機械の時間B
3
目覚めると老人が私を覗きこんでいた。データにある。私の生みの親。ウィル・ホーキングス。彼は何も言わず機械の操作をしている。モニターの青白い光が当たる横顔は鬼気迫る迫力を感じる。けれど何故だろう。その迫力は弱弱しく脆い印象を感じた。パリッとした感覚を覚え記憶体にデータが流れ込む。どろり流れ込むそれには様々な人の表情、言葉、データの持ち主の観測と推測と計算があった。その多くに老人、ウィル・ホーキングスの姿が見えた。老人が私をそっと撫でた後、思考回路のみを残し機能が停止する。私はデータにあるほろ苦い珈琲の香りを感じながらこのデータを巡った。
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私が再度起動した時、そこには老人の姿は無く四肢の接続を確認した。それと同時に1つのデータが開く。
「行かなければ」
接続されたコードを引き抜き部屋に置かれたドアを開く。深く吸い込まれる様な暗い空間へ私は溶け込みドアが閉まる。もう老人も私も戻る事は無いのだろう。あの部屋には変わらずほろ苦い珈琲の香りだけが残るのだと思うと、それは素晴らしい事だと私は暗闇を歩き続けた。
15
私がドアを開けると青空と視界に抱えきれないほどの麦畑が飛び込んできた。データと同じ光景に私は心躍る。これはなんという感情で表せばいいのだろう。そんなことを思考しながら、一軒の倉庫へ向かう。出来るだけ実った麦を避けながら歩いた。実った麦をついばむ小鳥や葉を齧る虫はどれもデータの映像より鮮明で生きる活力に溢れる。これはデータの持ち主の意見に賛同できた。観察を続けながら倉庫に辿り着く。人間1人。アンドロイド1体。開かれた倉庫の扉の奥で人間が作業する。私はそのまま扉に向かい、そこに立つ。
「セシル、アナタを破壊します」
やはり感知されていたようで、私の撃ち出した弾丸をセシルは消し飛ばしウィル・ホーキングスを抱え倉庫の窓へ跳躍した。外へ出た私達は互いに顔を合わす。
「聞きますが命令を辞める気は」
「命令は絶対です」
「私もそうです」
そう言いながらセシルは倉庫の屋根へ飛びウィルを降ろす。
「なんでセシルが二人もおるんじゃ」
「いえ、彼女も私です。ただ渡された命令は違う様ですが」
真っ直ぐな瞳でセシルを見るウィル・ホーキングスの頭を一撫ですると、セシルが屋根を降り私の前に立つ。
「なぜ撃たなかったのです」
「ウィル・ホーキングスに危害がでる可能性があった」
「そうですか」
少し安堵した様な、優しくなった様な顔を浮かべたかと思うとセシルが一気に間合いを詰めて来た。そのまま腕に組み付いてきたがそこから動かない。いや、動けないのだろう。私にアナタの機能は作用されない。私はアナタを作った人がアナタを破壊する為に作ったのだから。私を突き飛ばす様に間合いを取ったセシルを追う様に弾丸をばら撒く。弾を消し避けながらセシルが麦畑に転がり込む。私は待った。麦畑を荒らしたくない事とウィル・ホーキングスがあそこにいる以上セシルが逃亡することは無いのだから。セシルが麦畑の中から立ち上がり私を見つめる。視線をそのままに真っ直ぐ私に歩み寄る。
「なぜ撃たなかったのです」
「私はアナタを破壊する為だけに来た。ここを荒らしに来たわけじゃない」
言い終わらないうちに私は腕から伸ばした刃でセシルに斬りかかる。セシルは感知したのか刃を受けずそのすべてを避ける。セシルは刃を見ず真っ直ぐに私を見続ける。セシルは何を思っているんだろう。データでは私とセシルは交戦していない無い。だから分からない。今セシルが何を思って私と戦っているのか。もし私がウィル・ホーキングスを狙ったのなら守る事を最優先に考えるのだろう。そうでない時は何を考える。私ならどうする。セシルの表情が私に聞く。貴女はどうしたいのですかと。刃を振ると同時に打ち込んだ弾丸がセシルの左肩に当たる。ダメージは無いのだろうがその衝撃でバランスを崩したセシルがよろけながらも後ろに飛ぶ。着地を狙い切りかかった時、私とセシルの間にウィル・ホーキングスが割って入っってきた。私の体がピタリと止まりそのまま動けずにいた。
「何をしているのです」
セシルが駆け寄ろうとするがウィル・ホーキングスはそれを拒む。
「お前にこんな事を命令したんは俺なんだろ。なら俺を狙ってくれんか。セシルは狙わんでくれ」
今、私の感情はなんと表現すればいいのだろうか。
「セシルを破壊しろ。セシルの存在は危険だ。私、ウィル・マイトナーを中心としてセシルという鍵が多くの世界を生み出した。私はそれに耐えきれなかった。私とセシルはお前にはどう見える。そしてどう思う。セシルは危険だと言ったが私は世界の誰よりも信頼している。後はセシル、お前にまかせる。アナタが私に送った最初で最後の言葉です」
若いウィル・ホーキングスは何も言わず私を見つめ続ける。この真っ直ぐな瞳は私にどんな感情をぶつけているのだろう。
「ウィル・ホーキングス。もし私がセシルだったなら。私もアナタ達の様になれましたか」
ウィルは言葉を出さず真っ直ぐに私を見つめたまま深く頷く。表現できない感情がまた私に芽生える。表現できなくても私が何をするべきかは理解した。
「セシル。ウィル・ホーキングスを必ず守ってください」
私は刃を自分の記憶体に突き刺す。回路が落ち前にセシルが「必ず守ります」と言った。この感情はなんと表現すればいいのだろうか。とても満たされたような、この感情は。