8話 スキルの確認···
「こんな能力、初めて見たよ……!」
オレオの声は興奮で震えていた。瞳をキラキラさせ、俺の手元を食い入るように見つめている。
その横で、俺はまるで実験でもしているかのように、腐りかけの野菜やゴミのような果物の皮を次々と手に取り、頭の中で採れたての食べられる状態の姿をイメージしていく。
その形は具現化され、次々に台の上に食材が並べられた。
さらに、村長からもらった一日分の食料袋に手を伸ばした。
カビが生えかけたパン数枚、熟れすぎたトマト、ほんの少しのチーズ――
それらを手に取りながら、俺はイメージを組み立てる。
――腐っているものを、元の新鮮な姿に。
――硬いパンは、ふんわりとした一斤に。
――少量のチーズを、丸々とたっぷりのチーズに。
すると、目の前にイメージ通りの結果が現れた。
パンもチーズもトマトも、腐敗や傷みを感じさせない姿に変化している。
しかも、カットして減らされる前の状態だ。
99979/99999
「……なるほど、なるほど」
小さく息を吐き、俺は手を止める。
次は増やしてみよう、と考えた。
頭の中でイメージをするが……やはり、一つだったものを二つにすることはできないらしい。
それでも、元の姿さえ具体的にイメージできれば、足りない部分は補完しながら手にした物の時間を戻せる――
つまり俺の時間操作魔法は、具体的に想像さえできれば足りない部分は補完して成立するということだ。
「この骨は何の骨だ?」
口をあんぐり開けてフリーズしていたオレオに尋ねる。
「それは、たぶんだけど……鶏だと思う」
「出汁に使えるんだ」
オレオは聞かれるがまま答える。
「そうか……」
鶏肉か、どこまで戻す?
いっそのこと生きてる鶏まで戻せば卵を産んでくれるな……
けど、こんな骨の状態から生き返らせるとか……できんのか?
一瞬考えて、俺は辞めた。
たとえできたとしても、やりたくなかった。
死んだ生き物を蘇らせるなんて、死を乗り越えた者への冒涜だろ?
そして鶏の骨をじっと見つめると、手をかざし七面鳥の姿を思い浮かべる。
難なく成功。
この世界にある食べ物や生き物が地球と似通っているおかげだな。
きっとモンスターの肉とか、この世界にしかない物だったら、元の状態を見たことがないからイメージできず失敗するな。
あれこれ試しながら実験していると、ふと視線を感じた。
オレオは俺の手元を見つめたまま、興奮と驚きで体を小刻みに震わせていた。
「すごい……」
「こんな魔法、見たことないよ……奇跡みたい! 本当に、本当に……」
俺は軽く肩をすくめる。
「まあ、見た目だけなら確かにすごいかもな」
けれど内心では、静かに思っていた。
これはただの実験だ。
見せびらかすためでもないんだが。
今はただ、この世界でどれだけ自分の力が使えるかを確かめている。
そして、さっさとゲージを消費させたい。
目の前で減っていくカウントに、俺はいつになく高揚していた。
だって、ゲージが0になれば死ねるってことだろ?
何をしても時間操作が発動して死ねない俺に、唯一与えられた希望だ。
90000年の寿命?
ポイントカードで言ったら90000ポイントためたらオサラバできるってことだろ?
一日の消費上限も、今のところなさそうだ。
「でも……どうして……こんなことができるの?」
オレオは目を輝かせたまま問いかけてくる。
「だって……カビたパンやチーズが、綺麗になって大きくなったんだよ? 魔法っていうか、魔法以上だよ……!」
俺はまな板の上のパンを指で軽く押してみせる。
「これはこのパンの本来の姿だ。パンを増やしたりはできないみたいだけどな」
オレオは両手を胸に当て、少し前のめりになって頷いた。
「わかった……! だからルイは、すごい魔法士様なんだ……!」
どうやらよく分かってはいなさそうだ。
それでも、まるで奇跡を目にしているかのようなその表情に、俺は小さく笑った。
そのとき――
ぐぅぅ……。
食材を前にしていたオレオの腹が盛大に鳴った。
俺は何も言わず、パンとトマトとチーズを手に取る。
それをスライスし、そこに新鮮なレタスの葉を乗せ、手早くサンドイッチを作った。
「ほらよ」
出来上がったそれをオレオへ差し出す。
オレオは目を輝かせ、初めて目にする美味しそうな食べ物にかぶりつこうとした。
だが、動きが止まる。
ベッドの方へ視線を向けた。
「僕だけ、こんなに美味しそうな物を食べていいのかな……」
その表情を見て、俺は静かに首をかしげる。
「お前はそれを食べろ」
低くつぶやいた。
「病気の母親にそんな硬いもん食わせたら、胃がビックリすんだろ?」
俺はオレオがさっき使っていた鍋を手元に置き、その中にチーズの塊を入れる。
そして手を添え、チーズからさらに時間を遡るイメージを浮かべた。
――ミルクの姿を。
瞬く間に、鍋いっぱいにミルクが注がれる。
それを火にかけてグツグツと沸騰させ、ちぎったパンや潰した果物を混ぜていく。
すると、優しく甘い匂いが家の中に立ち込めた。
オレオはサンドイッチを手にしたまま目を丸くして、それをじっと見つめる。
「それ……何?」
「ミルク粥だ。身体にもいいし、果物が入ってるから甘くて食べやすいと思うぞ」
俺は戸棚から、ひび割れの入った皿を取り出す。
「こんなのしかねぇのかよ」
思わずため息が出た。
仕方なく、その皿に手を添える。
イメージを浮かべると――皿は新品のように白く輝いた。
さらに持ち手の折れた木製のスプーンやお椀も光沢を放ち、まるで今作られたばかりのように蘇る。
テーブルも同じだった。
深い木の匂いとぬくもりを取り戻していく。
錆びていた銀のスプーンは、まるで鏡のように光り始めた。
その光景を見て、オレオの目には涙が貯まっていく。
この家にあるものはどれも、壊れても捨てられなかった物ばかりだったのだろう。
きっと、この親子にとって大切な思い出の品だったはずだ。
それが次々と蘇っていく。
俺は並べた食器や器に料理を盛り付けていく。
温かく、美味しそうな匂いが部屋中に広がった。
それはまるで、この家自体に命が吹き込まれ元の姿に戻ったかのように感じた。
オレオは目に涙をいっぱい貯めながら、じっとその光景を見つめている。
小さな手で胸を押さえ、思わず唇を噛む。
長い間、希望を知らずに生きてきた子供の瞳に、初めての安心と感動が満ちていくのが分かった。
そして――
ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
「うぁーっ……!」
突然の号泣に、俺は思わず息をのむ。
「お、おい、ちょっと……!」
慌てて声をかけたが、オレオはそのまま俺にしがみつき、泣き続ける。
小さな背中が震えているのが伝わってきた。
どうしていいか分からず、俺はポンとオレオの頭に手を置く。
……泣かれるのは、どうにも苦手だ。
だが、その強い感情に心が揺さぶられてしまう。
「ほら、粥がさめるぞ」
そう言うと、オレオはハッとしたように涙をゴシゴシと拭った。
そして器を両手で持つと、にこにこしながら母親のベッドへ駆け寄る。
手にした温かいミルク粥を差し出しながら、嬉しそうに俺のことを話していた。
母親は布の向こうにいるだけで、その顔は見えない。
オレオの言葉や仕草からは、心からの感謝と興奮が伝わってくる。
やがてオレオの話を聞き終えた母親が、静かに口を開く。
「旅の方、とてもこのような貴重な食べ物は受け取れません……」
その声には、申し訳なさと心配が混ざっていた。
そのとき、俺は初めて母親に向かって口を開いた。
「そこに入ってる食材はほとんどオレオが集めた物だ。俺は自分の持ってる能力を試しただけだから」
その言葉を聞くと――
「それでも、このような貴重な能力を私達のために……」
「あなたの息子は、何も持たない得体の知れない俺を助け、ここへ連れてきたんだ。そして、貴女もまた、息子を信じた」
「能力も料理も、そのお礼だ」
「あなた達に何か求める気はない。心配せず食べてくれ」
布越しに、母親の肩が微かに揺れた。
そして小さな声で言った。
「……ありがとうございます」
ほんの少しの安心と、初めて誰かに助けられた喜びが、その小さな動きに表れていた。




