21話 賭け···
「···何をふざけた演技を」
ヴァルクの声に、わずかな戸惑いが混じる。
先ほどまでの揺るがない態度が、ほんの少しだけ崩れた。
間髪入れず、シルが口を開く。
「演技?」
くすり、と笑う。
「そう思うのは自由だ」
一歩、ヴァルクに近づく。
「認めたくないよな?」
挑発的な声音。
空気がピリつく。
シルはそのまま、指を一本立てた。
「まず——」
淡々と、数え始める。
「街の門で止めた」
「問答無用で囲んだ」
「——ルイ様に刃物も向けたよな?」
ピクリ、と兵の一人の肩が揺れる。
シルは構わず続ける。
「持ち物を取り上げ」
「粗末な荷馬車に押し込み」
「詰所に連行」
「身柄拘束」
「アタシはともかく、ルイ様とお付きの者は焼印すらないのにこの扱い」
一つ一つ、突きつけるように。
兵たちの表情が、じわじわと固まっていく。
そして——
シルはニヤリと笑った。
「···不敬罪」
その一言が、重く落ちる。
空気が、凍る。
「お忍びだろうが何だろうが関係ない」
シルはゆっくりと言い放つ。
「貴族に対して失礼な態度を取れば——その場で首をハネられても文句は言えない」
静かな声。
だが、その内容は重すぎる。
誰も動かない。
ヴァルクも——下級兵も。
完全に止まっている。
(···やりやがったな)
俺は内心で舌を巻く。
(こいつ、全部ひっくり返す気だ)
この場にいる全員が分かっている。
シルは詐欺師だ。
言葉を信用する価値は、本来ならない。
だが——
(否定しきれねぇ)
俺の存在。
見たこともない乗り物。
出自不明。
それら全部が、“あり得るかもしれない”という疑念を生んでいる。
(貴族なら——あり得る)
見たことのない物を持っていても不思議じゃない。
領主に話を通して、身分を隠して街へ入ってきた可能性もある。
そう考えてしまえば——
(もう、完全には切り捨てられない)
疑念が、場を支配する。
ヴァルクの目が、俺を見据える。
鋭く。
だが、その奥に——
わずかな“迷い”。
シルの話が真実だという決定打がない。
だが、切り捨てもできない。
重苦しい沈黙。
誰もが次の一手を測っている。
その中で——
シルだけが、楽しそうに笑っていた。
ヴァルクは、わずかに息を吐いた。
そして——
「···今日中に領主様に確認を取る」
低く、はっきりと告げる。
────────
それは今この場で、ヴァルクが取れる最善の判断だった。
本来なら。
今日会いたいと願って、今日会える相手ではない。
領主とは、そういう存在だ。
だが——
(ことがことだ)
もし、あの乗り物が領主様の所有物だった場合。
それを持ち出した人間を、このまま街の外へ出すなどあり得ない。
だが同時に——
(もし、こいつが本物の貴族だった場合···)
ヴァルクの背筋に、冷たいものが走る。
額に、じわりと汗が滲む。
ベルクハイム領主より下の立場の貴族なら——まだいい。
どうにか収まる可能性もある。
だが——
(上だった場合···)
その場で首が、飛ぶ。
その想像が、脳裏をかすめた。
だが、それでも。
(私は···職務を果たす)
ヴァルクは自分に言い聞かせる。
それで命を取られようが——構わないと。
────────
ヴァルクから焦りが見えた俺は
畳みかけるように言った。
「···俺は、この街を今すぐ出ていく」
強く、はっきりと。
その一言に、ヴァルクがわずかにたじろぐ。
だが——すぐに立て直す。
この状況で自分がすべき事を決意した顔だ。
「···ならば」
低く言う。
「ここで証明してもらおう」
視線が鋭くなる。
「貴族である証を」
一拍。
「何でもいい」
「些細なことでも構わない」
「どこの家系か」
「それを示す持ち物でもいい」
「証言でもいい」
「何か一つ——示せ」
静かな圧。
逃げ場はない。
その言葉に——
シルの表情が、わずかに曇る。
ほんの一瞬。
だが、それをヴァルクは見逃さなかった。
···やはりな
確信に近い感覚が、ヴァルクの胸に落ちる。
視線を、俺へ向ける。
目の前にいるのは——
薄汚れた格好の、どこにでもいそうな青年。
さきから押し黙ったまま、口を開けばこの街から出せとしか言わない。
(こいつらは——嘘をついている)
確信した。
肩の力が、わずかに抜ける。
そして——
「···能力でも、何でもいい」
少しだけ、余裕を取り戻した声。
「証明できるのならな」
ヴァルクに安堵の色が、わずかに滲む。
「···俺の能力は、時間に干渉する」
静かに告げた。
空気が、止まる。
全員の視線が、一斉に俺へ向く。
「それを見せれば——ここから出してくれるのか?」
淡々と続ける。
ヴァルクの目がわずかに見開かれる。
後ろの下級兵たちも、明らかに動揺していた。
(まぁ、そりゃそうか)
時間魔法。
貴族の中に代々最も強い能力者が出るって、レイグが当たり前みたいに言ってた。
貴族じゃなくても、王都に行けばそういう魔法が使える奴が少なからずいる——とも。
憲兵で領主に仕えてるんだ。聞いたことくらいあるだろう。
だが、レイグの話を聞く分には“実際に見る”機会なんてまずない。
ましてや——
(こんな場面で使うか、普通)
自分で言っといてなんだが、正気の沙汰じゃない。
時間に干渉するってことは——寿命を削る。
それが前提の力だ。
それに——
(どの程度で納得するんだ?)
仮に使ったとして。
その効果が“貴族の証明”になる保証なんてどこにもない。
よほどのものじゃなければ——意味がない。
その空気を切り裂くように——
「おい」
シルが口を挟んだ。
「分かってるよな?」
低く、鋭い声。
「時間に干渉する魔法は——寿命を削る」
ヴァルクを真っ直ぐ睨む。
「もし、それを“証拠として見せろ”なんて言うなら——」
一歩、踏み出す。
「その時点で終わりだ」
静かに、だがはっきりと。
「お前らだけじゃねぇ」
「この詰所にいる憲兵——全員だ」
「首を差し出したところで、済む話じゃねぇからな?」
完全な——脅し。
俺が貴族だった場合——
その命を、自分たちの命令で削らせたことになる。
そういう構図だ。
下級兵の顔色が一気に変わる。
明らかにビビってる。
(まぁ、普通はそうなる。相手が本物の貴族ならな)
だが——
ヴァルクだけは違った。
一切引かない。
(···こいつ)
分かってる。
これは——ブラフだと。
(使えないか、使えても大したもんじゃねぇって踏んでるな)
結局、能力を見せられずに観念すると思ってる。
だからこそ、ここで引かない。
シルは、俺の能力を見たことがない。
それどころか俺の話を信じてない。
だから引けない。
(なんとかして、この場を凌ぐ気か)
二人の間に、ピリついた空気が張り詰める。
その緊張を——
俺は、あっさり割った。
「···はいはい」
軽く手を振る。
「とりあえず、見せりゃいいんだろ?」
まるで面倒な手続きを流すみたいに。
「それでどう判断するかは——そっちに任せる」
肩をすくめる。
(別に——)
俺は、最初から貴族だなんて一言も言ってない。
憲兵が勝手に勘違いしてくれて、それで話が早く進むならラッキーだと思っただけだ。
シルの方をチラッと見る——“お前まさかチンケな魔法見せる気か?”とでも言いたげな顔をしていた。
(そんな顔すんなよ)
ヴァルクの方は──今のシルの反応を見て確信した表情だ。
俺は、小さく息を吐く。
「で?」
「やっていいの?」
それぞれの思惑を込めた視線が——
俺の動きを捉えていた。
俺はやれやれと立ち上がる。
「やめろ!!」
「……見せてみろ」
シルとヴァルクの声が——同時に重なった。
(どっちだよ……)
一瞬だけ苦笑する。
だが、もう決めていた。
(どうせやるなら——中途半端は意味がない)
目の前の机や椅子の時間を戻す?
ちょっと綺麗になるくらいだ。
そんなもんで納得するか?
(もっと"すごい"と思わせられる)
貴族の魔法士がどの程度できるかは知らないが、下級貴族くらいに思ってもらえたらいい。
(分かりやすいやつだ)
視線を落とす。
足元——地面。
この建物。
詰所。
廊下、入口、鉄格子の部屋。
俺が見た範囲——いや、想像できる範囲。
(ここに繋がってる“全部”)
それを——戻す。
「……これしかねぇな」
小さく呟くと、俺はその場でしゃがみ込んだ。
そして——
地面に手をつく。
ひやりとした石の感触。
「おい、何を——」
ヴァルクが声を上げかけた、その瞬間。
発動。
——ズンッ
空気が、沈んだ。




