姿を消した勇者の新天地
ノーデルシア王国を後にしたタマキとカレンは何もない、白い空間にいた。
「さて、これからどうしたもんかな」
「さしあたっては、オメガデーモンを確保すべきかと思います」
カレンの言葉にタマキはうなずいた。
「それがいいか。でも、どこにいるんだろうな」
「この空間では、方向も距離もよくわかりませんね」
二人はそれからしばらくの間さまよっていたが、突然二人の前に人影が現れた。見たところ長身の老人のようだったが、見たとおりの存在でないのはタマキにもカレンにもすぐにわかった。
「あんたは?」
「私は様々な次元を管理している者だ」
「次元を? つまり、例えば俺の世界とカレンの世界とかを見守るような、そういうのなのか?」
「そういうことだ」
二人はその次元の管理人をしばらくの間黙って見ていた。そして、カレンが静かに口を開く。
「しかし、そういう方ならば、タマキさんが世界を越えて召喚された時に介入されるはずではないのでしょうか?」
「いや、それは少し他で忙しいことがあったのだ。それだけでなく、多少都合が良かったから放置していたのだが、手が空いたので、こうして君達と会うことができるようになったのだ」
「なるほどな。で、それって悪魔の件なのか?」
「その通りだ。そもそも悪魔というのはあの世界とは別の存在で、本来はあの世界にあるべきではない。しかし、今までは問題なかったのだが、力の強い存在によって次元に歪みが生じてきたのだ」
「オメガデーモンのことか」
「そうだ。あの世界は少々特殊で次元の壁が歪んでいたのだが、大したことではなかったのだ。だが、今も言ったように最近それが大きくなってきていたので、対策をとることにした」
「で、そのために俺達をここに誘い込んだわけだ」
「そういうことだ。それに、君達が追っていた存在も捕らえておいた」
管理人がそう言って後ろを向くと、そこの空間が歪み、闇でできた球体を鎖で縛った一人の青年が出てきた。
「えーと、初めまして」
その青年は頭を軽く下げた。
「彼は宮崎要一君だ。私に協力してもらっている。そっちのタマキ君と同じ世界の出身だ」
タマキは要一のことを見てうなずいた。
「俺はタマキだ、よろしく。こっちはカレン」
「よろしくお願いします」
「いえいえ、こちらこそ」
ひとしきり挨拶をした後、タマキは要一の持っている鎖で縛った闇の球体に近づいた。
「これがオメガデーモンか」
「そうですね。しかし、よくそんな鎖だけで拘束していられますね」
カレンの質問には次元の管理人が口を開く。
「彼は特別な存在で、その鎖は次元の鉄槌という物を変化させたものだ。悪魔という存在もそれに対抗することはできない」
「なるほど。それはすごいな」
タマキはそう言うと、鎖に縛られたオメガデーモンの前にしゃがんだ。
「お前もやっとおとなしくなったか。これで安心かな」
「それはどうかな?」
タマキの言葉に反応するかのように、その球体から声が響いた。
「どういうことですか?」
カレンが聞くと、球体はさらに声を発する。
「教えるわけがあるまい」
それだけ言うと、沈黙してしまった。だが、タマキはにやりと笑う。
「分身か。それなら、対策は簡単だな。俺たちが戻ればいいだけの話だ」
「いいや、それはいかん」
だが、次元の管理人が口を挟んだ。
「今君達があの世界に戻っては、次元の歪みが大きくなってしまう。あちらの世界で十年以上は経たなくては駄目だ」
「十年? それはまた気の長い話だな」
「主観時間ではそうならない可能性もある。それと、君の元いた世界にも送ることもできるぞ」
「それはいいですね」
元の世界という言葉には、タマキよりも先にカレンが反応した。タマキはそれを見てから、軽くうなずいた。
「そういうことなら、まあ暇もありそうだし、少し里帰りでもさせてもらおうか」
「それを望むのなら、叶えよう。君達にはこれから協力してもらいことが沢山あるからな」
「取引成立か? でも、俺達に協力できることがあるのかな」
「次元を見回しても、君ほどの力の持ち主はそうはいない。それに、そちらの彼女は次元の壁をも切り裂ける。むしろ勝手にされては困る」
タマキとカレンは管理人のその言葉に視線を交わした。
「まあ、そういうことならとりあえずは協力してもいいか。じゃあ、早速俺の元いた世界に帰してくれないか」
「いいだろう。三人とも送ろう」
「え、俺も?」
要一の意見は明らかに無視されていた。