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絶対遵守の転移執事  作者: 天ぷら開成髭サウナおじさん(夏音)
第三章 ベアト様と消えたタバコ入れ
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事件のあと

 ウェルベック卿がお帰りになった翌日。前日の緊張が祟ったのか、俺は午前四時という異例なまでの早朝に目が覚めてしまった。

 くわえて二度寝することもできなかったため、顔を洗い、お仕着せに着替え、階段を昇って使用人室へ向かった。


「おはようございます、玲さん」

「お、おう……」


 そこにいたのは月だ。

 俺以外にも早朝組がいたとは。


「随分早いな。そこで何をやっているんだ?」

「雪さんのお仕着せにボタンを付けています。雪さんが朝使うのに間に合わせようと」

「ご苦労なことだな」

「雪さんにはもっと衣服を大事に扱って貰いたいです。ほんと格好だけつけてるダメな子なんですから」


 さらりと黒い発言をし、月は俺のほうをちらりと見上げた。


「ところで玲さん。きのうは大活躍でしたね。雪さんも喜んでいることでしょう」

「あいつ、御礼のひとつもいってこなかったぞ」

「照れ屋なんですよ。本音を出せないツンデレっていうか、面倒くさい相手ですね」


 口調は厳しいが、顔には笑顔が浮かんでいる月。ひょっとして俺のこと褒めてる?


「大したことはしていない。卿が自滅しなかっただけましだ」


 俺は心のなかで思ったことをそのまま口に出す。


 心のなかといえば、俺はもうひとつ別のことを考えていた。それはなぜ雪嗣を庇うような真似をしたのかという理由についてだ。


 同じ屋敷に住む仲間を無実の罪で犯罪者にしたくなかったという気持ちもある。けれど別の俺はこう考えていた。


 雪嗣がクビなり、この屋敷から出て行ってしまうと、彼の記憶を取り戻すこと、つまり元の世界に戻る糸口を失うことを俺は恐れたのだ。


「俺たちはこの世界に転移してきた。元の世界に戻るためには雪嗣という鍵を失うわけにはいかない。だからあれは人助けじゃないよ。あくまで俺のエゴでやったこと」


 月には俺のミッションについて話している。だから明け透けな調子で、昨晩の出来事を俺なりの視点で総括してみせたのだった。


「それが玲さんの真意ですか」

「ああ。雪嗣を助けたのはついでだ」

「食えない人ですね、玲さんは。あんまり行動と気持ちのギャップが大きいと、雪さん以上の質の悪いツンデレになっちゃいますよ」

「なんだそれは。勘弁してくれ」

 月の冗談を真に受けて、俺は苦笑してしまった。


 ちょっぴり呆れ気味の月だが、相変わらずその表情は優しい。昨晩の危機をなんとか無傷で乗りきった甲斐があったというものだ。それに俺は本心ではお調子者なので、自分の働きが褒められたことで有頂天にならないよう肝に銘じた。


 なぜならきのうの一件を上手く片づけたことで、この屋敷の住人における俺の株が微妙に上昇した気配を感じていたからだ。月の発言はそのうちのひとつだろう。俺は剣道以外のことで人から褒められる経験に乏しい。端的にいえばまごついていたのだ。


 株が上がったといえばもうひとつ印象的な出来事が起きた。

 ベアト様のなかでレイ株が急騰したようなのだ。

 それがわかったのは朝のお茶を配膳した際。昨日は使用人の手前もあっていえなかったことをここぞとばかりに述べたててきた。


「レイ、きのうの件はご苦労だったな」


 まずはねぎらいの言葉。ここまではまだ妥当だろう。


「ウェルベック卿の名誉を慎重に守りながら、同時に無実の罪に問われそうになったユキの身を守ることにも成功した。最後は卿を脅したように見えたが、結果的に卿の度量を引き出すことになったのだから些細な疵だろう」


 興奮ぎみに語って、お茶を忘れたように俺の目をのぞきこむ。


「とにかくおまえの熱意に打たれた。文句のつけようがない働きだったといえよう」


 こんなに褒められると俺の有頂天パワーがマックスになる。


「いえいえ、あれくらいちょちょいのちょいです」

 頭を掻きながら、口調が乱れてしまう。

「そんなことはない。あのあと、アルも感服しきったようだったぞ。他の使用人に到っては、不在のはずのカーソンをおまえのなかに見たという。カーソンと同等の働きをしたとあれば、賞賛しないわけにはいかない。あれこそまさに紳士の働きだ」

「あはは、ごっちゃんです」

「ごっちゃんです? それはどこの国の言葉だ?」

「すみません、つい日本語を」


 その後、屋敷の人びとと出会うたび、お褒めの言葉を頂戴した俺だが(ただし雪嗣は俺のことをスルーした。照れ臭くて話しかけられなかったのだろう)、ベアト様の評価の上がりぶりは他の追随を許さないものがあった。


 朝食の場でも、アルにたいして熱心に話しかけていた。

 配膳に上がったとき、その会話が耳に入った。こんな具合だ。


「アル。ちょっと相談があるんだが」

「なんだい?」

「従者の交代制だが、止めることにしないか。もうじき交代のメドである二週間が近づいているが、私はレイを専属従者にしたい。私はあのような紳士に身の回りの世話をして貰いたいんだ。どうだろうか?」

「うーん、一度決めたことだからね。急にいわれても困るな」

「そこを何とか頼む。このとおりだ」


 アルに向かって頭を下げるベアト様。気持ちが先走って態度が卑屈になっている。

 それにベアト様の意向が通れば、厄介事が増える。そう思った俺は、慌ててベアト様の側に近づき、耳許で小さく呟いた。


「ベアト様、それ以上仰ると同じ従者である雪嗣の立場がありません」


 この進言にハッとしたのだろう。ベアト様は前言を撤回した。


「なあ、アル。交代制をなくせとはいわない。せめてもう一週間、レイに世話をさせたい」

「そこまでいう理由はなんだい?」

「レイのことをもっとよく知りたいし、自分のことをもっと知ってほしい」


 譲歩を含んだ熱っぽいお願いに、さすがのアルも根を上げたのだろう。

「わかった。もう一週間だけね」

「ありがとう、アル」


 ベアト様は顔をパッと輝かせる。まさに乙女の笑顔というやつだ。


「レイ、それではあと一週間、よろしく頼むぞ」

「御意」

「その御意というのは堅苦しい。承知いたしましたにしろ」

承知いたしました(イエス・マイレディ)


 ベアト様に頭を下げ、配膳を終えた俺は再度一礼をして食堂を出た。

 そのとき、同じく配膳を終えた雪嗣とすれ違った。

 どちらからともなく、視線が交わる。


「韮沢」

 すれ違いざま、雪嗣が何か小声で話しかけてきた。

「きのうの一件は助かった。感謝する」

 なんとそれは、言葉じりこそ固いが、御礼の文句だった。


「だが、俺とおまえは競い合う仲だ。従者として手抜きはしない。またおまえに負けるつもりは毛頭ない。そのことをよく覚えておけ」


 最後はあごを上げて、そのまま使用人室へ向き直り、俺をおいてすたすたと歩いていってしまった。しかしそれは紛れもなく、雪嗣のポジティブな本音。険悪だった俺と雪嗣の関係に小さな変化が起きたのだ。


(あと少し仲が深まれば、元の世界に戻る話もできるようになるのかな……)


 いずれにしろ、俺は、あと一週間ベアト様のお付きをすることになった。

 だがその先にどんな無茶ぶりが待っているか、このときの俺は知るよしもなかったのだ。

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