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1話 人生の幕を下ろそう···



『あぁ、なんて罪深いのだ』


闇の奥から、ゆっくりと言葉が落ちてくる。


『この深淵なる常闇で、ソナタに地獄を与えよう』


俺は反応することもできない。

ただ、その声だけが頭の奥に響き続ける。


『これは恩恵ではない』


わずかな静寂。


そして、宣告のように声は続いた。


『ソナタにとっての地獄なのだ』



次の瞬間、俺の意識は完全な闇へと沈んだ。





「っは····!!!」


目を覚ましたとき、最初に口から漏れたのは息苦しさからめいいっぱい空気を吸い込む声。


「……はぁ」


呼吸を整えると目だけで辺りを見回す。


「なんだ····?」


ぼやけた視界のまま空を見上げる。

木々の隙間から、青空が覗いていた。


「……生き延びた?」


無意識に呟き、ゆっくりと体を起こす。


視界に広がっていたのは、見知らぬ景色だった。


奥深い森。

反対側を向くと、立ち並ぶ木々の隙間から強い光が差し込み、澄みきった空が見えた。


思わず言葉が漏れる。


「……ここ、どこだ」


あまりにも静かで、あまりにも綺麗な風景。


「……あの世か?」


一瞬、そんな考えが頭をよぎり、思わず口にする。

だが、その予想はすぐに否定される。


風の冷たさを感じる。

腹が減っている。

そして普通に眠気とだるさが体に残っている。


死後の世界がこんなに現実的なわけがないだろ?


「たぶん……普通に、生きてるな」




数分前─────



起きて、顔を洗って、着替えて、電車に乗って、働く。


コンビニで買った飯を一人で食って、風呂に入って、眠る。


人との交流もないうえ趣味もない。


どれも楽しいと感じる前に、面倒くささが勝ってしまう。


それを明日も繰り返す。

明後日も、その次の週も、その次の年も。


終わりの見えない、同じ毎日。


心が動くものは何ひとつ見つからなかった。


「これ……あと何年続くんだ?」


「……もう、ここで終わりでいいじゃないか」


衝動じゃない。


周りと同じになれるよう必死にもがいても、それでも何も変わらない。


変えられなかった末に辿り着いた、

あまりにも静かな結論。


天城あまぎ るい


俺は25年の人生の幕を静かに閉じた。


───はずだったんだが?



立ち上がり、ふらつく足で光の差す開けた場所へ向かう。


陽射しが眩しくて顔を片手で覆い目を細める。


そこには崖があった。


そして──


その先には、あまりに壮大な景色


「嘘だろ·····、絶対日本じゃねぇじゃん」



思考が止まったまま


崖の下を覗き込むと、そこそこ深い谷が広がっていた。


「……ちょうどいい」


躊躇はなかった。

地面を強く蹴り、体を前へ投げ出した──


頭から落ちていく·····はずだった。



(·····?)


足の裏に、確かな感触が残っている。


足元を見て思わず声が出る。


「え?」


地面だ。


「今……飛んだよな?」


眉をひそめる。

俺は崖の上に立ったままの姿勢で静止していた。

まるで、飛び出した瞬間だけが切り取られたかのように。


「……夢みてんのか?」


呆然と声が漏れる。


足元を見つめたまま、思考が止まる。

何が起きた?


確かに俺は飛んだ。

崖を蹴り、体を宙へ放り出した。


理解が追いつかない。


「……意味わかんねぇ」


頭を押さえながら、ふらつく足取りで森の方へ歩き出す。


しばらく森を彷徨うと、静かな水音が聞こえてきた。

引き寄せられるように進み、川を見つけてしゃがみ込む。

そして水面を覗き込んだ。


そこに映っていたのは、知らない顔だった。


黒い髪、黒い瞳。

だが日本人とは違う。

彫りが深く、骨格もシャープで、どこか洋風の顔立ち。


思わず瞬きをした。

水面の男も、同じように瞬きを返した。


「……誰だよ」


掠れた声が漏れる。

俺はしばらく水面を見つめたまま、言葉を失った。

そして、ぽつりと呟く。


「……まさか」


頭の中に浮かんだのは、あまりにも現実味のない言葉。




異世界転生。




途中で読むのをやめた漫画や小説で何度か見た、あの設定。

思わず自嘲気味に笑う。


「……いやいやいやいや!」


あり得ない。

そんな都合のいい話、現実にあるわけがない!


そういえば·····


死の間際に聞こえた謎の声を思い出す。


奥深い森。

知らない顔の自分。

そして崖から飛べなかった不可解な現象。


俺が直面している全ての状況が、異世界転生のそれに思える。


「……」



頭を抱えてしばらく黙り込んだあと、俺は小さく息を吐いた。


川辺から立ち上がる。


「よし」


そして俺は、まるで昼ご飯のメニューでも決めるかのような、驚くほど軽い口調であっさりと言った。


「崖から飛べないなら、このまま餓死するか!」


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