ささやかでありながら幸せな日常
翌日の朝。
俺はベッドの中で目を覚ました。
横を見ると、楓坂が寝ている。
メガネを取っている時の彼女の表情はいつもと違って見えるが、美人だということに変わりはない。
すると楓坂も目を覚ます。
「おはようございます。和人さん」
「おはよう、舞」
楓坂は体を起こそうとしたが、すぐに俺に抱きついてきた。
一秒でも俺と触れ合っていたい。そんな気持ちが伝わってくるようだ。
「なんだか不思議な気分ですね。昨日までとまるで違うみたい」
「そうだな」
まるで子供に戻ったように甘えてくる楓坂を見ていると、無性に可愛いと思ってしまう。
そんな気持ちを抑えきれず、俺は彼女の頭をなでた。
「ん~っ。子供扱いしないでくださいよぉ」
「ははは、悪い。そんなつもりはなかったんだが」
「じゃあ、朝食の準備をしますね」
「ああ。その間に俺は掃除とかしておくよ」
こうして俺達は毎朝のルーティンを行うことにした。
楓坂は朝食の準備をし、俺は風呂など掃除を行う。
掃除は正直めんどうなのだが、このあと楓坂の手料理を食べることができると思うと、不思議と作業ははかどった。
こうして一通りの掃除を終えて、ポストから新聞を取ってくる。
キッチンを見ると、楓坂がHIヒーターのスイッチを切るところだった。
「掃除終わったぞ」
「ありがとうございます。こっちもあとは盛り付けだけです」
「今日は……卵焼きにベーコン、そしてみそ汁か」
「オーソドックスですけど」
「そんなことないよ。理想的だと思うぞ」
どこか楽しそうに盛り付けをする楓坂を、俺は後ろから抱きしめる。
まるで磁石がくっつくように、自然と抱きしめてしまう。
そしてこの瞬間が、たまらなく落ち着くのだ。
楓坂がこそばそうに笑う息が聞こえた。
「もうっ。あと少しで終わるから待ってて」
「待ってるじゃないか」
「甘えん坊なんだから」
「昨日の夜は楓坂の方が甘えん坊だっただろ?」
昨日の夜……。
つまりはそういうことなのだが、楓坂はそのことを言われたことが恥ずかしかったらしく、
「んんんん~~~~っ!」
顔をまっかにし、涙目になって唸った。
この表情がまた可愛いのだが、そんなことを言ったら本気で怒られるだろうな。
「悪い。許してくれよ」
「ふ~ん。どうしようかしら」
その時だった。
ピーッ! とヤカンの笛の音がお湯が沸いたことを教えてくれる。
その音を聞いて動きを止めた俺には、楓坂は肩をすくめて得意げに笑った。
「ほら、ヤカン先輩が調子に乗るなよって怒ってますよ」
「えー。先輩は舞の味方なのかよ」
「ふふふ。人徳の差じゃない?」
それから俺達は朝食を食べた後、ゆっくりとコーヒーを飲んでくつろいでいた。
これから出勤しないといけないのだが、まだ時間に余裕がある。
俺は椅子に座って、ゆっくりと時間が流れていくのを楽しんでいた。
「こういうのいいよな」
「急にどうしたんですか?」
「いやさ。出勤前の朝って、なんか慌ただしいだろ? でも今はこうしてゆっくりと朝の時間を過ごしている。それがなんだか心地よくてさ」
「そうですね」
楓坂はマグカップを両手で持ち、静かにその中を見つめた。
「私ね、以前はよく『幸せになりたい』って思ってたの。でも幸せの形ってよくわかってなかった」
なんとなくわかる。俺もよく思ったものだ。
でも幸せって口ではよく言う言葉だが、冷静に考えるとそれがなんなのかわからなくなる。
きっと大人になるほど、その傾向は強くなるのだろう。
「でも、今ははっきりわかるんです。和人さんとこうしてゆっくりと時間を過ごすことが幸せなんだって」
彼女の言葉に、俺は優しく頷いた。
「俺もだよ。こうしているたった数分がすごく心地いい」
まぎれもない心からの言葉だ。
彼女といる時間が特別だった。
理由なんてない。ただこうして一緒に居られることが幸せでたまらないのだ。
「これからもずっと傍にいてくれよ」
「はい、ずっとあなたと一緒に居ます」
――完――
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
こうして完結まで書くことができたのは読者様の応援があったからこそです。
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改めて、読者様へ
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
甘粕冬夏




