第四話・時は流れ
ラカがイスターの言葉を信じて16年が経った。
彼は一向に戻る兆しがない。
ラカはイスターを待つ間に数え切れないほどついたため息をまたしても吐き出した。本当に約束を果たすのだろうか、あの時ただ単に自分を安心させるための嘘だったのではないか、という気持ちが強くなってきていた。
それでも、待った。イスターに関係がありそうな情報には飛びついたし、時には彼の姿が無いか港の辺りをぶらぶらしていたこともあった。仕事を放り出してでも。
それでもイスターは戻ってこない。
「ラカちゃんの彼、早く見つかるといいわねぇ」店番を頼まれた客が呟いた。
「いや、僕としては見つからない方がいいかも」その相棒が自分に語りかけるように言う。
「あら、あんた妬いてるでしょう」
実は店番をしている二人は親子だが、まるで似ていない。銀色の髪の少年は顔を赤らめた。母親の温かい顔と正反対のいわゆる美形顔が、ほんのりと赤くなる。
「い、いや僕は今日もラカさんが探しにいっちゃってるし、何ていうか、その、いやっ、年とかとか全然違うし、結婚とかは無理だけど―」
母親の図星な発言を慌てて否定しようとする少年は、逆に本心を漏らしてしまった。
「クスッ。あ〜面白い♪」
「……ゎ」
「…加減に…」
「うわ〜〜〜っ!!」
「降参しろ!」
恋する少年とそれを茶化す母親が番をしているマヤ・ノット・バーかだいぶ離れた広場に、大勢の人が集まっていた。
原因は、広場の中央で大喧嘩が起こっているせいだった。何しろ、激しさが尋常ではない。
「あや…まれ〜〜ッ!!」喧嘩中の一人が怒鳴った。喧嘩といっても一方的で、今怒鳴った方が圧倒的に強かったのだが。
「う…梅干ぐらいでっ、ぐはっ」負けている方が「ぐらいで」のでを言った時、もう一方が相手を思い切り蹴った。
「ぐらいで、ってなんだ〜〜!!梅干を侮辱するな!!」
「ぐぅ…姉貴ぃ、可愛い弟のためにちょっとは手加減てもんを―」
「五月蝿い!!お前は弟だが決して可愛くは無いぞ!!だいたい年頃の男がそんなに髪長くするか、オカマが!!」
確かに負けている方は長髪だった。
その時、二人のどちらかの攻撃の衝撃波で広場の石像が吹っ飛んだ。
「あぁ…エンジェリックストーンが…」観客(?)の一人が叫んだ。
空中に舞い上がった時、かすかに少女の面影が確認できた―しかし、落ちて砕けた。
もっともその原因である二人はまったく気にも留めない。
その時、ラカは広場をずっとそれた所を歩いていた。自分のお決まりの店に行くためだ。
「いらっしゃい」慣れた声に、気持ちが和んだ。
中で買い物を済ませた後、毎日のやり取りでもあったイスターの消息についてを聞いた。
「いや、相変わらずそんな人は見かけないよ。それよりか、広場の喧嘩。ありゃあすごいねぇ」
ラカは興味など無かったが、聞かないのも悪いと思った。
「何のことですか?」
「おや、聞いていないのかい?広場でね、一組の男女が喧嘩しているんだそうだよ。たいそうな金髪の美形らしいがねぇ。あ、そのうち一人が、『青のり…』とか言いながら寝てしまったらしくて―おや、ラカちゃんどこ行くんだい?」
ラカが決意したような顔で立ち上がったため、店主は呼び止めようとする。
しかし、そんな声は今のラカには届かなかった。
ラカの頭に浮かんでいたのは唯一つ、長髪の、青のり好きなイスターの寝顔だった。