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雨音の涙

異能の治療師が、人の心に潜む闇を祓う現代ファンタジーです。

 私が、東京の大学で雨を宿した理由を話し終えると、家族は大きな衝撃を受けていた。


 母親はハンカチで涙を拭っているし、父親の驟雨に至っては凄い形相で天井を睨んでいる。


 これでは、話が前に進まないと感じたのか、兄の翠雨が、私に質問を投げ掛けてきた。


「それで、時雨兄様の治療はどうだったのですか?」


 頷いた私は、一旦考え込んでから再び口を開いた。


 私は、時雨兄様から何も聞かされていなかったので、今回の治療も、増え過ぎた雨を定期的に抜く、いつもの雨祓いだと思っていましたが、治療の後に目を覚ますと、時雨兄様が、「僕と少し話をしょう」とおっしゃったのです。


 私が頷くと時雨兄様は、「佐々木敏晴さんの事故は残念だったね」と言って、私しか知らない事情をスラスラと話し終えた後に、こう言いました。


「今回は、雨祓いの邪法を使って、雨音の雨を祓わずに、全て僕の体内に取り込んでみたんだ。

そこから、雨の記憶を手繰ることで、雨音の置かれた状況を全て把握したんだよ。

 そして、どうやら雨音の雨を吸い込んだ際に、聖気のカケラや、身体の内部にこびり付いていた思念なんかも、一緒に取り込んでしまったらしい。

 そこに、雨音に向けた佐々木さんの最後の思念が残されていたんだ」


 驚いた私が顔を向けると、時雨兄様はこう言ったのです。


「雨音が受け取った指輪の箱に、佐々木さんの血液が付着していただろう。

そこに、佐々木さんの最後の思念が残されていたんだ。

 聞きたいかい?」


 私が、泣き崩れる表情を隠すのも忘れて、子供みたいに大きく頷くと、時雨兄様は、敏晴が私に語り掛けるみたいに優しく喋り始めました。


「雨音、ずっと一緒に居ようって約束してたのに、守れなくてゴメンな。

 先に逝ってしまう僕を許して欲しい。

君は、僕の死に責任を感じているだろうけど、君には何の責任もないんだよ。

 今なら分かる。

僕の死は、最初から決まっていたんだ。

あの夜、たとえバイクに乗らなくても、僕は、別の理由で死んでいたと思う。

 それが運命なんだ。

だから、君が僕の死に責任を感じるなんて馬鹿げてる。

 だけど、死んでしまう前に、君に一つだけお願いがあるんだ。

 聞いてくれるかい?」


 その言葉に、私が泣きながら何度も頷くと、それを確認してから、時雨兄様が再び喋り始めたのです。


「僕の買った指輪が、君の手元に届いているのなら、その指輪は捨ててくれ。

 あの指輪を持っていると君は前に進めないし、僕を忘れることも出来ない。

 僕の願いは一つだけだ。君に幸せになって欲しいんだ。

僕は、君の幸せだけを願っている。

 僕を忘れて、前に進むんだ雨音…

絶対に立ち止まるな。

そして、自分の人生を精一杯生き抜いてくれ。

応援しているよ。

 さようなら雨音…」


 その言葉を聞き終えた瞬間、私の中で何かが「パン」と弾けたのです。


 それが、心の奥に巣食っていた、硬い硬い魂魄の痼りだったのでしょう。


 あの時、敏晴はバイクの事故で怪我をしていて、たくさんの血が流れ出ていただろうし、凄く痛くて、苦しかったはずなのに、最後の最後まで、私のことだけを心配していました。


 痛いとか、苦しいとか、助けてくれ。ではなく、私のことだけを…


 それなのに私は、嫉妬深くて、自分のことばかりを考えていたのです。


 私は、産声をあげる赤ちゃんみたいに大声で泣きました。


 泣いても、泣いても、涙は、あとから、あとから、湧き出てきます。


 そして、その一滴一滴が私にとっては、必要な涙だったのです。


 赤ちゃんだって、泣きながら産まれてくるのだから…


 何かを、涙で洗い流すように…

最後までお読み頂き、本当にありがとうございます。

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