演者
自分だけに優しければいい、とはとても思えなかった。
「それでその受付の女が融通きかなくてさ、もう最悪」
「そうなんだ」
「女」を強調してわざとらしく顔を顰める彼に、私は曖昧に頷いた。
彼は、私をおとなしくていい子だと思っていて、だから私に優しくしてくれる。
本当はぜんぜんそんなんじゃないのに。
思えば初めてあった時から、彼はレッテル貼りをする人だった。
「あの高校なの、頭いいじゃん。大学は? うわ、お嬢様じゃん」
悪気はなく、ただそういう人なのだと思う。現に彼は人のいい笑みを浮かべていた。
「何やってんの、もうしっかりしてよ」
彼は後輩に怒ってみせる。苛立たしげに髪をぐしゃぐしゃと掻き、ため息を吐く。
彼の後輩はすっかり萎縮してしまって、何度も何度も彼に向かって頭を下げる。
彼はおざなりにそれに応え、立ち上がる。
そして彼は私の姿を認める。
「どう、取引。緊張した? ぼちぼち?」
彼は何事もなかったかのように、私に笑いかける。
意識はしていないのだと思う。
でも、だからこそおそろしい。
もし、彼の気に障ることをしてしまったら、彼の中の私のイメージを壊すような言動をしてしまったとしたら私はいったいどうなってしまうのだろう?
私は恐ろしい。
だから私は今日も可愛がられるために、彼の望む私を演じてみせるのだ。