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ARMS FACE  作者: 立花零
10/10

10.In The Gloom

 自室へ帰ったとき、ジャック・リンヴェルトは奇妙な感覚に襲われた。視界が揺れている。それも小刻みにではなく、上下左右に視覚全体が移動を繰り返しているのだ。それは強烈な吐き気を誘った。ジャックはトイレへ駆け込み、便器に胃の中身をぶちまけた。

 そして目に映ったのは、血液で真っ赤に染まった嘔吐物だった。体内のどこかで出血している。

「冗談じゃねぇぞ......」

 彼は何度も口をゆすぎ、脂汗を浮かべながら医務室を目指す。道中に整備スタッフとすれ違ったが、言葉を返すことはできなかった。

 手すりに寄りかかりながら階段を降りる。足を踏み外しそうになる度、吐き気がよりひどくなる。

 シムズガンナー本社一階の医務室。扉を開け放つと同時に、真白な床へ倒れ込んだ。


 次に目を覚ました時、ジャックは自分がベッドの上で身動きが取れないことに気が付いた。

「鎮静剤を打っているだけよ。気にしないで」

 看護師の女が、何か作業をしたまま声をかけてくる。

「俺は」

「傭兵病よ」

「なに」

「傭兵病。過労と操縦による身体への負荷がたたったの。新米ウルフにはよくあることよ」

「そうか......」

 ふと、壁に埋め込まれた時計を見やる。倒れた時から丸二日経過していた。

「起きてもいいか」

「だめよ。それより、お客さんが来てるわ」

「客だと」

「あなたの同僚よ」

 彼女は仕切りのカーテンを開き、外で待機していた者を招く。

「久しぶりだな、ジャック」

 ワイシャツに黒いネクタイできめた、20代後半の男が現れる。共にウルフ試験を受けたベインスだった。

「ベインス、どうして」

「半年ぶりか。なかなか稼いでるようじゃないか」

「なんとかな」

「今日はな、お別れを言いに来た」

「なに、お別れだと?」

「あぁ。企業専属になることにしてな。オーバルジーンから誘いが来たんだ」

「そうか」

「それでな......」

 彼はベッド横の椅子に腰を下ろし、携帯端末を取り出す。その画面をジャックに突き出し、言葉を繋げた。

「お前も一緒にどうかと思ってな」

「ふむ。お別れじゃなかったのか」

「俺一人じゃ心細いんだよ。お前自身は知らないだろうが、オーバルジーンの中じゃ英雄だぞ」

「私が」

「エースウルフを殺して、二社の提携を単機で潰したんだ。当然だ」

「そうか」

 エースウルフとはマドカのことだろう。あの作戦後、T.E.Cとデルタクティカルの二社は中枢の指導者を失い弱体化した。極端なピラミッド型組織だったことも災いしたようだ。代替勢力のいないデルタクティカルはまだしも、T.E.Cは分裂派によって乗っ取られるだろうと予測がつく。

 三大企業が潰し合う、かつての世界の在り方に逆戻りだ。

「昔から他社に技術で劣るオーバルジーンは、提携騒ぎに乗じてウルフのヘッドハンティングを始めた。俺はオーバルジーンの依頼を特に多く引き受けていたから、真っ先に誘いが来たんだ」

「そうか。いや、しかし」

「迷うのは分かる。だが、ここは俺に従った方がいい」

 するとベインスは顔を近づけ、声を抑える。

「誓って言うぞ。SGN(ここ)にはウラがある」

「......」

「おっと、そろそろ時間だ」

 ベインスが腕時計を覗いて言う。

「じゃあな。その気になったら、いつでも連絡をくれ」

 彼が医務室から立ち去るのと同時に、看護師が再び現れた。彼女は不愛想に呟く。

「もう起き上がってもいいわ。点滴の針に気を付けて」

「分かった」

 薬でふらつく頭を持ち上げ、左腕から点滴を引き抜く。

 そのまま自室へとんぼ返りし、ジャックは備え付けのオンライン・コンピュータを起動した。MIS(Mercenaries Info Service)を開く。これは傭兵の情報を自由に閲覧できるサービスで、参画してる傭兵派遣事業者を介して依頼ができる。どの企業の依頼を多く受けているかや、直近の戦績を基に誰に依頼するかを吟味できるものだ。

 検索フォームに、「T.E.C」「マドカ」と入力。呼び出されたプロフィールを開く。

 まだあどけなさの残る少女の写真。赤みの混じったショートヘア。鋭さの宿る目つきと涙ぼくろ。プロフィール上に「KIA(戦死)」と大書きされている。彼女の最後の任務は「提携調印式防衛」とある。依頼用フォームは閉鎖されていた。

 次に「T.E.C」「ジョーカー」と入力。白人の男性の写真。本名不詳。その上に「KIA」。最終戦歴は「素性不明集団の護衛任務」。体裁上、人身売買組織の護衛中の戦死したとは書かないのがせめてもの優しさであった。

 名うてのウルフを二人も殺した。その実感がようやく湧いてきた。ジャックは小型冷蔵庫から清涼飲料のポリマーボトルを取り出し、寝込んでいた二日間で乾いた喉へ流し込む。

「仕事よ」

 背後にヘレナが立っていた。彼女もいつの間にか帰ってきたのだろう。同居中とはいえ、前線にて従事するウルフと、その個人事務まで担当するオペレータとでは、同じ時間帯に部屋にいることなど珍しい。

依頼者(クライアント)は」

「T.E.C分裂派よ。都市部に立てこもった旧T.E.C残党の粛清依頼が来てるわ」

「そうか。すぐに行く」

 コンピュータをシャットダウンし、ジャックは勢いよく席を立つ。


 格納庫へ向かう通路。SGN所属ウルフの専用格納庫は、それ自体が出撃ゲートとしての役割を兼ねている。地下から大型昇降機で地上の出撃スペースへと機体を移動させ、そこで輸送機に積み込んで前線へ送り込む。格納庫が地殻の隙間にあるのは、地底貫通爆弾(バンカー・バスター)を始めとした高空からの攻撃を避けるためだ。

 直立状態の機体は、胸から上を床から出している。つまり搭乗員が立ち入れる階層よりも下に駐機されているのだ。これは、コクピット・ブロックが胸部にあるという全AF共通の仕様のためだ。バレルキャリーの搭乗ハッチは、頭部ユニットを前へずらした場所にある。内部へ滑り込み、タッチパネル式の計器を操作してOSを起動。壁や床から伸びるロボットアームが各武装を取り付ける。

〈ミッションを説明するわ。依頼者(クライアント)はT.E.C分裂派。目標はアイザックタウンへ逃げ込んだ旧T.E.C残党の掃討よ。作戦領域のアイザックタウンは、十年ほど前に都市運営機能を喪失して以来スラム化が進んでいるわ。非戦闘員も多いから、逃げ込むには持ってこいの場所ね。壊れやすい建造物や配管が入り組んでいる。敵が持ち出したAFがどこに隠れいるか分からない。気を付けて〉

 オペレータが作戦概要を説明し、機体を載せた床が地上への昇降機へ接続される。機体の足元にロックがかかり、昇降機が作動。地上への対爆扉が開き、機体が持ち上げられる。

 地上へ出ると、眩い太陽が南中していた。出撃スペースには双発のカシオペア級輸送機が駐機している。足のロックが外れ、機体を屈めさせて輸送機内部へ。乗組員が、貨物室の壁から伸びる機体固定用ワイヤーを各部に取り付ける。ジャックは操縦桿にある武装の安全装置をかけた。

〈こちら輸送機機長。滑走路へのタキシングを開始する〉

 輸送機後部のハッチが閉鎖し、滑走路へ動き出す。そのまま数分待機。管制塔からの離陸許可が出される。

〈こちら機長。これより離陸する〉

 機体が加速を開始。コクピット内部でシートに押し付けられる。全高9メートルの人型兵器を抱える巨体が浮かび上がり、青い空へと消える。

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