黒は決して混ざらない 〜睡楽〜
初めに一つ、どうでもいい話をしよう。
おれは自己紹介の時に、特技は『どこでも寝れることだ』と言う人間が大嫌いだ。そう言う人見たことないだろうか? 小学校の頃はどこの学校にも一人はいたと思う。まあ、見たこと無いにしても、そういう人がおれの周りにいる事は変わらないので、そのまま話を聞いてくれ。 最初に、そんな特技でもなんでもない事を特技として扱う、その図々しさに腹が立つ。だってそうだろ? 人間ってどこでも寝れるじゃん、割と普通に。居眠り運転とかもあるわけだしさ、校長の話の時なんか、みんな体育館の床に『座って』寝てるぜ? 極論、酔っ払ったオジサンは道路でも寝てるし……。そんな中でも特技と言い張るならば、スカイダイビングをしながら寝てもらわないと、納得がいかない。 と、ムキになって意地悪を言ってみるが、実は嫌いな理由の大本は別にある。まず、その自己紹介が行われる場面を明細に表現してみよう。 「特技は……」と言ったとき、恐らく殆どの場合は既に軽く笑みを浮かべているだろう。おれのクラスのヤツ場合もそうだった。少し斜め上うを向いて考えるそぶりを見せながら、口元はどんどんと歪んでいく。そして次に、「どこでも寝れる事です!」と、一気に少し早口に言い切るだろう。ちなみにおれのクラスのヤツの場合は、『www』をそのまま顔面で表現しているかのような、いわゆる『ドヤ顔』と呼ばれる表情も付け加えられたので、たまったもんじゃない。そしてこういうやつは決してウケ狙いでこういう自己紹介をしているわけじゃない。まあ、中には本当に面白いと思って言うヤツもいるかもしれないが、そういうアホの方がまだマシだ。じゃあ、おれのクラスのヤツを初めとするウケ狙いじゃない人達は、いったい何を思ってそんな自己紹介をしたのだろうか。正解は『カッコイイと思っている』からだ。おれ達の年頃は、何故か睡眠に関してカッコイイというモノがあるらしい。
ある人が言う。「やべー、俺昨日オールしちまったー。ねみー」
またある人が言う。「あいつの授業マジだるかったからよー、ずっと寝てたし。ふぁあーあ、校庭あったかくて気持ちよさそうだなー。ねみー」
寝てない自分カッケー。マイペースな自分カッケー。こいつらは恐らくそう考えているのだろう。自己紹介でも同じ事だ。こいつらは何かの漫画のように、木の上で昼ねとかを想像して言っているのだろう。つまり、中二病なのだ。それもまったく自覚していないタイプの……。
と、おれのこのどうでもいい無駄話に付き合って頂いて、まずは感謝をします。有難う。そして次に、こんな話をした訳を話します。 理由は、そう。その自己紹介をした本人、同じクラスで大嫌いな月岡くんが今、僕に話しかけてきたからだ。
「ねえ、亀野くん。見て欲しいものがあるんだけどさ、ホラこれ」
そういって月岡くんは、一冊の古びた本を開く。
「なんだそれ……」
おれは露骨に嫌そうな顔をし、開かれたページを見つめる。そこには、訳の分からない変な模様が描かれていた。
「見た? とくに意味は無いよ、じゃあ」 月岡くんはそういって去っていこうとするが、少しして振り返ってこう言った。
「僕ね、僕の事が嫌いな人大嫌いなの。いっつもそういうヤツは死んでいいとか考えちゃう様な駄目なやつなんだ。んじゃ『頑張ってね』」
『頑張ってね』? どういう意味だろう? ていうかそれよりも、おれの態度少し露骨過ぎたかな? かなり嫌われちゃったなー……まあいいんだけど。
キーンコンカーンコンと言う昼休みの終了を告げるチャイムと共に、五時間目の担当教師が教室に入ってくる。今年度晴れて高校生になったおれだが、この五時間目には相変わらず睡魔がやって来る。黒板がだんだんとぼやけてきて、世界が少しずつ黒色に染った時、おれはおかしなものを見た。目を閉ざし、目の前にあるのは瞼だけのはずなのに、その真っ黒な世界の中、ナイフを片手にこっちを見つめる女性の姿があった。初めは夢でも見ているのかと思ったが、その女性とナイフの鮮明さに不思議とその考えが薄れていった。 黒く長い髪、白いワンピースのようなヒラリとした服。そして、ナイフを握る白い掌とそこから伸びる細い腕。黒い世界の中にいるせいか、少し眩しく見えるほど美しいその女性はこっちを見つめて動かなかった。 あ、あの。ここは一体……?
いくら綺麗な女性だからと言っても、ナイフを両手で握っている女性だ。不安は否めない。
「……」
女性は何も言わずに歩き始めた。依然としてナイフは握られ、切っ先はこっちに向けられている。うまく距離感がつかめないが、その女性とは恐らく五十メートル程距離があると思う。
ちょっと、ナイフ下ろしてください。
おれは少し後ずさりした。いや、したつもりになっていた。いくら後ろへ下がっても女性との距離が離れる気配はなく、一定のペースで歩く女性によって少しずつその距離は縮められていった。そして次の瞬間、言いようのない恐怖に耐えかねたおれは視線を女性から離して後ろへ走ろうとしたその時、おれはやっと異変に気づいた。体が動かないのだ。女性から視線を外すことすら出来ない。ここでやっと恐怖が口に出る。
「うあアアア! 来るなアアアアアア!!!」
声が出たと思ったら、そこは教室だった。椅子を蹴飛ばして立ち上がってしまったおれはクラス中の注目を集めてしまった。
「どうしたんですか、亀野くん? 居眠りで怖い夢でも見ましたか?」
教室中からどっと笑いが起こる。時計を見るとまだ五時間目の途中のようだし、黒板の状況から考えるとそんなに長い時間居眠りはしてないようだ。
夢だったのか? 夢にしてはかなりリアリティのあるものだった。動かしたくても動かない身体や、ナイフを持った女性。夢とは少し異なった奇妙な恐怖が今も身体に残っている。 教室の笑い声が無くなっていくさなか、ふと前の席の月岡くんが目に入った。こっちを見つめながらニヤリと笑みを浮かべている月岡くんは静かにう言った。
「どうだった?」
一瞬にして背筋が凍る。
頭が真っ白になり、足の力が抜ける。膝から崩れ落ち、綺麗に椅子に座ったおれは震える声でこう聞いた。
「ど、どういう意味……?」
すると月岡くんはまたニヤリと笑った後、前へ向き直り、授業を進めてくださいと先生に言った。おれは震えながら考えた。どうだった、という月岡くんの言葉、どう考えてもおれが見た光景の事をあいつは知っている。そういえば昼休み、あいつが話しかけてきたんだっけ、確か変な模様を見せた後、訳の分からない事を言って去っていったんだっけ……。あの時は最期に「頑張って」って言っていた……。絶対に何か知っている。あの模様に何かあるのか? 新手の催眠術?
おれは、考えている内に自然と目を瞑ってしまった。もう一度広がる真っ黒な光景、その中ではまたあの女性が少しずつ歩み寄ってくる。女性との距離から、さっきの続きだという事と、どうやら本当に夢ではないらしいという事が分かった。
「うわ」
今度はそんなに大きな声は出なかったが、軽く驚いて目を開けた。
夜中の三時。今は部屋でネットの動画を見ている。
あれから何度も目を閉じたりしてみて分かった事がある。目を開けているときは女性は進まず、目を閉ざしたときだけ女性は前に進む。瞬きはもちろん目を閉ざした事にならないようだ。女性が自分の目の前に到着したらどうなるか分からないが、手にはナイフ、しかも切っ先はこっちに向けられてる、まあどうなるかは想像できるだろう。なので寝ることも出来ず、こうして夜遅くまでネットの動画で気を紛らわせている。
だがやはりどうしても眠たい。もともと夜更かしはするタイプではなかったし、こうなると例の自己紹介の特技が羨ましくなる。そんな事を考えている内に不覚にも目を閉ざしてしまった。初めの内は恐怖ですぐ目を覚ませたが、慣れてしまった今では自力で起きるしかない。
「起きろおれ!」
夢とは少し違うその世界では、自分に呼びかけるのは簡単だった。目を閉ざしてしまった事で女性はまた少し前へ進むが、すぐに起きる事は出来る。
それを何回も繰り返してやっと朝を迎えた。眠気覚ましも含めて少し早く家を出たおれは、ふらつきながらも学校へ向かった。誰もまだ来ていないと思った教室には、なんと月岡くんがいた。
「やあ、おはよう亀野くん。今日は早く来ると思ってたよ」
またもやにやけた様な顔で月岡くんがそう言った。もう確実に何か知っている。
「お前、何か知ってんだろ。あの変な模様か? 答えろよ!」
すると月岡くんは、はははと笑ってこう答えた。
「必死だね。まあ当たり前か。うん、そうだよ。あの本が原因だよ。まあ呪いみたいなもんかな? 大丈夫、一週間したら消えるから『頑張ってね』。あ、多分うすうす気づいてると思うけど、あの人と零距離になったら死ぬからね。ナイフ持ってたでしょ、あれで殺されるんだよ」
やっぱりか……。
おれは、安堵と絶望という正反対の感情をブレンドしたような不思議な感覚にとらわれた。あと六日間も目を開けている自信なんて無かったし、殺されるという事に関しては、やはり凄い恐怖があった。だがしかし、その呪いをかけた本人が今目の前にいる。そして月岡くんから模様を見せられたあの時、彼自身も確かに模様を見ていたはずだ、なのに彼は平然としている。何か呪いを解く方法があるはずだ。そう考えると奇妙な安堵に包まれる。
「うん。あるよ、呪いを解く方法」
「え?」
驚いた。おれの心を読んでいるかのように月岡くんはそう言った。
「言ったでしょ『どこでも寝れるからね』って、教えて欲しい? 呪いを解く方法」
非常に悔しいが、頷くしかない。残りの六日間を一睡もしないでいられる自信が無いし、出来る事なら今すぐにでも開放されたい。
「じゃあいいよ。明日また同じ時間にここで待ってる。それまで生きてられたら開放してあげる」
明日か……六日だったのが一日だけのなったと思えば仕方ないか……。
「分かった……絶対に起きててやる」
その日は何度か危うい場面もあったが、なんとか生きていられた。しかし女性との距離ももう少ししかない、目測でだいたい十メートル程だ。睡魔も尋常ではない、すぐにぶっ倒れてしまいそうなほど頭がくらくらする。 翌日。なんとか学校までたどり着いたおれは、椅子に腰掛け月岡くんを待った。そのときも何度か睡魔が襲ったが、一度も目を瞑ることなく月岡くんを迎えた。
「やあ、おはよう」
昨日とまったく同じ笑顔でやって来る月岡くん。目の前の椅子に座ると、おれにこう言った。
「よく頑張ったね、ほんと。じゃあ最期の試練だ『頑張ってね』」
「……ハア? 最期の試練?」
「うん。僕が数えるから、五秒間だけ目を瞑ってて。これが出来たら開放してあげる」「んなこと……聞いてないぞ……」
「そんなこと言ってると、開放してあげないよ? いいの?」
「……チッ! 早くしろ」
そういっておれは目を閉ざした。もうすぐそこまで女性が来ているが、五秒は持ちそうだ。月岡くんのカウントの声が聞こえる。 いーち。
よし大丈夫だ。馬鹿だな、五秒で死ぬと思ったのか? 二日間生きてるのが悔しくて、最期の悪あがきだな。
にーい。
まだまだ余裕のある距離だな。
さーん。
それにしても気持ちいいな、目を瞑るのは。開放してもらったら早退して家でゆっくり寝よう。
しーい。
よし、後一秒だ。
ごーお。はい目を開けていいよ。
……あれ、早く目を開けろよおれ。何くつろいでんだよ! 早くしないと殺されるぞ!「起きろおれ!」
「起きろおれ」!
「起きろお」れ!
「起きろ」おれ!
「起き」ろおれ!
「起」きろおれ!
「……」起きろよ。おれ……。なんで目を開けようとしないんだ。畜生! なんでこんなに心地いいんだ! 身体がふわふわする。もう女性は目の前にまで来ているというのに、何故か恐怖は無かった。無性に心地よく、全てがどうでも良くなっていく。このままいったら死ぬと理性では分かっているのに目を開けられない、もうこのまま睡魔に身を任せたいと思ってしまっている。そして心からどうでも良くなっていく。死ぬとかどうとか……。
気づいたら、その女性はナイフを振りかざしていた。その時に目を開けていても遅くなかったはずだが、おれはそうしなかった。いや、出来なかった。既に快楽で脳がいっぱいだ。
おやすみ。
最初から最後まで、説明が少ない…
訳の分からない小説ですね。。すみません…
感想頂けると嬉しいです!
あと、もしかしたら他サイトにもアップするかもしれません。。