12話 俺はそれが欲しい···
「次の者、前へ!」
やっと俺たちの順番がきた。
遠くからは見えなかったが、門の前には早朝だというのに長い列ができていた。
旅人、荷馬車を引いた商人、街へ帰る者、
街へ入ろうとする人たちが門の前で検問を受けている。
重厚な巨大な門の横には、荷馬車一台が通れるほどの小さな扉があり、そこが開放されていた。
検問を終えた者たちは、そこから次々と街へ入っていく。
「どこから来た?」
門兵は俺を見てそう聞いた。
だが、俺の横からヒョイと顔を出したオレオが答える。
「ラドゥナ村です」
その瞬間、門兵の目がわずかに細くなった。
俺たちの服装を上から下まで見直す。
――ラドゥナ村(あんな村)の奴しては小綺麗だな。
そんなことを思っている顔だった。
「腕を見せろ」
俺は黙って腕を差し出す。
オレオが言ってた焼印の確認か。
俺はともかく、オレオの腕まで確認される。
(こんな子供にも焼印入れんのかよ……?)
門兵はうなずいた。
「よし、いいだろう。行け!」
「次の者、前へ!」
どうやら俺たちは、街に入る事を許されたらしい。
⸻
門を抜けた瞬間、世界が一変した。
賑やかな声。
焼いた肉の匂い。
荷車の音。
大通りでは朝市が開かれていた。
天幕を張った屋台がずらりと並び、
果物、香辛料、布、武具――
旅人向けの商品が所狭しと並んでいる。
完全に異国だ。
だが。
「こっち!」
オレオはその光景に目もくれず走り出した。
そういえば、オレオは過去にこの街に来たと言っていたからな。
俺は慌てて後を追う。
市場を抜け、少し静かな通りへ入る。
仲見世通りっぽい作りだ。
個人店が軒を連ねている。
通りにいる人は疎らで、店の準備をしている住人の姿がちらほら見える。
この街で今日中に治癒師を見つける。
ソイツを連れてあの道を帰り明日には村に着かなければならない。
俺たちには時間がない。
オレオは懸命に走っているが――
(この街……広すぎるだろ)
このまま徒歩で治癒師を手当り次第探すのは限界がある。
俺は周囲を見回す。
荷馬車。
馬。
まぁ、異世界ならこんなもんか。
この世界がどれほど広いのかもわからないが、モンスターが闊歩する魔の森なんて場所がすぐ近くにあるんだ。
この街はきっと辺境都市だろう。
地球と似ている部分もあるが、一般市民でも魔法が使える世界だ。
科学なんて発展するわけない。
車なんて――
(あるわけないよな)
その時だった。
一軒の店の看板が目に入る。
『ボビー・ホビー』
横には車輪のマーク。
俺は足を止めた。
そして店に近づきよく目を凝らす。
「ルイ?」
オレオが振り返る。
どうしたの?と俺に駆け寄るオレオを見ることなく、俺はガラス張りの店内を指さす。
「この店に入る」
「え?」
店の扉を開けた。
カランカラン――
鈴の音が店に響く。
店内には木製の可愛らしい玩具が並んでいた。
だが、店主はその雰囲気とは真逆の強面だった。
「まだ開店前だ」
ぶっきらぼうに言う。
だが俺は、店の奥を指差した。
そこにあったのは――
木製の二つの車輪。
木製のハンドル。
それらを繋ぐ、
木製のフレーム。
ペダルはないようだが……
その造形には見覚えがある。
「それ……もしかして自転車か?」
店主の眉が動く。
「じてんしゃ?なんだそりゃ」
「そいつは俺の自信作だ」
「そいつに目をつけるとは……先見の明があるな若いの」
嬉しかったのか店主は簡単に説明した。
どうやら足で地面を蹴って進む。
人が乗れる大型玩具らしい。
だが乗り心地は最悪。
高価すぎて売れない。
らしい……
「買ってくれんのか?」と凄まれたが、それを無視して俺は言った。
「これ、タダでくれない?」
店主とオレオが同時に目を丸くした。
「バカ言うな!」
怒鳴る店主。
それを見て慌てるオレオ。
だが俺は言った。
「提案がある」
店主が黙る。
「俺はこの玩具を――」
「皆が欲しがる乗り物にできる」
店主は鼻で笑った。
「その話を信じてそいつを譲れって?」
俺は肩をすくめた。
「聞く価値はある」
「むしろ聞かなかったら、きっと後悔する」
沈黙したまま、こちらをジロリと見て何か考えている。
やがて店主はため息をついた。
「……わかった」
「ただし、そいつはやれねぇ」
「裏に失敗作がある」
「それならくれてやるが?」
「それでいい」
「俺はこのベルクハイムで一番の玩具職人、この店のオーナー、ボビーだ。お前は?」
「ルイだ」
店主はオレオに視線を移す。
「そっちのチビは?」
ビクッと肩を震わせ
「オレオです……」
と恐る恐る答えた。
「その提案とやらが俺の納得いくもんじゃなければ、さっさと出ていけよ?」
ボビーは、ため息を吐くと店の裏から壊れた木製の自転車を持ってきて地面に横たえた。
「こいつはハンドル部分が細すぎてポッキリ折れちまった。だが、木の板で補強すれば……」
ボビーが話してる途中で、俺はすぐソレに手を置く。
(折れた部分だけを戻すイメージで……と)
すると折れたハンドルは、パキパキと音を立て瞬く間に繋がり再生した。
ボビーは言葉を失い、狐につままれたような顔をしている。
だが――
俺の狙いはそこじゃない。
俺は一つの仮説を立てていた。
今まで俺は、物の時間を「戻す」ことしかしてこなかった。
壊れた物を元に戻す。腐った物を新鮮に戻す。
けど、俺のスキルは――
時間操作魔法――
物を過去の状態に戻すだけなんて、どこにも書いてない。
もし――
もし仮に、この乗り物が辿るはずの未来――
その進化の時間そのものを、今の時間軸に影響を与えないまま、進めることができたら?
この世界の人間が、たとえ同じ能力を持っていたとしても
きっと誰も想像できないだろう。
この木製のガラクタが、未来でどんな姿になるのかなんて。
でも――
俺にはイメージできる。
現代日本で見慣れた自転車。
通学路で、街中で、当たり前のように走っていた乗り物。
細くて軽いフレーム。
ゴムのタイヤ。
ペダル。
チェーン。
その構造や原理も全て。
俺はその姿を、頭の中でできるだけ正確に思い出す。
その瞬間だった。
胸の奥がズキンと痛んだ。




