11話 ルイからプレゼントを貰った!
ザーー――という水の流れる音で、僕は思わず飛び起きた。
痛む体を擦りつつ周りを見渡すと、森の中でも景色がはっきりわかるくらいに空は明るくなっていた。
いったい、どれくらい意識を失っていたんだろう……
考えただけで顔から血の気が引き、体が震え出すのがわかった。
まさか何日も……。
「起きたか?」
声に反応して、僕はばっと振り向いた。
そこにはルイが、近くの岩に腰掛け、リンゴをかじっている姿があった。
慌てて僕は声をあげる。
「僕……意識を失って……どうしよう……母さんが……」
焦ってうまく言葉にならない僕に、ルイはリンゴを頬張りながら立ち上がり、森の先を指さした。
「あれが街だろ?」
薄暗く、霧がかった森の向こう。目を凝らすと、森を抜けた先には白く大きな壁と、そびえ立つ砦。
『ベルクハイム』
僕たちが目指していた街がすぐそこに見えていた。
ルイはリンゴを食べ終えると、手に残った芯を元通りの形に戻し、僕の方へ投げてきた。
僕は慌ててキャッチする。
「食えよ」
言われるまま、僕はそれを握りしめた。
どれくらい意識がなかったのか聞こうとした瞬間、ルイが続けて口を開く。
「何日も経ってない。まだ夜が明けたばかりだよ」
その目は優しくて、まるで「よく頑張ったな」と褒めてくれているようだった。
僕は少し肩の力を抜き、安心して深く息をついた。
後ろの方から、バシャバシャと水が跳ねる音が聞こえる。
見ると、ルイが川に入って、頭や顔や体をゴシゴシ洗っているようだった。
「ちくしょう! 冷てぇ……」
「……俺に水をお湯に変える能力があったら、この川を温水にして……」
よくわからないが独り言を叫んでいる。
僕は、自分の手の中にあるリンゴを改めて見つめる。
やっぱり不思議だな……
能力者は、能力を授かった時に思い描いた一つの魔法しか使えないって聞いたし、村の人達もそうだった……。
バケツに入った汚い水を綺麗にできても、汚れた布を綺麗にすることはできないし、濁った池を澄み渡った池にすることもできない。
バケツの中の、決められた量の水にだけ魔法の効果がある……。
もしルイが食べ終えたリンゴを新しく作り出す能力を持っているのなら、それしかできないはずなのに……。
昨日は食べ物だけじゃない。
食器も服も、剣もランタンも新品にしてしまった。
僕は、ルイの姿をぼんやりと見つめながらリンゴを食べた。
シャリっという食感が響き、口の中にはしばらく味わうことのできなかった甘みが広がる。
「美味しい……」
ただそれだけで……涙が溢れそうになるのがわかった。
身体の節々が痛むけど、あんなに歩いたのに普段より体のダルさが少ない。
きっと、昨日ちゃんとした食事を口にできているからだよね。
僕は川の方へ歩み寄り、ルイに声をかけると、ルイはじっと僕を見つめ、手を差し出してきた。
食べ終えたリンゴの芯を見せると、それに手を触れて一瞬で元通りに戻してしまう……。
僕にもこんな能力があれば……食べ物に困ることもないのにな……。
いつか僕にも魔法が使えるようになればいいのに。
リンゴを鞄に戻し、ルイに声をかける。
「何してるの?」
するとルイは今度は僕に向かって手を伸ばす。
――引っ張りあげてほしいのかな?
そう思ってその手を握った瞬間、ぎゅっと手を握り返されて、ルイはニヤリと嬉しそうに笑った。
そのまま僕の予想を超える力で、ルイは僕の手を引っ張った。
――そして、次の瞬間には川の中。
流れは緩やかだけど、水は思ったより冷たくて深い。
僕は慌ててルイにしがみついた。
「何するの!」
ルイは楽しそうに僕の顔や頭、体をゴシゴシと川の水で洗い始める。
初めてルイを見た時は、少し恐かった。
不機嫌で無表情……
けど……今はこんなに楽しそう。
――水は冷たかったけど……体や頭がサッパリしたようで、すごく気分がいい。
やっとの思いで岸に上がると、ルイは僕の服や靴に魔法をかけた。
水浸しだった服はシワひとつなく乾き、元は捨てられていたボロボロの靴も、明るい場所で改めて見ると、前とは見違える程格好良く見える。
ルイからプレゼントを貰ったみたいで、凄く嬉しい。
ルイも自分の服に魔法をかけ乾かしたが、どうやら髪の毛は乾かせないようだった。
少し長い髪をかきあげ、耳にかける仕草をする。
くすんだ色に汚れていた肌や体は清潔さを取り戻し、新しい服を纏って姿勢よく立つ姿は、やっぱり都会の人って感じがする。
黒い瞳と黒い髪はどこか神秘的で、まるでこの世界の常識を超えた存在のように僕には見えた。
ルイは剣帯にランタンを括り付けたいのか、上手くできずに手間取っている。
剣にはめ込まれた青い飾り石がキラキラと光り、眩しくて目を細めた。
さっきまでの霧は晴れ渡り、逆光の中で剣を腰にするルイの姿は、記憶の中に微かに残る父の微笑む姿を思い出させた。
じっと見つめる僕に
――何ジロジロ見てんだよ?と言いたげな表情のルイ。
僕はハッとして、ルイの手からランタンを預かると、倒れないようにカバンにしまう。
僕もいつか、ルイみたいな人になりたい……
それで毎日笑顔で生きるんだ。
「いくぞ」
と言うルイの声に、その姿を駆け足で追いかける。
このベルクハイムで母さんを治せる人を必ず見つけ出す。
僕はカバンの紐を握る手にギュッと力を込めた。
あとがき
ここまで読んで頂きありがとうございます。
次回より、舞台は辺境都市ベルクハイムへと移ります。お楽しみいただけましたら幸いです。




