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湖のデート

 心労の種になっている重い荷物を降ろしたとき、人は往々にして魂が抜けたようになってしまう。それまでのしかかっていた緊張が解け、虚脱してしまうからだ。


 ロンドンのタウンハウスから屋敷に戻った俺がまさにそれだった。

 朝食後、アルに呼び出され、どこか放心状態で書斎に向かう。


「アイルランドは大変な騒ぎだったよ。砲弾が飛び交い、ゲリラ戦が起こっている」


 昨晩遅く戻ってきたのにアルは精力的に書類を作成している。

 俺の体たらくとは雲泥の差だ。


「見たところ装備の優劣はないようだった。どちらが勝つのかまだ予断を許さない。とはいえぼくは一度始めたゲームはとことんやる人間だ。義勇軍への支援は続けようと思う」


 思えばそれはひとり言に似ていた。

 まるで自分に言い聞かせているように感じられたからだ。


「玲、いざとなれば義勇軍に参加する気はないかい」

「冗談でしょう?」

「無論、冗談だ。でも微妙に本心でもある。義勇軍に欠けているのは優秀な将校だ。いまの状態ではどちらが素人かわかったもんじゃない。統率力のある人物が必要だ」


 そういってアルは、いま作成している書類について話してくれた。

 それは退役軍人のリストだった。彼らに連絡を取り、直接スカウトするのだという。


 ビジネス一辺倒で政治嫌いだったアルが、こんなに戦争にのめり込むとは思ってもみなかった。以前、俺を戦争に近づけさせないと言った男が、前言を翻している。思うに戦争のほうがビジネスと性質が似ているのかもしれない。単に命のやり取りがないだけで。


 こんな調子では第一次世界大戦が起きたらどうなるのだろう。

 本当に従軍してしまうのではないか。そんな不安が俺に取り憑いて離れない。


「そういえば、ベアトの付き人、ご苦労様」

 今度はいきなり仕事ぶりを労われる。

 しかしアルの狙いはそんなところにはないようだった。


「国王陛下への拝謁、社交界デビュー。実際のところどんな感じだった?」


 ベアト様に直接聞かないあたりがアルらしい。彼女が乗り気ではなかったことを知っていれば、当然の措置なのだろうと思う。俺は何とか気を取り直し、事後報告を行う。


「陛下への拝謁は無事にやりおおせられましたが、社交界デビューのほうは不首尾に終わりました。肝心の舞踏会にご参加されませんでしたので」

「やはりそうか」


 アルがため息をつく。こうなることを半ば予想していたようだ。


「今頃ネヴィル家の悪評が貴族のあいだを駆け巡っているね。社交界デビューを拒否する貴族なんて聞いたことがない。それでベアトはそのことについて反省は?」

「なさっていないでしょう。なにやら覚悟がおありの様子でした」

「よくわかった。これ以上議論しても無駄だろう。彼女は自分の人生を大きく狭めたんだ。そのツケを払うつもりでいるなら彼女の意志を受け止めるまでだ」


 激高してもおかしくない場面だが、アルは慎重な面持ちで平静を保っていた。

 そのまま黙り込んでしまったアルに、俺は小さく自説を申し添えた。


「ベアト様の覚悟ですが相当なものでした。自分を曲げることを強いられるならば、貴族をやめてもいいと仰っておいででした」

「貴族をやめる?」

「ええ」

「とんでもない話だね。いまの境遇は彼女が貴族であることで成り立っているのに。あすにも屋敷を放逐されたらどうする気なんだろう。ひとりで生きていくのは大変だよ」

「そこまでの覚悟がおありかどうかは判然としませんでした」

「覚悟がないなら、ベアトはまだ子供なんだよ。世の中の仕組みがまだわかっていない」


 アルの評価は厳しいが、筋の通ったものだった。

 貴族をやめるというなら、やめてみろということだ。そこまでの強い心構えがベアト様におありなのか、俺は知らない。そこまで深く話したわけではない。


「ご主人様の仰るとおりかと」

「当たり前だ。これ以上わがままが続くようなら、本当に貴族をやめて貰うことになる」


 今頃怒りがわき上がったのか、アルは語気荒く辛辣に吐き捨てた。


「かといって今叱りつけても家出をするに決まっている。だから玲、しばらく彼女はそのままにしておこうと思う。一時の気の迷いならばすぐ心変わりをするだろう。もし本当に覚悟があるなら意志は固いと思うべきだろう。彼女の本気を確かめるために、ベアトのことは不問にしておく。君もそのつもりでいるように」

「承知いたしました」

「そういえば、玲君」


 事後報告を終えた俺に、アルはフランクに話しかけてきた。

 だから俺も敬語を止めて答える。


「なんだ?」

「きょうは久しぶりの休日だったはずだ。ゆっくりと休むといい」


 俺の疲労を感じ取ったのか、アルは気を使ってきた。


 彼のいうとおり、俺は心ゆくまで休みたかった。ベッドでごろごろしてソシャゲをやったりネット小説やラノベを読んだり。けれどこの世界にそんな娯楽はない。


 だから俺は受けてしまったのだ。渦中の人物であるベアト様の誘いを。

 書斎を出て、自室に戻り、俺はお仕着せから私服に着替える。

 気候はどんどん暖かくなっているので、夏用の服を身にまとう。


 そして階下へ降り、玄関へ向かうと、

「レイ、遅かったな」

 待ち構えていたのはベアト様だった。


 そう、きょうの用事とは彼女とのデートである。


「車は用意してある、早く来い」


 玄関前に横づけされているネヴィル家が誇る名車シルヴァーゴースト。ベアト様は運転席に座り、俺は後部座席に滑り込む。


「アルとは何を話していた?」

 さっそくエンジンをかけたと同時に、俺に情報漏洩を強いてくる。

「……特には」


 ベアト様に不利な話をしてたいせいもあって、俺は答えをはぐらかす。


「そんなわけがないだろ。社交界デビューを反故にしたんだ。アルはご立腹に違いない。きっとあとで大目玉を食らうだろうな」


 ベアト様の予測はだいたい当たっていた。俺が驚いたのはその先のことだ。


「どうせ貴族をやめるなら家を追い出す算段でもつけたのだろ。アルはそのあたり、容赦ないからな。私が現実の重みをわかっていない子供だと決めつけていなかったか?」

「まさに仰せのとおりで」


 あまりに正確な読みに、俺も思わず相づちを打ってしまう。


「もしそうなったら、家から独立するまでだ。仕事はロンドンで探す。車の運転手なんか悪くない仕事だな。趣味で稼ぐのは気分がいい」


 なんと独立のことまで考えておられるとは。

 これはベアト様のほうがアルより一枚上手かもしれない。勿論、それだけの覚悟が彼女にあったことになる。俺はムチで打たれたように背筋を伸ばしてしまう。


「とはいえベアト様」

「なんだ?」

「本日の小旅行ですが、バークマンに運転させなくてよかったのでしょうか」


 今回、彼女がデート先に選んだのはグリムハイドの端にある小さな湖だ。

 ベアト様が提案したのは、そこでマス釣りをすること。


 けれど彼女は運転免許を持っていない。敷地外の場所にどうやって行くのだろう。

 俺は不安を口にしたが、ベアト様の返事はあっさりしたものだった。


「案ずるな、レイ。私は成人と同時に運転免許も取得したんだ」


 これで晴れて自由に車を乗り回せる。

 そういってベアト様は俺のほうを振り返り、にやりと笑ってみせた。

 しかしそこで笑顔が固まる。まるで嫌なものを見つけたような表情。


「ところでレイ」

「なんでしょうか」

「きょうは二人きりのはずだったろ。なぜルナが一緒にいるんだ」


 俺は後部座席の横を見る。そこにはさも当然といった具合に月が鎮座している。


「私もお休みだったので、ご一緒させて貰うことにしました」


 にっこり笑う月。その笑顔はベアト様の機嫌をいっそう悪くさせた。


「レイが誘ったのか」

「……御意」

「御意じゃなーい! 私に断りもなく! 勝手なことをしてっ!」


 ベアト様は月の存在にびしびしとツッコミを入れてくる。


「そうは申しましても、私たち使用人は、休日が重なったときは共にレクリエーションを楽しむ慣習がありまして」

 ぼっちの俺たちにできた小さな絆。


「そんな慣習しらん」

 逆光でよく見えないが、額に青筋を立てているようなベアト様の怒り方だ。


 それに対して冷静そのものの月は、

「私がいることで何か不都合がございますでしょうか?」

 しれっと切り返してくる。黒ルナ、性格悪すぎ。


「まあ、不都合はある……いや、ないが……」


 途端に語調を弱めてしまうベアト様。会話のペースは俄然月のほうに傾く。


「ではみんなで楽しみましょう。僭越ながら私もお供させて頂きます」

「お供しちゃだめだろ!」

「ではひとりで寂しく休日を過ごせと?」

「いや、寂しいのは……その、可哀想だな……」


 元の性格がいいのか、ベアト様は同情を寄せてしまわれたようだ。


「しかしルナ」

「なんでしょうか」

「きょうはレイとデートに行く約束だったんだ。その意味がわかるだろう」

「ええ。使用人を引き連れて存分にこき使うことです」

「違う。違うけど……あまり違わない」

「だとすれば、使用人が一人増えただけです。私も誠心誠意尽くします」

「具体的には何をする?」

「釣った魚を美味しく焼きあげます」

「なるほど。いかにもメイドらしい任務だな……」


 バックミラー越しにベアト様がメイド服姿の月をじろりと眺める。


「わかった。ついてくるのは拒まない。ただし空気のようにしていろ」

「畏まりました」

 渋々ながらベアト様が矛を収められた。それが出発の合図となった。


「しっかり掴まっていろよ」


 急加速急発進。アクセルをベタ踏みしたシルヴァーゴーストは土煙をあげながら屋敷をあとにした。


 ◆


 朝食後すぐに出かけたため、目的地には午前中についた。

 ベアト様は助手席から人数分の釣り竿を取り出した。


「私も釣っていいのですか?」

「余分に竿を持ってきたからな。そのほうが釣果はあがるだろうし、大漁を祈る」

「承知いたしました」


 律儀なことに月にまで竿を渡しているが、ベアト様にとっては計算違いだろう。

 俺は休日気分半分、もう半分は仕事のようなものなので気が抜けない。

 湖にルアーを投じると、案の定ベアト様が話しかけてきた。


「なあ、レイ」

「いかがなさいましたか?」

「ルナも、その……転移者なんだろう」

「ええ」

「おまえたちは元の世界でどんな仲だったんだ」


 のっけからディープな話題をふってくる。


 ――この世界に残れ。


 一昨日の舞踏会で俺にそう命じてきたベアト様。その命令に俺は曖昧な答えしか返していない。その煮え切らなさは彼女も十分に感じているのだろう。

 元の世界の事情を知りたく思われたのは、俺の意志を探るのと無関係ではないはずだ。


「どんな仲と申されましても、いわゆる同級生でした」

「学校が同じということか」

「ええ。そのとおりでございます」

「ではなぜおまえと月は仲がよいのだ。何か特別な関係とかではないのか」

「それは勘ぐりというものでございます」


 釣り糸をリールで操りながら、俺は平静を装って静かに答える。


「ではルナに聞いてやる」

「おやめください。それより私はベアト様に話しておきたいことがございます」

「なんだ、それは」

「私は元の世界に戻るために記憶集めをしています」

「記憶集め?」

「はい。元の世界から転移した者は、軒並み記憶の一部を喪失させています。それを全部集め終えれば、元の世界に戻る鍵となるのではないかと」

「なるほど。随分熱心なようだな」


 ベアト様は俺に「この世界に残れ」といった張本人だ。ゆえに元の世界に戻る鍵などといわれ、不快感をあらわにした。


「とはいえそこには大きな壁がございます」

「壁?」

「肝心の記憶ですが、私とアルバート様の記憶だけが戻っておりません。いまもってそれが戻る気配もございません。もしこのまま戻らなかったら……そう思うと心労が重くなる一方でございます」

「ふむ」


 ルアーに意識を戻したように見えるベアト様だが、その心の動きは横顔に出ていた。


 このまま記憶が戻らなければ、俺たちはこの世界に留まるより他ない。彼女もそのことを理解したのだろう。記憶の喪失状態を知って小さくほくそ笑んでいる。

 そんなときだった。横から茶々が入ったのは。


「フィッシュ!」


 月のルアーにヒットがあったようだ。大きく竿をしならせてリールを巻き上げる。

 引き上げると綺麗な色をしたブラウントラウトだった。


「見てください、玲さん!」


 子供のように顔を紅潮させ、月が釣り上げたマスを見せに来た。かなりの大物である。


「そうです。マスの釣果をかけて私と勝負しましょう」

「それ、俺に言ってる?」

「ええ。負けたほうが何でもいうことを聞くんです」

「わかった。乗ってやる」


 勝負にこだわる気はなかったが、勝負をかけたほうが釣りも楽しくなる。とにかく娯楽に飢えていた俺はこういうゲーム感覚がほしかったのだ。


 しかしベアト様はひとりだけのけ者にされたことで再び機嫌を悪化させたようだ。


「ふん。おまえたちばかり楽しんで」

 するすると距離をとり、上流側に移ってしまう。


「でしたらベアト様も勝負いたしましょう」

「そんな子供っぽい遊びに付き合えるか」


 ぷいっとそっぽを向いてしまう。

 そのうち一時間ほど経過し、各々の釣果が明らかとなった。

 俺が五匹、ベアト様が一匹。そして月が三匹。

 ダントツとまでいかないまでも、俺がトップになった。そして月に勝利した。


「玲さんに負けてしまいました……」

「約束どおり俺の言うことを聞いて貰うぞ」

「うう……」

 がっくりとうなだれる月に、俺はさっそく指示をだした。


「ひとまずマスを焼こう。火は俺が起こす」


 昼飯はべつに持ってきていたが、自分で釣った魚を食うのはひとしおだ。

 月は魚に串を通し、炎の起こった焚き火を囲むように地面へ突き刺す。


 その間、俺は月に何を命令するか考えていた。

 せっかくのチャンスだ。俺が知らないことについて訊いてみたい。

 彼女の記憶はすでに集めた。だから訊くならそれ以外のことになる。


 ちらりと一瞥すれば、ベアト様は無言を貫いている。釣果で負けたことにこだわっているとは思えない。俺がどんな言葉を発するか、耳をそばだてているのかもしれない。

 月は人数分のお茶をカップに注いでいる。

 魚の焼き具合を確かめながら、俺はおもむろに口を開いた。


「なあ、月。俺のこと好きか」

「えっ……?」


 動きを止めた月。手にしたカップからお茶がだばだば溢れている。


「いっ……今なんと」

「だから、俺のことが好きかって訊いたんだが」


 俺は自分の記憶を喪失させている。誰かに告白された記憶のことを。それを何としても取り戻すために、逆からアプローチしようとしたのだ。俺のことを好きな奴、その特定ができれば、おのずと記憶も戻るのではないか。

 そうした前提に立ち、月を問い質すチャンスを活かそうと思ったのだが、


「ば、馬鹿なこと訊かないでください」


 目を白黒させた月が声を裏返し、やっとのことで言葉を絞り出す。

 その様子をベアト様がじろじろ見ている。

 やがて辛抱堪りかねたのか、外野から鋭いレーザービームを発してきた。


「私も知りたいな、おまえとレイの関係を」

「か、関係と言われましても……」


 月がこんなに動揺するのは珍しい。

 だからだろう。黒ルナがベアト様の質問に全力で反論してきた。


「玲さんとは何もありません。だって笑顔のキモいぼっちですよ」

「ぼっち?」

 ベアト様が小首を傾げた。

「友達のいない寂しい人のことです」


 何気なさを装ってトスしたのに、月が返したのは強烈なリターンだった。

 勿論自覚はあったけど、彼女に直接言われると少々……いやかなり堪える。


 最近はキモい顔もしなくなったと思っていたが、そういう問題ではない。いまだに月が俺をそう認識し、寂しい人だと思っていることにショックを受けたのだ。

 これでは好意もくそもない。月は俺に告白した相手ではない。そう断定できる。


「すっ、すみません。口がちょっと滑りまして」


 月は俺を庇立てするが、どこか遠くの声のように聞こえた。


「私はレイを寂しい奴だとは思わないな。ルナの見込み違いじゃないのか」


 ベアト様が親しげにフォローしてくるが、ぼっちであることを再認識させられた俺は、心の傷を持て余していた。我ながら面倒くさい奴だと思うが、そういう繊細な、悪く言えばナイーブで打たれ弱い奴がぼっちなのだ。


 そんな俺が他人の好意を確かめようとするなど、無謀なことだったのだと思う。

 だからすっかり反省モードになり、

「調子に乗りすぎた。本当に済まないと思っている」

 膝に手を置き、月に謝ってしまう。


「レイはショックを受けているぞ。どうしてくれるんだ」


 まるで失策は月にあると言わんばかりのベアト様だが、違うんですよ。非は俺にあるんです。記憶集めに熱中して分不相応なことを尋ねた俺に。


「そうだ!」


 萎れた俺をよそに、月がぱちんと手を鳴らした。


「紫音さんに作って頂いたお昼ご飯を食べましょう。魚もちょうど焼けてきましたし」


 思い切り話を逸らされたが、きっと月の優しさなのだろう。

 彼女がランチボックスから取り出したのは、いわゆるハンバーガーだった。

 ちなみにハンバーガーとは、セントルイス万博のときに生まれたアメリカンな料理で、この時代のイギリスではまだ珍しい料理のはず。


 そんな豆知識を思い出すも、俺の気分は落ち込んだままだった。

 俺をへこませてしまった月も、ハンバーガーをひと齧りしたあと、大きくため息をつき言葉を失ってしまう。ひとり元気なのはベアト様だけだった。


「うん、これは美味いな。レイの指示で作らせたのか」

「イエス・マイレディ」

「そう落ち込むな。ルナの脈がないのはわかったろ。恋愛など忘れて私に献身すればいいではないか。いわば騎士道精神。それがおまえの生きる道だ」


 ハンバーガーをもぐもぐ食べながら、ベアト様は俺の肩を叩く。だが気落ちした俺には新興宗教の勧誘としか思えなかった。あらゆる思考がネガティブになっている。


「私、玲さんのこと好きですよ。本当です。元気だしてください」

「そんなこと今更言われてもな……」


 心の傷ついたぼっちのすることは決まっている。自分の殻に閉じこもることだ。心を氷のように固く閉ざしてしまえば、それ以上傷つくことはない。


「ちょっと俺、ひとりでマス釣ってきます」


 ハンバーガーと焼き魚を食べ終えた俺は、そそくさと立ち上がり、湖に向かった。


「レイの様子がおかしい。おまえのせいだぞ」

「でも、こんなことになるとは思ってなかったんです」

「言い訳をするな」

「しますよ! 急に好きかと尋ねられた私の身にもなってください!」


 背後では女子二人がなにやら口論をしていた。

 けれどその声は俺の心を素通りした。いまは何も聞こえない。何も話したくない。


 静かに凪いだ湖だけが荒んだ心を癒してくれる。


「記憶、戻らないかな……」


 神様に囁きかけた言葉は、湖面を走る夏風に運ばれていった。

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