18話 心から喜べない···
店の扉を押し開けると、店内の酒と煙の匂いが、一気に抜ける。
後ろではまだざわめきが続いていたが、もうどうでもいい。
俺はそのままシルに視線を向けた。
「大通りまで案内しろ」
「はぁ?命令すんなよ——」
「早く」
被せ気味に言うと、シルはあからさまに嫌そうな顔をした。
「····チッ、使いが荒いね」
文句を言いながらも、歩き出す。
裏路地は狭い。自転車に乗る余裕はない。
俺はそれを押しながら、後ろにオレオ、さらにその後ろにシルという並びで進む。
オレオは腫れた目を擦りながら、何も言わずについてきていた。
さっきまでの泣き声が嘘みたいに静かだ。
やがて路地を抜けると、一気に視界が開けた。
大通りだ。
人、人、人。
昼時で、通りは活気のピークを迎えている。
商人の呼び声、客の笑い声、行き交う足音。
焼いた肉の匂い、香草の香り、パンの甘い匂いが混ざり合って、腹にくる。
この人混みじゃ自転車に乗って進むのは無理だ。
俺はそのまま押して進むことにした。
「なぁ」
横からシルが口を開く。
「出発前に飯でも食っていこうぜ」
「却下」
即答した。
「はぁ?なんでだよ」
「時間がない」
シルは鼻で笑う。
「すぐ死ぬわけじゃないだろ」
軽い言い方。
俺は前方を見たまま言う。
「持って一日だ」
シルの足が止まる。
「····は?」
「あと一日、もたない」
シルは少し黙ってから、肩をすくめた。
「人がいつ死ぬかなんて、分かるわけねぇだろ」
「分かる」
短く言い切る。
そして、少しだけ視線を横にやる。
「お前もな」
「····あ?」
「あと十年くらいだな」
シルの表情が一瞬固まる。
すぐに鼻で笑った。
「はっ、なんだよそれ。お前占い師か?」
だが、その目は笑っていない。
心当たりでもあるのかわずかに瞳が揺れている。
俺は何も言わずに前を向いた。
シルもそれ以上は何も言わなかった。
大通りを進むにつれて、やっぱり自転車に視線が集まる。
「よく盗まれなかったな、これ」
俺が呟くと、シルが肩越しに言った。
「そりゃそうだろ」
「そんな目立つもん、盗んでもすぐ足がつく」
「なるほどな」
妙に納得した。
やがて、街の門が見えてくる。
外へ出るための列ができていた。
「で、どこ行くんだよ」
シルが聞いてくる。
「ラドゥナ村」
「あぁ?」
シルが露骨に顔をしかめる。
「貧乏村かよ」
悪気なく言ってるのが分かる分、余計にタチが悪い。
オレオは何も言わない。
門の前にできた長い列に並ぶ。
じりじりとしか進まない。
シルは舌打ちした。
「めんどくせぇ····」
その時だった。
「····ルイ」
オレオが、やっと口を開いた。
声が重い。
「どうすればいいのか····わからない」
足元を見たまま、続ける。
「母さんは····助けたい」
「でも····」
言葉が詰まる。
「さっきの話····聞いて····」
「母さんの代わりにルイが····死ぬかもって····」
拳を握る。
「嫌だ」
小さく、でもはっきりと。
「母さんが死ぬのも嫌だし····」
「ルイが死ぬのも····嫌だ」
震えている。
「どうしたらいいか····わからない」
少し間があって——
「····いっそ、自分の命を出せたらいいのに」
その一言で、空気が止まった。
「····はは」
シルが笑った。
乾いた笑いだ。
「おいおい」
「本気でこいつの言ってること信じてんのか?」
オレオが顔を上げ頷く。
「ルイは絶対嘘つかない」
「だって、僕すごい魔法たくさん見せてもらったから!」
オレオがこっちを見る。
正直なところ「絶対」とは言えない。
だが···俺には思い当たる事があった。
モンスターに襲われて致命傷を負った時、手を当てていたら傷が治ってた。
俺は無意識に普段見慣れた自分の体をイメージしてたんだろう。
あの時は人の体を治す能力と時間操作の能力が完全には結びつかなかった。
けど、レイグの話を聞いて、時間魔法にはそれが可能だということが確定した。
どこまで出来るかわからない。だけど、物の進化の針を進めるなんて芸当ができたんだ。
俺ならできる。
そんなことを考えながら黙っていると、シルが俺の方を見て肩をすくめた。
「もし本当に王を救ったような能力がコイツにあるならさ」
「こんなとこで燻ってるわけねぇだろ」
「貴族の家に生まれてるか、そうじゃなかったとしても大層な爵位もらって王都で贅沢三昧だ」
「時間魔法が使えるって言っても─—」
シルの声が少しだけ真面目になる。
「せいぜい··病の進行を少しの間止めるくらいなんだろ?」
「残り時間をちょっと延ばしてやるくらい」
「だけどさ··」
シルはオレオの方を見る。
「それでも、コイツの寿命は削られるんだ」
静かな声だった。
俺はふっと力の抜けた笑顔でシルを見る。
「心配してくれてんのか?」
シルは頬を膨らませ何も言わない。
俺はオレオの小さな頭にポンと手を乗せた。
「俺は死なないし、オレオの母親も助けるぞ」
オレオの目は見ずに改めて言う。
その言葉にシルはため息をつく。
「レイグはアンタに期待してるみたいだけど···今回は、あたしの鼻が鈍ってたみたいだね」
心底うんざりした顔で言う。
「こんなことになるなら首突っ込むんじゃなかったよ」
「次の者前へ!」
門兵の声が俺達に向けられた。
門兵は俺達を見ると、その目が鋭くなる。
そして、その表情がみるみる険しくなった。
「お前らここで待て!!」
門兵の怒声と同時に、奥から数人の兵が駆け足で出てくる。
(····は?)
思わず眉をひそめた。
(俺ら、なんもしてねぇぞ)
隣でオレオがビクッと肩を揺らす。
そのまま一歩、俺の後ろへ下がった。
完全に怯えてるな。
シルは、腕を組んだまま、無言で兵たちを見ていた。焦りも恐怖もない。ただ、状況を見ている目だ。
(····まさか)
一瞬、嫌な予感がよぎる。
(ラドゥナ村の時と同じか?)
面倒なことになる前に抜けるか——そう思った瞬間だった。
「——整列!!」
別の兵の声が飛ぶ。出てきた兵たちが一斉に動き、左右に分かれて列を作る。
その奥から、一人の男がゆっくりと歩いてきた。
短く整えた髪、無駄のない顔立ち、ガッシリとした佇まい。
名前:ヴァルク・セルゼン TM:58 / 89
スキル:統率の威圧
特徴:冷静沈着/規律至上/疑念深き者/融通の利かぬ性質/鋭い観察眼/支配の声/命令絶対/統制の化身/感情排除
周りより一段上の装備。間違いなく、こいつが一番上だ。
そいつはそのまま真っ直ぐ歩いてきて——俺たちの前で止まる。
いや、正確には——シルの前で、だ。
「シルバー・ベリントン」
低く、はっきりとした声。
「間違いないな?」
一瞬の沈黙。
シルは腕を組んだまま、ふてぶてしく顎を上げた。
「····だったら?」
肯定。その態度に、周りの兵の空気がわずかに張り詰める。
(····面倒くせぇな)
俺は静かに一歩横にズレる。そのまま通り抜けようとしたが——
「おい、動くな」
槍の柄で道を塞がれた。
(チッ)仕方なく足を止める。
シルは大きくため息をついた。
「····はいはい、分かってるっての」
そう言うと、腕をだるそうに差し出し袖をまくる。
そこには——焼印が、二つ。
オレオが小さく息を呑んだ。
驚いているのが分かる。
(····やっぱりな)
俺は特に驚きもしない。最初に見たステータス——“詐欺”“逃げ足”“強い警戒心”。まともな経歴じゃないのは分かってた。
兵の一人が前へ出て焼印を確認してヴァルクの方を見て頷く。
それを確認してヴァルク·セルゼンが口を開いた。
「シルバー・ベリントン」
「次にこの国で罪に問われることがあれば——」
「死罪だ。理解しているな?」
静かな声。だが、重い。
シルは鼻で笑った。
「····分かってるよ」
吐き捨てるように言って、腕を引っ込める。
空気が少しだけ緩む。
「次」
短く告げられる。兵の視線が、こちらに向く。
オレオがビクッとする。
「腕を出せ」
言われるまま、俺は袖を肩まで捲り上げ、腕を見せてやる。
何もない。当然だ。
兵は一瞬見て、すぐに視線を外す。
「問題なし」
続いてオレオ。震える手で袖をめくる。同じく、何もない。
「問題なし」
短く確認が終わる。
その場に、わずかな静けさが落ちた。
(····なんだよ、これ)
まだ終わってない空気だ。視線が、残っている。
それを無視して歩き出そうとした瞬間——
「····待て」
低い声が落ちた。空気が一瞬で張り詰める。
ヴァルクが、ゆっくりと視線をこちらに向けていた。
その目は——俺じゃない。俺の横。
「それは····何だ」
顎で示されたのは、自転車。周囲の兵の視線も、一斉にそこへ集まる。
(····あぁ、そっちか)
確かに目立つ。だが、それだけだ。
「乗り物だ」
俺は短く答える。
「見りゃ分かるだろ?」鼻で笑う。
だがヴァルクは眉一つ動かさない。じっと観察するように見ている。
「この街で、そのような物は見たことがない」
「どこで手に入れた」
(めんどくせぇな)
「作った」
事実を返す。
ヴァルクがあからさまに眉間に皺を寄せる。
「どこからこの街へ来た?」
「······」
俺は少し考え
「ラドゥナ村?」
と答える。
間違っちゃいない。
「そうか···では、ラドゥナ村の村長の名前を言ってみろ」
「········」
(知るか!村長は村長だろ!)
村長のスキルは覚えてるが名前なんて覚えてねぇよ···
「お前の出身を教えろ」
ヴァルクは一段低い声で聞いてくる
その質問に俺は答えられるわけもなく···
「いやだね」
と、憎たらしく抵抗した。
「俺とコイツは焼印なしなんだ。さっさと通してくれよ」
俺は親指でオレオを指す。
「····そうか」
ヴァルクはそう言うと一歩、前に出る。
「全員、詰所へ来い」
「は?!」
思わず声が出た。
「任意同行だ」
「だが拒否は認めない」
周囲の兵が一斉に動く。逃げ道を塞ぐように配置につく。
(チッ····最悪だな)
「ふざけんな」
俺は一歩踏み出す。
「時間がねぇんだよ」
声が少し強くなる。
「今すぐ通せ」
兵の何人かが反応する。だがヴァルクは動じない。
「詐欺師との繋がりがあり、怪しい物を持ち、出自も不明」
「確認が必要だ」
「協力しろ」
完全に俺も犯罪者扱いだ。
(話通じねぇな)
「だから——」
「時間がないって言ってんだろ!!」
思わず声が荒くなる。空気が一気に張り詰める。
槍の穂先が持ち上がり俺に狙いを定めている。
オレオが後ろで小さく声を上げた。
「····ルイ····」
完全に怯えている。肩が震えてるのが分かる。
(くそ····)
このまま突っ切るか?いや、ここで騒げばもっと面倒になる。
その横で——
「····チッ」
シルが小さく舌打ちした。腕を組んだまま、呆れたように空を見上げる。
「だから言っただろ」
「目立つもん持ち歩くとこうなるって」
完全に他人事だ。
(止められたのはお前のせいでもあるだろ)
心の中でだけ突っ込む。
兵の一人が前に出る。
「抵抗するな!」
「従え!」
その一言で、状況は完全に固まった。




