三話
私の心は、壊れているのだろう。
私の周囲を囲み、次々と武器を構える『ゴミ』。
彼らが守ろうとし、私が守った、それら。
右足は断ち切れ、左足は根元から炭化している。血にまみれ、切り離された両腕は、大剣と刀によって大地に縫い止められている。胸には杖が貫通し、もたれかけた岩を深く貫いている。
もはや、私が『転生』するのは、時間の問題だろう。
…なぜ? なぜ、私がお前らを守らないといけないの? なぜ、お前らを守るために、何よりも大切な家族を、殺さないといけなかったの?
…ねぇ、お父さん。あなたは、なぜ、あの時…鋒を躱さずに、その身にあえて受けたの?
…ねぇ、お兄さん。あなたは、なぜ、私に最後まで致命傷を追わせようとしなかったの?
…ねぇ、お母さん。あなたは、なぜ、胸を貫かれてなお、私に微笑みを向けてくれたの?
どうして? どうして私は、のうのうと生きているの?
名前なんてあるはずもない私に、大切な息子の名を与えて。
本来生まれ落ちたらその場で死んでいるべきだった私に家族という最大の温もりを与え続けてくれて。
そんな恩人たちを殺して。
…なぜ、こうして生きているのだろう。
『よくやってくれた』
唐突に、視界が切り替わる。見たくもない、焼け焦げ、凍てついた大地にゴミのたむろす風景が、白一色に彩られた何もない空間へ。
『ソナタのおかげで、この世界は守られるだろう』
…あぁ、…出た。『元凶』が。
『ソナタの望み通り、この世界い迷い込んだ旅人たちの魂は元の世界へ送り返した。この世界に残る旅人は、ソナタだけだ』
どうでもいい。この世界のことなんて、どうでもいい。この世界の住民のことなんて、どうでもいい。
『望みを言って欲しい。われは全力で、ソナタの願いを叶えよう』
どんな願いも? …なら。
「…私を…殺して…。…肉体だけじゃなく…魂まで…私という存在…無くして…」
『………………』
もう、何も考えられない。考えたくない。
『ソナタを、家族のもとに送るということも、出来るのだぞ?』
「…………………」
そんな事、してほしくない。一体、どの面下げて、あの人たちの前に顔を出せというのか。どういう理由があれ、私が殺したという事実に、変わりはない。
『そうか…。我に、ソナタを殺すことはできん。故に、ソナタの身を世界の果てに封印する。いつか、ソナタを殺せるものが生まれるその時まで…しばし、微睡みの中で過ごすがいい』
なんでもいい。どんな罰も、温すぎる。殺してくれるなら、それでいい。
『殺せ…か…。それほどまでに、彼らを愛していたのだな…』
いつか、旅人の一人が言った。この世界は、願いが叶う世界なのだと。その意図はわからない。ただ、この世界に拉致されてきて…元の世界に帰りたいと願うものが殆ど居なかった事から考えて。
この世界は、彼ら旅人にとて理想郷であったのだろう。
一家族の例外を除いて。
誰よりも家族を愛した子供が、家族を殺す。たとえ、彼らの願いのためであっても。
『ソナタは…恨まれるのだろうな。元の世界に帰ったとしても』
誰もが、この世界に残ることを望んだ。だが、神と世界の都合でそれを容認することはできない。
この世界のために、旅人すべてを殺し尽くし、元の世界へ追放したあの子は…彼らにとって、せっかく謳歌していた人生を邪魔されたに等しい。
『それでも、ソナタをかの世界に送り返す。ソナタは…家族の愛に、包まれているべきだ』
この子は、恨むだろうか。この腕に抱いた、眠りながらも涙を流す幼子は。
『恨まれても構わん。憎んでも構わん。ただ…幸せであれ。誰よりも優しく、誰よりも脆い心を持った子よ。ソナタに、幾多幾重の祝福を』
全て夢と忘れて…家族のもとに、帰るといい。きっと、彼らはソナタを受け入れるだろう。
「ただいまー…って兄さん!? なんで玄関で寝てんの!?」
玄関をくぐった瞬間、あたしの視界に飛び込んできたのは眠り込んでいる兄さんの姿だった。
「あ、おかえり芽衣」
「あ、はい。ただいまですお義姉さん。…ってそうじゃなく!? なんで兄さん玄関なんかで眠りこけてるんです!? そしてなぜお姉さんはそんな兄さんの膝枕をしてるんです!? というか兄さん家の鍵忘れて言ったのにどうやって家に入ったんです!? あぁあ! ツッコミが追いつかない!? ソウはこんな時に一体どこへ!?」
火澄瑞希。お兄さんのことが大好きな、将来の私のお義姉さん。スタイルも良くて、中学の頃から本当によくモテたらしい。本当はいじめられて困っている顔を見るのが好きというどS気質のくせに、兄さんの前ではただの恋する乙女になる、可愛い人だ。
そんな彼女が、なぜか玄関で兄さんに膝枕をしてあたしを出迎えていた。
「お、落ち着いて、芽衣…」
「これが落ち着いていられますか! ていうか兄さんこんだけ騒いでも起きないんですか!?どんだけ熟睡し「落ち着けアホ」ぁだぁ!?」
脳天に落ちた痛み。思わずその場にうずくまる。頭を押さえつつ、顔を上げればフライパンを片手に、もう片方の手に出来立てと思しきチャーハンを盛り付けた皿を器用四枚、抱えてたっていた。…やばい、エプロン姿がかっこいい。鼻血出そう。
「相変わらず予想外の事態に弱いな、お前」
「ひ、酷いよソウ! 仮にも付き合って三年になる彼女の脳天をフライパンで殴りつけるとかどういう神経して「落ち着かないならもう一発な」すいませんでしたァ!」
惚れた相手(野生系王子様)に敵うわけないのである、まる。
…
……
………
「授業中に熟睡し始めて、帰りのホームになっても起きず、家に着いたら寝起きで幼児化した兄さんにせがまれてその場で陥落したお義姉さんと、そうなることを予測していたソウが、お世話をしに来てくれた…と、そういう認識でいい? ていうか、兄さん今日学校来てたんだ」
ヒリヒリと痛む頭を押さえながら、説明された要点を確認する。…というかほんとに痛い。全然痛みが引かないんだけど…。
「まぁ、そんな感じだ。ていうか、お前知らなかったのかよ。クラス違うとは言え同じ学年だろうがよ」
「確かに学年は同じだけど…でも、まさか兄さんが学校に来てるなんて思わないじゃん」
「いや、ちっと考えりゃわかるだろ。火澄がコイツが留年するのを見過ごすと思うか? 一緒の学年じゃなくなれば、それだけ一緒に過ごせる時間が減るのに?」
「ちょ…!? ソウ! あんた、何かってなこと…!」
「ぁあ…」
「芽衣さん!? なんで納得してるの!?」
お義姉さんが必死に否定してるけど…。
「「いや、あんだけ普段は積極的にアプローチしてるのに、今更何を恥ずかしがるの(んだ)?」」
あ、かぶった。
「…いつもは…ヒズメが聴いてるから、その…恥ずかしくても気にならないのよ。でも、いざこうして言われると…ぁぅぅぅ…」
((…何この可愛い生き物))