表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

思い出のイエローサブマリン

作者: 長坂はるか

黄色い潜水艦を見るたび、あなたを思い出す。


本当は、インテリア雑誌の編集長になりたかったあなた。行きたかった出版社に最終面接で落ち、大手新聞社で記者をしているあなた。


入社三年目の若手記者だったわたしが、静岡に赴任した時、八つ年上のあなたが直属の上司になったのがきっかけ。その後、新聞社の激務で身体を壊したわたしは会社を辞めて、大学院で国際開発の勉強を始めた。あなたは東京に異動になり、経済部の記者をしていた。週末になると、わたしがあなたの家に繰り出すという、付かず離れずの生活が五年も続いていた。


あなたの部屋は、厳選されたお気に入りの数々が並ぶセレクトショップだ。ペンダントライトは、ルイスポールセン、壁にはジョージネルソンの時計。ダイニングチェアはイームズ。家電はアマダナ、ベッドはシモンズ。夜はアングロポイズドのライトの明かりの下、デザイン雑誌を読むのが日課だった。

そのころあなたが嵌まっていたのは、レゴ集めだった。ル・コルビュジェのサヴォワ邸、ミース・ファンデルローエのファンズワース邸、フランク・ロイド・ライトの落水荘、ロビー邸、グッゲンハイム美術館。レゴ社が大人向けに発売しているアーキテクチャーシリーズを揃えていくのを楽しみにしていた。

欲しいものはどうしても手に入れたいあなた。ビートルズのイエロー・サブマリンのレゴが販売されることを知り、ビートルズもレゴも大好きなあなたは、これを喉から出るほど欲しがっていた。名曲「イエロー・サブマリン」をモチーフにした黄色い潜水艦のレゴに、ザ・ビートルズのミニ・フィギュアが付いたそれは、残念ながら日本では未発売。あなたは買えないのを大層悔いていた。


だから、わたしには自信があった。あなたのこだわりに永遠に付いていけるのは、このわたしだけだと。


転機は突然やってきた。

国際連合で広報のインターンをすることが決まったのだ。任期は半年。滅多にないチャンスを物にしたわたしは、嬉しくて真っ先にあなたに電話した。


反応にびっくりした。珍しくあなたが黙ったから。


数十秒の沈黙の後、あなたはぼそっと言った。

「ほんとに行くの?」。


わたしの意思は固かった。

わたしは言った。

「行く」と。


出国前日、今は亡きホテル・オークラの本館で最後の夜を過ごした。インテリア好きなあなたらしい最後の贐だった。

バロンバーでモンラッシェを飲みながら、わたしは聞いた。

「お土産は?」

あなたは言った。

「イエロー・サブマリン」と。

わたしは気づいていなかった。これが永遠のさよならになるなんて。


ニューヨークで買ったイエロー・サブマリンは、結局渡せていない。

暫くして、わたしは知った。あなたが、取材先の企業の社長の娘と結婚したことを。

今思えば、あなたが言った「ほんとに行くの?」は、不器用なあなたからのプロポーズの言葉だったかもしれない。

わたしが夢を取った。ただそれだけのことなのだ。


ニューヨークから帰国したわたしの部屋に、黄色い潜水艦は飾ってある。

黄色い潜水艦を見るたび、思い出す。

あなたのことを。

あなたと過ごした五年間のことを。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ちょっとヲサレ系?の感じでしょうか。 でも粋で小粒な印象で、これぞ『エッセイ』と思いました。 [一言] ……そして無粋な一言 レゴのイ○ローサブマリンなら、Am○zonで入手可能だったりす…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ