5.Two Hands
四機の間に入り込み、黒いハイエンドは両手の武装を乱射する。右手は速射性能と装弾数に優れたアサルトライフル。左手は一発あたりの攻撃力と精度に秀でたバトルライフル。
まるで懐に切り込む暗殺者だ。高速移動によって削られた地表から、褐色の砂塵が舞い上がる。黒曜石じみた漆黒の機体を彩るドレスは、太陽光と煌めく土だ。
四方に飛ぶ榴弾を、TQP-66は小刻みに機体を揺らしながら避ける。
〈カバーくらいしてください。通常機なら〉
「......了解」
私はライフルの照準をランサーソルコフに合わせ、その一機を中心に弧を描くようにしながら射撃。AFでの戦闘における基本動作のひとつ、〈回り撃ち〉だ。
「敵、一機撃破。残り三機」
〈訂正してください。残りは二機です。まぁ、どちらも私が倒しますが〉
マドカは言葉を終わらせると共に、バトルライフルのコクピットへの零距離射撃で一機を沈黙させた。次の瞬間、背面ブースターで加速したバタフライズドリームは、アサルトライフルに装着した銃剣で三機目を貫く。
「流石はハイエンド」
〈た、高飛車ぁ.....〉
ヘレナと二人だけの独自回線では、彼女はマドカの態度に対して恐れるような口調だった。
最後の一機が、背面に背負っていたミサイルポッドをパージする。機体の軽量化を図り、機動性を上げる算段だろう。
操縦桿で武装を再度選択。照準がライフルから背面のクラスタミサイルに交代する。
敵機をロックオンすると同時に発射。白尾を引きながら飛ぶミサイルは、迷彩色の機体を大きく左右に振りながらマドカ機の銃撃を避けるランサーソルコフへと向かっていった。
〈ミサイルを撃つなら警告してください〉
「君は私たちの輸送機を無断でロックオンした。お互い様だ」
〈......度し難い発言ですね。ミスター・ウォージャンキー〉
バタフライズドリームは着弾前に後退し、敵機と距離をとる。外装が外れたクラスタミサイルは、房の名の通りに大量の子弾を降らせる。二十キログラムの爆薬を内蔵した、六百を超える子弾は一つ一つが爆発し、人間に近づくよう設計された機体を鉄屑に変えた。
〈作戦終了。帰投します〉
〈マドカ、ジャック、よくやった。坑内に残党が逃げたようだが、後はT.E.Cの治安部隊に任せてくれ〉
「了解。私と君の仲だ。報酬は弾んでくれよ」
〈ハハ、考えておくよ......〉
〈こ、こちらヘレナ。輸送機を向かわせます。帰投準備を......〉
「ヘレナ、そんなに固まるなよ」
〈でも〉
〈はじめまして。T.E.C戦術戦闘評価部隊所属のウルフ、マドカです〉
〈あ、え!?ひゃい!!はじめまして......〉
〈あなたがこちらの戦争屋のオペレータですか?さぞかし大変でしょう〉
〈え、あ、いや......〉
〈マドカ、見ず知らずの人に絡むんじゃない〉
ヤガタが優しい口調で嗜める。バタフライズドリームが背を向ける。
次の瞬間、私は起動したプラズマ・ブレードを地面に突き刺していた。
〈ジャック!?何してるの〉
〈ど、どうした?クソトカゲでもいたか!?〉
青白いブレードを突き立てた場所を起点に、茶色の地面にひびが走る。
〈これは......〉
「マドカ、そこをどけろっ!!」
私は叫び、ライフルをひびに向かって連射する。四十五ミリ徹甲弾によってボロボロの地面が破壊され、塵が立ち込める。
大穴の空いた地面から、中量級二脚の機体が飛び出してくる。
〈敵の増援......いや、潜伏か!!〉
〈まさか坑内に〉
「どうやらその“まさか“のようだ」
〈機体照合。先程と同じランサーソルコフです。しかし、脚部はオーバルジーン製のハイエンドAF用のものに変わっています。ハイエンドパーツと通常パーツの合成機、所謂ハイブリッドAFと推定されます〉
「ハイブリッド機?そんなものが......」
〈トール24規格なら可能です〉
〈だとしても挙動が間に合わないだろう〉
〈上半身ユニットを強化しているのでは〉
〈盗賊の機体だぞ。そんなことあり得るのか〉
「待て。あの機体、何か変だぞ」
〈あなたの目がイかれてしまっただけでは?〉
「違う、あの脚部ユニット......変形するんじゃないか?」
〈......お前、なんで気づいた〉
「足裏についているブースターがデカすぎる。あれでは歩行に支障をきたすはずだ。おそらくあれは......」
そのとき、敵機の脚部ユニットが前後に割れる。
「ああやって割れて......」
ブースターに煌めく激しい噴射炎。機体がゆっくりと浮かび上がる。
「ああやって浮かんで......」
次の瞬間、敵機は背面ブースターの推進力を借り、たとえハイエンドだとしてもあり得ないような高速移動を行った。
〈キャアッ!〉
〈マドカ!無事か!?〉
敵機の体当たりをまともに食らったバタフライズドリームが数メートル後退する。黒い装甲の一部がひしゃげていた。
敵機は射撃兵装こそ持っていないが、両腕に五十七ミリ杭打ち器を装備している。これはタングステンの杭を炸薬で打ち出す射突兵装で、その威力は同口径の徹甲弾に匹敵する。
杭打ち器の間合いに接近されぬよう、アサルトライフルを連射して機動性を封じる。一つあたり四十発装填のマガジンはすぐに空となり、ボルトが後退しきった状態で停止する。自動再装填システムが働き、左手が空マガジンの回収と再装填を行う。
〈そんな悠長に交換か?なめられたものだ〉
敵機を操るウルフからの通信が聞こえる。その隙に、向きを変えた機体は杭打ち器を構えていた。
相対距離は百七十メートル。私は機体を後退させながらアサルトライフルを撃つ。残弾の減少に対し、敵に一発たりとも命中していない。
「だめだ、当たらない!」
〈火器管制システムに異常が出てるわ。おそらくジャミング機能を搭載しているのね......〉
〈ジャック、どうする気だ〉
〈任せておけません。交代してください〉
〈おい、マドカ......〉
「......こうするさ」
タッチパネルを操作し、右手のアサルトライフルを投棄する。鋼鉄が砂漠に落ちる音が響いた。
〈接近戦に持ち込む気か!?〉
〈あなたは......〉
「撃っても当たらないんだ。対電子戦装備でもしておくんだったよ」
スロットルに手をかける。背面ブースターを吹かすと同時にスロットルを解放すれば、大量の推進剤消費と引き換えに高速移動ができる。
〈一騎討ちか?まるで旧制度時代の騎士だな〉
「一撃で終わらせる。どちらが強いかはコイツで決めよう」
〈望む所だ、傭兵〉
互いにブーストダッシュを繰り出す。相対距離計が追いつかない程の加速。敵機に装備された杭打ち器の細部までよく見える。プラズマ・ブレードの青白い刀身が敵機に向かって伸びる。この光の刃を敵に突き刺す。チャンスは一瞬。それを逃せば、今度はこちらが杭打ち器の餌食になる。
敵の挙動を見切る。ただひたすらに真っ直ぐ突っ込んでくるようだ。杭打ち器は左手のものを突き出している。
〈消えろ、自由を知りすぎたウルフ!〉
「悪いがまだ死ねん。生きるチャンスがある限りな」
交錯する二機。ランサーソルコフが画面いっぱいに映し出される。機体を軽く捻り、杭打ち器の射線から逃れる。左手から伸びたプラズマ・ブレードを、敵機の胴体パーツに突き刺した。
〈......敵の沈黙を確認。周囲にエネルギー反応はありません。今度こそ作戦終了です〉
〈危ないところだった。ジャック、礼を言う〉
〈通常機にしては使えるようですね。ご苦労様でした〉
漆黒の機体がブーストダッシュで作戦領域を離脱する。遠くに見えるティルトローター型の輸送機が、夕焼けに紅く染まる空を飾っていた。