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23話盛大な勘違い···


(……なんだこの空気)


重すぎる。


俺は軽く息を吐くと、


「よいしょ」


何でもない顔で、剣帯を腰に巻きつけた。


カチャ、と金具の音がやけに響く。


(これでいいだろ)


目的は一つ。


ここから出ること。


それだけだ。


視線をヴァルクに向ける。


床に額を擦りつけたまま、動かない。


(……いつまでやってんだよ)


「お前ら……それ、やめていいぞ」


あっさりと言った。


一瞬——


空気が止まる。


誰も、動かない。


(聞こえてないのか?)


「いや、ほんとに」


軽く手を振る。


「そのままじゃ話できないだろ」


ざわ……と、


別の意味で動揺が広がる。


顔を上げていいのか。


動いていいのか。


判断ができない。


その中で——


ヴァルクが、ゆっくりと顔を上げた。


だが視線は合わせない。


床を見たまま、震える声で口を開く。


「……一つ、お願いがございます」


(なんだよ)


面倒そうに眉を寄せる。


「私の首で——この場をお収めください」


空気が凍る。


誰も息をしない。


「……は?」


思わず声が漏れる。


ヴァルクは続ける。


「部下には……一切の責任はございません」


「全ては——私の判断です」


声は震えている。


だが、その言葉に迷いはない。


「身分を知らなかったとはいえ……貴方様を犯罪者として扱った」


「刃を向け……拘束し……」


一瞬だけ、言葉が詰まる。


「……その上で」


「寿命を削る能力を、このような場で行使させてしまった」


重い沈黙。


「もはや……国家反逆にも等しい愚行」


(大げさだな……)


内心で呆れる。


だが、ヴァルクは本気だ。


「私の首一つで済む話ではないことも承知しております」


「ですが——」


額を、再び床に押しつける。


「どうか……私一人で……」


命乞いじゃない。


処刑される側の——


叶わないとわかりながら縋る、最後の願いだ。



俺は頭をかいた。


そして——


「いらないよ」


あっさり言った。


「……え……?」


ヴァルクの声が、わずかに上ずる。


「だから」



「あんたの首なんかもらっても、嬉しくないって言ってんだよ」


空気が——固まる。


誰も理解できていない。


「俺は別に、あんたらが思ってるような大層なもんじゃないし」


(貴族でもない)

と心の中で付け足す。



だが——


その場の誰一人として、その言葉をそのまま受け取らない。


(……あー、はいはい)


分かる。


“そういう設定”だと思ってる顔だ。


(まぁ、貴族だと勘違いしてくれてた方が、この場で事がスムーズに運ぶし、はなからそれが狙いだ)


だから、その勘違いをわざわざ訂正する気もない。


「とりあえずさ」


剣の柄を軽く叩く。


「俺らをすぐにこの街の外に出してくれりゃ、それでいい」


それだけだ。


それ以上でも、それ以下でもない。


沈黙。


誰も、すぐには動けない。


その中で——


ヴァルクの思考だけが、必死に回っていた。


(……処罰しない?)


あり得ない。


この状況で。


この無礼の数々で。



顔を上げることはできない。


だが、理解する。


これは——


“寛大な措置”だ。


本来ならあり得ない規模の。


(なぜだ……)


理由が、分からない。


だが一つだけ、確かなことがある。


(この方は……どんな目に遭っても明言を避け、爵位を隠し通している)


身分がわかってしまうような持ち物すら所持しないという徹底ぶりだ。


だからこそ——


ここで大事にしたくない。


だからこそ——


処罰を下さない。




そこに至る。


そして——


……この方は、何かよほどの事情があり

この場を見逃した。


三大公爵家クラスの存在がこれ程の愚行に目を瞑ってまで急ぐ事情。


背筋が、さらに冷える。


(その答えを……我々が知る事は絶対に許されない)


理解してしまった。


完全に。


「……承知、いたしました」


声が、震える。


だが今度は——恐怖だけじゃない。


敬意が混ざっていた。


「直ちに……通行の手配を致します」


深く、深く頭を下げる。


もはや疑いは一切ない。


その姿を見て——


周囲の兵たちも、ようやく動き出す。


だがその動きは、先ほどまでとはまるで違う。


恐怖だけじゃない。


“絶対に逆らってはいけない存在”としての理解。



この国の事情なんざしらない俺は、

自分の想像の斜め上をいく盛大な勘違いを周りがしていることなどわかるはずもなく


「……はぁ」

と小さくため息をついた。


(やっと解放される)


ただ、それだけだった。





ヴァルクのそこからの行動は——速かった。


一瞬前まで床に額を擦りつけていた男とは思えない。


立ち上がると同時に、声を張る。


「各員、配置につけ。最優先事項だ」


低く、だがよく通る声。


こいつのスキルは確か...統率の威圧..だったな。


その声を聞いた憲兵達の空気が切り替わった。


「はっ!!」


応じる声が揃う。


さっきまで震えて泣いていた憲兵達が、胸を張り機械のように一斉に動き出す。



誰一人として迷わない。


走り出す者。


指示を飛ばす者。


装備を整える者。


混乱していたはずの詰所が、瞬く間に“組織”へと戻っていく。


(……こいつ、普通に有能だな)


内心でそう思う。


恐怖や混乱で呆然としてる奴らを、一言で本来のモチベーションまで引き上げられる指導者なんて、そうそういるもんじゃない。


これも魔法効果ってやつか。


牢屋部屋から解放されて、ヴァルクの案内で詰所の外へと向かった。


外ではすでに騎馬隊が動き出していた。


蹄が石畳を叩く乾いた音が、連続して響く。


数騎が先発し、街の中央へ向かって駆け抜けていく。


「通行を制限しろ! 大通りを空ける!」


その声に別の隊が続く。


歩兵が駆け足で展開し、通行人を押しのけるように道を確保していく。


ざわめき。


困惑の声。



誰もが空気で理解している。


——“何かが起きた”。


(完全に非常事態扱いだな……)


そこへ——馬車が回された。


見ただけで分かる。


ただの移動用じゃない。


分厚い外板。


衝撃を逃がす構造。


内部は揺れを最小限に抑えるための造り。


要人警護用。


この街で用意できる中で、最も格の高いものだ。


さらに——それを引くのは二頭の騎馬。


筋肉質で、よく鍛えられている。


足並みも揃っている。


(……いや、やりすぎだろ)


思わず苦笑する。




その間に——


「ルイ!」


オレオが駆け寄ってきた。


息を切らしながらも、まっすぐ俺を見る。


その目。


さっきまでの不安は消えている。


あるのは——


絶対的な信頼。


(……そのキラキラした目で見るやつやめろって)

オレオは付き添われてやってきた女憲兵に頭を下げお礼をする。


おそらく、詰所でのオレオのお守役だ。


女憲兵はオレオの前で片膝をつき、オレオの手を取ると同じ目線で言葉をかける。


「恐い思いをさせてすまなかった」


「もし、オレオに悪者が近づいてきたらば」


「その時はすぐに私の所へ助けを求めに来るんだぞ」


その言葉を聞くとオレオはニッコリと微笑み頷く。


女憲兵は俺に一礼するとその場を去った。



俺の少し後ろで、シルが歩いてついてくる。


無言。


表情は固まったまま。


目だけがこっちを見ているが——思考が追いついていない顔だ。


(俺の能力に散々ケチつけてたからな。しばらく現実を理解するのは無理か)


ヴァルクは詰所の外でこちらへ向き直すと、馬車の一歩手前で止まり、姿勢を正す。


さっきまでとは明らかに違う。


畏怖を含んだ間合いを取る。


「ご説明いたします」


簡潔に切り出す。


「混雑した大通りを突っ切るよりも、正門から出て外周を回った方が、反対側の門へ早く到達できます」


地図が頭に入ってる言い方だ。


迷いがない。


「すでに経路は確保しております」


外を見ると、憲兵達が人の流れを制御しているのが分かる。


完全にルートが作られている。


「馬車は目的地までご使用ください」


一拍置く。


「不要と判断された時点で、降車いただいて構いません」


(……気ぃ利くな)


すぐ理解した。


これは——“お忍び前提”の配慮だ。


(いや助かるけどさ)


(もう自転車いらねぇなこれ)


あれより速い。


安全。


……めちゃくちゃ目立つけど。


「じゃあ、俺が持ってた乗り物置いてくわ」


軽く親指で詰所の方を指す。


「事が済んだら取りに来る」


ヴァルクは即答する。


「厳重に保管いたします」


迷いなし。


俺は頷いて、そのまま馬車に乗り込んだ。


荷物を受け取ったオレオも続く。


シルは短剣を渡され乗り込む際に一瞬だけ躊躇したが——そのまま何も言わずに乗る。


扉が閉まる。


その直後——


ギィィィ……


低く、重い音が響いた。


視線を向ける。


詰所の正面。


左右に整列した騎馬隊と憲兵達。


完全な警備体制。


その中央で——


巨大な正門が、ゆっくりと開いていく。


普段は使われない門。


特別な客人のための、大門。


それが今——俺たちのために開かれている。


(……いや、やめろって)


内心で突っ込む。


(目立つにも程があるだろ)


だが、同時に理解する。


(このでかい馬車通すなら、あの門し無理か)


納得はする。したくないけど。


馬車が動き出す直前——


俺はヴァルクを見た。


「……くれぐれも」


一言、落とす。


「"余計なこと"は、領主に報告すんなよ」


間を置く。


視線は逸らさない。


「……お互いのために、な」


わざと含みを持たせる。


脅しでも、命令でもない。


だが——理解させる言い方。


"余計なこと"の解釈を委ねられヴァルクの表情がわずかに引き締まる。


「……承知、いたしました」


深く頭を下げる。


完全に“意味を理解した”顔だ。


(よし)


恐らく大門が開かれた事で領主への報告が必要になるはずだ。

ヴァルクが“どこまで報告するか”について釘を刺しておいた方がいい。


これ以上の面倒事は御免だ。


馬車が進み出し

詰所の門をくぐる。


その瞬間——


左右に並んだ憲兵達が、一斉に敬礼した。


音が揃う。


動きも揃う。


その中央を馬車は慎重に通り抜けていく。


そのまま開かれた巨大な門の前まで来ると徐々に速度を速めていく。



遠くの空が茜色に染まり夜空と混ざり合っていた。


間もなく夜が訪れる。




混乱と規律が入り乱れる正門前の光景を背に馬車は加速する——


こうして俺たちはベルクハイムの街を、後にした。





あとがき


ここまで読んで頂きありがとうございます。

いよいよラドゥナ村編はクライマックスへ向けて走り出しました。

次回より、ラドゥナ村編·第3章がスタートします。

引き続き宜しくお願いします。


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