27話 死神と天使···
母親に駆け寄ったオレオは、そのままベッドに身を乗り出し、細くなった身体を抱きしめるようにして顔を埋めた。
声は出さない。ただ、肩だけが小さく震えている。
俺を責めることも、何かを言うこともない。それが逆に——重かった。
そのとき、不意にどこからか風が吹き込んだ。
弱々しく灯っていた蝋燭の火が、ふっと揺れて——消える。
まるで、何かの終わりを告げるみたいに。
部屋の中が、一瞬で闇に沈んだ。
「……なんだ、あれ……」
シルの声で、俺は顔を上げた。
音も気配もすべて飲み込まれた暗闇の中で——
かすかに、光があった。
オレオの背中で——淡く小さな、滲むような光。
シルが目を細める。
「……おい」
短く声を漏らす。
「……能力者なのか?」
(……能力者?)
(そういえば——)
俺は一度も、オレオのステータスを見てない。
「……まさか」
視線を集中させる。
——ステータス、オープン
視界に浮かび上がった表示を見て——
俺は、息を飲んだ。
名前:オレオ TM:63/73
スキル:希望の息吹
特徴:生命の源/希望の芽生え/成長を促す者/慈愛の心/万物への影響力/強き心/純粋/前向き/無垢なる優しさ/改心への導き
(どういう事だ……)
視線をもう一度なぞる。
見間違いじゃない。
ちゃんと——スキルが表示されてる。
その間にも——
オレオの背中からは光が漏れ出ている。
ゆっくりと、脈を打つように。
その時——エレナの指先が微かに動いた。
「……おい」
横でシルが低く声を出す。
「これ……」
言葉が続かない。
エレナのステータスを開く。
すると、止まっていたゲージが再びゆっくりと点滅している。
オレオの光に呼応するように、ゆっくりと脈打つ。
·····!
【死期:2分後】
【死因:細胞が悪性化し死に至る不治の病】
カウントダウンは止まっていない。だが、死因は戻っている。
ゲージの点滅は、弱い光から徐々に強い輝きに戻っていく。
その時——
「おかえり……」
エレナの細い腕が、オレオを静かに包む。
寿命は変わらない……だが、目に見えて体力が回復している。
「母さん!……ただいま……」
オレオはわざと、とびきりの笑顔を見せた。
——瞬間、俺は状況を整理する。
エレナの寿命は、俺たちが家を出てから極端に短くなった。
枯れ木のように窶れていたエレナは、本来はもっと早くに寿命が尽きていたのではないか?
そしてオレオのスキル……
生命の源、希望の芽生え。
オレオの能力は、エネルギーの増強。
そして、生きる希望を与える……
オレオのスキルがエレナをここまで延命させていた?
俺の能力が“手術”だとして——
オレオの能力が、エレナにとって“輸血”みたいなものなら……。
そう考えた瞬間、やるべきことははっきりした。
俺はゆっくりとオレオに歩み寄り、その頭に軽く手を乗せる。
「……お前の力で、エレナを助けられるかもしれないぞ」
オレオと視線が重なる。
俺は続ける。
「母親が元気に笑ってる姿を、強くイメージしろ」
短く、それだけを伝える。
オレオは小さく頷くと、目を閉じた。
まぶたの奥で、思い出をなぞるように——過去の景色を引き寄せる。
笑っていた顔。
呼んでくれた声。
温もり。
それを、必死に掴むように。
俺はその様子を横目で確認しながら、再びエレナへと手を伸ばす。
細く、今にも折れそうな腕に再び触れる。
そして——意識を落とす。
さっきみたいに一気にやるんじゃない。
同時にやるな。
順番だ。
細胞の一つ一つ。
臓器の一つ一つ。
骨の一本から——丁寧に。
余計な負荷をかけないように。
壊さないように。
削りすぎないように。
“治す”んじゃない。“戻す”んだ。
慎重に、慎重に。
その瞬間——
俺の手から、再び光が流れ出した。
最初は弱く、小さい。
だが、ゆっくりと広がっていく。
エレナの身体を、淡い光が包み込む。
「……っ」
エレナの呼吸が荒くなる。
だが——
さっきのような、身体を引き裂くような苦しみじゃない。
耐えられている。
まだ——いける。
その光景を見て、シルがゆっくりと歩み寄った。
ベッドの傍まで来て、静かにエレナを見下ろす。
そして——
「大丈夫だ」
ぽつりと、優しく言った。
「あんた……生きれるよ」
少しだけ言葉を探すように間を置いて、
「この先も、ずっと長くな」
柔らかく、押し付けない声音で続ける。
「だから……頑張れ」
それは命令でも、説得でもない。
ただ、背中を押すような言葉だった。
その瞬間——
オレオの背中から放たれていた光が、強くなった。
さっきまでとは明らかに違う。
一段、いや——二段ほど跳ね上がるように。
光は脈打ち、形を持ち始める。
服越しでも分かるほどに。
まるで——
背中の両側に、小さな翼が生えたみたいに。
その光は、家の中に収まりきらず、隙間から外へと漏れ出していた。
夜の闇を、押し返すように。
俺の視界に——変化が映る。
ステータスが、書き換わっていく。
名前:エレナ TM:005.***/85
特徴:オレオの母/働き者/朗らか
【死期:──】
【死因:──】
(死期も死因も……消えた)
点滅していたゲージは——もう点滅していない。
強い光を保ったまま、安定している。
その輝きが、はっきりと示していた。
死に抗っている。
病と戦っている。
そして——勝ち始めている。
ゆっくりだが、確実に。
エレナの身体が、戻っていく。
それと同時に——
俺の視界の端に、黒が広がる。
皮膚の奥から滲み出るように、黒い痣が浮かび上がる。
頬から、こめかみへ。
気づけば、顔や身体の半分を覆うほどに広がっていた。
「……っ」
シルが息を呑む。
そのまま固まって、こちらを凝視している。
「まるで···死神と天使だな···」
目の前の光景を前に思わず漏れた言葉だった。
時間だけが過ぎていく。
どれくらい経ったか分からない。
やけに長く感じる時間。
実際には体感以上に時間が経過していた。
ふっと。
エレナの呼吸が、落ち着いた。
荒かった息が、ゆっくりと整っていく。
肌には張りが戻り、胸は規則正しく上下する。
そして——
すう、と。
静かな寝息が、部屋に落ちた。
(……終わった)
その瞬間——
張り詰めていた何かが、切れた。
俺の身体から痣が消えていくと同時に
視界が、急激に暗くなる。
そして次に足元の感覚が消える。
(やべ……)
そう思った時にはもう遅くて——
俺の視界は完全にブラックアウトした。




