吹き竹を吹き、青杉を放り込むのを繰り返す。
風がないから、煙は上へと上がるが、真っすぐ一筋ではなく、広がってしまう。
田十は、それを見て、布袋から襤褸切れに包んだ、黒褐色の何かを取り出し、青杉の上から振りかけるようにする。
するとたちまち、煙はまとまり、一筋となり、真っすぐに上がって行く。
田十は、それを黙って見ている。
ありったけの青杉を使い果たし、ぼろ切れの何かもなくなってから、空の背負子と布袋を持って丘を下り、先ほど通り過ぎた馬借頭の家へ走る。
走りながら振り返り、振り返りするから、なんども転倒する。
しかし狼煙はずっと上がっているから、田十は嬉しそうだ。
やがて弁吉の家にたどり着く。
母屋の方で犬が吠えるが、鳴き声から仔犬のようだ。
馬の嘶き、鶏の鳴き声もする。
案内も請わず、敷地へ入り声を上げる。
馬糞の臭いがして、太った蝿が、沢山飛び回っている。
「弁の字っ、居るかっ、わしだっ。田十だっ」
すると入ってすぐの作業小屋の中から、声がする。
「おうっ、爺さまっ、ちょこっと待ってちょうっ。こりゃ、バンッ、吠えるなっ」
身なりは田十と同様、袖無しの短い小袖だが、脚には脚絆を巻き、草鞋を履いた、中背の逞しい男が出てくる。
頭には黒麻の烏帽子をかぶっているが、よれよれで前に垂れている。
犬の鳴き声は止まらない。
濃い顔つきの弁吉は、大声で言う。
「爺様っ、半鐘鳴ったのに、なにやっとるっ。あっ、狼煙かっ、やったかっ、上げたったかっ。ほれにしても、おみゃあ、顔やら手足、血まるけで、どえりゃあ臭いなあっ。肥汲み爺が肥溜にでも落ちたかっ。わははっ、臭すぎてっ、バンがおみゃあと判らず、吼えとるがやっ」
田十はただ頷く。
その眼からは、涙があふれている。
「挙げ句に蚊やアブにようけ喰われてまって。ひでえ面だぞ。ちょこっと待っとれ」
弁吉は表へ駆け出し、すぐに戻って言う。
「おうおう・・・爺様っ、狼煙は確かに上がっとるっ。真っ直ぐ上がっとるのは、難儀して集めた狼(正確には山犬)の糞のおかげだがやっ。お城に大殿様はおらんことを確かめたんだなっ。後藤様方の頼みを果たしたがやっ。ようやったっ、ようやったっ」
田十が、なんどもうなずく。
「あれなら志津山からも、必ず見えるっ。後はよう、皆様が来やあすのを待つだけだがやっ。馬はいつでも走れるようしたるで、鎧兜やら得物を出して、回しするでようっ。爺様は家へ帰りゃあっ。狼煙見りゃあ、城方から詮議に来るに決まっとるで、ここに居ってはいかんわぁっ」
「いや、わしはまあ、どうなってもええんだわ。いっぺんは死んだ身だがや。助けてくれやあた(くださった)後藤様方の御恩に報いれたでよ。どの道、お城の様を御伝えせなならんでよ。わしも回しを手伝うがや」
「ほうかっ・・・偉ゃあな。おみゃあを庇って斬られかけたのは、俺もおんなしだがやっ。ほしたらまず、井戸で身体洗えっ。糞やらを洗い流すついでに、身体を井戸水で冷やせ。痒いいの、ちいたあ(少しは)治まるで。洗ったら傷に馬脂塗って、腫れたとこはよもぎで擦ったるでっ。着物は、そこらにある、わしのを着りゃあええでっ」
田十は眼に涙をためて、ただうなずく。
「腹減っとったら、囲炉裏に卵雑炊あるで食やあ。わしは手下連れて、おみゃあの足跡を消して、狼煙の跡も隠してくるでよ」
声が小さくなったからか、田十が怒鳴るように言う。
「弁の字っ、声が小しゃあ。まっとできゃあ声で喋くれっ」
弁吉は苦笑いして、繰り返す。
理解した田十は、弁吉の言葉に従い、もそもそと動き始める。
弁吉は、自分の手下の馬借五人に熊手や箒を持たせ、痕跡の隠蔽に行く。
その狼煙は、四半時(三十分)ほど上がったが、それを待っていたように、少し前の北風に変わって、強い南風が急に吹き出したから、煙は風に散らされてしまう。
しかし、それをちゃんと見ていた者が、一人と大勢いた。
大勢とは、領内巡視の津島びと衆と、物見に出た清洲騎馬組百騎の者達だ。
津島びと衆は、下街道(善光寺街道)を北進し、ちょうど春日部群勝川村辺り(現在の春日井市勝川町)にさしかかったところだった。
揃いの装束に深編み笠の五十人は、五人づつで、距離を置き、四方に目をやりながら、足早に歩いている。
最後尾のびとが一人、何気に振り向き、笠を上げて西を見た時、その先端だけが見えた。
真っ直ぐのぼってゆく煙は、不審だ。
彼は大声は出さず、懐からだした呼子を、一度だけ短く吹く。
先行していたびと衆達が、たちまち駆け戻る。
笛の主が指さす方向を、全員が見る。
五十人の頭分、弥一が言う。
「さいぜん(先ほど)から、回りの様がちいと妙なんは、皆も判ってるやろ。ほいて、今のは、紛れものう狼煙や。もう見えへん。けど方角は清洲。とさいが、だれぞが、外に向けて合図しよったんや。狼煙場の詮議は後回し。方角からして、一番険しい、木曽川の小越辺りを、早う戒めなあかん。疾う(全速で)と走るで」
彼等は、本所勢の事はまだ知らないし、彼等なら、通常であれば聞こえるはずの、清洲の半鐘の音も、北風のせいか聞こえなかったから、事態の把握は出来ていない。
だが、清洲方向から、あちらこちらへ駆けて行く母衣武者や、使い番らしき騎馬侍、風の中、健気に飛んで行く、多数の鳩は目撃している。
そして大勢の領民達が、鐘や太鼓の合図で農作業をやめて去っていくのも、移動中に見ているから、何らかの非常事態だとは判っていた。
それでも、その訳を警報元を推察して、いちいち聞きにはいかない。
それならそうで、その事に時間は割かず、彼等は更に警戒を強め、領内治安を守らなくてはならないからだ。
だが、そうしているとき狼煙を発見したのだ。
不審な狼煙に導かれるかもしれない敵を、迅速に発見通報するのが、優先任務になったのは当然だ。
弥一は、駆け出す前に、不審な狼煙が上がった事と、警戒に小越へ向かう事を、鳩で清洲城へ報せる。
勝川村から清洲城までは、約三里。
葉栗郡の木曽川左岸までは、約七里だから、彼らには、なんでもない距離だ。
清洲騎馬組は、国府宮(現在の愛知県稲沢市国府宮)辺りで狼煙に気づくが、頭分、長谷川与次の判断で、びと衆同様、狼煙場の調査はせず、葉栗郡の浅瀬が多い、木曽川左岸の小越へ向かう。
また、津島のすぐ北にある勝幡城からも、物見の騎馬組が出たが、彼ら二十騎は、距離もあって狼煙には気付かない。だが、二十騎は、最初から、敵の侵入確率が高い葉栗郡を目指していたから、そのまま駆けている。
更に、岩倉、犬山の城からも、狼煙に関係なく、国境の木曽川に向けて、騎馬組はかなり出たが、同じく距離により、狼煙には気付かない。
一方、弥一から鳩での報せを受けた政秀は、すぐさま大門以外の跳ね橋を上げさせる。
不浄門以外の跳ね橋は、真ん中に、木と鉄製の巨大な蝶番があり、二つに折りたたむ仕掛けになっている。橋の先端を二本の太縄で繋ぎ、各門下にある滑車を通し、馬四頭で引き上げる事が出来るのだ。
橋が九十度に上がりきる前に、足軽達が大勢取りつき、城側に倒れてしまうのを防ぎ、道具も使って慎重に手前に倒す。そうして折りたたまれた橋を、太縄をつけ替え、今度は袂の蝶番を軸にしてまた馬で引く。すると上がった橋は、門に密着して止まるから、それを固定すればよい。
そうなると、水濠に八本の支柱の先端が残るが、そこを並みの人間が、飛び渡って来る事はまず出来ない。橋を上げたら、小舟で近付き、平らな先端に、隙間無く鉄菱を打ち込むからだ。
また南北の長屋門の下は、土塁が掘り下げられ石積みの水路になっていて、水路は城内の小さな舟溜まりにつながっている。舟溜まりには小舟が何艘かあるが、その使用目的は城の雑用だ。
その二箇所の舟溜まりは、細い水路でつながっていて、真ん中には、もう一つ西に向いた水路があり、城西の土塁の下を潜り抜け、水濠に流れ落ちる仕組みになっている。
だから、舟溜まりの水は澱む事なく、常に流れているから、蚊は卵を産み付けない。
二つの長屋門そのものは、土塁の水路の上に太い材木を横に並べたものを基礎にした上にあり、下の水路には縦開閉式の格子状の水門扉がある。
水門扉は上端が、長屋門下の材木に、これも大蝶番で取り付けられているから、舟を出す時は巻き上げて開き、閉じた後は閂を差し込む。
閉じた水門扉は、太い格子状で、水は通しても人や舟は通れない。増水時には、五条川からの取水口の大きな水門扉を降ろすから、濠水は溢れない。
もう一箇所、不浄門の橋だけは、細くて軽いから、仕組みは同じでも、足軽が十人もいれば引き上げられる。
この施設は、以前からのもので、記録を調べても、その構築が大和守家によるものか、それ以前の斯波家なのかは判らないが、便利で堅牢だから、そのまま使っているのだ。
では、大門につながる五条川に架かる木橋は、非常の際、どう処置するのかと言えば、万一、敵がここまで迫れば、油をかけて火を放ち、焼き落としてしまえばよい。
あと一人は、養老山地の南に居た。
信長が、狼三匹と越えた辺りより更に北の、養老山地の奥。
現在の、海津市南濃町津屋の志津山。
標高二百四十四丈(七百三十二㍍)の山頂は木々に覆われているから、眺望は利かない。
しかし、そこには高さ十丈(三十㍍)の余もある、杉の巨木がそびえている。
巨木には、下から上へと、手がかりとなる鉄杭が打ち込んであるから、上り下りは容易だ。
その先端に近い枝には、板が渡され固定されているから、人が二人くらいは座れる。
そこからなら、尾張平野は一望で、清洲城などは、手を伸ばせば、届きそうに見えるほどだ。
そこに座って清洲城方向を見ていた、みすぼらしい身なりの若者が、声を上げる。
「あっ、狼煙だっ、上がったがやあ」
その若者は下に向けて、大声で伝える。
「後藤さまあ~、狼煙があっ~」
下から声が聞こえる。
「あいわかったあ~、木を下りよお~っ」
そう言った、後藤と呼ばれた三十歳くらいの男も、侍には見えない。
「皆~集まれえ~っ、急げえ~、時との勝負だぞお~」
巨木の下には、粗末な小屋が幾つもあって、そこから男達が、何人も飛び出してくる。
その回りの森からも、何か作業でもしていたのか、汗びっしょりで、数人の男が集まってくる。
その内の二人は、六尺近い巨漢で、あとの者は、多少の差はあっても、みな普通の体格だが、全員が引き締まっていて、鍛え抜いたのが判る身体付きだ。
「今は、あれこれ語り合う間は無ゃあ。決めた手筈通り、散り散りとなって弁吉が家まで行かねばならぬ。御殿様方の仇を討つ日がやっと来たがや・・・照覧っ、八幡大菩薩っ、いざっ」
「お~っ」
後藤は、誠之進という名で、この辺りは彼の実家、土豪、後藤氏の領地なのだ。彼は三男だったから、以前の清洲織田大和守家に、元服後、すく小姓身分から仕えてきていたが、清洲異変で城を立ち退き、他の家来衆と共に、ここに隠れ住んでいた大和守家の遺臣なのだ。
誠之進は、清洲異変の折、鬼火に怯える足軽を蹴り飛ばし、恐れるなと叱咤した侍だ。
全員が手早く支度する。
指図した誠之進は、小さな葛籠を背負うが、すこし重そうだ。
全員の衣服は粗末で、田十や弁吉同様、貧しい庶民の格好だが、足元は、革草鞋に革足袋、革の脚絆で固めている。
この辺りも、蝮が多いからだ。
彼らは武器も持たず、後藤以外の半分ほどは、籠や背負子に、獣の毛皮、木製の諸道具、炭、竹細工の道具を満載し、山を転がるように駆け下りる。
すると、後藤氏の館がある、志津山南の中腹辺りから、彼らを励ますよう、太鼓と法螺の音が、無数に木霊して聞こえる。
全員がそれに気づき、一旦立ち止まり、その方向へと、小さく頭を下げる。
麓まで下りると、五~六人づつに別れ揖斐川を目指す。
すぐに、揖斐川に繫がる湿地帯にたどり着く。山頂から一刻もかかっていない。
総勢二十二名は、四組に分かれ、小さな川舟が隠してある、暗紫色が広がる芦原を進んで行く。
舟の位置は判っているから、迷わない。
それぞれが、四艘の舟に乗り、あちこちに、洲や浮洲がある、複雑な水路を進み、揖斐川にたどりつく。
荷物を背負った者以外は、少し格好が違い、半纏のような小袖に褌一つ、鉢巻で、川舟の船頭のような姿だ。各舟二名づつのその者達は、舟を漕ぎ出す前に、三つの足拵えを外し、芦原へ放り捨てている。
南風が吹き始めたが、揖斐川は、この辺りではかなり狭まっているから、割と楽に渉れる。
渉り終えると、それぞれが全員で小舟を担ぎ、堤を駆け上がり、また下り、揖斐川と長良川の間にある、湿地帯の水路を探す。その一帯には、わずかに陸地もあるが、そこを行けば二里以上もあるから時間がかかるし、なにより舟を担いででは、困難だからだ。
要するにこの辺りは、川と川が分かれているようで、無数の洲、浮洲などで繫がっていて、南向きの流れが三本ある、巨大な湖沼地帯と言ってもよい場所なのだ。
雪丸達が、竹筏で三川を渉った時、このあたりより下流を選んだのは、地相が違って、川と陸地の区別がはっきりし、三川が接近していて、川面が広い事もあり、迷う恐れがなく、渉り易いと判断したからだ。
余分だが、信長を乗せた狼達が、その少し上流を選んだ理由は、三匹に聞かねば判らない。
その付近に比べ、この辺りの水路は非常に複雑だから、知らない者はすぐ迷って抜け出せなくなる。
この地形、地勢は、この辺りから上流の犬山くらいまで大きく広がっている。
その全貌は、鳥瞰的に見なければ、全く判らない。
ここから上流にかけての三川の堤に立てば、どこから見ても、涯ても見定められないほどの芦や荻の原。竹林も多数、中洲に繁茂していて、川面などは、僅かしか見えない。
植生が熱帯地域と違うのは当然としても、狐狸や兎、鹿、稀には猪までも山から下りてきて住み着き、野鳥やその他の生き物も多く生息する、水辺に広がる、まるで密林のような地域なのだ。
とは言え、中洲に住む庶民も僅かにはいて、中には、中洲の上流側に堤防を築き、家屋や田畑を守る者もいるが、それはとても粗雑な出来で、わずかな増水で家や田畑は水没してしまうから、暮らし易いとは言えない場所だ。
輪中と呼ばれる、中洲や堤外下の家屋、田畑全体を堤防で囲む仕組みが活用されるのは、ずっと後の事だ。
蜂須賀小六達、川並衆は、そんな暮らし難い地域一帯のあちこちに、大小の砦を設け、操船の業を活かし、木曽七流と呼ばれるこの一帯を、自由に往来、蟠踞している、神出鬼没かつ精強な、言わばゲリラの様な集団なのだ。
だから川並衆は、信長も含め、近隣の大名、豪族、地侍達から一目も二目も置かれているのだ。
ただ前述の様に、信長にその全貌を知られるのは時間の問題だが。
水路を見つけた彼らは、この日に備え、操船の練習を重ねてきたし、土地勘のある後藤からの学びや、志津山山頂からの目視での水路研究もしてきたから、ほとんど迷わず、水路をくねくねと進み長良川に着く。
長良川も、この辺りでは、それほど川幅はない。
渉り終えると、四艘の川舟は、芦原に突っ込んで使い捨てる。
次は、川幅が十五町(約千七百㍍)もある木曽川だ。
木曽川右岸の堤を駆け下り、弁吉が芦原に隠したはずの、大きな川舟を探す。
やっと見つけたその川舟は、長さが、十間(十八㍍)もあるから、全員が乗れる。
手分けして被せてあった芦を取り払い、底に溜まった水を、桶で掻き出す。
長期間、水に浮いていたから、傷みはありそうだが、現に浮いているから、躊躇せず乗り込む。
木曽川は、強くなってきた南風に波立ち、流れと逆方向へ、白波がたっている。
普段なら、多数行き交う舟は、少し前までの北風に危険を感じて陸に向かったのか、あまり見えない。それでも、それぞれの泊地を目指して、木曽川を東西に横断する舟が何艘かは見える。
それらの舟を操る者達は、転覆しない様、必死に艪や櫂を漕いだり帆を操っているから、他の舟などに関心を寄せている余裕はない。
一行は、素人には操作が難しい帆は立てず、二人づつが艫で二丁の艪を漕ぎ、四人が左右で大きな櫂を漕ぐ。
残りの山人の乗客を装う者達も、船内に用意してあった小さな櫂を漕ぐ。
全員が、汗と飛沫にまみれ、身体は水をかぶったようになっている。
流れは強いが、南風が、それをかなり相殺してくれる。
それでも舟は左右に大揺れする。
後藤が叫ぶ。
「波に負くるなっ、流されてもええっ、岸にたどり着くまで漕げ。漕ぎ続けよおっ」
えいさっえいさっ、と、掛け声を全員でかけながら、その舟が木曽川左岸に着いたのは、信長達が、熱田のすぐ手前まで進んだ時だ。
そこからは走るしかない。清洲近くの弁吉の家までは、約四里。
彼等はかたまらず、ばらばらに別れて駆け出す。
そして彼等は、偶然だが、揖斐川やその堤を下る曲者や、それを舟で追おうとした、小六の一行とは出会わないで来た。
小六達は、舟を強奪した曲者一味を追って、揖斐川を下った。が、余りの荒れ模様に、曲者達が奪った舟は、すぐに全て転覆したから、自分達も、舟の使用は途中で止めようとした。しかし、流されそうな曲者達を、すててはおけず、その救助に手間どった。それで、舟に乗りきれず、揖斐川右岸を走っていく曲者達に先行された。だから、救助の後、助けた者達を縛って帯同し、同様に揖斐川右岸堤を走って、曲者達を追った。後藤達は、その後に渡河したのだ。
彼等に運があったからか、他の事情も彼等を助ける結果となった。
すなわち、津島から、北と西の国境警戒に走ったびと衆は、九十人くらいだから、要警戒の木曽川左岸と言えども、河口から犬山辺りまで約二十里(八十㌖)もあり、十町(約一㌖)に一人くらいの割合で、点々としか配置できない。
東の松平との国境は、地域各城と交替で、常駐のびと衆五十人がいるから心配はないが、美濃からの侵攻も、絶対に無いとは言えないから、独自に広域を警戒しなければならないからだ。
百騎の清洲騎馬衆は、幾つもの浅瀬があり、最も警戒しなければならない、木曽川が大きく南曲する葉栗郡辺りを目指し、まだ駆けていて、勝幡騎馬衆はすでにその木曽川左岸に着いているが、両者は互いの動きを知らないし、出会ってもいない。
要するに、津島から出たびと衆、約九十人以外の三つの警戒勢は、個々に全てが葉栗郡に集まりつつあったのだ。
だから、三川を渉る、正体不明の一団の渡河地点辺りを警戒していたのは、広く散った津島びと衆の一人だけだった。
しかも、警戒指定位置は、一団の渡河地点からかなり離れていた。
そのびとは、彼等の舟は遠目で認識はしたが、その様子から川筋の庶民だと判断し、まさか曲者の一団とは思わなかったのだ。
また、彼には、志津山からの法螺や、太鼓の音は、距離と風で聞こえなかった。
更に、本所勢のお陰で、領民は退避していたから、不自然に駆けていても、人目につくこともなかったのだ。
また田十の耳が遠くなければ、彼は不浄門に近寄りも出来なかっただろうし、確実な信長の留守を、知る事も不可能だったはずだ。
田十は、回りの様子で警報を認識していたが、耳の悪さを利用して、その意味を知るため、とぼけて不浄門へ行ったのだ。
気のいい番兵は、まんまと田十の計略にひっかかったのだ。
田十は、信長不在を、ずっと探っていたのだが、これまでは様々な準備が整わず、また、たびたび信長不在らしき事はあったが、期間の確証が得られなかった為、今に至ったのだ。
志津山からの一団に、織田勢の事情や動き全てを知る術があるはずもなく、計画も粗雑と言えばそうではあったが、体面をかえりみない懸命の変装と、上記の様な幾つかの幸運が重なり合い、彼等は警戒線を擦りぬけることが出来て、結果として、誰にも気づかれなかったのだ。
最大の難関を越えた彼等は、裸足の船頭姿の者は草鞋を履き、それ以外の者も、足拵えを草鞋に変えて、またばらばらに別れ、道を変えて、弁吉の家を目指して走る。
四里は遠かったが、道中に人影が皆無だから、余計な神経は使わずに済んだ。
彼等が走っている頃、弁吉の家。
「爺様、雨でよかったがや。泥濘んだで、おみゃあの足跡消さんでもよかったわ。狼煙の跡も、判らんようにしてきたでよ」
「弁の字っ、まっとできゃあ(もっと大きな)声出せっ。聞こえんがやっ、と言っとるだろっ」
田十の大声に、また苦笑いした弁吉が言う。
「お爺っ、俺は耳聞こえるんだでっ、おみゃあはっ、そうも、できゃあ声ださんでもええんだわっ(そんなに大きな声は出さなくていいですよ)」
「あはは、ほうだなっ」
と、また大声で答えた田十は、借りた弁吉の単衣を着て居るが、だぶだぶだ。
吠えていた、重さ二貫半、生まれて一年くらいの仔犬のバンは、田十の臭いを認識したのか、もう静かになっている。
「身体はっ、洗ったなっ。今っ、馬脂塗って、よもぎで擦ったるでっ」
田十の傷に馬脂を塗りながら、弁吉が大声で言う。
「皆様のよおっ、鎧兜をよおっ、まさか武具屋には出せんでっ、おみゃあとわしで赤色に塗り変えてよっ、木瓜紋も蒔絵を模して、金色で塗ったは塗ったけどよっ、下手くそだでよっ、お城へよっ、討ち入りにいったら見破られんかなっ」
「弁の字、おみゃあは忘れたか。討ち入りの手管を定めるのによ、皆様も、一人二人と、ここへ忍んでこやあて(こられて)」
「覚えとるよっ」
「そんときによ、鎧兜の塗りをよ、一緒にやっただろ。おみゃあもわしも、決して器用とは言えんけどよ、皆様は、まあもれなく呆れるくりゃあ、不器用だっただろ」
「あははっ、ほうだったなもっ」
「ほんだでよ、どがつく素人がやったんだで、ちいとの不出来は仕方にゃあわさ。皆様方も、判っとらっせるわ(判っておいでだ)」
「うん」
「ほんだしよ、お城の皆様はよ、お殿様討ち死にと聞きゃあ、泡喰ってまって、後藤様方の鎧兜の色やら紋みてゃあ、目に入らんし、この分だと城行きは夜になるでよう、暗けりゃあ、よう判らんわ」
「あははっ。おじいっ、ええ御察しだがや。さすが年の功だなも」
やることを済ませた二人は、弁吉の手下の馬借達と共に、雑穀の卵雑炊を啜る。
弁吉は馬借達を、今日はこれまでと帰宅させる。
そして、 母屋の妻子と使用人達に、外へ出ないように命じる。
二人は、納屋へ行き、準備を始める。
夕七つ(午後五時)頃、最初に弁吉の家に着いたのは、雨と汗で濡れた姿の、後藤誠之進と他の三人だ。
夕暮れだが、まだ明るさは残っている。
弁吉と田十は、作業小屋の土間に土下座して迎える。
板敷には、手拭いを入れた大盥が幾つも置いてあり、雑穀米の握り飯と漬物も大皿に盛ってある。
土間には、大きめの水瓶に、柄杓が何本も突っ込んで置いてある。
弁吉が涙目で言う。
「後藤様っ、皆様も、よう御無事に・・・ほんでもよう、御武家様が、ほんな姿に身をやつしてまでなあ、べったんこ(べたべた)でよお、難しい言葉は知らんでよう、うみゃあこと、言えんけどよう、う~ん・・・あっ、ほうだっ、あっぱれだわ。あっぱれあっぱれ、皆様っ、あっぱれ、ああ~っ」
と、弁吉は大泣きする。
田十もつられるように、顔を覆って泣いている。
「うん。弁吉、田十、忝い、まことにまことに・・・武士にあらずと言えど、其方らの心根は、男子の鏡鑑。改めて礼を申す。この通り」
と、頭を下げた後藤は、中肉中背、大きな顔に細い目。鼻筋は通って唇は薄い。
重そうな葛籠を降ろした、後藤と三人は、田十から城の様子を聞く。
彼等は聞きながら、水瓶の水を何杯も柄杓で飲む。
「ほうか、門番がそう申したか。信長めは明日まで留守か。ほんだで田畑に人影が無かったのか。そなたでなければ、ほれを知る術はなかった。正に命懸けだったの。見かけに寄らず肝が太えがや。あはは、見事ぞっ、田十っ」
涙がおさまった田十は、聞き取れないようで、ただ、にこにこと笑っている。
後藤が続ける。
「大和守様(広信)、雅楽守様(坂井大膳)を惨く殺めおった憎っくき三河守(信秀)は、既に身罷りおったゆえ、成ることならば、信長に一太刀なりと浴びせたい。されど近頃は、身辺警護厳重が様なれば、せめて御台(濃)を斬り、信長めに悲哀の思い味合わせ、わずかでも、大和守様方の恨みを晴らし、武士の一義を立てるのみ」
弁吉と田十は、頭を擦りつけて聞いている。
弁吉が見上げて言う。
「後藤様、ほうだなも。守護代様方を、馬裂きにするとはあんまりだわなも。ほんでも今はまあ、時が惜しいでよう、早うに回しをしやしゃあせ(なさいませ)。今、鎧兜やら何でか持ってくるでよ。まずは御体を拭いて、御汗を、この盥の水で」
「うん。ほれにしても田十、顔、手足が傷まるけで、腫れがすさまじいな。面相が変わっとる。狼煙上げの為にそうなったか」
田十は聞こえないからか、後藤に絞った手ぬぐいを渡し、拭けとジェスチャーする。
後藤は、質問を諦め、着物の帯をときながら、また呟く。
「あれから半歳の余、なかなか討ち入る時節に回しが整わず、今になってまって」
後藤は、そうしながら、粗末な着物を脱ぎ、手拭いで汗まみれの身体を拭く。あとの三人は無言でそれに習う。
四人とも、身体のどこかには傷跡があるのが見える。
「あの折りは、連日の怪異で、心身共に疲れ果て、信長勢がうせおったと判ってはいても、大和守様方が惨い目に合っておられても、手向かうに手向かえれなんだ。やむを得ず、城を引き退き、我が実家の志津山へと、百数十人で向かったがや」
田十は、手拭いを絞ったり、侍達の背中を拭ったりしながら、耳に手を当て、後藤の話に頷いているが、また言う。
「後藤様、まことにすまんこったけどよ(大変申し訳ないが)、まあちいと、大声でよう」
「ほうだったな。さればっ。我等は卑怯だったやもしれぬっ。されど弱った身体で斬り込んでもっ、武備万全の信長勢に、ただ討ち取られるだけだったであろうっ。ゆえに、今日まで耐え忍び、其方らの助けを頼りに待っておったのだっ」
大声に田十が答える。
「わしと弁の字はよっ、御城そばで、行き会ったお殿様方に気付かず、粗相してまって、無礼討ちになるとこを、皆様方に助けられたでよっ。合力は、あたりみゃあ(当たり前)だわっ。いまのお城方に恨みなんぞは無ゃあけどよっ、恩人の皆様が、たったこんだけばか(たったこれだけで)で討ち入りゃあすんならっ(されるなら)、せめて、わしらだけでも合力せなよっ、御不憫だでようっ」
と、田十が大声で言うと、また何人かが走り込んでくる。
「無事だったな。松岡っ」
「田畑に人がおりませぬ、訳は知らずなれど、城方が、領民共を引き上げさせたは明らかにて」
頷いた後藤が、その訳を教える。
松岡は、微笑む。
田十を見て、小柄で引き締まった顔の松岡敬介は、頭を下げる。
松岡は清洲異変の折、掠われた織田大和守広信を、最初に川原で発見した若侍だ。
弁吉が、気づいて戻る。
「田十、命懸けでの狼煙上げ、由(情報)の探索、有難し。その侠気たるや、見上げて遙か。また弁吉も、同じく命を懸けての合力、真に真に・・・」
松岡は、涙で言葉が続かない。
田十が、また大声でと頼み、松岡が繰り返す。
それで田十は、頬を赤らめ嬉しそうに頷く。
弁吉も嬉しそうだ。
そうこうしているうちに、次々と男達が駆け込み、遂に二十二人が揃う。
弁吉が、握り飯を勧めるが、誰も手を出さない。
「白米ではにゃあけどよ、中の具は五条川で穫った鰻に鯉の煮物、鴨肉に、炒り玉子も入れたるでよ、精がつくがね。召し上がってちょうでゃあ(ください)」
「弁吉有難し。されど物を喰うと、死に様が見苦しくなるでの。我等は腹切る羽目にならんとも限らんで、食えぬのだわ。赦せ」
と、後藤が答え、弁吉は悲しそうに頷き、支度を田十と共に手伝い始める。
二人は褌、直垂、脚絆に足袋、着籠み(鎖帷子)などを運び、後に、各々が鎧兜の各部を着けるのを手伝うが、一人だけは、白絹小袖に着替えただけで、鎧兜は着けない。
その支度に、正式ならあるはずの物が、個々に幾つか欠けていて、甲冑の装着後でも、よく見たら、目で判るものばかりだ。
後藤たち同様、全員が身体のどこかここかに、傷跡がある男達は、支度をしながら、後藤、松岡同様、二人を誉め讃え、礼を言う。
更に、誰もが、田十の顔身体を見て、口々に労りの言葉を口にする。
後藤がまた言う。
「百数十人が、こんだけになってまった(これだけになってしまった)。城を取り返すは、まあ適わん。ほんでも手筈通り立ち回りゃ、せめて信長めの方、濃を討ちとれるやもしれん。我らの主様方は、確かに悪逆非道を重ね、清洲領民を虐げられた・・・領民共は、あの御方様方を、悪鬼羅刹が如く忌み嫌っておった・・・また如何に心気乱れたと言えど、守護様(斯波義統)を弑奉ったは過誤の最たるもの」
痩身で切れ長のふたかわ目、顎が尖って鼻が高く、顔が整って見える、絹小袖の男が言う。
「あの怪異は、哀れだった須賀屋七名の真の祟りだったのだわ。人には成せぬ数々があったがや。須賀屋の一件は、祟られて、もっともなる悪行だったでの。武衛様(斯波義統)方を故無く討ち取り、弾正忠家に、城乗っ取りの名目与えてしもうたのも、祟りの一環だわ。正に因果応報、自業自得」
すると色の黒い、目がぱっちりとした男が、咎めるように絹小袖に言う。
「荒木、ほしたらお主は、皆様の惨い死に様を、もっともだというか」
荒木と呼ばれた絹小袖の男が答える。
彼は、背格好が信長に似ている。
「さにあらず、加藤。俺は、その実をいうたまでだがや。俺とて、あの沙汰は許せぬ。非道でも悪行でも、君主様方であったに違いないでよ。俺も、その御恨みを幾ばくかでも晴らす為、ここに居るんだがや」
「荒木の言やよし」
と言った、吊り目で顔色が悪く、やや肥満気味の男に、荒木が笑顔で言う。
「神田っ、褒めてくれるか」
今度は荒木よりは目が細いが、やはり美男の男が言う。
「俺も神田に同意」
「近藤、忝い」
荒木が頭を下げ、松岡が言う。
「後藤様、志半ばに、山を下り去った者達は、それぞれにやむを得ぬ訳があったのでは。裏切りではないがね。わずか二十二人ではなく、二十二人も残ったと思うべきでは。どの道、城の奪還は、百人おっても成らんがね」
後藤は無言だが、後藤と来た、三人の一人の巨漢が加わって言う。
彼は、細くつり上がった目、太い鼻と突き出した顎、身体は逆三角形で、筋肉の盛り上がりがよく判る、大男だ。
「わしも仲間が散ったのは、いた仕方ないと思う。ほんだで城は諦めても、御無念がちいとでも晴らせやあええんだで、こんだけ居りゃあええがね。守護代様方については、まこと、後藤様の仰せと、荒木の言う通り。だが、俺が許せんのも荒木同様一つ。如何に非道と言えど、守護代様や重臣の雅楽守様を、馬裂きとは。れっきとした武士なれば、切腹の沙汰が本来だがや」
「中辻、いかさま(いかにも)」
と同意したのも、中辻に似た身体付きの巨漢だが、眼はふたかわで、整った顔付きだ。
「高坂、わしもそう思うがや」
と、次に賛同したのは小柄で、切れ長の目、鼻筋が通り、穏やかそうな顔付きの男だ。
「佐藤、まだあるぞ」
今度は、松岡と来た一人が言う。
彼は四角い顔で細い目、髪が濃く、顔には吹き出物の跡が幾つかある。
中背だが、やはり体は逞しく、俊敏そうだ。
「織田三位様は、由宇喜一と尋常の勝負で討たれたようだでまだしも、坂井甚介様、河尻殿、川原殿等、皆全て、那古野の剣術師範、平田某に、わざわざ六尺棒にて、嬲り殺しにされたと聞いたがや。俺はその平田も許せんが、聞けば口惜しくも暇を取って、尾張を出たようだがや。されば、その分も信長めの方に、必ずや、一太刀はくれてやるのだわ」
後藤が言う。
「成田男之助が申す通りだわ」
他の者達も、口々に似たことを口にする。
後藤が、纏めるようにいう。
「話しは尽きぬが、皆思いは同じ。時が惜しい。役割は判っておるな。信長討ち死にと、注進に先駆けするのは、成田だったな。信長の骸を装うのは荒木。後勢は、骸に付き添う騎馬衆を装い清洲城へ入る。信長の骸と知れば、必ず濃の方が近寄ってくるであろう。近づくを待ち、引きつけてまず、荒木が斬りかかるのだったな。周りに、家来は居るに決まっとるが、まずは濃。果たしたら後は、遮二無二斬り込み、身分のありそうな者を、一人でも多く討つべし」
信長が熱田湊に着いた、昼八つ(午後二時頃)には、古渡城の池田勝三郎恒興が、二百程の軍勢を率い、すでに到着している。
金張揚羽蝶の前立て付き桃形兜の恒興が、面頬は未着の信長に馬を寄せ、降りてから言う。
恒興は、目の下面頬(口部分は開き、鼻、両頬、顎を守る防具)を外しながら、信長の前立て無しの筋兜を見て、綺麗な眉を一瞬上げ、訝しげな顔になるが、、それは口にせず、こう言った。
「お殿様、鳩の報せには、本所のやつばらがうせおった(来た)と、ござりましたが」
と、聞くその目は猛禽のように鋭い。
汗と革の臭いがぷんとする。
「うん。座を廃したで、得物を揃え、ほれを咎めに来おったようだわ。されば会釈してやらねばのう。ほんでもたいした戦支度もしておらぬようでよ」
と、やはり汗だくの信長は、身を乗り出すようにして言う。
信長が、少し動くと、栗原髭丸の一件以来、城外では常に身につけている鎖帷子が、小さく金属音を立てるが、恒興はそれを知っているから、不審には思わない。
「人数は」
「二手に別れおるが、合わせて千五百ほどらしい」
「まあほんでも千五百とは、侮れませぬな。あっ、ほうだ、両加藤の当主どもが、急を聞き、家人郎党など引き連れ、加勢に参っておりまする」
「ほうか。呼べ」
恒興が走り去り、すぐに百人ほどの男達を率いて戻る。
若い男特有の、強い汗の香りがする。
恒興のすぐ後ろにいた、知恵深そうな顔付きで、背丈も同じくらいの、がっしりした体つきの二人の若者が、信長に近づき片膝を突く。
二人とも、総髪を後ろで束ね、麻小袖の裾を尻に絡げて両刀を差し、鉢巻、襷姿だ。
脛には脚絆、両手には手甲を巻き、足半草鞋だから、戦闘準備万端と言ってよい。
付き従う百人程の男達も、同様に戦支度をしていて、半数は手槍、半数は半弓を持っている。
信長が笑顔で言う。
「東加藤の図書助に、西加藤の隼人佐か。やっとかめ(ひさしぶり)だがや。なかなか凛々(りり)しき姿だがや。家人郎党を引き連れ、助勢してくれるのか」
信長より年下の二人は、無言で頭を下げる。
「その志は受ける。されど、海からの曲者共には我等が応ずる。そなたらは思わぬ方から曲者が来るやもしれぬで、熱田の森に遁れし、領民共を護ってくれぬか。四郎(熱田大宮司の総領、千秋四郎季忠。信長と同年)には、すでにそのように下知してあるでよ。四郎を援けよ」
二人が声を揃えて答える。
「委細承知仕りまいた。されば」
と、二人と家来達は走り去る。
加藤家とは熱田の著名な豪族で、信秀の頃から、弾正忠家の被官だ。武士だが普段は商人として活動している。この頃は東西に別れ、それぞれが東加藤、西加藤と称していて、駆けつけたのはその当主と家来達なのだ。
信長は幼い頃、熱田へ来れば、大瀬古の金之助の家と西加藤屋敷、東加藤の羽城の屋敷か、千秋屋敷のいずれかへ行くのが常だったから、季忠を含めた同じ年頃の三人とは、よく悪さをして遊んだ幼なじみなのだ。
その後、蟹江城の城代、林美作守通具が、やはり二百程の手勢と共にやってくる。
那古野の林秀貞、末盛の柴田権六勝家、最後に、勝幡城の武藤掃部頭が、遅れて到着する。
信長の軍勢と合わせて、約四千名強ほどだが、少ないのは、それぞれが半分を城の守りに置いてきたからだ。
ほぼ、全員が思い思いの各種面頬を着けていて、それも全て、深紅だし、その他の軍勢軍装も、全て深紅で統一されているが、鎧兜の形状は一種ではない。
信長は筋兜、家来衆は、それぞれ、頭形、桃形、突盔に、星兜などをかぶっているが、前立てのある者は、身分のある、小荷駄、長柄、弓、旗、の各奉行や、その下の各大将だけで、鎧の形も様々だ。
概記だが、その鎧兜は、厳密に言えば赤一色ではない。赤基調に、鎧の継ぎ目、結び紐、金具などには黒色も使われているのだが、それは間近に見なければ判らない。
信長の、この頃の常用兜は、突盔兜で、前立ては金張り(金メッキ)の、木瓜紋から御簾と呼ばれる剣のような尖った物が二十本丸く突き出し、後光がさしているように見える物なのだが、今、信長がかぶっているのは、騎馬衆の予備を借りてきたもので、色は深紅だが、それには元々、前立ては着けれない。
何故そうしたかと言えば、出陣支度の最中、一益がそう頼んだからだ。
一益はこう言った。
「お殿様、御出陣前に、妙な事言うて、堪忍してくだはりませ。わては、急に鳴海戦の事が頭に浮かんで、なんやら胸騒ぎするんでおます・・・」
と、それから一益はこう続けた。
相手が難敵とは思えない。だが、鳴海で山口九郎二郎を、由字左衛門尉喜一が討ち取った時、目標にしたのは、九郎二郎の三日月前立ての星兜だ。その事が、この土壇場に急に思い出されたから、それは不吉の予兆としか思えない。だから信長個人の特定ができる、常用兜の着用は今回だけは止めて頂きたい、と。
信長は、一益の真剣な表情を見て、頷いただけで、何も言わず素直に兜を変えたのだ。
信長は、そんな事は全く意に介さない。
そして、支度を終えた信長に、政秀が続けてこう言った。
「このような火急の折、申し上ぐるは憚りまするが、元松平間者にて、牢から解き放せし二名、御出陣に気付いたからか、ぜひ御軍勢の端にでもと、見張り役の足軽小頭に申しでておりまする」
「ほうか、忠義の二名だがや。足軽として、さし許す。ほんでも、こたびは城に残す。配置はじいに任す」
更に、通常ならあるはずの、軍勢の旗幟などは一切ない。あるのはそれぞれの自身差し物だけだ。
信長が留守にする清洲城に、大軍がいる事を装う為、城全周に、その旗幟を立てさせたからだ。それも各軍勢への鳩便で命じ、各城は同様にした。
熱田の町に人影はない。
信長が言ったように、町人や港の関係者は、避難指示を母衣衆達から受け、熱田の宮へ避難しているからだ。
当時の宮は、社域、約十万坪(サッカーグラウンド、約四十箇分)。本宮、別宮、摂社、末社を会わせると四十以上が鎮座している大宮だから、熱田湊の人々、約二万人くらいなら、楽々と収容できる。
町の北の境にいる信長の元へ、各大将が集まる。
「皆、大儀。暫くは浜に出ず、姿を隠せ。湊役人には下知済みだでよ、篝火と松明の回しをいたせ。やがて雨のようじゃ。濡らすなよ」
五人の大将は、無言で叩頭し、各隊へ戻る。
各隊は、町中へ下がり、建ち並ぶ町屋の北側に隠れる。
足軽、荒し子達が、湊役人と共に、熱田の町に常備してある篝火と松明を、いくつもの納屋から出しやすいように準備する。
そこへ、鷹迅が、ただ一騎で駆けつける。
「お殿様、配下は全て国境西、北へと。他の曲者がうせおれば(来れば)、鳩にて報せて参る手筈」
鳩小屋は、熱田湊の織田家湊番所にもあるのだ。
びと衆以外にも、領内の各城には全て報せがいっているから、それぞれが警戒態勢をとっているに違いない。どこからか新手が攻めて来ても、その時はその時で、対応の仕様があるから、信長に焦りはない。
鷹迅は、独断で清洲城警護に鉄三以下十名を送った事を伝え、勝手な振る舞いを詫びる。
「詫びどころか、礼を言わねばならぬ。鷹迅、有難し。留守居は五百名だで、まあちいと(もう少し)、万一を案ずべきだったがや。雪丸の言にて狼共も清洲だで、ほんで(それで)万全だがや」
汗をほとんど掻いていない鷹迅は、小さく頷く。
「鷹迅よ、浜に出て、身を潜め、桑名から舟が来たか、来ておらねば、西を見て、船影見えらば報せよ」
鷹迅は、信長の下知に従い、深紅の鎧兜姿で馬を下り、物陰を伝い浜に向かう。
熱田湊全体は、南西に向いている。
石積みの低い岸壁が、常夜灯を中心に左右に半里(二㌖)程あり、その向こうは砂浜が左は鳴海方向、右は下之一色漁港(現在の名古屋市中川区一色新町辺り)方向へ湾曲して続いている。
岸壁は、海に向かって雁木(階段状)になっているから、浜には簡単に下りられる。
当時、下之一色村のある、於台川(庄内川)河口までの右方向に、他の大きな川はない。
桟橋や港の整備は、信長の祖父、信定の頃から、父、信秀に至るまで、十数年もかけ、熱田の民と弾正忠家が協力して施設したのだ。
岸壁の間に内陸へ向かって、三十間(約五十㍍)四方ほどの船溜まりが三箇所設けられているが、熱田の海は、満潮でも、深い所で大人の首までの遠浅だから、大船は不用意には港に入れない。
そのため、沖懸りした、大船の荷を載せ替えた艀舟は、その船溜まりで荷下ろしをする。
しかし、常夜灯の前には、大桟橋が、四町(四百四十㍍)ほど南西に突き出してあり、大船は、その西側に船体を寄せる事が出来る。
遠浅なのに、大船が桟橋に近寄れる訳は、以下の奇跡的な地形があるからだ。
すなわち、浜から七町(七百七十㍍)ほどの沖合いに、干潮の時だけ先端が僅かに見える岩場が、おおむね東西に半里(二㌖)ほどあり、その岩場の西端は、ちょうど桟橋の前辺りで北に折れ曲がるように、深く沈み込んできており、更に左右が扇状に広がるようになっていて、まるで海中に、谷のような地形を作っている。
沖懸かりする大船は、その岩場より南なら、深さが三尋(約六㍍)あるから、その辺りに停泊する。
そして、その海中の谷は、もう何十年も、何故か砂で埋まる事はない。潮の流れと地形、風が醸すのであろう不思議だが、そのメカニズムは判らない。
海に生きる者達は、その、天然の防波堤の役割もしてくれる岩場を、自然の恵みとして有り難がる。
船頭、水主は入出港のたび、辺りに酒を撒き、手を合わせるし、港の関係者は正月となれば、大勢で岩場へ舟を漕ぎ出し、祓串(紙垂(ひらひらする白紙)を挟んだ白木棒)を、すぐ流されるのを承知で、岩場に何本も突き立て、感謝の念を表すほどだ。
桟橋は、その深さ六尋(約十㍍)もある海の谷を利用して、その東側に沿って設営されているから、大船は、岩場の西端をかすめ、その海の谷の間を航行して、桟橋に船体を接舷する事が出来るのだ。
そんな天然の防波堤はあっても、年に一度くらいの割合で、大嵐が来襲すると、その桟橋は壊れてしまう。
そんな時は、官民が協力して、迅速に復旧するのが決まり事だ。
桟橋を使うのは、比較的、値高い荷物を運ぶ船で、艀へ載せ変えたり、逆に艀から船に荷を積んだりする際の、海への転落を防ぐためだ。その場合は、桟橋の使用料を別に払うが、荷物が水没で駄目になることを思えば、安いものだ。
信長の甲賀行きの場合は、馬や大金を運んだから、これに当て嵌まる。
ただし、大船は単独では接舷、離舷はできない。
信長の甲賀行きと同様、出入共、曳き舟で曳航してもらわなければ、桟橋か船体を破損してしまう可能性があるからだ。
曳き舟は、岸壁に何十艘も繫がれ、波に揺れているが、その水主達の姿は見えない。
遠目の利く鷹迅が、兜と面頬は外して、岸壁に隠れ、海を見ている。
海は南風に白浪が立ち、荒れ気味だ。
普段、美しく透き通った海は、茶色に濁り、見えない長い岩場に、時々波がぶつかり、あちらこちらに轟音を立て、白い飛沫が高くあがる。
しばらく見ていると、遠くに帆柱らしき先端が幾つも見える。それはみるみる高さを上げるようにして、浜に近づいてくる。
舟が見え、形と大きさから、漁船と判断した鷹迅は、その場を離れず、監視を続ける。
先頭を、筵帆をいっぱいに膨らました漁船がはっきり見え、 艫(船尾)には、青地に赤で、丸熱の◯に熱の屋号が染め抜かれた大漁旗が、逆風に煽られ、舳(船首)方向へはためいているから、金之助の船団に間違いない。
二十艘近い漁船団は、それぞれの筵帆をスルスルと下ろしながら、櫓漕ぎに変えて、ほんの少し西の、小さな入江のような大瀬古漁港へと消えて行く。
しばらくすると、西から大勢が駆けてくる足音がする。
金之助と、弟達やその配下の漁師達だ。
鷹迅は、すぐ気づいて立ち上がる。
袖無し紺色刺し子に褌姿、素足で、先頭をくる金之助らしき男が、鷹迅の鎧兜姿を見て、一瞬、ぎょっとしたように立ち止まり、同じ姿で、後に続く男達も、つんのめるように立ち止まる。
彼等は半裸だから、全身の刺青が露わで濡れそぼっている。
それが、汗なのか飛沫なのかは判らない。
鷹迅は、金之助を手で招き、信長が町の北側にいる事を伝え、そこへ行って事情を聞くようにと言う。
金之助は、鷹迅をとっくに知っているから、余計は言わず、一行は共に走り去る。
金之助は、大勢の軍勢をかき分けるように、信長がいるであろう、騎乗で深紅の鎧兜武者が密集している場所に近づいていく。
軍陣前列の槍弓、鉄砲足軽や、徒侍達は、誰もが金之助を見知っているから、隊伍を開き、誰何もせず、一行を通してやる。
「お、お殿様っ」
気づいた小姓達が、馬首を巡らせ、さっと左右に広がり、金之助一行を通す。
馬上の信長が気づいて、声をかける。
「おっ、おじい。今帰りか。遅えがや。海が荒れたからか」
「ちゃうんだわ(ちがいます)。海はつい先まで、穏やかだってよう。大物狙いで、師崎(知多半島先端)の先までも、ちいと遠くまで行き過ぎてまって、遅なったけどよ、まあまあ水揚げ出来たで、丁度の南風に乗って戻ったんだわ。ほんでも、こうも荒れるとは思わなんだで、肝が縮んだがね。ほんな事より、どうしやあた(どうされました)。戦支度しやあて(なさって)。わしは、浜にだあれもおらんで、びっくりこいたがね」
「いつぞやも南風が吹いて、そなたが清洲へ来てくれたの。南風に縁があるのは、そなたか、俺か。あははっ」
「ほうだったなも(そうでしたね)」
と、金之助も笑う。
信長が手短に事態を語る。
「ほうかね。ほりゃあいかんがね(それはいけませんね)。わしんたらあも(我々も)、なんぞ合力できるやもだでよ、御軍勢の端に控えとるで、いつでも呼んでちょうでゃあませよ(くださいませ)」
激しい日焼けで、顔の刺青も見にくい程の金之助が、緊張の面持ちで言い、信長が笑顔で頷く。
一方、鷹迅は、じっと西の海を見ている。
風が予言した雨が降り出す。
帆先が一つ、二つと見えてくる。かなり横揺れしているのが判る。
七つまで数えた鷹迅は、監視を止め、信長の所へ走る。
「お殿様っ、うせおりまいた(来ました)。帆先が七つ、揺れながら、近寄って参りまする」
「ほうか。この風もあり、曳き船無しでは桟橋はおろか、浜にも近寄れまい。沖懸かりするであろうで、船それぞれが錨下ろせば、また報せよ」
信長も含め、待機する軍勢は、誰もが空を見上げ、顔を曇らせる。
雨は武器を濡らす。特に刀は、柄巻が濡れ、雨水が染み込めば、柄を濡らし内部まで湿ってしまう。放置すれば、茎が錆び、刀身、他の部品まで錆びる恐れがある。
行軍中なら、柄袋や油紙で包んで防ぐが、現状でそれは出来ない。
だから、事態が済めば、刀も脇差しも目釘を抜いて分解し、完全に乾燥させなければならないし、槍や長巻なども同様だ。
それは、かなり面倒で、手間のかかる作業だから、皆、そんな表情になる。
鷹迅は、また岸壁に戻る。
結局、船は七艘で、帆は下ろし、岩場の南に漂うよう点々と見える。
波に正対するように向きを変え、櫓を漕いで、浜に打ち寄せられるのを防いでいるのも見える。
船は、横揺れから縦揺れに変わり、船上には、鈴生りの人影が見える。
一番近い船の艫に、男が立ち、何かを叫んでいる。
鷹迅には、その風と波音に消されて、聞こえないはずの声が聞こえる。
「お~い、浜の衆~、曳き船の衆~、どこだあ~、わしだ~、東加藤船頭の新吉だがやあ~、船が覆る(転覆)がやあ~、頼む~」
同じ事を何度か叫んでも、誰も姿も見せず応えない。
諦めたのか、その男は、船上の人々の中に消える。
船の舷からは、何人もが身を乗り出して、海に嘔吐している。
少しして、船の前後から錨が下ろされる。
それを見たからか、その南側に点在する六艘からも、錨が下ろされる。
見ているあいだに、揺れる七艘から、幾つもの人影が海に落ちる。
すぐに、船から補修用らしき材木が投げ落とされるが、波が邪魔して、あとの様子は見えない。
そこまで見届けた鷹迅は、信長の元へ走る。
「ほうか。船は人でいっぱいか。無理矢理に乗り込みおったな・・・錨を下ろしたのだな。ほしたら、満天星、翠海、手の者を率い、桟橋に西向きに並べ。竹盾は、空のまま、石砂は詰めずともよい。勘考して、船を引き寄せるでよ、その折、曲者共の誰ぞが弓を引くか、鉄砲を構えたら、その者を撃て。ただし、なるたけ殺めぬようにな。そうなった折は、曲者共の得物の穂(刃部分)を、撃ちまくれっ。雨覆いの回しはええか」
満天星と翠海が、信長の最後の問いに頷いた後、手を上げて、それぞれの配下に指図する。
二人が先頭になって、揃いの深紅の半面頬(頬と顎の防具)、陣笠、胴、籠手、脛当ての鉄砲組足軽、百四十人が、桟橋へ走る。
雨足が強くなる。
「他の者は、真ん中に弓組が来るよう、桟橋左右に、浜に沿い陣を敷け」
信長は、前列に陣取った、市川玄武太夫を呼び、対応の打ち合わせをする。
曲者の動きに合わせ、即座に対応しなければ、いちいちの指図は、間に合わない恐れがあるからだ。
幅四間(約七㍍)もある桟橋に、鉄砲組が、西向きに竹盾を並べながら、縦に順に並ぶ。
今回は組は作らない。
一人が一挺づつの鉄砲を使うのだ。
彼等は、すぐ雨覆いを取り出し、それぞれの鉄砲に装着する。
それが済むと、丸い陣笠で、立てた鉄砲の筒口を雨から守りつつ、早合わせで弾薬を装填する。
続けて鉄砲を水平に持ち、同様に雨を防ぎながら、片手で操作できる口薬入れを使い、火皿に口薬を注いで火蓋を閉じる。
火縄は丸めて肩にあり、すでに着火されている。
あとは、火縄挟みに差し込むだけだ。
そして鉄砲は水平に抱え持ち、発射機構がなるべく陣笠の下にくるようにする。雨覆いはあっても、更に万全を期す為だ。
満天星と翠海は、面頬は用いず、竹片無しの銀色の雑賀鉢に、黒革勝色縅鎧姿で、その中央に立つ。
二人は、長細い竹棹に、白い布を縛りつけた指揮棒らしき物を持っていて、腰に吊った黄金造りの太刀と、脇差し以外は持っていない。
岸壁に沿い、百人の弓組を真ん中に、深紅の軍勢がズラリと並ぶ。
雨雲は、西から移動して来ていて、今真上だし、鈴鹿山脈の辺りに雲はない。
だから、太陽は見える。
雨は降っていても、西から陽が照りつけ、雨で少し下がった気温がたちまち上がる。
そのせいで、軍勢が持つ、長槍や薙刀、長刀の穂が、雨に濡れながらも、キラキラと、無数の深紅の鎧兜も鈍く輝く。
それを見たからか、船上の本所勢が、指を指して、口々に何かを叫んでいる。
信長は、林秀貞、柴田勝家、池田恒興、林通具、武藤掃部頭に囲まれ、更にその左右後ろに小姓衆、馬廻り衆が控え、弓組の後ろに、やはり騎乗で待機する。
信長以外の五人は、それぞれが意匠を凝らした金張り、銀張りの前立て付き兜をかぶっているから、信長は、その家来のようだ。
風が言う。
「お殿さま、わてら、弓衆の前へ行かしてくなはりませ」
信長は訳も聞かず頷いたから、鷹迅を含めた七人は、馬を下りて前に出る。
彼等は、指先を隠す革手は、すでに外し、指を握り込んでいる。
「物見の舟を出す事もなく・・・と言うても、海には不慣れであろうやつばら共だで、まあ、あんなもんだわな。あのざまならば、我等が隠れる要もなかったのう。さぞかし、水主(船員)どもを脅し付けたわな」
すると、桃形兜に、前立ては、家紋の丸に二つ雁金が金張りで、鼻が尖って、本物の怪物のように見える、天狗面頬の柴田権六勝家が聞く。
勝家は、この時二十二歳。五尺七寸、二十貫の身体。
今は面頬で見えないが、美髯を蓄え、大きな眼に、太い手足の武者振りの良い男だ。
「お殿様、如何しやあす。船はあのままに致すので」
「見てみよ。揺れがきつうて、船から何人も落水しとるがや。また乗っておる者共も、大勢が嘔吐しておるのが見える。船酔いいたしおるのだわ。今しばらくほかっとく」
「ははっ。されば曳き船の人数を、連れてこよかなも」
「うん。ほんでも遠目でも、薙刀や弓、槍などが見えるでよう。並の水主では怯えるだろう」
「う~ん、ほしたらどうしやあす。曳き船無しでは」
「金之助を呼べ」
雨に濡れて、金之助がすぐに来る。
「おじいよ、見ての通り、曲者共は得物を備えておる。戦の経(経験)もなき曳き船の水主共は、恐ぎゃあで、よういかんだろ(怖いからいけない)。おじいの手下ならどうかのん」
「得物言やあて(武器とおっしゃって)、鉄砲もきゃあ(鉄砲もですか)」
「いや、鉄砲は持っておらんようだし、持っとっても、放ち手が、よほどの手練れだにゃあと、あの揺れでは、弾、胴薬(火薬)詰めるのも難儀だし、肝心の胴薬が、おおかた、波飛沫と雨で湿ってまって、使えんわ。ほれにあんなけ(あれだけ)揺れとっては、狙いも定まらんわ。弓はあるようだけどよ」
「弓も、あんだけ揺れては放てんわなも。ほんだし、助けに赴くの者に、矢を放つたわけは、おらんわなも。わかったがね。曳き船の衆を装おって、曳いてくるがね。桟橋に着けるんきゃ」
「いや、もっとも近き一艘をまず曳いて参れ。桟橋に一気には着けず、隔たりを十間ほどとって、海中の谷の西で止め、錨をおろさせよ。だれぞに、曲者共を誰何させるでよ」
遠国の本所勢に、金之助達が、実は漁師で信長の家来だとは判るはずもない。
「ほしたら」
と、金之助が走りだすが、信長が呼び止める。
「おじい、待て。その誰何の舟の漕ぎ手が、最も険しい。だれぞ、肝の太い手下はおらぬか」
「おるおる。お殿様、御存知の、わしの弟の末吉と秀二、熱田湊で名うての極たれ二人がおるがね。荒けなしの骨頂(乱暴者の最たる者)な分、肝は据わっとるがね。ほんだし、舟漕ぎは、昔に増して、上手だで」
「おっ、ほうだった。末と秀なら、性根が座っとるし、櫓漕ぎの達人だの。幼き俺には優しゅうしてくれたが、熱田湊の荒くれ者共は、あの頃、皆、しょっちゅう二人に、無茶苦茶にされとったな。あははっ」
「ほしたら、お殿様、二人には、慣れた漁船で来させるわなも」
「あいわかった。頼むぞ、おじい」
「頼むと言われんでもやるわさ。お殿様、ちょびっと(少し)待ってちょうよ」
金之助は、そう言って駆け去る。
「ほしたら、誰何する者、誰ぞ、名乗り出え」
即座に、左後ろの柴田勝家が言う。
「拙者に・・・」
「ほうか、そなたの破れ鐘声なら、この風雨でも声は届くし、その恐ろしげな面頬で、曲者共の肝を冷やすか」
勝家が頷き、後ろから声がする。
「お殿様、拙者も柴田様と共に」
振り返った信長が言う。
「お犬か。ほうか、権六を護るか。其方も声はできゃあでな」
「御意」
「されば許す。末と秀が参るまで、しばらく待て」
選ばれた前田孫四郎利家は、六尺三寸の背丈に二十五貫の体重に成長している。彼は、頭形兜に、金張りの梅鉢紋の前立てを着けて、凛々しいが、眼にあどけなさは残っている。
しかし、赤染革の猿面頬が、それを判りにくくしてくれている。
信長は、勝家、利家と、曲者の出方による対応を打ち合わせ、合図も幾つか決める。
雨は降り続き、船の形が霞む。
軍勢は、もう誰も雨を気にしていない。
やがて、戻った金之助が、手下の漁師達を指図して、曳き舟を、四艘漕ぎ出す。
一艘に八人の、手練れの漁師だから、波をものともせず、スムーズに沖へ向かってゆく。
風が少し弱くなり、雨も小降りになる。
四艘の曳き舟が、錨を下ろした船に近づき、金之助らしい男が、何かを大声で叫んでいる。
船の後ろから、曳き綱が四本投げられ、それをそれぞれに、四艘の曳き舟が受け取る。
同時に、船前後の錨が引き上げられる。
四艘の男達は、掛け声と共に曳き舟を漕ぐ。逆向きのまま、舟が動き始める。
ゆっくりとだが、船が近づいてくる。
大瀬子村の方から、長さ五間(約九㍍)程の、漁船が近づいてくる。
三十歳くらいの二人の男が、掛け声と共に櫓を漕いで、巧みに桟橋に近づく。
二人共に、褌一つに鉢巻姿で、全身の刺青が良く見える。
秀二と末吉だ。
熱田服部家は、もう五代も続けて、この辺りの網元兼漁師、魚介類の卸売、小売、引き売り、仕出し業までする大店だ。
金之助は長男、次男は照彦、三男が秀二。四男は弘吉で末吉は末弟だ。
服部家では、代々の当主の名を、金之助と銀之助を順に使うと定めている。金之助の、もう亡くなった父は銀之助。金之助には子はないから、跡継ぎはまだないが、その者が決まれば、銀之助と名乗るのだ。
その先代の銀之助、つまり金之助兄弟の父の意向で、照彦と弘吉は、あまり漁には出ず、服部家の経理と経営を担当している。
照彦は、特に経理面では優秀だが、生まれつき左足が少し不自由で、引きずるように歩く。
そして弘吉は、熱田で評判の美男で、何事にも真面目に取り組んで、商売の駆け引きも上手い。
だからと言って、二人が軟弱なのではない。
全身の刺青はしているし、浜の荒くれ者も、二人と行き会えば、頭を下げて身体をかわすほどだ。
一方、秀二と末吉と言えば、熱田浜の水主、荷運び人足、馬借、漁師などを集めて賭場を開いたり、その者達が揉め事を起こせば、駆けつけて解決し、暴力沙汰になれば、殴りつけてでも黙らせて仲裁する。
しかし、弱い者達に決して理不尽は仕掛けず、仲間内だけでの事だし、信長の被官一家だから、湊の役人達も、二人の行動を黙認している。
二人は、後の世に生まれる、侠客の走りのような存在なのだ。
秀二は、饒舌で、しょっちゅう冗談を飛ばし、無類の女好き。
末吉は小柄で寡黙だが、喧嘩となれば、相手が大男だろうが、全く怯まず、その、抜群の運動神経を活かして、相手に勝つまで戦い抜く。
信長が気づいて勝家に言う
「権六、参ったぞ。さればゆけい」
権六と孫四郎は、馬を降り桟橋に向かう。
権六は両刀だけ。孫四郎は、愛用の士槍を持っている。
黒雲は東へ去り、雨が止んだ。
鉄砲組は、指図される前に、濡れた鉄砲を布で拭き水分を拭う。
雨覆いは外して仕舞う。
そして一歩前へ出ると、火縄を火縄挟みに差し込み、鉄砲を竹盾の真ん中の開口部に据える。
近寄る船の様子は見えている。
それを見ながら、満天星坊は口頭で、翠海は手真似で、配下に様々な指示をする。
翠海の、オーバーな手真似や身振りを見ても、その配下の者達は笑う事もなく、その指示を読み取ろうと、真剣な面持ちをしている。
秀と末の舟が、桟橋の北詰めに接近し、縄を投げる。
弓組の足軽がそれを受け取り、舟を桟橋に引き寄せる。
末と秀は、櫓を収め、その場にしゃがみ込む。
勝家と犬千代は、難なく舟に乗る。
「両名、頼む」
勝家がそう言うと、背の高い方の男が答える。
「任しといてちょう。わしとこの末は、服部の男だで、海の上なら、誰にも負けんでよ」
「改めて名をもうせ」
「秀二っ」
「末吉っ」
「危ういと思わば、我等を案ぜず、海に飛び込めよ」
秀二が答える。
「お殿さま方をほかっては逃げんのだわ。へへへっ、男が廃るでよ。魚も売っとるけど、わしらは男も売っとるんだわ。ほしたら行くでよう。近寄るまでしゃがんどってちょうでゃああそわせ(しゃがんでいてくださいませ)」
信長の被官一家と言えども、身分は庶民の二人から見たら、勝家も孫四郎も殿様なのだ。
これで闘うとでも言うように、末吉が、無言で舟底から長い二股の銛を差し上げ、二人に見せる。
勝家が笑顔で言う。
「両名の心意気、あいわかった」
時刻は、昼八つ半(午後三時四十分)頃だった。
夜七つ半頃(午後六時二十分)、弁吉の家の納屋。
もう雨は一刻半前に止んでいる。
二十一人は、深紅にはほど遠い、粗い赤塗りの鎧兜に面頬、一人は白絹の単衣。弓や槍を持つ者が半数づついるが、鉄砲はない。
出来映えは、まことに稚拙だが、鎧胴には、織田木瓜紋が、蒔絵でちゃんと描いてある。
荒木を除いて、あとの全員が、通常は着けない、鎧下の直垂や小袖の下の素肌に、着籠み(鎖帷子)を着けている。
直垂や小袴のない者は、上半身のみ。それ以外は下半身にも、鎖むかばき(下半身用の鎖帷子)を着ける。
装束の多寡は、身分からなのか財力のせいかは判らないが、直垂か小袴が無いと、鎖むかばきが、一部でも見えてしまう。
そうすれば、城方に不審を抱かれる。
だから、未着はそれを避ける為か、もしくは、鎖むかばきそのものを、用意出来なかったからなのかもしれない。
ただ、彼等は清州異変の折、怪異による疲労困憊のなか、信長勢の急襲と余りの多勢に、闘う事も出来ず、急に立ち退いたから、全ての持ち物を、持ち出す暇がなかった者もいたのは確かだ。
鎧兜の者は、それぞれ自分差し物を背中に挿している。
二十一人の差し物家紋は、どれもこの辺りならよく見る種類だったが、一人だけ変わった家紋の者がいる。
それは、白地に黒丸が四角に九つ染められた、平方九星の家紋だった。
この辺りでは珍しい。
納屋の隅で、一人が畳んだ布を取り出して広げる。
くすんでいて違う色の布を、つなぎ合わせたようで、大きなパッチワークのようだ。
「荒木に被せる為、古い旗幟をつなぎて拵えたが、やはりええ出来ではないの」
「加藤、案ずるな。血が染みらば判別がつかぬし、間もなく日も暮れる。闇の中なら判らぬわ」
「小山、いかさま」
後藤に、その会話は聞こえなかったようだ。
顔に髭のある者は、それや余分な顔毛を剃刀で剃って整える。無精髭がある者は、それを剃って準備は整ったかに見える。
弁吉が、盆に山盛りの土器と土瓶を持ってくる。
「皆様、御出陣の祝いだがね。この日の為に購った諸白だでよ。さあ飲んでちょう」
田十も手伝い、皆に土器を配る。
弁吉が酒を注いで回る。
後藤が声を上げる。
「弁吉、田十、行き届きし合力の数々、改めて礼を申す。皆の衆、今日が我等の命日となるは明らかなれば、これが別杯だがや。さあ飲もうぞ」
全員が一息に飲み干し、一斉に土器を土間に叩きつけて割る。
それっ、とばかり厩へ向かいかけるが、後藤が言う。
「あ、待て。あははっ、赦せ、二人に渡す物があった。ほれと肝心の、荒木の回しがまだであった」
皆が朗らかにざわめく。
後藤は、背負って来た葛籠に近づき、蓋を開ける。
「礼の印と言うては僅かだが、我等の持ち金全てだわ。 銭が三貫文(約四十五万円)と、金銀の小粒が三十匁ほど(約百二十四万円)あるでよ、受け取るがええ」
「そうもようけ(そんなに沢山)、貰えんがね」
と、弁吉。
「川船を購った代金と、蒔絵の金粉代なんぞも込みだし、死出の旅に向かうに要る六文は、二十二人分、別にあるでよ。これこの通り」
と、後藤は、葛籠から小さな金蘭織りの布袋を幾つも取り出し、皆に配る。
松岡が笑顔で言う。
「三途の川の渡し賃だなも。六道菩薩に渡さねば、彼岸へ行けぬと言いまするでな。ほんでも派手やかなる頭陀袋はいつの間に」
「うん。母者に頼んで拵えてもろうた。打掛でもつぶされたんじゃろう・・・弁吉、田十、そういう訳じゃ、遠慮せず受け取れ。ほれに一挙の後、其方らに詮議が及ぶは明らか。その折は、機を見て、この銭で他国へ逃げればええ」
「わしらは逃げんよ。詮議されても、知らぬ存ぜぬを押し通すでよ。ほれに合力の証になるようなもんは、隠すか埋めるでよ」
「ほうか・・・う~ん。きつう責められるやもしれぬぞ。されどその折に、我等はもう居らぬでの。助けとうても助けられぬ・・・せいぜい上手に立ち回れよ。そりゃ受け取れ」
弁吉は悲しそうな顔で、葛籠ごと褒美を受け取る。
田十は、会話が聞き取れないようで、弁吉と後藤の顔を、代わる代わる見るだけだ。
「後藤様、仕舞い(最後)に一つ御尋ねしても」
後藤が頷き弁吉が聞く。
「後藤様の御実家や、清洲城下にまんだおみえ(まだ居住する)の、皆様の御実家の方々は、どうしやあすんきゃあ」
「案じてくれるか。されどほれには及ばぬ。どの家へも、俺の実家から使いが行っとるでよ。清洲におる者共は、すでに志津山へ向かっておるはず。志津山に着けば、匿う回しもしたるけどよ、志津山は織田領ではない。ゆえに追っ手も、あそこまでは来ぬわ」
「ほうきゃ。ほれなら(そうですか、それなら)。皆様の御武運をよっ、爺様と祈っとるでよ」
「ほうだ。二人も、志津山へ逃げえ。実家には其方らの事は言うてあるでの」
弁吉は、ぼそぼそ喋り、稼業があるからとやんわり断る。
全員が、改めて二人に頭を下げる。
「ほしたら、荒木・・・」
髪は解き大童の荒木が進み出て座り込む。
後藤が、納屋のあちこちを見回す。
そしてはっとした顔で叫ぶ。
「あっ、しもうたっ、肝心を忘れてきたっ」
皆が後藤を取り巻く。
松岡が聞く。
「何を忘れやあた・・・肝心っ、あっ、血かっ」
「竹筒に詰めた、一升分の獣の血。狐狸やら鳥やらのを、毎日、詰め替え詰め替えして参ったが、今日はまた一段の暑さゆえ、固まらんようにと、岩場の湧き水に浸け置いたのを、取り忘れてもうた」
「血が無いと、信長の骸を装うても、不審を抱かれる。血塗れであればこそ、真にせまる」
「済まぬ。銭を入れた葛籠に気を取られてまった」
松岡が言う。
「表はすでに暗い。気は急くが、こたびは暗いほうが我等には何かと好都合。信長勢が戻るまでには、まだ間があると信じ、皆で知恵をだそうぞ」
誰もが黙ったまま、その場を沈黙が支配する。
訳が判らない田十を除いた全員が、深刻な表情を浮かべている。
やがて。
「よしっ、しくじりの償いに、俺は今この場で腹を切るでよ、その血を使え。一人ばか(くらい)減っても、どうもない(支障ない)」
と、後藤は、着けた鎧兜を脱ぎ始める。
皆が止めるが、後藤はそれを止めない。
「待ってちょう。わしがどうにかするでよ。後藤様、早まっては、いかんてえ(いけませんよ)」
と、弁吉が外へ飛び出す。
鶏が激しく鳴く。
四半時(約三十分)の、また半分もかからず、桶を抱えた弁吉が戻るが、両手は血塗れで、頭や着物には鶏の毛が沢山ついている。
「あっ、弁吉、鶏を潰してくれたのか。すまぬ」
と、後藤。
「え~んだわ。鶏みてゃあ、また購うで」
弁吉は笑顔でそう言いながら、桶を後藤に渡す。
後藤の顔が曇る。
「うっ、これでは足りぬ。鳥は血がそれほどないでな。よいよい。やはり腹を切るしかない。どの道、今宵死ぬるのじゃ」
弁吉が持ってきた血液量は、一貫目強の鶏一羽、二合弱ほどだったから、一升にはほど遠い。
「後藤様っ、ほしたらあと、どんだけありゃあええんきゃあ(どれだけあればよいですか)」
「せめて六、いや五合(九百cc)あればのう」
「わかったがね。後藤様は御指図せないかんのだで、腹みてゃあ切ってはいかんわ。待っとってちょうよ」
弁吉はまた飛び出す。
くぐもった獣の鳴き声が、一声だけする。
同じくらいの時間で、弁吉は戻る。
両手は更に血塗れで、左手には桶。右手には白と茶色の毛で、くたんとした獣らしきものを抱えている。
弁吉は大粒の涙をこぼし、鼻水とよだれを垂らしている。
「ぐわあっ、ああっ、可哀想な事したわ。ほんでもよう、皆様の御役に立てやあよ。バンよっ、すまん、すまんなあ、ああっ」
と、弁吉が膝を落として泣く。
会話が聞こえず、きょとんとしていた田十が気づいて驚き、バンの屍骸を、ひったくるようにして抱き抱える。
「やいっ、弁っ、おみゃあはなんで、ああも愛しとった(あんなに可愛がっていた)、バンを殺めやがった」
と、怒鳴る田十も泣き声だ。
「なんで言って、他に獣は馬しかおらんし、川原で獣を捕まえとる暇もにゃあでだがや。後藤様、このバンの血で足らんきゃあ」
弁吉は、バンの血が入った桶を渡して、そう聞く。
「うっ、軽率には使わぬ。鶏の分と合わせて大切に使えば出来る・・・済まぬ。愛おしき我が犬を屠ってまで・・・まことにまことに・・・」
と、しばらく絶句した後藤も、眼を潤ませながらそう答える。
松岡は、涙をぼろぼろさせながらいう。
「弁吉、重ねて忝い。バンと申すか。まだ仔犬だの。済まぬ、バンッ、赦せよ」
松岡が、目は閉じているバンを撫でる。
弁吉が涙で濁る言葉で言う。
「首を一気に折ったでよ。苦しんではおらんのだわ」
田十がバンの血で手を染めながら、バンの体を撫で擦り続け、首の傷跡を押さえ、頬ずりもする。
会話が聞きとれず、経緯は判らなくても、バンを強く悼んでいるのだ。
田十が泣き叫ぶ。
「小せえころから賢かったで、番人のバンの字にしたんだろう。わしは字は判らんけどよ、その名が似合う、ええ犬になると思っとったのによう・・・ああっああっ~、惨いがや、不憫だがやあ」
残りの侍達も、全員がすすり泣いている。
侍達は、バンに順に近寄ると、まだ温もりが残る身体を擦りながら、思い思いの言葉をかける。
信長役の荒木も涙声で言う。
「弁吉、バンは我等に先駆けて、西方浄土へたってくれたのだわ。我等の行き先が地獄ならばいたしかたなし。だがもしや浄土へ行けたなら、バンをよっ、バンを皆で必ず愛しむでよ。堪忍してくれよ」
後藤が懐から、頭陀袋を取り出しまた言う。
「今生で、其方とバンには、もう償なえぬ。さればせめて、この六文をバンと共に埋めてやってはくれぬか」
弁吉が驚いて言う。
「畜生は、御浄土へ渡れんと言うがね」
「さにあらず、バンは俺の身替わりとなるのだわ。こたびの由(事情)を知り、六文があれば、閻魔王とて、バンを咎めず、浄土行きを許してくれぬかの。渡し賃の無い俺と言えば、三途の川の番人が隙を見て、川を泳いで渉るでええんだわ。流されれば、それまでだがや・・・」
後藤は、二つの桶の血を一滴も無駄にしないよう、荒木の大童の頭から始め、身体全体にかける。
素足の荒木は、こぼれる血を両手で受け、顔全体になすりつける。
人相が判りにくくなる。
白絹小袖は、たちまち真っ赤に染まる。
髪や両足先も血に塗れる。
弁吉と田十が、二十二頭の馬を曳きだし、全員で、枚を銜ませる。
更に、全ての甲冑の金具には、襤褸を巻き、草摺は縛って音がしないようにしてある。
武器も装備した、清洲大和守家の遺臣達は準備を終えた。
わずかな星灯りの暗い中を、荒木の馬を囲むように、騎馬勢はゆっくりと走り出す。
荒木は、まだ自ら手綱を取り馬を操っている。
その馬の下腹左には、太刀が括りつけてある。
涙目の弁吉と田十は、家の入り口に土下座して見送る。田十はバンの身体を膝に抱えたままだ。
二十二名の侍は、地面に何度も頭をこすりつける二人に、会釈しながら南へと走り去る。
先頭をいく成田が、着火した火縄を、くるくると回して、続く者達は、それだけを目当てに進む。
旗幟をつなぎあわせた大きな布を、マントのように纏っている荒木以外は、松明を持っているが、清洲城の傍までは着火しない。
その大布にも血が滲み、不気味な紋様を作っているが、暗闇では判らない。
言うまでもないが、彼等はこの辺りなら、その地形を熟知している。
やかましく鳴いていた蛙達が、一斉に鳴きやむ。
ここまでは順調だ。
しかし、一行は、自分達を尾行している、三つの何かには気づいていない。
三町(三百三十㍍)ほどの距離を置き、気配を殺し、足音も立てず、風向きが変わるたび、風下へ風下へと移動しつつ、一行を追跡しているのは影、剋と白だ。
清洲城近くの、五条川の芦原にいた三匹は、一行が弁吉の家に到着しはじめたあとの、騒がしい様子に、優れた聴力ですぐそれに気づき、離れての包囲のあと、一行の出発と共に、その追跡を開始したのだ。
追跡理由は、言うまでもなく、三匹からして、静まり返った辺りに比べ、やたらに騒がしかった弁吉の家から、突然現れた武装集団が、暗闇に松明も無しで移動するのは、異常事態だからだ。しかし、三匹がいまだ襲いかからずにいるのは、彼等を曲者だと断定できないからだろう。
長期間、清洲で暮らした後藤達の一行だから、清洲城や城下には、彼等と馬の臭いがわずかでも残っている。
嗅覚も強力な三匹は、その臭いに覚えがあるから、それが返って仇となり、怪しいとは感じていても、敵味方の判別がつかないのだろう。
一行は少し回り込み、五条川の浅瀬を渡って清洲の町の東へたどり着く。
ここで全員が馬の枚と襤褸を切り落とし、草摺の縄を解いて捨てる。
夜四つ(午後十時二十分)の鐘が鳴る。
人影は皆無。町は寝静まっている。
荒木の血は、もう乾き始めている。
成田が松明に、火縄を使って火を点ける。
種油を含んだ松明が燃え上がる。
火縄を捨てた成田は、松明を掲げ、あとの者達へ少し振っただけで、馬腹を蹴って無言で駆け出す。
雪丸特製の藁草履を履いた影と剋、白は、風下の闇の中から、一行をじっと見ている。
後藤達の馬は、狼達が、風下にいて、距離も置いているのと、気配を消しているせいで、怯えも見せず、静かに進んでいる。
清洲城櫓大門。
櫓上の足軽が大声で叫ぶ。
「誰かうせおったあ~、松明が見えるがやあ~」
他の足軽達の何人かが弓を構え、征矢を番える。
無人の門前には、篝火が焚かれているから、橋を渡ってきたのが、赤い鎧兜の騎馬武者とわかる。
その騎馬武者が、輪乗りしながら叫ぶ。
「ごちゅうし~んっ。お殿様あ~っ、熱田にて鉄砲で御討ち死にぃ~。御遺骸は間もなく御着到っ~、ごかいも~ん~(御開門)」
騎馬武者はそれだけ言うと、馬首を巡らし、来た方向へ走り去った。
小六達の舟を奪った本所勢に、小六達と後藤達が出会わなかった理由の説明が、かなり不足しておりました。加筆訂正しました。本日は、2025.12.14です。申し訳ございません。




