9話 事実と提案···
「すごいよ、ルイ! 母さん、粥を全部食べたんだ!」
オレオは弾む足取りで俺のところへ戻ってきた。
頬は紅潮し、目はきらきらと輝いている。
「いつもはあまり食べられないのに……! このまま元気になるといいな……!」
希望をそのまま形にしたような笑顔だった。
「いただきます!」
オレオは椅子に座り、目の前にあったサンドウィッチに勢いよくかぶりつく。
ふわりと広がる香ばしさと優しい味に、ぱっと目を見開いた。
もぐもぐと咀嚼しながら、また瞳を潤ませている。
その姿を横目に、俺も無言でサンドウィッチを口に運ぶ。
(……餓死からのループだけは御免だ)
味なんて正直どうでもいい。
だが、身体に栄養が染み込んでいく感覚だけは確かにあった。
ふと、オレオの手が止まる。
「……ルイは、いつこの村を出ていくの?」
寂しさを隠しきれない声だった。
「さぁな」
俺は素っ気なく答える。
なのに――その問いに込められた感情が、なぜか胸に刺さった。
私利私欲じゃない。
打算でもない。
ただ純粋に、
“いなくなることが寂しい”
それだけの想いが、その瞳からまっすぐ伝わってきた。
……俺がこの村を出たあと。
母親は死ぬ。
オレオは一人になる。
誰にも頼れず、どんな運命を辿る?
考えないようにしていた。
関係ないと切り捨てるはずだった。
それなのに――
(……俺が育てる? いやいや無理だろ)
(連れてく? 足手まといだ)
(それに俺は一刻も早くこの世界から去りたいんだぞ)
思わず頭を抱えたくなる。
(なんで俺は、こんな善人親子に拾われちまったんだ……)
(無駄に悩ませやがって……)
だが、思考は自然とひとつの結論へ辿り着く。
(……やっぱり、母親に治ってもらうのがここは一番都合がいいんじゃないか?)
(残りは……2日)
隣の大きな街なら、治癒院へ入れなくても治癒師の一人くらい歩いているんじゃないか?
俺ならステータスが見れる。
見つけられるかもしれない。
俺は顔を上げ、オレオを見る。
「なぁ」
自然と声が真剣になる。
「お前は俺を信じてくれるか?」
突然の問いだったはずだ。
それでもオレオは迷わなかった。
力強く、深く頷く。
その仕草を見て、俺は決めた。
母親の“死の宣告”を伝えることを。
母親に聞こえないよう、俺たちは外へ出た。
夕暮れの風が、やけに生ぬるい。
俺は深く息を吐く。
そして――静かに事実を告げた。
「お前の母親は2日後に死ぬ」
オレオは動かない。
さっきまで、母親が粥を全部食べたと嬉しそうに笑っていた、あの顔のままだ。
信じたくない現実に、心だけが置き去りになったようだった。
瞳から光が消え、思考が止まり、言葉も出ない。
そんな感じだ。
俺はその様子を真剣に見つめる。
(嘘つきと……怒るなら怒れ)
(俺を家から追い出すなら、それでいい)
(その方が後腐れがない)
だが――オレオの反応は違った。
震える唇で、必死に言葉を絞り出す。
「……そっか」
小さく息を吸う。
「じゃあ……最後に……」
涙をこらえながら、無理に笑った。
「お母さんに……美味しいもの食べてもらえて……よかった……」
俺はオレオの目を真っすぐ見据え、静かな声で言った。
「……母親を、治せる治癒師を大きな街で探してみないか?」
その瞬間、オレオの瞳に一瞬だけ光が戻った。
隣の街まではそう遠くないはずだ。
だが簡単に着く距離でもない。
たどり着いても、そこからさらに医療では治せない不治の病を治癒できる凄腕の治癒師を見つけ出し、またここへ戻る。
不可能に近い話だった。
……それなら、いっそ死を受け入れて、残された時間を母親と過ごすほうがいいのでは?
そんな考えが、オレオの胸の中で渦を巻いているのが分かった。
それでもオレオは視線を逸らさない。
真剣に俺の目を見つめている。
やがて小さく口を開いた。
「僕が監視役を買って出たのは……ルイが森をさ迷っていたって言ったからなんだ」
小さな声だった。
「僕の……父さんは森へ入って死んじゃったから……」
「裁判所でルイの話を聞いた時……父さんのこと思い出して……助けてあげたいって思っただけなんだ」
「今日知り合ったばかりの僕に……」
「どうして……ここまでしてくれるの?」
もっともな疑問だ。
今日知り合ったばかりで、なんの繋がりもない俺が。
自分の母親のために街で治癒師を探してみようと言っている。
オレオの知っている大人とは、きっと全然違って見えているんだろう。
きっとこの世界ではオレオのような“事情”を抱えた家族は見捨てられて当然なのかもしれない。
自分で生きていけないなら、病人だろうが子供だろうが見捨てられても“仕方ない”のだろう。
だが、俺は日本という平和な国で平凡に生きていた。
この村の奴らとは価値観が違いすぎるんだよ……。
このままお前らを見捨てたらなんとなく後味悪いから!
(とは言えない雰囲気だよな……)
「俺は扱う魔法も、言うことも、やることも、どこか普通じゃないだろ?」
「まるで奇跡みたいって言ったよな?」
オレオはコクリと頷く。
「俺はこの世界のことをよく知らないし、お前もこの村以外のことはあまり知らないだろ?」
「俺みたいな奴がいるんだ、もしかしたらお前の母親を治せる奴が近くにいるかもしれないじゃん」
その言葉を聞くと、オレオは目を見開き、ぎゅっと拳を握った。
断れば後悔する。
そう感じ始めているのが、その瞳と顔つきに出ていた。
そして――静かに、だが力強く頷いた。
「僕、行くよ! ルイと街へ行く!」




