一話
「…よって、ここに王族特務部隊第一隊隊長に、ワタヌキを、副隊長にヒビキ、ヨリの両名を任命する!」
威光を放つ王。誰もが頭を垂れるであろう威光を放つ王の前に、しかし直立する三人の英雄。
優しげな風貌に、英雄の名に相応しい重鎧を纏う三十路も終わり際の男性。天災と云われ、その悪意如何にかかわらず災厄を撒き散らす龍。それを、『聖女』と呼ばれる存在の助けがあったとは言え、単独で討伐した本物の『英雄』。
私の父、渡貫
慈母を思わせる優しげな女性。彼女に、敢えて口に述べるような特徴はない。美貌であるかと問われれば、参列する貴族の方が美しいと、誰もが口を揃えるだろう。だが、常に英雄のとなりにあり彼を支え続けることは、並大抵の者には出来ないだろう。それだけの修羅場を潜り抜けてなお彼女が浮かべるのは、誰もが見とれるであろう微笑み。
私の母、選
五百にも上る凶悪な盗賊団を、幾多の冒険者を纏め上げ、その先陣で戦い抜いた青年。『英雄』とよく似た風貌に浮かべる表情は自信に満ちており、見るものに安心感と信頼を抱かせる。
私の兄、響
嬉しい。例えすべてが偽りの世界であっても、この瞬間だけは全て受け入れられる。私の家族は、こんなにも凄いのだと、胸を張れる。嬉しい。
こんなに嬉しいことは、この世界に囚われて以来、初めてだ。
だけど、諦めない。
あの世界での平穏を、取り返すまでは。
「イゴニバムオンライン…? VRMMO…? 私が…?」
日暮 十二月一日
生気のない表情に、病的に白い肌。悲しそうな、眠そうな、うまく判別のつかない表情で、顔を上げた生徒。男子というには線が細く、女子というには些か柔らかさの足りない体つき。薄桃色の唇を震わせる声も、高すぎず低すぎず…着ている征服が男子用のものでなければ、『彼』の性別を知ることはまず、できないことだろう。
「お前、ギア買ったんだろ? ちょうどいいじゃねぇか」
火砥 霜
男子用制服を程よく着崩した…毎月恒例の容疑検査の常連の証でもある…理系のような風貌でありながら、どこか野生的な雰囲気を持つ彼が、楽しげに、気だるげなヒズメの肩をたたいた。
「ギア…?」
「ああ。お前の妹に聞いたんだ。あいつに付き合うために買ってやったんだろ? 『兄さんが一緒にゲームしてくれる』って、すげー喜んでたぜ」
なぜそれを? と、視線で問いかける彼に、快活な笑顔でネタ晴らしをした。
「あいつ、ギア買ったのはいいけど、まだ何するのか決められてなかったってぇからさ、俺がソフト譲ってやるからって誘ったんだよ」
「そう」
その手のことにまったく興味のないヒズメは、あくまで妹との約束のためにギアを買っただけだ。そのため、VRMMOというジャンル自体の知識はあっても、多岐にわたるジャンルやソフトの内容までは一切知らない。まぁ、要するに、言いだしっぺの妹にすべて丸投げしていた。
「俺もちょうどよくってな? 俺、テスターの当選前に安全策で偽名使ったり名前借りたりして複数応募してたんだけどよ。なぜか七割当たってな…。他のダチにも幾つか配ったんだけどまだ結構あまっててよ。処分に困ってたんだ」
人懐こい笑みを浮かべながら、馴れ馴れしくヒズメの肩に手を回す。
「…恨み…夜道には気を付けること」
その手を鬱陶しげに払いらう。さらりと恐ろしいことを言い放たれ、払われた手の行き場をなくしながら苦笑を浮かべた。
「…相変わらずつれないなぁ、お前。で、どうする? いるのか?」
「…くれると言うなら、吝かではない」
何故か上から目線な彼に心中ナイスツンデレとニヤニヤしつつ。
「そういうと思ったぜ! じゃ、これ、データメモリな」
「…ん。 …ありがと」
あまりに小さな声での礼を、耳ざとく聞き取り。
「キニスンナッテ」(ニヤニヤ
「…」ゴスッ!
「グフ!?」
去り際の一撃を貰って蹲った。何時もと変わらない光景に、クラスメイト達は『あぁ、またか』と、生暖かい視線を向けた。