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6話 善人すぎる親子···

お待たせ、と小さな声がして、

古びた木製の椀に料理が注がれた。


葉を入れただけの汁物。

嗅いだことのない青臭い匂いが、湯気とともに立ちのぼる。


とても人様に出す料理とは言えない代物だった。


なんとも言えない気持ちになる。


だが、美味しいものを食べたいとも、腹いっぱい何かを詰め込みたいとも思わない。


餓死して、また元気な身体に戻る。

その繰り返しだけは、さすがに避けたい。


「……いいのか?」


小さく呟き、椀を受け取る。


死ねない自分はそれでいい。

だが……


こんなものを、いつも食べて生きていけるのか?


オレオの細い腕や首を見る。

さらに視線を上げると、目が合った。


申し訳なさそうに眉を下げている。


「こんなものでゴメンね……」


消え入りそうな声。


気まずさをごまかすように、オレオはもう一つの椀を手に取った。


「母さん、スープできたよ!」


布で仕切られた簡素な寝床へ歩いていく。


「体を起こせる?」


「……えぇ」

か細く掠れた声。


「今日は少しだけ葉っぱ多めに入れたんだ。

 ほら、温かいうちに」


「ふふ……今日は昼から豪華なのね……いつもありがとう」


「ゆっくり噛んで……いっぱい食べてよ。

 母さんに早く元気になってもらわないと、僕が困るんだから」


無理に明るくした声なのがわかる。


「そうね……

 あなたも食べたの?」


「う、うん。

 僕の分もあるから、後で食べるよ」


無意識に自分が手にしたお椀を見る。

お椀は二つだけだった。


「とってもいい人でね……

 僕の料理を文句も言わないで食べてくれるんだ」


「そう……それなら、安心だわ……」


布越しに、微かな咳の音。


俺は椀の中を見つめたまま、

それに口をつけず、ゆっくりと手を下ろした。


そして静かに椅子から立ち上がり、台所へ視線を向ける。


料理をするその場所には、

食材と呼べるような物は何一つなかった。


風通しの良い壁際に吊るされた、干からびた果物の皮。

腐りかけの野菜の欠片。

食べられるかどうかも分からない野草が無造作に束ねられている。


誰かが捨てたのだろう、

肉の欠片すら残っていない骨が、

それでも大切な物のように籠の中へ丁寧に収められていた。


二つの椀、二つのスプーン···


全て理解できる。


病に伏した母親を、

幼いながら必死に支えている。


村の奴らには、この親子の面倒を見てやれる余裕などない。


裁判所での村長の言葉が、静かに蘇る。


それは冷酷さではなく、

この土地に生きる者たちの限界だった。


この親子に施しを続けてやれるほど、

この村は豊かではない。


俺は何も言わず、

ただその光景を見つめていた。


「……旅の人」


不意に、布の向こうから声がかかる。


そちらへゆっくりと視線を向けた。


「見苦しい姿なため……挨拶に……出られず申し訳ありません……」


息が浅く、言葉の合間に小さな咳が混じる。


「何もない家ですが……

 こんな家でも、雨風を……凌ぐことくらい……はできるでしょう」


かすれた声は弱々しい。

それでも、不思議なほど穏やかだった。


「こんな小さな子に……世話になりながら

 生きながらえる私が言える……立場ではありませんが……」


一度、呼吸を整える気配。


「どうか……あなたの旅に……神の御加護が……ありますように」


息苦しそうに紡がれた言葉。

それでもその声色には、他人を気遣う優しさが滲んでいた。


現代日本では考えられない悲惨な状況。


貧しさも、病も、先の見えない生活も……

それでもこの親子は


他人を思いやり、

今を必死に、生きようとしている。


こんなの苦しいだけだ。


なぜ····


答えのない問いが、

胸の奥をゆっくりと巡る。


母親の言葉に、返事をすることができないまま、そちらへ意識を集中する。


そして、小さな声で呟く。


「――ステータスオープン」


先程まで村人に向けて行っていた

実験的な興味はない。


ただ――

この母親の病が何なのか、ステータスを見れば分かるかもしれない。


なぜそう思ったのか、

自分でも理由は分からない。


視界に淡い光が浮かび上がる。



名前:エレナ TM:002***/85

特徴:オレオの母/働き者/朗らか

【死期:2日後】

【死因:細胞が悪性化し死に至る不治の病】


「……は?」

思わず小さな声が漏れる。


死期?

死因?


項目が、増えている。


どういうことだ。


しかも、“2日後”。


TMゲージの光は、今にも消え入りそうなほど弱々しい。

そして002.***は今も静かに減り続けている。


002……もしかして、この数値が完全に無くなった時が“死”なのか?


そんな予感が脳裏をよぎり、


俺は呆然とした。

目の前の女性を慮ってではない。


自分のゲージだ。


並々と満ち、

異様なほど強く光り続けるゲージ。


村人たちは70前後、多くても100に届くかどうかの数値。


これが寿命を指し示す数値なら?


そして何かしらの要因でゲージが減ると死に近づく……としたら。


俺の数値はあまりにも異常だ。


99996あった数値は極わずかに減っているが、まだ99990もある。


……これが死ねない理由?


この世界に落とされた直後よりは冷静だった。


あの時はただ、

“永遠に死ねないのかもしれない”という恐怖しかなかった。


だが今は違う。


わずかでも減少しているゲージ。

仕組みのヒントが見えた。


希望とは程遠い、

それでも確かな“法則”。


もし、この世界へ俺を落とした存在がいるのなら。


……なんて性格の悪い野郎だ。


俺みたいな死にたがりを生かし続け、


この親子のような善人を苦しめ、

母親をあっさり死なせようとする。


神?


いや……

悪魔の間違いだろう?


「……お兄ちゃん?」


不安そうな声。


オレオの呼びかけで、

俺は現実へ引き戻された。


俺はテーブルの上に置かれた椀を指し示す。


「あれはお前の分だ。……食べろ」


短く、感情を抑えた声。


オレオは一瞬きょとんとした後、険しい表情を浮かべる俺の様子に気づき、何も言わず小さく頷いた。


そして椀を抱えるように持ち、一口ずつまるで宝物を扱うかのように

ゆっくりと、味わうように食事を口へ運ぶ。


その姿に視線を逸らしきれずにいた。


(……母親は2日後に病で死ぬ)


淡々と、事実だけが頭に浮かぶ。


感情を挟む余地もないほど、

それは“確定事項”のように重く沈んでいた。


(……伝えるべきか?)


思考がよぎる。


だがすぐに否定する。


出会ったばかりの他人の言葉を、

この子が信じるはずもない。


それに俺はこの親子を助ける義理もなければ、

不治の病から助けられる力もない。


静かに息を吐いた。


(……ここまでやってきた目的は、この世界についての情報収集だ)


俺はオレオの正面に腰を下ろした。


オレオは椀を両手で持ったまま、不思議そうにこちらを見ている。


「……少し質問していいか?」


オレオはぱっと表情を明るくすると、にっこり笑って頷いた。


無邪気すぎる笑顔だった。


「俺の名前は天城 塁だ。ルイでいい」


そこまで言ってから、少年をまっすぐ見つめる。


「俺がどんな奴か……わかるか?」


「え?」


オレオは目を丸くする。


「年齢とか……?21歳くらい?」


俺は小さく息を吐いた。


「俺の“特徴”とか、わかるか?」


「とくちょう?」


オレオはきょとんと首を傾げる。


「知り合ったばかりだし……よくわからないよ」


何を言いたいのかわからない、と言うような不思議そうな視線が返ってくる。


俺は確信をつかむため静かに告げた。


「“ステータスオープン”って言ってみろ」


「すてーたす……?」


頭の上に疑問符を浮かべながらも、オレオは言われた通りに唱える。


「すてーたす……おーぷん」


「……どうだ!? 何か見えたか!?」

思わず身を乗り出す。


オレオは驚きながら、ゆっくりと首を横に振った。


「ううん……?」


俺は視線を落とす。


(やっぱりな……)


(この世界の人間には“ステータス”は見えない)

(オレオがもし見えていたら――母親の死期がわかるはずだし、あんな風に平然としていられるわけがない)


ただ、他人のステータスが見れるということをオレオが知らない可能性もあった。


今のやり取りで、

おそらく俺以外の人間はステータスを見れないことがわかったな。


俺は静かに問いを重ねた。


「……お前の母親の病を治せる魔法とかないのか?」


例えば異世界転生ものだと、エクストラヒールとか治癒系の最上級の魔法がある。


この世界にはそんな魔法もあるのだろうか……


オレオは少しだけ考え込み、静かに語り始める。


「この村に人の病がわかるお婆さんがいてね……その人に診てもらったんだ」


「……お医者様が治すのは難しい病気だって言われた」


「医者……がいるのか?」


オレオは首をかしげる。


「うん、この村にはいないけど、病気や傷を治すお薬を作ってくれる人はいるんだ」


医療の水準はわからないが、スキルを持たない奴がいるんだから、医者がいてもおかしくはないか……


「街の治癒院へ行けば、もしかしたら魔法で病気を治せる治癒師様がいるかもって」


……この世界にも治癒魔法が使える奴がいる。


「その治癒師様とやらは、お前の母親を魔法で治せるかもしれないんだな?」


その問にオレオはきょとんとした後、少し笑った。


「わからない……けど、すごい人は傷や病を一瞬で治す能力があるんだって聞いたんだ」


俺は黙ってオレオの話を聞き続ける。


「……僕が7歳になるまでは、母さん動けてたんだ」


ぽつりと、思い出をなぞるような声。


「でも、どんどん悪くなって……」


言葉が途切れ、唇をきゅっと結ぶ。


「一年前くらいから、ずっと寝たきりになっちゃった」


それでも気丈に言い切り、オレオは椀を抱える手に力を込めた。


「村に来る行商の人にお願いして隣街へ連れて行ってもらったことがあるんだ」


「治癒院へ行って治癒師様に会って、村へ来て母さんを治して欲しいってお願いしたかった……」


「けど、治癒院の中には”特別”な人しか入れないんだって」


オレオの穏やかな表情に、俺は静かに目を伏せる。


オレオの話からすると、

さしずめ医者は民間向けで、治癒師は特権階級向けだな。

一般人は治癒師に会うことすら叶わない……そんな感じだ。


俺は魔法についてさらに踏み込んだ質問をする。


「……村長は嘘を見破れる魔法が使えるな?」


その瞬間、オレオの目が大きく見開かれた。


「な、なんでわかるの!?」


「それ、村の人しか――」


言いかけて、

しまったという顔で両手を口に当てた。


思った通りだ。

スキル名や特徴からある程度能力を予想できそうだな。


「ルイは……何者なの?」


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