6.World of ARMS FACE
そのニュースは、旧制度時代の終焉以来の三百年間で構築された社会構造を容易く破壊しかねないものだった。
〈T.E.Cとデルタクティカルの防衛戦略的業務提携がなされるに当たり、両者代表の会談は佳境を迎えています......〉
三すくみ状態で成り立っていたはずの社会は、うち二社の提携の実現によって勢力図が塗り替えられようとしていた。そしてそれは、我々のような傭兵派遣企業の存在価値を大きく揺らがすものであった。
戦争中心の社会。たとえ少年少女であろうと、粗末な倍力装甲とレール・ライフルを持たされて前線に送られる常識。富裕層の収入源たる闘争本能の発露。
企業勢力が覇権を争う巨大な出来レースの中で、傭兵派遣企業は何にも与しない特異な存在だった。生産力によって保証された強さをぶつけ合う企業たちを尻目に、純粋な戦闘力を重視して各企業に兵力を送り込む集団。かつて民間軍事会社と呼称され、国家という枠組みの崩壊たる旧制度時代の終焉をもってその存在の重要性を示した戦争屋の集まり。
T.E.Cとデルタクティカルの提携は、戦争屋への出費が増えることも同時に意味していた。もとより資金不足が否めなかったオーバルジーンが、二社の提携に歯が立たないことは明白だった。
機体のコクピットは落ち着く。それと同時に、前線においては危険でもあった。
AF用携行兵器の口径はその用途によって様々だが、対AF戦闘を視野に入れて設計されたものは最低でも25ミリ以上の口径を有する。それでさえAFの正面装甲には脅威であり、複合装甲なしでは搭乗者を守ることができない。120ミリという口径を誇る、背部折り畳み式カノンの直撃など論外だ。榴弾の至近弾でさえ関節がグズグズになるだろう。
AFの戦術的な立ち位置は、開発が始まった新制時代の最初の情勢が色濃く反映されている。
300年前。国家による地球統治がなされていた時代が、世界規模の災害と感染症の蔓延によって崩壊を始めていた。次々と国家が財政破綻するなか、医療・福祉業界を牛耳っていた数社が「再生計画」を発表した。その内容は、思想や民族によって行く末を左右されやすい国家を全て解体し、賢明な経済主体である企業が人類の扶養と地球の統治を行うというものだった。
計画発表から程なくして、旧制度時代は終わりを迎えた。計画実行に始まる新たな時代を、半数まで減った人類は「新制」として迎え入れた。
それで平和は訪れなかった。戦争は無くならなかった。戦争の意味が変わっただけであった。
政治構造の違いではない。民族同士の殺し合いでもない。企業の利益追求の結果、互いを潰し合うという闘争構造が発現した。
戦場の主役は歩兵であり、主役の小道具は小火器だった。戦車や戦闘ヘリ、あるいはガンシップといった機甲戦力も使われていたが、小規模紛争の制圧に用いるには過剰戦力であることが否めなかった。大企業同士の抗争など、比較的規模の大きい戦闘が展開される以外では、新たな小型戦力の登場が望まれていたのだ。
新制時代の始まりから150年。数えきれない企業間紛争を経験した大地に、現在のT.E.Cの先祖であるEMTC(欧州医療戦術機構)によって開発された新型兵器が姿を現した。AFの先祖である戦闘用歩行型機械だ。
コンバットレッグは前線だけでなく、企業が本拠地を置く都市でも使用された。頻発する対企業テロリズムを抑制するための、脚を持った剣となるためだ。
最新鋭の機動兵器であったコンバットレッグは、瞬く間に広がった。既存技術の応用が効く戦力として、前線はコンバットレッグを迎え入れた。戦場を這いずり回る兵士たちを尻目に、携行機関砲で攻撃する歩行兵器。小火器程度では貫けない装甲。その存在は間違いなく驚異であり、EMTCと敵対する企業は独自のコンバットレッグを創り出した。安価かつ強力な歩行兵器による戦闘が、前線にて見える景色となったのだ。
コンバットレッグに、パーツごとの組み換えという機能を持たせた兵器。それがAFだ。高い拡張性を誇るAFの登場は、幾度も塗り替えられた戦争の歴史をもう一度塗り替えた。
あくまで医療主体であった企業たちは、AFパーツの開発に勤しむこととなった。トール24という規格で統一されたジョイントを持ち、大量のバリエーションの中から選んだパーツを組んで作られる兵器。換装を行い、機体を操る搭乗者は、ウルフと呼ばれた。