破壊の果てに
視界は赤茶色だった。周囲は砂嵐のような状態で、かろうじて太陽がどのくらいの高さにあるか分かる程度だった。
「まだこれほどにも赤い大地が残っていたのか…」
全身を包む大きなマントに身につけ、顔はゴーグルとスカーフで隠している一人の男が‘マーズ’の乾いた赤い大地をただひたすら歩いてた。バタバタとはためくマントをしっかり掴みながら、男は考えていた。
一体いつから‘アース’と‘マーズ’の間でこれほどまでの政治的緊張が高まっていたのだろう…。もっともこの‘マーズ’のテラフォーミングに注ぎ込まれた額は莫大なものだったらしい。それにインフラ整備も。こうして特別な装備なしで歩けるのもそのおかげだ。アース政府の配下から‘マーズ’が経済的にも政治的も完全な独立を宣言すれば軋轢が生まれるのも当然と言えば当然なのだろう。だが、だれしもが外交的努力で問題は解決するはずだと思っていた。
惑星間相互確証破壊…。
この独立問題で緊張が起きる前から核パルス推進システム搭載の惑星間巡航ミサイルが開発されていることは太陽系内では周知の事実だった。むしろアース政府がそれを公表した時、独立機運が高まっているマーズに向けたけん制だと思った人もいたことだろう。ただ問題は、‘マーズ’もそれと同等のものを開発していたということだった。
どこまでが噂で本当のことなのか定かではないが‘アース’によるマーズ攻撃が検討される以前からマーズ製惑星間巡航ミサイルは超水爆を搭載した状態で‘ムーン’のどこかに運び込まれていたらしい。一発でも十分な代物が何発も即時発射可能な状態で設置されていたのだとか…。これが事実ならばアースはもう終わっているだろう。惑星としても…。
どのみち、‘マーズ’のインフラは全て死んでしまった。アース製惑星間巡航ミサイルに搭載された超磁気兵器と、ばら撒かれたナノマシーン兵器によって…。しかしながら確かめるすべがないのだから「おそらくは」と言う注釈が必要だろう。それとマーズ製惑星間巡航ミサイルの話が事実なら‘アース’だって無傷じゃないはずだ。ただ、これもまた確かめるすべは無い。古典的な光学望遠鏡だって、今はそれを必要な方向に向けることもままならないのだから。そうだ、‘ムーン’はどうだろうか?それともアース攻撃の時に影響を受けたのだろうか?分からない。それもまた、確かめるすべはない…。
それでも極地の磁場発生装置は生きているという噂だった。もし、これもダメになっていたとしたら‘マーズ’は終わりだ。いずれ太陽風で大気は飛ばされ、宇宙線が降り注ぎ、またすべてが砂漠の荒野に戻ることになるだろう。
都市が爆撃のような物理的攻撃を受けたかどうかは、私が見たところでは無かった。ほとんどはインフラが停止したことによる、飢えや混乱、暴動、それらが破滅をもたらした。少なくとも俺が住んでいた都市はそうだった。次に向かうところはどうかな?あるいはアース製の水爆で消し飛んでいるかもしれないが…。
それから‘エウロパ’の人々はどうしているだろう。あそこは遠すぎてこの事態には不介入を宣言していた。マーズ政府としてはアース政府側に肩入れをしているとみているようだったが。少数意見だが、この事態が起きたのは‘エウロパ’の陰謀かもしれないと言っている人もいたな。笑える。それよりもなにか因縁を感じるのはエウロパ生まれアース育ちでマーズ在住市民権を持っている、この俺が生き延びたってことだろうか…。
「さて、これからどうなることやら」
砂嵐は少しずつ収まりはじめていた。男の視線の先には夕日の中、都市のシルエットがくっきりと写っていた。