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18.婚約破棄騒動4

 ずんずん廊下を歩いていると、子供の声が聞こえてきました。騎士団内に子供が?と不思議に思って立ち止まると、ヴィートさんもそれに気がついて、明るく言いました。


「ああ、もうすぐ今日の面会時間なんだ。リーディア嬢は、どれくらいやつに会いにきてる?毎回?」


 聞き慣れない単語に、思わずそのまま聞き返してしまいました。


「面会時間って何ですか?」


 私の返しに、今度はヴィートさんが絶句します。


「え、まさか、王族警護の間、ラインハルトと会ってないの?!一ヶ月も?!」


 その言い方だと、実は王族警護期間中も会えるの?

 ヴィートさんが恐る恐る説明してくれた内容によると、王族警護の間、騎士は王宮から出られない代わりに、決まった日時に面会出来るようになっているそうで、家族や恋人がよく来ている、そうです。


「私、会えないんだって言われてたのでそう信じてたのですが、そうですか、実は会えたのですか。」


 自分でも驚くほど低い声が出ました。ヴィートさんがしまったと言わんばかりに助けを求めて辺りを見回しているのがわかります。が、助けなんか来ませんよ!


「えっと、ほら、ラインハルトのついているルカーシュ殿下は、かなり自由な方だから、決まった時間に来れないことが多いからかも。それか、お嬢さんを他の男に見せたくないとか、きっとそうですよ、あいつめちゃくちゃ嫉妬深いから。」


 私の目がどんどん据わっていくにつれて、ヴィートさんがどんどん早口になっていきますが、私に彼を気遣う余裕はありませんでした。


「ええ、きっとそうですわね!でもどうせ、王女殿下との勝負は私の負けで、ラインハルト様とは婚約破棄になって、もう会うこともないでしょうから、面会時間なんて関係ないですわ。」


 絶対勝てない勝負を受けてしまった悔しさと、それをどうしようもない自分に腹が立っていたところに、会えないと嘘をつかれていたショックで、私は何の関係もないヴィートさんにあたってしまいました。

 直ぐにそれに気がついて、謝罪します。


「あ、ごめんなさい。今のは八つ当たりでした。忘れてください。本当にごめんなさい。後、ラインハルト様には私のことは言わないでください。お願いします。」


 ヴィートさんは驚いていましたが、私の最後のお願いには首を振りました。


「お嬢さん、ラインハルトの意思を無視した勝負の結果なんかで婚約破棄はしちゃいけないよ。誰も幸せにならないじゃないか。」


 少なくとも王女殿下は幸せになる気がするけども?意地悪くそんなことを考えていたら、それも見抜かれてしまったようで、釘を刺されてしまった。


「お嬢さん、やつを不幸にする気はないんだろ?手紙でいいから知らせるように。ついでに面会の件も聞いてみたらいいよ。大体、恋人同士が一ヶ月も会わないなんて、関係がこじれるだけでしょ。私も一週間は黙っておくから。」


 にっこり笑うヴィートさんにそのまま馬車に押し込まれて送り出されてしまいました。



 昨日に引き続き、一人になると涙が出てきます。レイが面会時間のことを教えてくれなかった事実は、思う以上に堪えていたようで、心が痛くて嗚咽が漏れるほど涙が出て止まりません。

 今日は鞄にタオルを入れておいたので、それを顔にあてて全部吸わせました。


 家についた時には、また顔がぼんやりして目が腫れて、ふらふらと馬車を降りたところで誰かに腕を掴まれ引っ張られました。


「リーディア、どうしたの、その顔!」


 それは、昨日、気まずく別れたままのアリツェでした。

 アリツェは、私の様子に驚き慌てて聞いてきましたが、私は変わらず心配してくれるアリツェに会って、止まっていた涙腺がまた決壊してしまいました。

 わんわん泣きながら話す私を宥めながら、アリツェは様子を見に近寄ってきた我が家の執事に、なにか指示をしています。

 気がつくと私は大きな荷物と共に、ハース家の馬車に乗せられて、アリツェの部屋に放り込まれていました。



「え、なんで?私はどうしてここに居るの?」


 思わず疑問をそのまま口にした私はアリツェによって部屋のテーブルに座らされ、お昼ごはんをご馳走になっています。

 アリツェの部屋は、主の趣味にあわせて可愛らしい内装です。

 実はアリツェは四人の中で一番かわいい物好きで、部屋のあちこちに動物や花を象った手のひらサイズの置物が置いてあり、星や月のモビールが天井から吊り下げられてゆらゆら揺れています。

 そのモビールを見上げて動きを目で追っていたら、突然、アリツェが謝ってきました。


「昨日は私、貴方の気持ちを考えず、酷いことを言ったわ。ごめんなさい。姉に話したら怒られてしまって。『婚約したばかりで、ほいほい頼れるもんじゃないわよ。政略じゃないなら余計に相手を気遣って言えないものよ。』って言われて。私、そういうこと、全然わからなくて。傷つけたわよね、本当に反省してるわ。」


 眼鏡を通して、夏空のようなぱっきりと青いアリツェの瞳が私を真っ直ぐに見ています。


「いえ、私こそ婚約のことを言うのが遅くなって驚かせてごめんなさい。それから、せっかくのお茶会を私事でぶち壊してしまって、申し訳なかったです。ステラやカロリーナにも謝っておきます。」


 私も謝罪します。アリツェはううんと首を振って、深刻そうに言いました。


「いいのよ、相手があれでは言い出しにくかったのはわかるもの。姉も驚いていたわ。」


 あれって割と酷い扱いですね、私の婚約者は。


 アリツェのお姉様はレイと同じ年です。うちは兄だけで女子同士の話はできませんから、羨ましいです。

 そう言うと、アリツェが目を光らせて身を乗り出しました。


「で、これが、本題なのだけど、貴方、今日からうちに泊まりこんで乗馬練習してみない?」

「ええっ!叔父に断られて困っていたから、それはとてもありがたい話なのですが、どうして?」


「それは、私が話しましょう!」


 大きな声が響くと同時に扉が開いて、長身のアリツェによく似た女性が入って来ました。

 金の髪を頭の高い所で一つに結び、乗馬服を着ておられます。


「姉様、また盗み聞きしてたわね?」


 ため息とともに額を押さえるアリツェに、ぱっと駆け寄るとその頭を撫で回しながら、その方は艶然と私に微笑んできました。


「は、初めまして。リーディア・エーデルと申します。急にお邪魔してすみません。」


 慌てて立ち上がって挨拶した私に、アリツェのお姉様は、輝くような笑顔を向けて挨拶を返してくれました。


「初めまして、アリツェの姉のドミニカです。かわいい妹と仲良くしてくれてありがとう。話には聞いていたけど、本当に可愛らしいわね!あの男には勿体ないわ!私、貴方の婚約者のラインハルトとは学院で同級生だったの。私は女の子が大好きで、たくさんの子に慕われて幸せだったのに、あの男が入学してきたら半分以上がやつに夢中になっちゃって、それからずっとライバルなのよ。」


 ドミニカ様の女の子好きとか、レイとライバルだとか、どう反応すればいいのかわからなくなった私は、思わずアリツェヘ視線で縋ってしまいました。

 私の視線を受けて、アリツェが顔をしかめながら頭を撫でるドミニカ様の手を払いのけました。


「姉様、リーディアが反応に困ってるから、煩悩丸出しはやめてよ。ごめんね、リーディア。こんな姉だから会わせたくなかったんだけど、この人、これでも王宮騎士で馬乗れるし、今日から丁度休暇らしいの。」

「えっ、せっかくの休暇に泊まり込みでは申し訳なさすぎます。」


 驚いて辞退しようとしましたが、アリツェは手を振りながら、

「姉様は女の子が大好きだから、願ったり叶ったりなんで大丈夫。」

と言うし、ドミニカ様も、

「そうそう、かわいいリーディア嬢と手取り足取り乗馬ができるなんて、最高!・・・ではなく、いつもアリツェがお世話になっているし、あの男が私に婚約者を取られて悔しがる顔を見れると思うと、何より愉しいから是非泊まり込みで練習しましょ!」

と仰ってくださったので、その台詞に随分不安は感じましたが、他に手段もないのでありがたくお世話になることにしました。


 時間は有限ということで、昼食後、早速練習を始めることになりました。乗馬服はドミニカ様のお下がりを貸していただきました。

 もう、着られないからあげると言われはしたものの、私は借りているつもりです。



 結局、初日は一人で馬に跨がれるようになるまでで、終わりました。

 思った以上に進まなかったらしく、ドミニカ様がひっそり青ざめておられたので、申し訳なくなりました。明日はもっと頑張ります。

 ハース家の皆様と夕食を頂いて部屋に戻ると、アリツェが執事にうまく言ってニコラが詰めてくれたらしい、私のお泊まりセットが部屋に置いてありました。

 慣れないことをして、疲れ果てた私はベッドに入るとあっという間に眠りに落ちました。


 ああ、ヴィートさんに言われたようにレイに手紙を書かなくては。

 明日、明日書きましょう。

 私は疲れと眠気に勝てませんでした。

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