12.街へおでかけ7
「あら、そこにおられるのはエーデル伯爵令嬢ではなくて?」
唐突に声を掛けられ、顔を向けると、そこにいたのは私の知り合いのローマン侯爵家のご令嬢とそのお連れの男性でした。
お二人共、濃い金の髪に青い瞳で、顔つきも似ているのでご兄妹でしょうか。
この侯爵令嬢とは令嬢達の集うお茶会で、幾度もお会いしたことがあります。
が、私は苦手なのです。なんと言いますか、お話するともやもやして帰宅後、心が沈んでいるのです。
全く、こんなところで出会ってしまうとは、ついていませんね。
私は立ち上がると、礼をしつつ挨拶をしました。
「ご無沙汰しております。ローマン侯爵令嬢。」
「本当にお久しぶりね。貴方、最近ちっともお茶会にでてこないのだもの。」
「ええ、本当にお会いしませんね。」
私の精度抜群、侯爵令嬢出没予測に基づき、貴方がおられそうなお茶会に行かないようにしているだけです。
心の突っ込みを気取らせないよう、にっこり笑って早々に別れようと考えを巡らせる。
ですが、敵もさるもの。
「そうそう、隣にいるのは私の兄のラデクよ。そちらは、貴方のご兄弟ではないようだけれど、もしかして、婚約者?いつの間に婚約したの?私が知らないのだから下級貴族でしょうけども、顔だけはいいわね。是非、私に紹介してくださらない?」
一番聞かれたくないことを突いてきました。
できることならルカを紹介せずに別れたかったのですが、やはり無理でしたか。
私はまず、ラデク様に礼をします。
それから、とにかく、ルカが王子であることがバレないようにしつつ、この人が私の婚約者ではないことを、説明するために頭を捻りました。
「ローマン侯爵令嬢、こちらは、私の(婚約者の)親戚です。」
「へえ、貴方と親戚なの。似てないわね。」
「(完全他人の)遠い親戚なものですから。」
「そうなの。どこの家の方?」
会話が終わりません。侯爵令嬢はずっとルカの顔に釘付けで興味津々です。ルカの顔がいいのが悪いのです。
私がぐるぐる考えていたら、ルカが、声を掛けてきました。
「リーディア嬢、私は貴族ではないから。」
確かに彼は王族ですから貴族ではないので、嘘はついていませんが、彼女は勘違いをするでしょう。
思った通り彼女は眉をひそめてルカを見ました。
「あら、庶民なの。嫌だわ、エーデル伯爵家は庶民と親戚なの?知らなかったわ。」
ばっちりそっちに誤解しましたね、侯爵令嬢。
そりゃあ、私が王族と一緒だなんて夢にも思いませんよね。そもそも、王子がこんなところに一人でいるというのがおかしいのですが。
「貴方、婚約者がいなかったわよね。とっても平凡で全く取り柄がないのだから、庶民と結婚して貴族をやめるのが似合っているわ。そうだ、その男と結婚したらいいわ。」
侯爵令嬢が、物凄くいい思いつきをしたというように話してますけど、なんと勝手な内容でしょうか。
私の婚約者を決めるのは、貴方ではないし、まず言い方がバカにしてますよね。
平凡とか全く取り柄がないとかも、久々に聞きましたよ!私は今までよくもまあこんな言葉を黙って聞いてましたね。
いえ、顔が平凡というのは認めますけど、取り柄もあるようなないような、ですけど。
あれ?おかしいな。
考えていたら深みにはまって行くような・・・。私の自信ってどこだったっけ?
頭をかき毟りたくなって腕を上げかけ、そこに光るブレスレットに気が付きました。
そうでした、今の私には私を特別と言ってくれる人がいます。とりあえず、この自信だけは少しありますから、これでお返ししておきましょう。
「ご提案ありがとうございます。ですが、こんな平凡な私を特別と言ってくださる素敵な方と先日、婚約させていただいたのです。ですから、こちらの方と結婚はできませんの。」
にっこり笑ってそう返すと、侯爵令嬢の顔が歪みました。
私、事実しか述べてませんから。
横でルカが吹き出す声が聞こえましたが、聞かなかったことにします。
侯爵令嬢は、いつもと違って私が笑顔で反論したのが気に入らないと見え、閉じた扇を手に叩きつけています。
彼女が扇を広げ、苛立ちながらどうにかして私を傷つけてやろうと口を開いたところで、兄のラデク様が制止されました。
助かったと思ったのですが、それはとんでもない間違いでした。
「やめろ、ダニエラ。そのような見た目の女と話しているとお前が汚れる。そもそも、何故、こんな赤い目の女と知り合いなのだ。血のような赤い目など汚らわしい。いつも言っているだろう、我が侯爵家は代々この王都で一番上の家柄なのだから付き合う相手は選べと。王族と同じ金の髪に青い目こそ優秀な血を引く証なのだと、父上がいつも言っているだろう。この女は、お前と口を聞ける者ではない。」
一瞬、頭が真っ白になりました。この人は何を言っているのでしょうか。
金の髪に青い目こそ優秀な血を引く証などと言う話は聞いたことがありません。
思わず、該当するルカの方を振り返ると、目が合った彼が不快そうな顔をして首を振っています。
彼も聞いたことがないようです。
ラデク(もはや敬称不要)は父親からそのようにいい聞かされてきたようですが、ローマン侯爵は一体どうしてそのような考えをするようになったのでしょうか。
どこから発生した思想かはわかりませんが、上位貴族の中にこの考えが広まったら、大変です。
髪や瞳の色を選んで生まれてくることはできないので、瞳の色が血のような赤だから汚らわしいなどと言われても困るのです。
金の髪に青い瞳ばかりの王都では珍しいかもしれませんが、国中で見れば紅色の瞳の人はたくさんおります。
人の顔貌は生まれつきのものですし、個人の資質とは何の関係も無いものです。
そんなもので優劣を判断されるというのは理不尽です。
それに、その言葉は私だけではなく、紅い瞳を持つ人々、身近なところでは父兄や叔父や従兄弟を侮辱されたことになり、私は頭に血が上りました。
そして、そのまま怒りを口から出してしまったのです。
「そんなことはありません!髪や瞳の色に優劣はないのです!そのような考えで人の上に立たれては国が滅びます。ローマン侯爵家が上の身分だからなんだというのです、その前に人として学び直してくるべきです!」
「伯爵の娘如きが、私にそんな口を聞いていいと思っているのか!」
「そのように身分でしか判断できないから、髪や目の色に優劣があるなどという馬鹿げた考えを信じるのです!貴方、身分や見た目に惑わされず、ご自分で相手を見て知ってから判断されてますか?してないでしょう?!人の言うことを鵜呑みにしてたらいずれ身を滅ぼしますよ!」
私は言いたいことを一気に言いました。
ラデクはよほどカンに障ったらしく、腕を振り上げ、私目掛けて振り下ろしてきました。
叩かれる、と思った途端、相手が大きく見えて、足が竦んで動けなくなりました。
気に入らないから暴力に訴えるなんて最低!と言いたいのですが、いざそうなると、反撃もできず、私はただ呆然と自分を傷つける目的で向かってくるそれを、見ているだけしかできませんでした。