13話 新たな魔法···
「···くっ··つ」
心臓を直接手で握り潰されているような痛み。
苦痛に表情が歪む。
「ねぇ……ルイ……腕が!……」
オレオの怯えた声が聞こえる。
袖から伸びた俺の腕には、
黒い模様が浮かび上がっていた。
それはゆっくりと、
まるで生き物のように這い回りながら広がっていく。
やがて腕を覆い、
首元や手の甲まで伸びていく。
その瞬間──
ミシッ……
木製の自転車は小さな音を立てた。
木のフレームがきしみだし、歪む。
まるで、
何十年、何百年という時間が
一瞬で流れているかのように。
木が色を変える。
表面が削れ、形が変わる。
次の瞬間、
金属の光沢が浮かび上がった。
部品が増える。
細かな金具が現れ、
チェーンが生まれ、
ペダルが形を作る。
タイヤが膨らみ、
黒いゴムの輪が出来上がる。
そして──
強い光が弾けた。
思わず目を細める。
光が消えたとき。
そこには──
俺のよく知っている自転車が横たわっていた。
「よし……!」
思わず声が出る。
「成功だ!」
俺はすぐに心の中で叫んだ。
『ステータスオープン』
名前:天城 塁
TM 99886 / 99999
スキル:時間操作魔法
特徴:甘ったれ/無趣味/鈍感/死にたがり/新鮮な野菜の使い手/進化の針を進める者
進化の針を進める者……
──って。
「……すげぇ減ってる!」
TM:99886 / 99999
TMゲージが──
100ポイント以上、減ってるぞ!
「……まて」
俺は小さく呟く。
「まてまてまて」
「進化させたら……こんなに寿命が減るのか?」
能力は1回につき1ポイント消費だと思っていた。
なのにこれは─
(なんだよこれ……)
(むしろ“大量消費”じゃねぇか)
口元が、勝手に緩む。
(やべぇ……)
(めちゃくちゃラッキーじゃねぇか)
興奮を抑えきれない。
その横で──
もう一人、興奮を抑えきれていない奴がいた。
「なんだこれは!どういうことだ!」
「俺の作品が……どうなってる!? これは鉄か!?」
ボビーは震える手で自転車を起こした。
「な……鉄なのに、なんて軽いんだ! この籠の材料はなんだ!?」
「なんて繊細な作りなんだ……!」
「車輪についてるこれはゴムか!? そうか、衝撃を吸収するのか……!」
「これは足置き……いや、回るぞ……まさかこれを回して進むのか!?」
まるで子供みたいに、目を輝かせている。
そして─
チラリと俺を見る。
「乗ってみるか?」
「いいのか!?」
食い気味だった。
ボビーはぎこちなく跨り、最初は足で地面を蹴る。
ペダルに戸惑いながらも、次第にコツを掴んでいく。
走り出した。
しばらく夢中で乗り回したあと。
ピタリ、と止まる。
顔色が変わっていた。
青ざめている。
ゆっくりとこちらへ戻ってきて、自転車を立てる。
もうスタンドの使い方まで理解してやがる。
ボビーは店に入ると──
そのまま。
深く、深く。
土下座した。
「わ……わたくしは……なんて失礼なことを……」
声が震えている。
「これまでの数々の無礼を……どうか、お許しください……」
額を地面に擦りつけたまま、顔は見えない。
だが、半泣きなのは分かる。
「おいおい、急に何言ってんだよ」
俺は呆れたように言う。
ボビーは顔を上げないまま続けた。
「これほどの能力……わたくしは見たことも、聞いたこともございません……」
「きっとどこかの高名な貴族様が、お忍びで……」
そこまで聞いて。
俺とオレオは顔を見合わせる。
次の瞬間、盛大に吹き出した。
「俺たちが貴族!?」
「違う違う!」
「安心しろって」
「ただの旅人だよ!」
「本当に、そんなんじゃない」
ボビーはぽかんとしたまま固まる。
二度目の“狐につままれた顔”だ。
俺は肩をすくめて言った。
「で、この乗り物──気に入ったか?」
一瞬の間。
そしてボビーは顔を上げた。
「もちろん!」
「これを欲しがらない人間なんて、いない!」
即答だった。
俺はニヤッと笑う。
「じゃあ約束通り、これは貰ってくぞ」
「は、はい……どうぞ、約束しましたから」
俺は続けた。
「それとさ」
「これと同じ物、作ってみないか?」
ボビーの目が見開かれる。
「これが俺の提案だ」
「アンタが嫌じゃなければ、奥にあるもう1台のやつで同じ物を作るが?」
「見本があった方があんたも作業が捗るだろ?」
「よろしいのですか!?」
「だからその口調やめろって」
ボビーは一瞬考えてから、苦笑した。
「……本当にいいのか?」
「時間はかかるだろうが……見本があれば、俺でも作れるかもしれん」
「ここまで繊細には無理だが……近いものなら」
俺は笑った。
「ああ、作れるよ」
(だって)
(それを最初に思いついたのは、アンタなんだから)
⸻
このあと俺は、もう一台自転車を作った。
ボビーは自転車を眺めるとサドルに手を置き
「コイツの礼なんて到底思いつかねぇ···」
そう言って俺の方を見た。
恐縮しつつ、次に視線をオレオに移した。
木製の玩具を手に持っている。
膝をつきオレオにそれを差し出す。
オレオは”何が起きているのかわからない”と言いたげな表情をした後、差し出された玩具を見て目を輝かせる。
それはとても丁寧に掘られ、繊細に色付けされた、騎士人形だった。
「これ···僕に··くれるの?」
オレオの目には戸惑いと喜びと驚きが入り交じっていた。
オレオの表情を見るとボビーは黙って頷く。
「握っても壊れない?」
そういうとオレオは大事そうに人形を抱える。
「こんなに良いもの···本当に僕が貰ってもいいのかな···なんだか申し訳ないよ···」
あまりに子供らしからぬその発言にボビーは何かを察したのか、オレオの両肩に優しく手を乗せた。
「オレオって言ったよな?···もし、お前さんに何か困った事があったらいつでも俺を訪ねてこいよ?」
そう言うと微笑んだ。
オレオはコクリと頷く。
「ありがとう···」
強面の笑顔···迫力がすごい。
だが、おもちゃ屋なんて商売をするくらいだ。
子供が好きなんだろうな。
ボビーは豪快な笑顔で見送りをしてくれた。
⸻
そして、
この街で、ORiOなる奇妙な二輪の乗り物が流行るのは、そう遠くない未来の話だ。
だが、これがキッカケでボビーがベルクハイム領主の館へ招かれ、さらには王都へ行くことになるとは……
そして、そのきっかけを作ったのが自分だとは、この時の俺は知る由もないが。




