17話 ずっと秘めていた事···
「俺が王都の治癒院にいた頃の話だ···」
「先代の国王はなかなか子宝に恵まれなかった。やっと側室が子を産んでも全員姫でな、王都じゃ呪われてるなんて噂も出てた」
店内のざわめきが自然と収まる。
「だが王妃との間に待望の王子が生まれた。それが現国王だ」
「だが··それ以降、王子が誕生することはなかった」
「そりゃ、大事に大事に育てられた」
「だが王子が十歳になる頃、身体に異変が出た」
「原因不明の病だ」
「王家付きの医師どもは口を揃えて言った。『不治の病だ』とな」
その言葉に、オレオの肩がわずかにピクリと動く。
静まり返る店内。
「それからすぐに国中の治癒能力者、医者まで集められたが、誰一人として···治せなかった」
「王子は見る見るうちに痩せ細り、歩けなくなっていった」
レイグは何かを考えるように押し黙り、しばらく間をあけてポツリと呟く。
「……なのに、ある時を境に止まった。完全に···病の進行がピタリとな」
小さくざわめきが戻る。
「同じ時期だ。“ある能力を持つ者”が一人、また一人と王城へ招かれていた」
「だが、そいつらが王城から帰る姿を見た者はいない···」
皆が息を呑む気配が伝わる。
「それから間もなくして、第一王子は“奇跡的に回復した”と発表された。国を上げての祝賀だ」
「だが···その裏で、大貴族の家系から名前を消された者がいた。連日の祝賀祭典の中で、その訃報は目立つことなくひっそりと流れて消えていった」
「何も珍しいことじゃねぇ。跡取りでもないんだ」
「タイミングが悪かっただけ。と、世間はすぐにそんな事は忘れたよ」
「俺はその頃、王都の治癒院に所属する治癒師として王城に出入りしてた」
「王子の苦しみを和らげるために、俺の能力は重宝されたよ」
「王子が完全回復する少し前」
「いつもの様に俺は王城に招かれた」
「そこで王子付きの使用人たちが噂してるのを聞いちまった····」
レイグの目がわずかに細くなる。
「やっと、王子の病を治せる能力者が現れた。それは“時間に干渉”できる家系の能力者だ。と」
「これで、今までの犠牲が報われる。と」
「奴らは自分の寿命と引き換えに···力を使う」
「王城へ招かれ、病気の進行を止めていたのは···時間魔法が使える魔法士たちだった」
やっぱりな····。
俺は心の中で呟く。
「病の進行を止めるため、一人の能力者の寿命が尽きたら次の能力者が招かれ···そうやって食い止めてやがったんだ」
俺以外にも時間に関係する魔法を使う奴はいるみたいだな。
「この国で、時間魔法が代々色濃く受け継がれている三つの家系···」
「その家系の中のどれかに最も強い力を持つ能力者が生まれてくると言われてる」
「第一王子の不治の病は、その“誰か”が自分の命と引き換えに能力を使用して治した···」
「そんな話だ」
その場にいた誰も口を開こうとせず、続きを待っている。
「その後、そんな話をしてた王子付きの使用人たちはどうなったと思う?」
「皆、あっという間に処刑されちまった」
「王族に対する不敬罪だとよ···」
「理由は公開されてねぇ」
「だが、俺にはすぐわかったよ。奴らは知りすぎたから消された。と」
「俺は逃げたね。王都からも治癒院からもな。聞いちゃいけねぇことを聞いちまった」
「それと同時に、命の価値は平等じゃないと理解しちまった」
短く吐き出すように言う。
「現国王は今も元気に生きてる。その裏でどれだけの命が消えたかなんて、誰も知らねぇ」
「この国···いや、この世界は、“同じ命”なのにその価値に“天と地ほどの差”がありすぎる」
誰かがゴクリと唾を飲む音。
静寂が落ちる。
「そこのガキの母親を救える可能性はなくはねぇ」
「実際、現国王は不治の病を克服したからな」
オレオは顔を上げないまま、鞄をぎゅっと抱きしめている。
レイグは続けて話す。
「だがな、様々な要因で、それは不可能だと言わざるを得ない。わかるだろ?」
「当時の王子を治した能力と同じ能力を持つ者が、現時点でこの世に存在しているのかわからない」
「仮に存在したとしても、どこの家系にいるのかもわからない。国が秘匿にしてる存在だ」
「貴族同士であっても探れないだろう」
「お前らに何ができる?」
「この国中の砂を全部かき集めて、その中から一粒の小さな硝子の欠片を見つけるのと同じくらい···」
「いや、それ以上に難しいんだよ」
「何故かって?」
「この世界に、王命でもなきゃ自分の命を捨ててまで、見ず知らずの他人を助けようと思う奴なんざいねぇんだよ」
「それをさせられる程の価値が」
「お前の母親にはあるってのか?」
レイグはオレオの方を見る。そして、
「諦めろ」
静かにそう言った。
オレオの目から大粒の涙が溢れる。
母親は救いたい。けど、話を聞き終えてそれが不可能なことだと、痛いほど理解できる。
母親は救えないという現実を認めざるを得ない。
耐えきれず、う゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛と泣き出してしまった。
店の中には鼻をすする音····
大の男共がオレオの境遇を思い、目に涙を浮かべている。
レイグはオレオに歩み寄る。
「俺がお前の母親の苦しみを取り除いてやる事もできるが、どうする?」
わんわん泣いているオレオの耳には届かない。
「オレオ泣くな」
俺はオレオの肩をつかむ。
静まり返る店内。
ひくっひくっと肩で息をしながら、オレオは真っ赤な顔をこちらへ向ける。
俺の顔を見ると、また泣き出しそうな顔で、見る見る目には涙がたまっていく。
シルは細い目をさらに細め、オレオの背中を優しく摩っている。柄にもなく···。
「お前の母親は助かる」
店の中の大人たちの殺意の籠った視線が俺に突き刺さる。
・・・わかるよ。わかる。
この絶望的な状況で期待させるようなことを言うなって言いたいんだよな?
コイツらマジで見た目に反して良い奴らだわ。
だが、期待も何も、本当に助かると俺は思ったから言ってるだけだ。
息を整えようとするオレオだが、なかなか呼吸が落ち着かない。
「どうして···たす··からない···よ?」
オレオは言葉にならない声を振り絞って言った。
「いや··お前の母親は助かるよ」
「すぐに帰るぞ?」
俺はオレオの手を握り、店の外へ向かって歩き出す。
その小さな手から、じんわりと温かなものが伝わる。その温かさが、何故か俺の気持ちを奮い立たせ
『必ず救ってみせる』という決意を確かなものにしていった。
「おい!待て!何で助かるなんて言える!?」
レイグだ。
「何でって··?」
俺は振り返り、少し首を傾げて笑った。
「俺があんたの言った“時間に干渉できる”能力者だからだよ」
「情報すげぇ為になったわ!」
店内が一気にざわめき出す。
「おぃ、お前···冗談だろ」
「時間魔法の能力者ってことか?」
「··国の中枢にいるヤツらだろ?」
「滅多に会えるもんじゃねぇ」
「こんな場所にいるわけねぇよ」
「お前ら信じんのかよ!」
「いや··だが、不治の病をどうにかできる奴なんていったら···今の話じゃ······」
周りの視線が一気に俺に集まる。
俺はニコニコ笑う。
何でそんなに機嫌がいいかって?
理由は三つある。
1つ、オレオの母親を治せる人間を手当たり次第ステータスを見ながら探したり、治癒師の情報を集めて街中駆けずり回らなくてよくなった。
2つ、母親が死んだ後の心配をしなくてよくなった。
3つ、今回もポイントがガッツリ削られるボーナスステージの予感しかしない!!
「お前は不治の病すら治せちまうってのか?」
後ろからそう呼びかけられたかと思うと、
「それが事実なら···」
「いや、それはありえねぇ···」
レイグは目を白黒させ、独り言を呟く。
「にわかには信じられねぇが····」
まるで畏怖の対象を見るかのような目だ。
「もしお前が言ってることが事実だとして···、能力を使ったら死ぬんだぞ?」
レイグは鋭い目つきで睨む。
「俺はたぶん死なないぞ?」
レイグの気迫もむなしく、俺はキョトンとした顔で答える。
そんな俺を見て、レイグはゴクリと唾を飲み込むと不敵な笑みを浮かべた。
「俺はシルバーの能力だけは高く買ってる」
「だからお前のその言葉······信じるぜ」
「それはどうも···」
「おい、シルバー!お前、コイツらと一緒に行ってこい」
柱にもたれかかって話を聞いていたシルは目を見開いている。
「おい!レイグ!お前まじかよ··」
「あぁ、その目でしっかり···お前が連れてきた客の顛末を拝んでこい」
チッ、と舌打ちをするシル。
レイグは俺の目を見る。
「俺の情報が役に立ったなら····本来ならその報酬をきっちり金でいただくところだが···」
「報酬はいらねぇ。そのかわりシルバーをお前らに同行させる。いいか?」
俺はこれでもかと言わんばかりに渋い顔をしてやった。
その顔を見てシルは、レイグの後ろから見えないようにイーッ!と憎たらしい顔をしていた。
「はぁ····わかったよ」
「ただ、先を急いでる。俺たちについてこれるなら勝手にしろ。はぐれたらそれまでだ」
俺はそう言って、踵を返し店を後にした。




