転生して数年経ったけれど
”転生したは良いけれど”の続きです。
全く関係ないのになんで自分がこんな目に合うんだとか、純然たる友人関係なのに相方のお相手にやたらと疑われるだとか、人生は結構理不尽なことが多い。そこで否定したところで余計火に油を注いだようになる……ようは修羅場というやつだが……のも、釈然としない。結局のところ、ただ八つ当たりする相手を求めているだけでこっちの言い分なんて端から聞く気は全く無いのだろう。
またまた何故こんなこと話を?と疑問に思うだろうが、その疑問はこの私、ユーリリアも全く同じ気持ちなので許していただきたい。現在、校舎裏に呼び出しを受けて〜なアレの教室ヴァージョンの真っ最中だ。心当たりがあればまた別だが、謂れのない批難を受ける身としてはただただ元凶に対して怒りを覚えるだけである。具体的にはあの馬k……いやいやあのクs……いやいやいや、あの我が国の傍迷惑な王子殿下に対して、だ。
「ちょっと、貴女聞いておりますの?!」
「聞いてますよ、先輩。つまり先輩はこう仰りたいんですよね?フロヴァル王子に声を掛けられたくせに無視するとは何事か?自分の立場を弁えろと」
「え、ええその通りですわ」
「でしたら問題ありません。寧ろ王子の方がご自分のお立場を考えるべきかと」
「なんですって?」
「王子様を批難するとはなんて不敬な!!」
途端気色ばむお姉様方。この中にソーラサス出身の令嬢がいないことに気付き、ユーリリアはだよね〜と内心頷いた。ソーラサス国におけるソレイユ公爵家の立ち位置を考えれば、ユーリリアを前にこんな見当外れな意見を言うはずがないからだ。
「部外者であるお姉様方は御存知無いのも無理はありませんが、私は国王陛下より直々に、王子のお言葉に従わなくて良いと御許しをもらっていますの。私の言葉をお疑いでしたらご本人に確認なさっても結構ですよ」
寧ろ行け。今後の平穏な学園生活を送るために。
突然だが、今日はプレナテス学園の入学式だ。フルール大陸は6枚の花弁が開いたような形をしていて、その一枚一枚に大国が存在し、合間には小さな島国が点在している。雌蕊に当たる大国の中心は何処の国にも属さない中立学術都市ピスティーユが置かれ、大陸の最高学府として各国から優秀な人材が学びにやってくるのだ。入学出来るのは最難関とも言われている試験に合格した者だけで、そもそも試験を受けるには国の認可が必要になるわけだから身元の確かな者に限られる。この学園に所属することは一種のステータスであり、国境を越えて友誼を結ぶ機会にもなる。実際、敵国同士だった王子達がこの学園で友人となり、卒業後は終戦に尽力した結果、同盟締結にまで至った例もある。そういった事情から多くの王侯貴族の子息子女はここを目指し、また都市内だけは身分の別なく扱われるので、あわよくばと野心ある中流、下級階級の子供達も必死になり、皮肉にもそれが入学の難易度を上げていた。特にユーリリアの入学した前後3年は倍率が歴代最高とまで言われるほどで、狭き門を潜り抜けた生徒達は例年よりも質が高いとされている。その理由は明白で、各国の王家に連なるものが年毎に軒並み入学を果たしているからだ。
どこの国でも王家に子供が生まれると、その前後1年の出産率は上がることが知られている。特に貴族達は王子や王女の結婚相手や側近にして家を盛り立てようとするからだ。その貴族に仕える家臣もまた生涯主に付き添う我が子を望み、一般市民は戴く王家の慶事に触発されて、とこのようにしてベビーブームが引き起こされる。なので、とあるA国の王子ないし王女が入学した場合、その年の前後1年のA国の入学希望者は例年よりも多く、国毎の人数制限はないのでそしてA国の生徒が多数在籍することになる。といっても頻繁に王子王女が生まれることはないし、逆に多く生まれても(言い方は悪いが)国での王子王女の価値によってはそれほど倍率に変化はない。だから、ユーリリアの前後3年がこれ程難関なのはつまりそういう事で、各国で重要視されている王子達が連続して入学していることということなのだ。事前に分かってはいたことだが、どうやら世界観だけでなくシナリオすらも例のゲームに準じるらしい。主人公は精々頑張ってくれ。
と、それは横に置いておいて、誰が嬉しくて入学早々にお呼び出しを受けねばならないのか。折角、ハイルーク様との出会いイベントを起こすべく動こうとしたのに、あの馬鹿王子のせいで全てが台無しだ。主人公ではないが、ゲームシナリオを利用して何が悪い。
「っ生意気なのよ、貴女!」
白い手が振り下ろされるのを無感動に見つめていたが、それはユーリリアの頬に触れることはなかった。
「……何をしている?」
腰に響く、少し掠れた低音がその場を支配する。
「ルナフォリア様……」
「何をしているのかと俺は聞いている」
すぅと深い藍色の瞳が細められる。腕を掴まれた女生徒はかたかたと震えるばかりで言葉も出ないようだ。ハイルークの登場に興奮のあまり鼻血が出そうなのを我慢して、ユーリリアは口を開いた。
「認識の相違によるちょっとした仲違い、ですわ」
「……手を挙げるのはちょっとした、では済まされないが?」
「では若さ故の誤ち、ということで」
「……」
二次元しか萌えないと豪語していた過去の自分を引っ叩いてやりたい。三次元になってもキュンキュンするものはするんだと妙に感心してしまった。
「……君は?」
「ソレイユ家のユーリリアと申します、先輩」
「成る程。君が」
月の国式で礼を取ると、彼は何故か得心したように頷いた。それに疑問を持つ前にハイルークによって太陽の国式の挨拶を取られる。
「俺はハイルーク・ルナフォリアだ。宜しくな後輩」
スチルを何百倍も素敵な感じにした笑顔が眩しい。拝みたくなるのを耐えるユーリリアの脳内からはすっかりと疑念など忘れ去られていたのだった。
単に先輩と呼ばせたかっただけ。
〜その舞台裏1〜
「ユーリリア様に喧嘩を売るなんて何を考えてらっしゃるの?!」
彼女はフロヴァル王子の親衛隊を纏める隊長である。ソーラサス国出身の彼女が一部の女生徒たちによる暴走に青褪めたのは言うまでもない。
「た、隊長?」
「いい?金輪際あの方に接触することは私が許しません。そのことは肝に命じなさい」
「何故ですかっ!あの娘は王子に無礼を働いたんですよ?!」
この女生徒の言い分も尤もである。それが普通の令嬢ならば許されない行いだっただろう。しかし。
「口を慎みなさい。あの御方は……ソレイユ公爵家はそれを許されるのよ」
ソーラサス国は確かに今上陛下を国王と仰いではいるが、実質支配しているのは宰相の地位にあるソレイユ公爵だ。能力だけでなく血筋一つとっても現国王よりも遥かに優れているのだから、誇り高い貴族が彼の方に従うのも頷ける、といえば分かるだろうか。初代国王より連綿と続く朱金の髪を持つのが国王家ではなく公爵家というのも拍車をかける。そもそも現国王が国主の座に就いたのも公爵が面倒くさ……支持したからだ。ソーラサス国民にとって太陽王の正統な流れを汲む公爵家こそが最も尊うべき一族である。
「もし破れば、ソーラサス国を敵に回したものと思いなさい」
決して誇張ではないのだ。隊長の言葉に女生徒は気圧されるままこくりと頷いた。