第1話
欲望は人を支配する。
「姫様ー! 時間が迫っています!」
「ま、待ってて……。 すぐ行くから……!」
小さな町。
家の前で黒衣を纏った少年が大きな声を上げ、外から対象の人物を呼ぶ。
その声は明るく活気があり、これから行くであろう場所に胸を躍らせている事が容易に解る。
少年の名はカイル。
黒髪、黒目といった外見で、日本人のような容姿をしていた。
身長は170台半ばで、一見するだけだと現役高校生にも見える。
しかし身に纏っている黒衣はお世辞にもお洒落とは言えず、かなり目立つ事は確かである。
それもそのはず。
カイルは魔界から来た守護者であるからだ。
「お待たせ……! ご、ごめんね? 待たせちゃって……」
「いえ、姫様の為なら、地球が滅びるその日まででも待ちましょう。それより、姫様。時間は大丈夫でしょうか?」
「あっ、そうだった! 早く行こう、カイル!」
「はいっ!!」
少女の名は麻宮 姫。
現在16歳の高校一年生だ。
背中まで伸びる綺麗な黒髪に、小柄な体型。
身長も150cmと、小学生にも見えてしまう程だ。
そんな二人がこれから向かう所は、近所のスーパー。
今日は姫の父親の誕生日なのだ。
その父親の為に姫が何かをプレゼントをしたいと言うと、カイルが真っ先に様々なアイデアを提案する。
そして今日は手料理を振る舞う事にしたのだった。
――――――
太陽光力により異次元への扉が開かれた瞬間、その穴からは異形の物が現れた。
手首から先の手にも見えるが、それにしては指の数が多く、木の根にしては数が少ない。
そして「それ」が地面に降り立ったと同時に、配備されていた重火器を持った兵士達が前に並び、銃口をそれに向ける。
「それ」の大きさは自転車1台と変わらない大きさだった。
少しの間。
永遠とも思える一瞬。
しかし変化は突如と訪れた。
人間の目では到底捉える事の出来ない速度で、「それ」は枝分かれした指を二本、兵士に向けて伸ばし、両目から頭蓋骨までを軽々と貫いた。
何が起こったか全く理解できていない人間達は倒れた人物に目を移すが、この時「それ」は確信していた。
こちらの世界の生物は、自分達に比べ圧倒的に弱い、と。
そして理解と同時に、ゆっくりと掌を見せるような体勢へと移行し、その掌の中から大きな目が現れた。
その目は……笑っていた。
その目に見られた人間が寒気を感じるより先に、穴からは他の「それ」達が現れた。
形、大きさ、色。
その全てが違っていた。
先の手首の「それ」は紫色だったが、中には赤い手もあれば、黒い鳥もいる。
人間界にはいないような生物も現れ、広場はあっという間に「それ」に支配されいった。
「それ」は人を食い、草木を食い、地を這っては、空を飛ぶ。
兵士も手にしている兵器で対抗するが、「それ」に対しては通用せず、当たった弾丸は形が変形し地面に落ちるだけだった。
逃げ惑う人間を追っては食す「それ」。
生き血を飲み干し、呻き声を上げる「それ」。
地鳴りのような笑い声をあげる「それ」。
たった数分の出来事だったが、この場にはもはや数千の「それ」で溢れていた。
絶望とはこの事を言うのだろうか。
夢を見た先にあったものが、こんな物だったとは知る由もないが、人間達は後悔せずにはいられなかった。
自分達の欲求の為に研究を進め、その結果がこれだ。
人間達は自分達が犯した【罪】を、この瞬間で気づくことになる。
しかし広場の空気は一変した。
先まで獣のように声を上げていた「それ」も、生き血を啜る「それ」も、地を這い人間を追う「それ」も。
明らかに怯えていた。
まだ生きている人間がその様子の変化を目の当たりにした後、「それ」と同じ方向に視線を向ける。
その先は異次元へと繋がる穴がある。
が、その前に何かが立っていた。
黒髪で黒衣を纏ったそれは、明らかに人間と同じ形をしていた。
それを確認した数千の「それ」は怯え、その場を去ろうと振り返り、それぞれの方向に飛び散っていく。
しかしその瞬間。
黒衣を纏った者が右手を上げ、軽く振り下ろす。
すると飛び散った「それ」は絶対的な力によって地面に叩きつけられ、一瞬で絶命した。
数千の「それ」が逃げようとして1秒にも満たない瞬間、その者は「それ」らを全て抹殺したのだった。
その光景を見ていた人間達は何もできず、ただただ腰を抜かした状態で固まっているだけである。
異次元の向こうに夢を見ていたのが数分前の事。
その数分後には夢は地獄に変わっていた。
そして、今。
この瞬間は何だろうか。
この者は何者だろうか。
これからどうなるのだろうか。
希望。
絶望。
全く予想がつかない状況下で、黒衣を纏った者は一番近くで地面にへたり込んでいる人間の前まで歩く。
そして、その者は言った。
「貴様達は【罪】を犯した」
――――――




