28話 木漏れ日の中で···
差し込む光で、俺はゆっくりと目を覚ました。
まぶたの裏が白く滲む。朝か……いや、もう昼かもしれない。
身体が重い。
起き上がろうとした瞬間、全身がそれを拒んだ。
(……だるっ)
力が入らない。
まるで芯が抜けたみたいに、体が言うことをきかない。
視線だけを動かすと、体には布がかけられていた。
雑にじゃない。ちゃんと、丁寧に。
そのまま腕を少しだけ動かす。
指先に、柔らかい感触が触れた。
(……なんだ?)
ゆっくり視線を落とす。
そこにあったのは——赤毛。
オレオの頭だった。
「……おい」
思わず小さく呟く。
体を引きずるようにして上半身を起こす。
すると、すぐ横でオレオが小さく丸まって、静かな寝息を立てている。
(……こいつ)
一晩中ここにいたのか。
ふと——
意識が一気に戻る。
(エレナは……!?)
反射的に隣のベッドへ視線を向けた。
だが——
そこにあったのは、木枠だけだった。
布も、人の気配もない。
完全に、もぬけの殻。
その時——
外から声が聞こえた。
女性の笑い声。
軽く、明るいそんな声だった。
それがだんだんと近づいてくる。
家のすぐ前まで来たところで——扉が開いた。
「いやだから腹減ってんだって!」
聞き慣れた、あの雑な口調。
シルの声だ。
「洗濯して布団干して、重労働したんだ」
「やっぱりアイツが目覚めるのとか待ってらんねぇよ」
台所の方でガタガタと騒がしい音が続く。
「ちょ、ちょっとシルちゃん、勝手に使ったら……」
それに重なる、柔らかく穏やかな声。
「大丈夫、大丈夫、気にすんな」
「でも、こんなに……本当に使っていいのかしら……」
少し戸惑うような声。
(……この声)
「いいっていいって」
シルが軽く言い放つ。
「どうせあの化け物のことだ、またあっという間に元通りにしちまうだろ」
(おい)
「少し残して、あとは全部使っちまおうぜ」
(……言い方な)
内心でため息が出る。
そのまま、ガサガサと音が続く。
どうやら本当に調理を始めたらしい。
だが——
「シルちゃん、それじゃダメよ」
すぐに、優しく制止する声。
「ちゃんと皮を剥かないと」
「あ? これ剥くのかよ」
「そうそう、こうやって——ね?」
手ほどきするような、穏やかなやり取り。
ぎこちない音が混ざる。
「……めんどくせぇな」
「ほら、ちゃんとやらないと美味しくならないわよ?」
少し笑い混じりの声。
空気が柔らかい。
「……分かったよ」
シルが渋々従う気配。
しばらくして、
「じゃあ料理は任せた」
と、あっさり投げた。
(早ぇな)
すぐに、竈に薪をくべる音が響く。
パチ、と火が弾ける。
静かな家の中に、生活の音が戻ってくる。
(……平和だ)
昨日の空気が嘘みたいだった。
それから少しして——ふわりと、香りが広がった。
温かくて、腹に響く匂い。
肉と野菜が混ざった、しっかりした匂いだ。
(……腹減ったな)
その瞬間——
「……ん……」
横で小さく声がした。
オレオが、ゆっくりと目を覚ます。
香りに引き寄せられるみたいに、鼻をひくつかせながら。
まだ眠そうな顔のまま、状況を理解しようとしている。
ぼんやりとした視線のまま俺を見た。
次の瞬間——ぴたりと動きが止まる。
「……え」
間の抜けた声を漏らしたかと思えば、勢いよく上半身を起こし、そのままガバッと抱きついてきた。
「うおっ……!?」
いきなりの衝撃に、思わず体が揺れる。
細い腕が、ぎゅっと俺にしがみつく。
「よかった……!死んでない……!生きてる!」
声が震えていた。
安堵と、緊張が一気に抜けたみたいに。
(いや、死んでると思ってたのか?)
俺は軽くため息をつきながら、その肩を掴んで引き剥がす。
「離れろ、暑い」
オレオは両手を伸ばしながらも、渋々離れた。
それでも、まだどこか不安そうな顔をしている。
「……そんな顔すんなよ」
「ずっと寝てなかったから、軽く意識飛んでただけだ」
そう言った途端、大きなあくびが出た。
「でも……!」
オレオが言いかけて、少しだけ視線を落とす。
「母さんを包んでた光が消えたあと……ルイが突然倒れて……」
ぽつりぽつりと話し始めた。
「動かなくなったルイをシルと一緒に僕のベッドに運んで……呼んでも、揺すっても全然ダメで……」
「その後母さんが目を覚ましたんだ……」
「そしたら……シルが、ルイを見て“寿命が尽きて死んだんじゃねぇか”って言うから……」
(あいつ……)
思わず顔をしかめる。
「それで……怖くて……」
「ずっと、ルイの元気な姿を思い出しながら、くっついてた……」
「……そうか」
俺は短く返す。
体を動かしてみる。
重さはあるが——昨日までの消耗感は、もうほとんど残ってない。
(……回復、早すぎだろ)
体力の回復が明らかに異常な速度だ。
俺がこの村に来てから寝ずに動き回れてたのも
きっと——オレオの能力の影響だったんだな。
「まぁ、見ての通りだ」
軽く手を開いたり閉じたりする。
「ピンピンしてる」
オレオが安心したように息を吐いた、その時——
バサッと乱暴な音がして、間仕切りの布が勢いよく捲られた。
「お、やっぱ起きてんじゃねぇか」
シルが顔を出す。
「まぁな、だいぶスッキリした」
と軽く伸びながら答えた。
「ほんと、アンタは····、やっぱ信じらんねぇ」
「誰のせいで死にかけ扱いされたと思ってんだよ」
「いや実際あの状況は死んでてもおかしくねぇだろ? 王様助けた奴は死んじまったって話もあるしよ」
悪びれもせず肩をすくめる。
(こいつほんとブレねぇな)
その時——
シルの後ろから、ゆっくりと一人の女性が姿を現した。




