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娼館

 朝というには少し遅い時間を迎えたが、娼館は世間とは違い、まだ眠りの時間だった。だが、カレンはすでに起きていて入口の椅子に座っていた。


「お疲れさん」


 そこにウィゼがやってきた。その手には金が入ってるらしい袋が握られている。


「ほら、報酬だ」


 カレンはそれを受け取り、中身を取り出して自分の財布に収めてから袋だけウィゼに返した。


「ところで、あんたはいつまでここにいるんだい」

「いくつか仕事をして、それから考えます」

「そうかい、それじゃあそれまではここで用心棒をしてくれるのかい?」

「それまでは」

「よしよし、それならうちの娘達にあんたを紹介しておこうかね。こっちだよ」


 カレンとウィゼが奥に行くと、その途中でイシルドと会った。


「今起きたのかい」

「ああ、ちょっと疲れてたからな」

「ちゃんと宿代払えるくらいは稼いできておくれよ」

「わかってる」


 イシルドはそれだけ答えて外に出た。そしてまずは酒場に足を向ける。中に入ると朝食をとっている数人の客と、ここの主人がカウンターの向こうにいた。その主人はイシルドに気がつくと軽く手を上げる。


 イシルドは軽くうなずくとカウンターのストゥールに腰かけた。


「まず聞きたいんだが、あいつは、アニエルドはここに来たか?」

「いいや、見てないな。その様子じゃ何かあったらしいな」

「ああ、ちょっと撃たれたくらいだ」

「それにしては元気そうだな」

「自分で賞金稼ぎと言ってる奴に助けられたんだ」

「ほう、ここらじゃ見ない奴か?」

「そうだな。ウィゼのところを紹介したから、今はそこにいる」

「あのばあさんが受け入れたのか、それは面白そうだな」

「今夜にでも行ってみれば、入口に座ってるはずだ。相当な使い手だぞ」

「そいつは見る価値がありそうだ。で、おしゃべりだけじゃないんだろ、何か食うか」

「軽くで頼む」


 それからトーストと紅茶だけの食事をとって、イシルドは酒場を出た。


 一方、カレンも何人かの娼婦達と朝食の席についていた。


「ねえ、賞金稼ぎってどのくらいの稼ぎなの?」


 一人のユースと名乗った若い娼婦が聞いてくると、カレンは笑顔を浮かべた。


「あまり安定はしていませんね。報酬がいい仕事にあたれば余裕はできますが、それでも一つのところにとどまっているわけにもいきませんから」

「それって大変じゃない? やっぱ安定した仕事のほうがいいと思うけど、どうしてそんなことやってるの?」

「色々事情がありましてね。それに荒事は得意ですから」

「そうなんだ、それじゃあなたがここにいる間は大丈夫ってことね」

「ええ、仕事を引き受けたからには、皆さんの安全は保証しますよ」

「なにそれ頼もしい! じゃあ買物に付き合ってよ」

「いいですよ、私もこの町は初めてですから、案内してください」

「じゃあ決定、皆も行かない?」


 それからしばらくして、娼婦達とカレンは町に繰り出していた。


「カレン、こっちこっち」


 ユースはカレンの腕を抱えて露天に向かって引っ張っていく。その二人を見て、二人の娼婦は顔を見合わせる。


「あの子、ずいぶんはしゃいでるじゃない」

「あの賞金稼ぎさんはなんか妙な雰囲気だけど、優しい感じだから甘えてみてるんじゃないの」

「まあ、ね。何歳くらいだと思う?」

「見た目からすると三十いってるかどうかじゃないの。雰囲気だけだとわかりにくいけど」

「用心棒としては上出来そうね、ウィゼがいきなり信用するくらいだし」

「安心できるようになるならいいじゃない」


 そんな調子で歩いていると、市場の入口あたりで人だかりが出来ていた。


「困るんだよねえ、貸した金は返してもらわないと」


 三人ほどの屈強な男を従えた蛇のような男が、商店主に詰め寄っていた。


「金なら返しただろう!」


 商店主も引かずに強い調子で言い返している。


「利子って知ってるかい? あんたはそれを払っちゃいないだろ」

「ふざけるなよ! 規定通りには払った!」

「あんたが契約書をよーく確認してないのがまずいんだよ。ほら」


 そう言って男は一枚の紙を取り出し、その裏を指差した。


「ここに書いてあるだろ、利子はこっちがいつでも自由に変えられるってさ」

「冗談は寝てから!」


 商店主が詰め寄ろうとすると、その鼻先に銃が突きつけられていた。


「それはあんただよ。ついでに言うと、あんたが死んだらここの権利はうちが貰うことになってるんだよ、しっかりと、あんたのサイン付でねえ」

「ま、待て、こんな場所でそんな」

「さて、どうかねえ」


 男の指が引き金にかかり、動く。だが、次の瞬間、投げナイフがその銃を弾いた。


「ぐっ! なんだ!」


 男がそれが飛んできた方向を見ると、野次馬がどき、顔の左上部を仮面で覆った一人の女の姿があった。


「カレン!」


 ユースが叫ぶが、カレンは手で下がっているようにという仕草をすると、男に向かって歩き出す。


「誰だか知らないが、いい度胸だ。お前達、やっちまえ!」


 男の号令に三人の男達がそれぞれの武器を取り出す。二人は銃、あとの一人は背中から大槌。間髪いれずに二丁の銃が火を噴いた。


 だが、カレンは右の逆手で素早く抜いたナイフでその弾を叩き落して地面にめり込ませる。


「な! ひるむなお前ら!」


 さらに銃弾が連射されるがその全てをカレンは同じように叩き落して地面に埋める。そして弾が切れると、大槌を持った男がカレンを潰そうと迫る。


 カレンはその一撃を素早いステップでかわしながらその男の右に回ると、ナイフの柄をみぞおちに叩き込んだ。男はその場で前のめりに崩れ落ちる。


 銃を持った二人はそれを見ると、慌てて銃を捨てて剣を抜きカレンに切りかかるが、その左右からの攻撃より早く、カレンの足がまずは右の男の顎を打ちぬく。


 そして左からの斬撃を回転しながらかわすと、男の首筋をナイフを握った拳で打つ。二人の男は声もなく崩れ落ち、カレンはそれを確認することもなく、今は呆然としている蛇のような男の目の前まで到達した。


「不正な契約は、感心しませんね」


 すでにカレンはナイフを鞘に収めていたが、男はカレンの物静かな目に震え上がった。


「いや、ほんの冗談だったんだよ、だからあんたも落ち着けって」

「落ち着いてますよ。まずは契約書を出してもらいましょう」

「あ、ああ」


 男が契約書を出すと、カレンはそれを受け取り商店主に渡した。


「あ、ありがとう」


 商店主はそれを受け取り、内容を確認する。


「これだけではありませんよね、もう一つのでっちあげの契約書もあるのでしょう」

「け、権利の引渡しのやつだな、わかった、でも今はそれが手元にないんだよ」

「なら、取ってきたほうがいいですね。少しでも早く」


 カレンの仮面の奥の左目が赤く光ったように見え、男はあとずさる。


「もちろん、もちろんだ! それもすぐに渡す! 夕方に、鐘がなる頃にここで引き渡すから!」

「いいでしょう」


 カレンがうなずくと、男はすぐに逃げ出し、他の三人もよろよろとしながらその後を追った。それからユースがカレンに駆け寄る。


「カレンすごーい! でもあいつらきっと夕方にはまたなにかしてくるよ」

「それはわかっています。ですが、大丈夫ですよ、荒事は得意ですから」

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