ご招待ツアーの行く先は?
幸夫がゆっくり紙を剥離していくと、予想していたように文字が現れてきた。
「やっぱり、二重になってたんやね。
何て書いてあるん?」
「もうちょい待って、あと少しでめくり終わるから」
初めは下の方の一部分だけがめくれるようになっているのかと思われていたのだが、めくっていくと予想外に完全に二重になっており、紙の薄さも相まって破かないように剥がしていくのは、見た目以上に神経を使う作業であったのだ。
「ふう、何とか途中で破れんといけたわ」
出てもしない額の汗を拭う仕草をして、幸夫は幸子に繊細な作業の大変さをアピールする。
「よっ!ゆっきぃ、日本一!!」
テンションの上がった幸子は、調子に乗ってつい幸夫をまた『ゆっきぃ』と呼んでしまう。
「わかった。さちはもうコレ見たないねんな」
今しがた2枚に別れたばかりの紙を重ねて半分に折り畳むと、幸子から隠すように自分の懐に仕舞ってしまう笑顔の幸夫。
結局、慌てた幸子が謝り倒して半泣きになった30分後、やっと幸夫の機嫌が治り、安堵の息を吐くと喜びの舞を踊る幸子であった。
「んじゃ、気を取り直して、何が書いてあるか見てみよか」
「はいよ」
さっきまでの喧騒は何だったのかと言うくらい、すっかり平常運転に戻っている幸子は、幸夫に懐に仕舞った紙を出してくれるよう頼む。
幸夫としても、いい加減、どんな内容なのか気になっていたので『否』はなかった。
半分に折り畳まれたままの紙を取り出し、テーブルの上に置くと幸子がまた『ドロロロロロ・・・』とやり出したが、今度は相手をせずさっさと広げ、重なっていた紙を横に並べる。
折角の効果音を無視された幸子だったが、自分が楽しんでいただけなので特に気にもせず、反対に幸夫が紙を広げるタイミングに合わせて『ジャジャ〜〜ンッ!!』と新たな効果音を付けるのだった。
そんな幸子の行動に気が抜けそうになりながらも、めくった下側の紙に目を向けた。
『ココに気が付かれた貴方に Wチャーンス!!
人数限定のスペシャルなシークレットツアーにご招待いたします!
詳しくはコチラへアクセスしてね!』
二人で仲良く顔を寄せるように覗き込んで見てみると、こんな事が書かれていた。
「やった!ゆき!!人数限定のスペシャルなシークレットツアーやて!!」
素直に喜ぶ幸子を尻目に幸夫は眉間にシワを寄せ、訝しげに紙を見ていた。
「イヤイヤ、待ってさち。
招待してくれるツアー自体が元々人数が限定されてるもんやし。
それにコレ。
『コチラへアクセス』ってアドレスが『天国と地獄.com』っていかにもって感じやし。
問い合わせの番号も語呂が『10410190』って狙い過ぎとちゃう?
てか、これで僕らどこに連れて行こうとしてんねん?って感じやん。
スペシャル用に別のサイト作ったにしても怪しないか?」
「そうかも知れんけど、分かりやすぅてええんとちゃう?
それに、変なトコからきたやつやないんやし、何かあったらあの旅行会社に文句言うたらええやん」
早く詳しい情報が見たい幸子は、多少気になりながらも好奇心の方が上回り、早く早くと幸夫を急かす。
まあ、本当に何かあれば幸子の言う通り、ココに載ってる問い合わせ番号ではなく、旅行会社の方に連絡すればいいかと諦めにも似たため息を吐きながらも、電話台の上にいつも置かれているノートパソコンをテーブルの上に移動させる幸夫であった。
「パソコン立ち上がるまで、何か飲む?」
幸子は買い物から帰って来てから水分補給しておらず、テンションを上げて叫んだり、踊ったり泣いたりしていた為、ふと喉が渇いている事に気が付いた。
なので幸夫が調べてくれる気になった事に気を良くしてた事もあり、自分が飲み物を用意するついでに幸夫の分も用意してあげようと声をかけたのだった。
「ん〜〜〜、そうやなぁ。さちは何飲むん?」
「私?私は・・・喉渇いとるし、冷たいのがいいから〜・・・
ティーソーダかな!」
「またかいな。ホンマ、それ好きやなぁ〜
んじゃ、僕もさっぱり系の気分やからそれでええわ」
「えぇぇぇぇ〜〜〜
炭酸のん、そんな好きやないくせに。
いつもの抹茶オーレとちゃうん?」
「ええやん。全く飲まへん訳やないし、今日はそういう気分やねんから」
「しゃあないなぁ。ゆきも飲むんやったら、これでお終いやし、また買いに行く時一緒に来てよ?
コレ、ビンに入っとって重いんやから」
幸子はそう言いながら、冷蔵庫からビン入りのティーソーダを2本取り出し、ついでに食器棚からグラスも持ってくる。
グラスに注いで「はい」とパソコンを触る幸夫の手の邪魔にならない所に置き、幸夫のありがとさんの言葉を聞きながら、パソコンを操作するのにソファーに座るとしにくい為、上敷きの上に座布団を敷いて座っている幸夫の横に、同じように座布団を敷いて座る。
幸子が自分の分もグラスに注ぐと、幸夫は待っていたように自分のグラスを手に持ち、
「乾杯!」
と、幸子のグラスと合わせながら言う。当然のように幸子も同じタイミングで、乾杯と言っている。
これには別に特別な理由がある訳でなく、昔からグラスに注いだ飲み物を一緒に飲む時は、何となくお互いにそう言うようになっていただけであり、言うなれば「いただきます」の飲み物バージョンみたいな感じなのであった。
そうして飲んで一息ついた頃、パソコンが立ち上がった。
幸夫は倒さないようパソコンから少し離してグラスを置くと、紙に書かれていたアドレスを入力する。
繋がった画面は想像してたものとは違い、かなりあっさりしたものだった。
と言うより、本当のサイトに繋がる前の前段階のようにも見えた。
なぜならそこには、『おめでとうございます』の文字と共に、送付されてきた封筒の受取人氏名を入力するようになっていただけであったのだ。
かなり胡散臭く感じはするが、とりあえずサイトにいってみるとの話になっていたので、幸子の名前を入力する。
検索中のアイコン表示で天使と悪魔のキャラがくるくると踊っている。
しばらくすると町名までの住所が表示され、間違いがないかの確認がされる。
間違いがなかったので『はい』をクリックすると、今度こそスペシャルシークレットツアーの案内サイトに繋がった。
そこは先程とは違いかなり派手で、真ん中に幸子の名前が大きくあってピカピカ光っており、その幸子の名前の上を緩い半円で囲むように『CONGRATULATION』の文字がはじける花火のアニメーションをバックに踊っていた。
「何やハデっちゃぁ〜ハデやけど、何かダッサい感じやねぇ」
幸夫の横からパソコン画面を覗き込んでいた幸子の言葉に、幸夫も頷く。
「うん、何かこう使い古された感がひしひしとするなぁ。
何年前から変えてないねん、って感じ?」
二人して表示されてる画面を貶していたら、右下の方に『次へ』の表示が出てきた。
「ずっとこの画面見とってもしゃあないから、次行こか?」
「あ!待って。この画面やったら写るかも知れんから写メしてみる」
次に行こうとする幸夫に待ったをかけて、また携帯で画像を撮ろうとする幸子。
「ちょっと画面光ってるから、もう少し立ててみて」
そう言われ、幸子がノートパソコンの画像を撮りやすいように角度調整し、幸夫は自分の影が画面に映り込まないように少し身体を離した。
「うん、ええ感じやわ。んじゃ、撮るでぇ〜、・・・ハイっ!」
「別に人を撮るんとちゃうんやから、掛け声はいらんやろうに」
また、微妙な掛け声と共に微妙なタイミングで撮影をする幸子に、幸夫は何やってんだかと言うようにユルい突っ込みを入れる。
「えぇ〜?でも、私が撮るの、ゆきがわかった方が良うない?」
珍しくある意味、一理、まではいかないが多少はあるかも、な事を言われ、幸夫はとりあえず大人しく見ている事にした。
「はい、いいよぉ〜。笑ってぇ〜・・・は無理か。
んじゃまぁ、今くらいでいいやろ」
どういう違いにしたのかわからないが、幸子は3枚程撮ると満足そうにそう言う。
「撮ったの、先に確かめんでええんか?」
幸夫にそう問われた幸子は、あっ!と言う顔をすると
「撮ったんで、やりきった感があったから忘れとったわ」
と、照れ隠しのように幸夫の背中をバシバシ叩く。
「痛い、ってぇ、もうわかったから。
さちが撮ったの見んかったら、画面先に進められへんから、早よ見てみ」
「うん、わかっ・・・何やコレ?やっぱり、また変やわ」
そう言って見せられた携帯に写ったパソコンには、画面いっぱいに大きく
『いやん❤』
と写し出されており、後の2枚も似たようなもので『えっち❤』と『ナ・イ・ショ❤』であった。
物凄い脱力感に襲われながらも、もうこれはこういう風になる、自分たちが知らない加工がされているのだろうと、無理矢理納得する事にした幸子と幸夫であった。
「じゃ、次行くで」
「よっ!待ってました!」
「イヤ、その合いの手もおかしいやろ?」
「そっかぁ?まぁ、ええやん。早よ見せて」
幸子に付き合っていたらいつまでも先に進まないと思った幸夫は、はいはい、と適当に返事をしながら、やっと『次へ』をクリックする。
すると今度は、このスペシャルシークレットツアーに関する諸注意が書かれており、よくありがちな『同意する』『同意しない』の表示も下の方にあった。
普段ならこの手の文章は、さらっと流してしまう二人だったが、いつもはそれほどこだわらないと言うか気にしない幸子も、今回のは怪しさが爆発してるので幸夫と一緒にじっくり読み進めていく事にした。
中でも気になったのが、このスペシャルシークレットツアーは今回が初めて試みであり、これに参加した人の評価によってこのスペシャルのツアーを今後も続けるか、今回でなくなるかが決まるので、ツアーの最後にアンケートに答えられる方のみ、参加して欲しいと言うものだった。
参加不参加はこのページで決めるのではなく、これ以降のページにある、最終確認で決めるようになっているとの事だったので、とりあえず全ての項目に目を通す事にした。
ツアーの実施される日にちも、こちらが行きたい日を決めるのではなく、ある期間の中で参加可能な日を全て選ぶようになっており、他の参加者との調整を経て、新たに封書で以て確定日程を知らせてくる、と言うものであり、それにより宿泊になる事もあるので、これにも同意出来る人のみ参加可能となっていた。
「ツアーとかでアンケート訊かれる事あるけど、それが参加条件になってるのは、今までなかったなぁ。
実施日の決め方もそうやけど、何かちょっと変わってんね」
幸子はこの諸注意を読み進める中で、独り言とも幸夫に語り掛けるとも取れる呟きを口にした。
「全部読めた?」
「ん〜、もうちょっと」
幸夫が読み終わるのを待つ間、まだグラスに残っていたティーソーダを飲む。さすがに一口目よりは炭酸が弱くなってるなぁ、と思いつつグラスに3分の1程度残す。これはまた後で飲む為だ。まだ予備があればこんなケチった飲み方はしないのだが、さっき冷蔵庫を見た時もうこれが最後だったから、買いに行って補充するまでは、すぐにはないのだから仕方ない。
そんな事をぼぉ〜、っと考えるとはなく思っていた幸子は、幸夫もティーソーダの入ったグラスに手を伸ばした事で、読み終わった事に気が付いた。
「終わったんやね」
「うん、じゃ『同意する』押すで」
「えぇよ」
幸子も同意した事で、幸夫は『同意する』のアイコンをクリックした。
次の画面では、ツアー参加可能日にチェックを入れるようになっていた。
「なぁ、ゆきが会社行かなあかん日って、この中でやったらいつ?」
パソコン画面に記されたカレンダーと、自分の予定が書き込まれている電話台のすぐ上に掛けられているカレンダーを見比べながら、幸子は幸夫に訊ねた。
「ちょっと、待ってよ」
そう言うと幸夫は、奥の部屋に置いてある、退職者向けに会社から渡されている退職日までのスケジュールが書かれた予定表を持って来る為、立ち上がった。
「あ、立ったんやったら、戻って来る時、そこのカレンダーも取って来て」
行きかけてた幸夫は、声を掛けられた事て一瞬立ち止まったが、振り返りもせず「はいよ」と返事だけして奥の部屋に行った。
居間に戻ってきた幸夫は、幸子に言われたように、電話台の後ろの壁からカレンダーを外すと「書くもんもいるんやろ?」と言いながら、電話の横に置かれたペン立てからシャーペンとマジックを手に取り、
「ちょっとそこのグラス退けんと、このままカレンダー置いたら倒すで」
と言い、幸子がグラスを置き直し、水滴の輪っかができてるのを近くにあったティッシュで拭き取るのを待って、パソコンの横にカレンダーを置いた。
「書くもんまで持ってきてくれて、ありがとう、ゆき」
カレンダーを置いた幸夫は、シャーペンとマジックを幸子に手渡しながら座る。
「ま、座ってからまた取りに行くんも二度手間やからな」
幸子から素直に礼を言われ、少し照れたようなぶっきらぼうな言い方をする幸夫であった。
「で、ゆきのあかん日はいつなん?
私はココに載っとる日やったら、とりあえず大丈夫・・・
あっ!ココは月一回しかない不燃ゴミの日やからあかんわ」
「今回、そんなに不燃ゴミあったか?」
「カレンダー、ちゃんと見てぇよ。
今回のとちゃうって。次のにかかってるんやって。
今からやと、次の不燃ゴミ、どれだけ出るかはわからんやん」
「毎回毎回、そんなに不燃ゴミなんか出てないやん。
それに、生ゴミと違って置いといたら腐るもんでもないし、最悪、次でもええんとちゃう?」
「まぁ、そらそうやけど・・・
てか、それ言われたら生ゴミが気になって行かれへんやん」
「これ見たら、まだ1ヶ月くらい先みたいやし、その頃やったらもう暑ないんとちゃう?
さちがどうしても気になるんやったら、生ゴミだけ袋二重にしといて部屋の冷房きつうにして行ったらええやん。
もしくは、袋二重にしとるんやったら、勝手口の外に出しといても大丈夫なんとちゃうか?
匂いせぇへんかったら、猫とかカラスも大丈夫やろうし。なんやったら、カラス対策にネットも被せといたらええしな。
それに年末年始やと、1週間回収ないけど、なんとかなってるんやし、招待のツアーやから一泊二日がせいぜいなんとちゃう?
やったら、そない心配せんでも大丈夫やって」
いつの間にか、幸子よりも幸夫の方がツアー参加に一生懸命になっていた。
が、これは実は幸子の作戦であったのだ。
昔から幸夫は、元々幸子が乗り気だったのが途中で渋り出すと、なぜか是が非でも幸子にそれをさせようとするのだ。
幸子はその幸夫のクセにだいぶ前から気が付いており、今回はそれを逆手に取った形なのだ。
幸夫はここまでの作業で、もうかなり面倒くさくなってきていたのである。
たぶんそれは、幸夫自身も気が付いていないであろうほんの些細な変化だったのだが、長年夫婦として連れ添って来ている幸子は、その幸夫の変化を敏感に感じ取り、幸夫が『もう面倒くさいから行かへんわ』と言い出す前に先手を打ったのであった。
「で、さちはその不燃ゴミの日以外は大丈夫やねんな?」
「うん、多分。ゆきは?」
「僕の方は、この初日と、中程にあるこの空き日の前の日があかんわ。
これ以降はもう退職になっとるから、大丈夫。
やからさちも、もう生ゴミの事まで考えんと。
なんとかなるって、な?」
「わかった。んじゃ、その時はゆきが何とかしてや?」
「ええよ。んじゃ、カレンダーにチェック入れていくから、間違ってないか、さちも見といてな」
なぜか、意外とウキウキとした調子で表示されているカレンダーに、参加可能日のチェックを入れていく幸夫であった。
参加可能日にチェックを入れ終わり、さちともう一度ゆきが間違いがないかの確認をした後、『OK』をクリックする。
すると、画面上に
『ツアー参加可能日の登録、ありがとうございます。
本日より1週間以内に、決まりましたツアー日等のご連絡を封書にてお送りさせていただきます。
詳しくはそちらをご覧下さいませ。
なお、ご不明な点がございましたら、こちらのサイトのアドレスが記された用紙に、このツアー担当者直通の連絡先が書いてございますので、そちらまでご連絡くださいますよう、お願い致します。
対応可能時間は10時から20時までとなっております。』
との表示がなされ、今はここまでしか出来ないようであった。
「なぁ、シークレットツアーやから行き先が分からへんのは仕方ないと思うけど、何か色々変と言うか不思議なヤツやったね。
最終確認もまだなかったから、ツアーの日付わかってからになるんかな?」
「そうやろな。まぁ、いちおサイト上は変ではなかったから、1週間以内に来る、っていう封書待っとったらええんとちゃう?
てか、それしかしようがないんやし」
「そうやね。んじゃ、また手紙来んの楽しみに待っとこ♪」
そう言うと、グラスに残っていたティーソーダを一気に飲み干す幸子であった。
幸子のその様子に幸夫は苦笑しながらも、同じようにグラスを空けるのだった。
ティーソーダ、大好きです。
でも、なかなか置いているところがありません。
悲しい・・・