三屍虫
「君、ここの巫女さん?」
不意に声をかけられて、私は顔を上げた。神社の石段に積もった枯れ葉を箒ではいていたのだが、滅多に人の来ない山奥なので、近寄られるのを全く気づかなかった。
白い着物に紅い袴を履いているので、巫女といえば巫女だが、まだまだ修行中で、特に才覚もないようだったので、そのうちここから出て民間に紛れて暮らすだろうと自分では思っていた。
「いえ、あのぅ」
口の中でもごもご言う。人見知りが激しいのだ。
「山歩きしてたら時間が経ってしまって今夜の宿がないんだ。ここの境内で良いから泊めてもらえないかな?」
高校生?くらいに見えた。私より年上だ。
なんの目的で何もない山奥に紛れてきたのか怪しいところだが、秋の日暮れはあっという間に暗くなるだろう。ここに宿を借りるのは得策に思われた。
私は口の中で思っていることをぶつぶつつぶやきながら、その青年を手招きすると、奥へ案内した。
「お姉ちゃん!」
三人の姉たちに駆け寄りすがりつく。
ずいぶん年が離れているが姉たちはここを切り盛りしている巫女だった。
「どうしたの?」
「…すいません。僕が驚かしてしまったみたいで」
青年は姉たちに事情をかいつまんで語った。姉たちは静かに承諾した。
離れに案内するように言われて、私は青年の前を歩いた。
「君、かわいいね」
耳を疑って振り向く。微笑んでる青年。私は耳の付け根まで赤くなった。
夜食の膳を運んでゆく。
声をかけても聞こえないのか返事がなかった。
「?」
障子を開けると中にいない。
私は膳を置くと、母屋の方へ戻った。
「お姉ちゃん?」
「来ちゃだめ!」
お姉ちゃんが縛られて座らされていた。部屋を物色していた青年が銀色に光る刃物を持って無言で襲いかかってきた。
「!」
声が出ない。
倒されて上に馬乗りになられた。
「本当に、かわいいなぁ」
舌なめずりしてずりずりにじり寄ってくる。
怖い!気持ち悪い!
「やめなさい!」
お姉ちゃんが叫んだ。
「うるせぇ」
青年は、お姉ちゃんを刺した!
きゃあああああああ。
私は悲鳴をあげる。
「いでよ!三屍虫!」
上の姉たちが駆けつけて唱えた。
「うお?」
青年の身体から三屍が現れた。それらは青年を喰らい、そのすきに姉たちが私達を救い出した。幸い姉の差し傷はそれほど深くなくて命に別状なかった。
三屍虫というのは人間の体の中にいて、庚申の日に眠ると天に登りその人間の悪事を告げ口して寿命を縮めるという。今回は姉たちがその幻を借りて青年を戒めたのだった。
「全く、なんて大きさの三屍虫なの?よっぽどのことがなけりゃ更生できないわよ」
三日三晩青年は放っておかれて、そのうち抜け殻みたいになっていた。
「あなた、名前は?」
「…拓」
「あなたにこの子のお守り役を命じます」
「!?」
「いずれ下界にでていくこの子に誠心誠意仕えなさい。邪なことをしようとしたり考えたりしたら三屍虫があなたに喰らいつくでしょう」
「…わかった」
拓は、承諾した。
それからずっと、私は拓と一緒にいる。