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お口の花

作者: えるえる


 私は、プラスチック製の軽い鉢植えをベット傍の日当たりの良い窓際に置いた。

 心地よく風が通るからその窓は常に開いていて、新鮮で気持ちの良い特別な場所に真っ赤なコントラスが目をひく種を植えた鉢植え。ベッドの近くでもあり、いつでもその植木鉢を見ることができるようにした。


 百円均一で売っている安物の霧吹きを手に、シュッシュと水気を吹いた。乾いた砂は水気を速やかに吸い取り、濃く変色する。鉢の中央が湿気で膨らみ、私は舌で唇をなめた。爽やかな涼しさを感じさせるその行為に一定の満足感を得た私は、古ぼけた机の上に置いた説明書を取り上げた。


 「この『お口』という植物は、人間のDNAを解析し、人間の『口』のような花を咲かせます。DNAを養分にして、数日で成長する驚異的なこの植物をお楽しみください」


 この植物の鉢植えの土に、彼女の「髪の毛」を混ぜた。

 彼女の美しい『口』が再現できるか、とても楽しみだった。


 私は彼女を好いていた。私は彼女のなんだって知っている。彼女の年齢、体重はもちろんのこと、好物の食べ物だって知っている。彼女のほくろの位置だって知っている。


 唇を飾るリップのメーカーは大手メーカーの高級品を使っていて、私はそれをずっと使ってほしいと思っている。リップは彼女の『口』を美しく装飾するからだ。


 私は彼女の『口』を愛していた。

 彼女の魅力は全て、その『口』から発せられていた。


 彼女の『口』を魅力的に着色した薄いピンク色に心が躍るし、弾力に富んだ瑞々しさの感触が、触ってもいないのに私の指に現れるほど、私はその『口』に夢中になっていた。

 『口』を見ると、背筋からゾワリと、この世の者とは思えない恍惚な快感が昇ってくる。

 私の全てを捧げるに値する程、美しい『口』を彼女は持っていた。


 そしてしばらくして、鉢植えから彼女の『お口』がキノコのように現れた。細い植物の茎にラフレシアのように大きな花弁。そして花弁が見事に組み合わさり、まさに彼女の『お口』が再現されていた。


 私は霧吹きを持ち出した。シュッシュと水気を含ませると、プルリと瑞々しさを持った花弁の『お口』が鎮座していた。

 私は心を奪われた。急いで彼女が使っていたリップを取り出し、塗った。植物とはいえ美しい『ソレ』は、私の欲望を刺激するに十分だった。


 私に新しい習慣が出来た。彼女の『口』を丁寧に世話をした。やはり『口』は美しい。蜜のように甘い香りが私を誘う。私は欲情し、ベッドの傍から『口』を上から見下ろす。見下ろしているという事実は私に独占欲のような何かを与え、私の欲望はさらに高まり、自然と口角があがってしまう。

 

 彼女と私を混ぜ合わせたい。


 彼女の『口』は私のモノだ……

 私は彼女の『口』に何をしても良いのだ……


 私は我慢できず、上から彼女の『口』に唾液を垂らした。私の唾液を垂らされた卑しい彼女の『口』を見て、私の興奮をさらに高まった。彼女の『口』を蹂躙して、そして言い知れぬ不気味といえるまでの痺れが私を襲った。激しい夕立のあと花弁についた露のように、情緒深い美しさが私の心を揺さぶるのだ。

 泡を含んだ粘り気のあった私の気質が、サラリと垂れていた。


 私は彼女に霧吹きの水を何度もかけた。乾いた鉢植えの土と『口』は、霧吹きの水分によって潤いを取り戻す。

 私は彼女の使っていたグロスを取り出して、彼女の『口』を装飾する。

 そして私は彼女の『口』に唾液を垂らして蹂躙することに夢中になった。


 私はそうして日常を過ごした。

 夢中になって、『口』を蹂躙した。

 変色しても、瑞々しさを失い始めても、それでも私はそれから目を離せなかった。

 

 私の愛だった。


 いつの日か、彼女が枯れた。ベッド際からは特有の異臭が発生し、植木鉢の花弁も落ちてしまっていた。霧吹きを片手に水を吹いてみるも、以前のように瑞々しさを持つことはない。


 美しかった彼女の『口』は荒れてしまった。

 生命力に溢れた『お口』は枯れてしまった。

 

 私を絶望が覆い、そして涙した。

 別れの時が来てしまった……

 

 私は愛する『口』を処分することに決めた。彼女の『口』は死んだのだ。潔く認めることにした。

 私は彼女を愛しぬいたから、悲しかったけども認めることにした。


 私は涙を流して顔をくちゃくちゃにした。血の涙を流すとはこのことだろうか、目前が真っ赤に染まっていく。私の手は涙を拭うたびに赤く染まった。

 

 視界が濡れるも、私はゴミ捨て用の赤いビニールに愛する『口』を放り込む。

 私はそれを引きずって、近所のゴミ捨て場に捨てた。

 『アレ』を処分した次の日、植木鉢を置いていた窓からサイレンの音が聞こえた。


 私は『お口』の種を再注文することにした。


 私はあの花を気に入っていた、本物ではないが再現度が高いから。

 彼女の『口』を思い出すだけで、私は幸福の絶頂へと導かれる。

 ただただ、傍にないことが口惜しい。

 

 彼女の美しい『口』を想起すると、彼女のリップが無くなっていることに気づいた。

 『口』を装飾するために最も重要で、彼女を美しく飾るに欠かせないので注文する必要がある。


 私は注文のためにスマホを手に取ると、購読しているニュースサイトから通知がホップした。

 私は気にも留めず、それをタップする。


 「L県で遺体が発見されました。司法解剖の結果、失踪届が出されている女性と判断され……」


 最後まで読んで頂きありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 髪の毛もそうでしたが、『彼女』の“使っていた”グロス はどのように入手していたのかと思いましたが…………。 恐ろしいまでの偏愛ですね((((;゜Д゜)))
[一言] 先にここを覗く方がいては大変なので……。 以下、ネタバレ。 正直、サイレンが、うん? 妙に引っかかり、この作品にこの描写は必要だろうかと、それまで読んだ内容に比べ、異質な一文でした。 …
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